山口県労働組合総連合非正規部会「山口県における最低賃金引上げによる経済効果」

山口県地方自治研究所が発行している『やまぐちの自治』第133号(2021年8月号)に掲載された山口県労働組合総連合非正規部会(監修:関野秀明氏・下関市立大学教授)による論文の転載です。論争的になりがちな最低賃金の引き上げですが、多面的に検討される必要があります。最低賃金の引き上げはいかなる経済効果をもたらすのか、という視点もその一つです。どうぞお読みください。

 

 

 

 

1.はじめに

 

山口県の最低賃金は現在829円です。この金額では、1か月フルタイムで働いた場合の理論的労働時間(週40時間÷7日×365日÷12か月)である173.8時間働いたとしても144,080円、税金や社会保険料を除けば117,880円にすぎません(山口県労働組合総連合〔略称:山口県労連〕最低賃金体験資料より)。最低賃金法(以下「最賃法」)は、その第1条「目的」で「労働者の生活の安定」を掲げていますが、果たしてこの金額で安定した生活を送ることが出来るでしょうか。

同法第9条第2項では、同法の目的を受けて「地域別最低賃金は、地域における労働者の生計費 … を考慮して定められなければならない」とされています。

山口県労連・非正規部会と山口県公務共闘(山口県公務・公共業務労働組合共闘会議)は、2018年に「最低生計費調査」を実施し、あたりまえの暮らしを送るために必要な費用を検証しました。この調査には、2,029件の回答が寄せられ、そのうち10代~30代の実際に一人暮らしをしている167件のデータを分析した結果、山口市内で若者が人並みの暮らしをするためには、男性で月額241,740円、女性で月額242,762円(ともに税・社会保険料込み)必要であることがわかりました。先ほどの労働時間173.8時間を用いると約1,400円、一般の労働者の所定内労働時間に近い150時間を用いると1,600円程度の時間給が必要であることになります。

全国で同様の検証が行われており、都会や地方など地域に限らず時間給1,500円が必要である、という結果が得られています。

 

一方で同項には「通常の事業の賃金支払能力」を考慮すべきことも定められています。もし、「労働者の生活の安定」と「通常の事業の賃金支払能力」が天秤にかけられ、わたしたちが行った調査結果の半分程度に最低賃金が抑えられているとすれば、本来の法の目的を没却することにはならないでしょうか。

また、賃金切り下げ、労働の非正規化、低賃金の放置は結局のところ企業活動の縮小につながり、さらなる賃金切り下げ等が行われるという悪循環から、日本経済は抜け出せていません。

 

図1:各国の賃金額推移(「参考資料①」)
※参考資料名は、本文「54頁」に記載した。

最低賃金こそコロナ前には上昇傾向でしたが、抜本的に労働者の生活が改善するほどには至らず、先進国の中で日本だけが賃金が上がらない状況が20年も続いています(図1)。この状況を抜け出す経済政策が必要です。

 

図2:消費額を増やすために求められる環境変化
(回答者割合、「参考資料②」より)

 

この点、労働組合だけでなく、内閣府の2019年の「年次経済財政報告」においても、「個人消費はGDPの6割近くを占めており、その動向は景気を左右するだけでなく、身近な国民生活にも影響を与え」るとして、今後消費を増やすために必要な条件を調査した「内閣府消費行動調査」の結果を示し、圧倒的に多くの人が「給与所得の増加」をあげていることは注目に値します(図2)。

そこで今回、山口県労連・非正規部会では、山口県内における経済の好循環を生み出すために、最低賃金を引き上げた場合の経済効果を試算しました。

 

2.試算方法について

 

山口県の最低賃金を1,000円もしくは1,500円に引き上げた場合に、賃金が総額でどれくらい増加するのかを計算し、それによる家計消費支出の増加が、生産誘発額、付加価値誘発額、雇用者数、税収などにどれほど影響を及ぼすのかを、産業連関表を用いて試算しました。試算にあたっては、「愛知県最低賃金引き上げの経済効果試算(案)」(愛知県労働組合総連合 最低賃金・公契約問題対策委員会、2021年4月16日)、「福岡県経済波及効果分析ツール(42部門)を使った試算」(福岡自治体労働組合連合、2020年12月8日)を参考にしました。

