川村雅則「休業者の失業者転化懸念/交渉力や発言力の強化を」

『読売新聞(北海道地域版)』朝刊2020年6月26日付に掲載された、新型コロナ危機の下での労働分野における緊急提言です。生存権保障のための制度の拡充などはもちろんですが、働く側の発言力、交渉力を強化していくことが問題解決のためにも重要であると訴えました。

 

 

(新型コロナ危機/緊急提言(労働))

休業者の失業者転化懸念/交渉力や発言力の強化を

 

「非正規」厳しく

総務省が公表した4月の労働力調査では、国内の完全失業者数(季節調整値)は178万人で、前月から6万人の増加でとどまっています。一方、休業者数は348万人増の597万人と急増しました。

雇用調整助成金の利用を通じて、従業員がかろうじて企業に抱えられているとはいえ、経済は容易には回復しないでしょうから、今後、休業者は失業者に転化していくことが懸念されます。そもそも、感染の恐れから求職活動が控えられ、失業者として顕在化していない人たちの存在も考えると、表れた数値以上に雇用危機は深刻です。

また、非正規従業員は2019万人と前年同月と比べ97万人減っています。この中には、安易な非正規切りや派遣切りも含まれます。とくに派遣切りには、派遣を使う企業側も雇う派遣会社も責任を果たさぬ、いわば、使用者責任の空洞化というべき事態が起きています。こうした雇用は本来認められるべきではないにもかかわらず、2012年と15年の労働者派遣法改正を経ても、この根本問題はなお放置され続けています。

休業手当が支払われるケースでも、労働基準法上で最低限とされる6割の補償になることが多いです。非正規雇用の場合、賃金水準が低く、平時でも生活に困窮する人たちが多い。子供の休校で仕事を休まざるを得なかった一人親世帯では、収入を失い日々の食事にさえ事欠く状況にあると聞きます。また、休業手当の原資となる雇用調整助成金は、特例措置などで改善が図られたとはいえ、申請する事業者にとって手続きが煩雑で、支払われるまで時間がかかっています。従業員への所得補償後の支払いになるため、手元資金が少ない小規模事業者はその負担に耐えられません。

 

感染リスクで格差

人々の生存権を保障する——この一点を軸にした切れ目のない政策の発動が必要です。同時に、雇用がここまで劣化した主因には、労働者の発言力、交渉力の低下があります。よく言われる、権利が主張されるから世の中がだめになったのではなく、その逆なのです。とりわけ非正規雇用者は、雇用期間に定めを設けられ、自らのクビがかかっていますので、発言自体が抑制されています。雇用調整、コスト削減など働く側への負担の転嫁は、短期的には個別企業にとって利益となりますが、問題の蓄積で社会が持続可能性を失いつつあることはもはや誰の目にも明らかでしょう。

新型コロナウイルスは貧富の差を選びませんが、感染状況には経済、社会的な地位が反映されます。エッセンシャルワーカー、キーワーカーと称賛され私たちの暮らしを支えてくれた、例えば、医療や福祉あるいは公務の領域においてさえ、非正規、低賃金、重労働で働く人が多いことを忘れてはなりません。

札幌市のコールセンターで感染者が出ましたが、非正規労働の問題と無関係ではありません。安全対策がとられず、「3密」が明らかなのに職場で是正を求めることができなかった。幸い、個人加盟できる労働組合に相談し、市に改善が働きかけられた結果、市は労働環境を改善したコールセンターに補助金を出すことを決めました。発言をすることで職場や社会は変わるのです。

 

企業超えた連携を

日本の労働組合のほとんどは企業内組合で、しかも非正規が4割に達しようとする今なお、正規雇用だけしか入れない組合も多い。隣で働く非正規に感染や雇用のリスクを押しつけ自らは自宅でテレワークをする権利を主張する労働組合は差別的と言わざるを得ないでしょう。コロナ後では、労働組合のあり方も変わってほしいです。

もっとも、地域には非正規でも1人から入れる組合があります。理想は、企業という枠を超えて、職種や業種を軸にした組織ができれば、労働条件の横断的な規制という点ではより一層の効果が期待されます。

国際労働機関(ILO)は「ディーセントワーク」という考え方を提唱し、加盟各国に呼びかけています。ディーセントとは「まともな」とか「適切な」という意味で、日本では「働きがいのある人間らしい仕事」と定義されています。

そこで唱えられている十分な所得や社会保障、男女平等を実現するためにも、団体交渉を軸とした労使の対話が必要です。働く側の尊厳や発言が軽視されてきた日本でこそ必要な考え方であり、目指すべき方向性だと思います。

 

 

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