なお、今回の試算では、手当や一時金を考慮に入れませんでした。①適切な統計資料が得られなかったこと、②最低賃金の計算では、一定の手当てや一時金は対象とならないこと、③手当等における格差は最低賃金とは別に取り組むべき課題であること、などのためです。

また、以下では、四捨五入等の処理のために合計の数字が合わないことがあります。

 

3.試算のための基礎データについて

 

賃金総額がどれくらい増加するのかを試算するためには、賃金階級別の労働者数を示すデータが必要です。

厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」は国の基幹統計(公的統計の根幹をなす重要性の高い統計)のひとつですが、公開されているデータだけでは細かい賃金階級別の労働者数がわからないため、今回は活用することはできませんでした(個票データを分析できれば可能ですが、今後の課題とします)。

そこで、最低賃金審議会(以下「最賃審」)でも活用されている、厚生労働省の「最低賃金に関する実態調査」における「最低賃金に関する基礎調査」を用いることが出来るかを検討します。なお、同調査は、基準日が毎年6月1日で、抽出調査のため、結果には標準誤差を含みます。最賃審の場では、主に未満率(最低賃金額を改正する前に、最低賃金額を下回っている労働者割合)や影響率(最低賃金額を改正した後に、改正後の最低賃金額を下回ることとなる労働者割合)の資料として用いられているようです。

 

最低賃金に関する基礎調査 概要(厚生労働省HPより)

目的
中小零細企業又は事業所の労働者の賃金の実態及び賃金改定の状況等を把握し、中央最低賃金審議会、地方最低賃金審議会における最低賃金の決定、改正等の審議に資することを目的とする。

調査対象
原則として、日本標準産業分類に基づく次の産業に属する民営事業所のうち、(ア)及び(イ)の産業については常用労働者100人未満を雇用している事業所とし、その他の産業については常用労働者30人未満を雇用している事業所とする。

(ア) 製造業

(イ) 情報通信業のうち新聞業、出版業

(ウ) 卸売業、小売業

(エ) 学術研究、専門・技術サービス業

(オ) 宿泊業、飲食サービス業

(カ) 生活関連サービス業、娯楽業

(キ) 医療、福祉

(ク) サービス業(他に分類されないもの)

 

 

問題は、製造業等については常用労働者100人未満の事業所、その他については30人未満の事業所のみを対象としている点です。2020年の「賃金構造基本統計調査 結果の概要」によれば、「正社員・正職員」については、企業規模間で明確な格差があるものの、「正社員・正職員以外」では、それほど格差はありません。同規模企業間では、雇用形態間の格差は企業が大きくなるほど拡大しています。すなわち、企業規模が大きくなっても「正社員・正職員以外」は賃金が低く抑えられていることがわかります。そうすると、企業規模に関わらずデータが得られた方が実態がわかりやすいように思えます(表1参照)。一方で、賃金構造基本統計調査の対象が、常用労働者10人未満の企業を含まないため、一長一短の面もあります。

いずれにしろ、この点については、賃金構造基本統計調査の個票分析を待つしかない面もありますし、後述するように、山口県内の就業構造を分析すると、「最低賃金に関する基礎調査」を用いても一定程度実態を把握しているものと思われますので、今回は同調査結果を用いることとします。

 

表1:企業規模別、雇用形態別賃金および雇用形態間賃金格差

(2020年賃金構造基本統計調査より、資料③)
※()内の数字は、小企業の賃金を100とした場合の企業規模間賃金格差

 

山口県庁統計分析課の「平成29年就業構造基本調査 調査結果の概要について」(5年に1度の調査のため、公表されている調査結果は2017年のものが最新です)によれば、山口県内の「雇用者」は約60万人、そのうち「役員」が3.1万人、「正規就業者」が35.6万人、「非正規就業者」が21.3万人となっています。ちなみに「非正規の職員・従業員の比率(役員を除く雇用者に占める非正規就業者の割合)」は37.5%です(表2参照)。

 

表2:山口県内の雇用者数および非正規比率の状況(単位:千人、%)
(2017年就業構造基本調査より)

 

一方で、「最低賃金に関する基礎調査」(2019年)に表れている人数は、「一般」と「パート」全体で25.6万人にしかなりません(表3参照)。「就業構造基本調査」と「最低賃金に関する基礎調査」で用語の定義に違いはありますが、「就業構造基本調査」における「役員」を除く「雇用者」(56.9万人)の45%程度しか、「最低賃金に関する基礎調査」では把握できず、賃金総額がどれくらい増加するのかを算出することが出来ません。

そこで、「最低賃金に関する基礎調査」から算出した1,000円未満、1,500円未満の労働者の割合を参考に、表4のように割合を設定し、「就業構造基本調査」の対象労働者数56.9万人規模で1,000円未満者、1,500円未満者の人数を算出し(表4・①、最低賃金に関する基礎調査における「一般」を「正規就業者」に、「パート」を「非正規就業者」としました)、「最低賃金に関する基礎調査」における1,000円未満者、1,500円未満者の人数(表4・②)で除した係数(①÷②)を用いて、「最低賃金に関する基礎調査」から求めた賃金増加額から、総額の増加額を算出します(詳しくは後述の「4.賃金増加額の総額について」を参照)。

また、「最低賃金に関する基礎調査」は「民営事業所」を対象としていますが、「就業構造基本調査」の「雇用者」には公務員が含まれているため、上記係数を用いることで、公務員についても含まれる結果となります。ちなみに総務省の調査では、県内各自治体で会計年度任用職員が12,263人働いています(2020年4月1日現在。山口県内自治体の調査結果を、山口県自治体労働組合連合〔山口自治労連〕が情報開示請求により入手したものを利用)。

 

表3:最低賃金に関する基礎調査に表れている県内労働者数(単位:人)
(2019年最低賃金に関する基礎調査より)

 

表4:1,000円未満、1,500円未満の労働者数(単位:万人)
(2017年就業構造基本調査、2019年最低賃金に関する基礎調査より)

 

4.賃金増加額の総額について

 

「最低賃金に関する基礎調査」では、各都道府県最低賃金額より10円低い金額(それ未満の人数については合計)から、1円単位で各賃金階級で働いている人が何人いるか(具体的にはその金額以下で何人の人が働いているかの累計人数)の資料が公開されています。最低賃金額より50円高い金額までは1円単位ですが、50円を超えると1時間あたりの賃金が999円までは10円単位での集計となり、1時間単位の賃金が999円を超えると100円単位の集計となっています。調査票では、1時間あたりの所定内賃金を記載するようにはなっておらず、公開されているデータは集計処理をしたものとなっていますが、最賃審でも公開されているデータが利用されています。もっとも、委員の要請によっては、もう少し詳しい賃金階級でのデータも利用されるようです。そういう意味では、現行の最低賃金額からプラス50円程度までの引上げであれば、最低賃金引き上げの影響率が一目でわかる資料が、基本的に利用されているということになります。

これをもとに、各賃金階級で何人の人が働いているかを示したのが、別表1(56頁参照)です(2019年のデータ、当時の県内最低賃金は802円、10月に829円に引き上げられました)。最低賃金額を1,000円ないし1,500円に引き上げた場合の賃金増加額の総額は、各賃金階級の1,000円ないし1,500円から各賃金階級の代表値を減じ、人数と年間労働時間(1,771時間としました。コロナの影響を排除するため、最新ではありませんが令和元年毎月勤労統計調査(地方調査)年報より、県内の常用労働者の総実労働時間を採用。なお、常用労働者にはパートタイム労働者が含まれます。「参考資料④」54頁参照)を乗じることにより試算しました。そうすると、1,000円に引き上げた場合で約279.7億円、1,500円では1,778.9億円、賃金が増加することになります。これに表4の係数を乗じると、全体ではそれぞれ541.1億円、3,729.3億円になります(表5)。

表5:最低賃金を引き上げた場合の賃金増加額の総額

(別表1の賃金増加額総額×表4の係数)

 

なお、別表1(56頁)のとおり、調査時点の最低賃金額802円未満の人は合計2,082人、未満率は0.81%となっています。また、2016年に山口県内で労働基準監督署(以下、「労基署」)が行った最低賃金の重点監督では、監督事業所数338件、うち違反事業所数39件となっています(「参考資料⑤」54頁)。

最低賃金を引き上げても、それが守られなければ意味がありません。労基署の増員や、労働組合の啓発活動が必要です。

また、最賃法第7条では最低賃金の減額の特例が定められ、①精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い者、②試の使用期間中の者、③基礎的な技能及び知識を習得させるための職業訓練を受ける者、④軽易な業務に従事する者、⑤断続的労働に従事する者、については都道府県労働局長の許可を受けて減額が認められています。

減額は、「率」により行われますので、最低賃金が引き上がれば特例適用者も引き上がることになりますが、情報もほとんど開示されておらず、集計が出来ません(表6参照)。最賃法違反をいかに無くしていくか、という問題と同様に、最低賃金引き上げの運動とは別に取り組むべき課題として、今回の分析では「791円以下」については代表値を「0」にして集計から除外することにしました。

 

表6:減額特例の申請件数・許可件数(2012年)

(「参考資料⑥」より)

 

 

5.労働・社会保険料について

 

賃金が増加すれば労働者と企業が負担する労働・社会保険料(労災保険・雇用保険・健康保険・介護保険・年金保険料、子ども・子育て拠出金など)も増加します。労働者にとっては、手取り金額が少なくなりますし、企業にとっては法定福利費の増加につながり、特に中小企業からは最低賃金が上がることへの懸念につながっています。一方で、社会保障費の増加につながり、国家・自治体財政、ひいては社会保障の充実にもつながります。

そこで、先ほど求めた賃金増加額に対する法定福利費の増加額を計算してみます。

「就労条件総合調査」(厚生労働省)は、常用労働者30人以上を雇用する民間企業を対象に、5年おきに「労働費用」を調査しており、2016年の調査によれば企業が負担した法定福利費の現金給与額(時間外・休日出勤手当や期末手当・賞与などを含みます)に対する割合は14.1%になっています。

労働者の負担率は、一般に20%程度と言われていますが、パートタイム労働者などでほとんど労働・社会保険料を負担していない人もいます。また、労災保険のように全額企業負担のものから、健康保険のように労使折半のもの、雇用保険のように労使が負担するが、割合が異なるものなど様々です。そこで、法定福利費の企業負担割合から推測して、13%を負担していると設定します。

そうすると、1,000円に引き上げた場合は企業負担が76.3億円、労働者負担が70.3億円増加するため、146.6億円の社会保障費が増加します。労働者の手取り金額は470.8億円の増加にとどまることになります。1,500円に引き上げた場合は表7を参照ください。

 

表7:労働・社会保険料等の増加(単位:億円)
(就業条件総合調査に基づく労使負担率×表5の賃金増加額総額)

 

6.家計消費支出の増加について

 

経済は循環してこそ、意味を成します。そういう意味では、大企業が莫大な利益を上げながら、それを内部留保という形でため込むことは経済に悪影響を与えていると言えます。

では、賃金が増加した場合はどうでしょうか。すべてが預金に回るのであれば、ほとんど経済効果はありません。

賃金増加により、どれほどの経済効果を及ぼすのかについては、まず賃金手取り額の増加に「収入に占める消費の割合」(世帯の勤め先収入に占める消費支出の割合)を乗じることによって家計消費支出の増加額を求めます(表8)。

「収入に占める消費の割合」は、家計における消費、所得、資産及び負債の実態を総合的に把握し、世帯の所得分布及び消費の水準、構造等を全国的及び地域別に明らかにすることを目的とする基幹統計調査である「全国家計構造調査」(総務省)の全国データを用いて、「勤労者世帯(単身世帯含む)」の「消費支出」と「勤め先収入」の割合を利用することによって求めます。1,000円の場合は年収1,771,000円(1,000円×年間労働時間1,771時間)として「年間収入階級」150~200万円のデータを、1,500円の場合は同様に250~300万円のデータを利用します。

1,000円の場合は95.1%が消費に回り、家計消費支出が447.5億円増加します。1,500円の場合は、78.8%で2557.7億円です。

 

表8:消費支出増加額
(全国家計構造調査に基づく消費支出割合×表5の賃金増加額総額)

 

7.産業連関表について

 

家計消費支出の増加によって、市場への経済の循環が動き出します。具体的にどのような経済効果があるかについては「産業連関表」を用います。以下は、原則として県庁統計分析課が作成した「産業連関表 -その仕組みと使い方-(利用の手引き)」の引用(図も含めて)です。

産業連関表は、経済活動を部門別に分け、それぞれの部門が何をどこから買い、どこへ売ったかを示す統計です。

例えば、わたしたちが1冊の本を買う行為一つをとってみましょう。

本は、林業で産出された木材からパルプ・紙工業を経て、印刷・製本工業で生産されたものです。また、それを作るのにカセイソーダなどの化学製品が用いられるほか、流通過程では商業や運輸業の手を借りて、そして、最終消費者であるわたしたちに読まれているのです。

このように、財(モノ)とサービスの流れを一つの表にしたものが「産業連関表」です。表を読めば、表作成年における県内の産業構造などがわかります。また、経済波及効果の分析産業連関表の各種係数から、ある産業の生産が他の産業にどれほどの影響を与えるか(経済波及効果)などを予測することができます。

経済波及効果は、池に小石を投げた時に起きる波紋に似ています。水の波紋は、最初に振幅の大きな波が起こり、だんだんと振幅を小さくしながら外へ外へと広がりやがて消えていきます。

 

産業界にあてはめれば、例えば自動車の注文があると、販売店は在庫がなければメーカーへ注文します。メーカーもその生産に要する部品の在庫がないとすると部品会社に注文します。そして、最後には鉄鉱石の輸入へと順次注文されていきます。

このように、一つの商品に需要が生まれ、それが次々と他の産業に新たな需要を生み出していくのです。

そして、県庁統計分析課がホームページ上で配布している経済波及効果分析ツールを使えば、ある需要が発生した場合の県内経済への「直接効果」や「第1次間接波及効果」、「第2次間接波及効果」がわかります。

 

○直接効果:県内需要の増加が直接的に県内に及ぼす効果のこと

例えば、県内の輸送機械部門に10億円の需要があった場合、そのすべてが県内産業で賄えるわけではありません。輸送機械部門の県内自給率が0.214%だとすれば、直接効果は2億1,400万円になります。

そのほかにも、産業連関表から導かれる係数を用いることにより、雇用者所得が2,200万円増加することもわかります。

 

○第1次間接波及効果:原材料の購入などの需要の増加が各産業の生産に波及する効果

例えば、県内の輸送機械部門に10億円の需要があった場合、1億6,200万円の原材料などを誘発しますが、このうち県内で購入されるのは4,000万円となります。その購入によって、さらに生産が誘発されて、合計4,900万円の生産誘発額になります。ちなみにこれによる雇用者所得は700万円です。

 

○第2次間接波及効果:直接効果と第1次間接波及効果で生じた所得が及ぼす効果

雇用者所得の一部は消費支出に回ります。収入から消費に回る割合を消費転換率といい、分析ツールでは家計調査の結果をもとに算出した60.4%によります。これで計算すると、2,900万円(上記例での直接効果、第1次間接波及効果による雇用者所得増の合計)のうち、1,800万円が消費に回され、これを充たすためにさらに生産が誘発されます。

これを計算すると、1,300万円の第2次間接波及効果になります。このような雇用者の所得増による波及効果は、3次、4次 …と無限に続きますが、一般的には2次波及効果までを分析したものが多いようです。

8.消費支出増加による経済効果

 

それでは、県内産業を107部門に分けた分析ツールを使い、需要(家計消費支出)が増えた場合の経済効果を見ていきます。

詳しい結果については、別表2から5(59頁~66頁)を見ていただくとして、最低賃金を1,000円ないしは1,500円に引き上げた場合、県内の生産がそれぞれ491.8億円、2811.9億円増加し、雇用者の所得は124.9億円、714.5億円増加し、雇用者が3,278人、18,750人増加するという分析結果となりました(表9参照)。

 

表9:消費支出増加による経済効果
(第2次間接波及効果までを含む)
※粗付加価値:生産活動により生み出された価値(雇用者所得、営業余剰等)のこと

 

表10:部門別生産誘発額トップ10(107部門、1,500円の場合、単位:億円)

(経済波及効果分析ツール、107部門より)

生産誘発額の上位10部門をみると(表10参照)、トップは「住宅賃貸料(帰属家賃)」ですが、これは国民総生産・GDPを算出する際などに、持ち家の人と借家の人を同じように評価するために、持ち家の人も自分の住宅に家賃を払っているものとみなすものです。

この特殊な項目を除けば、多い順に「商業」「金融・保険」「通信」「飲食サービス」「その他の対事業所サービス」となります。ちなみに「医療」は7番目、「社会保険・社会福祉」は10番目です。10位以降では「教育」が11番目で67.6億円、「公務」は21番目で32.9億円、「介護」は30番目で8.7億円となります。

なお、分析ツールは2015年の経済構造を前提としていますので、低所得者の所得が増えることで、産業構造も変化し、より身近な経済循環が生まれることも期待されます。この点については、さらなる分析が必要です。

 

表11:部門別雇用誘発数トップ10(107部門、1,500円の場合、単位:人)

(経済波及効果分析ツール、107部門より)

 

雇用誘発数の上位10部門(表11)を見ると、「商業」で4,521人、「飲食サービス」は2,505人となっています。「公務」は14位で240人、「介護」は22位で131人です。

 

表12:県内自給率(107部門、100%の部門は除く)

(経済波及効果分析ツール、107部門より)

 

県内で需要が発生しても、それがすべて県外から〝輸入〟しなければならないものであれば、県内経済に良い循環は生まれません。

この点、「農業サービス」「建築」「公共事業」「公務」「住宅賃貸料」などは、その性質上県内自給率が100%とされています(表12)。「公共事業」は、「場所が県内」であるため100%とされているのですが、大規模公共工事などは都会の大手企業が受注することが多く、県内自給率が100%で、すべて県内経済に還元されるとしているのは疑問です。行政が、公共工事における経済効果を分析するにあたっても同様のルールで行われており、検証の必要があるでしょう。

「社会保険・社会福祉」「介護」「医療」「教育」といった生身の人間が提供するサービス自体が主体の部門においては、当然県内自給率が高く、ここへの投資の効果は県内経済に影響する割合が高いと言えます。

観光イベントなどでも、波及効果が分析されますが、関係があると思われる「鉄道輸送」は41位で49.1%、「航空輸送」は48位で38.2%。「宿泊業」は66位で23.1%にすぎません。

 

9.国と地方の税収について

 

付加価値が増加することによって、国と地方の税収がどれくらい増えるのかは、2019年のGDPに対する国税と地方税の税率(それぞれ11.5%と7.3%、「参考資料⑦」54頁)に粗付加価値誘発額を乗じて求めます。1,000円の場合は国税が37.8億円、地方税が24.0億円の合計51.3億円が増加し、1,500円の場合には、国税216.2億円、地方税137.2億円、合計353.4億円も増加します(表13)。

 

表13:国と地方の税収

(「参考資料⑦」より算出)

 

10.おわりに

 

今回の調査で、最低賃金が引き上がることにより県内経済に多くの効果があることがわかりました。

図3は、各都道府県の最低賃金額と一般労働者の賃金(2020年賃金構造基本統計調査より)の比較です。比較のために各平均額を100とした指数で表していますが、現在の最低賃金額ではあまり影響を受けているとは考えられない一般労働者の賃金と最低賃金が密接な関係性を有していることがわかります。

 


図3:最低賃金額と一般労働者の賃金の比較

全労連(全国労働組合総連合)では、全国各地で生計費調査に取り組み、全国どこでも最低限の生活に必要な費用は変わらないという実証を行っていますが、それにもかかわらず最低賃金額が都道府県によって大幅に異なるのは、最低賃金額の決定が単なる経済状況の追認にすぎなくなっていることの表れではないでしょうか。それは、最賃法の目的に合致するでしょうか。

今回の分析により、最低賃金の引き上げは労働者だけでなく、地域を支えている中小企業を含めた地域経済の好循環を生み出すことが明らかとなりました。しかし、最賃審では、もっぱら中小企業の生産性を向上させることが、引上げの大前提のように語られます。政府の用意する生産性向上のための業務改善助成金の活用件数は少なく、中小企業が求めるものとはなっていないにもかかわらずです。

そもそも、サービス業においては、賃金こそが生産性を決定します。低賃金のままでは、生産性は上がりません。解決すべきは中小零細企業の収益性の低さであり、なぜそのような事態となっているのかを分析し、改善する政策を提示することです。都会に流出する、ヒトとカネ。コロナ禍で大幅な人の移動や経済活動が制限されるなかで、自らの足元を見つめなおし、地域経済をどう循環させていくかを考えることが必要です。

時給1,500円というのは、確かに高い壁かもしれません。しかし、働いて賃金を得て生活する労働者にとっては、最低限の生活を送るために必要な金額です。そして、時給1,500円を実現することにより、経済の好循環が生まれれば、県内企業にとっても売り上げ増などの収益性向上に向けた第一歩となるでしょう。

 

最低賃金1,500円の場合の経済効果

 

参考資料

①2021年国民春闘白書(全労連・労働運動総合研究所/編、学習の友社、P13)

②令和元年度 年次経済財政報告(内閣府、P130)

③令和2年賃金構造基本統計調査の概況(厚労省、P8)

④令和元年毎月勤労統計調査(地方調査)年報調査結果の概要(山口県庁統計分析課)

⑤第10回下請等中小企業の取引条件 改善に関する関係府省等連絡会議(厚労省、P4)

厚労省HP

⑦財政金融統計月報(租税特集)第817号、国民所得に対する租税負担率の国際比較より(財務省総合政策研究所)

⑧最低賃金の引上げによる雇用等への影響に関する理論と分析(独立行政法人 労働政策研究・研修機構、P35、46)

⑨最低賃金制度に関する研究 ―低賃金労働者の状況―(独立行政法人 労働政策研究・研修機構、P2)

⑩平成28年就労条件総合調査 結果の概況

⑪産業連関表-その仕組みと使い方-(利用の手引き)(山口県庁統計分析課)

 

 

(山口県地方自治研究所の記事)

三谷裕「山口県内の会計年度任用職員の現状と課題」

 

 

【問合せ】山口県労働組合総連合(山口県労連)

〒753-0074 山口市中央4-3-3

TEL:083-932-0465 FAX:083-932-0465

E-mail:info@yamaguchiroren.or.jp

 

 

別表

別表1

 

別表2



 

別表3

 

別表4

 

別表5

 

 

>北海道労働情報NAVI

北海道労働情報NAVI

労働情報発信・交流を進めるプラットフォームづくりを始めました。

CTR IMG