仕事を辞めるか、それとも我慢をして働き続けるか──つらい仕事・働き方に対して、こうした二者択一しか示されない社会の風潮に対して、問題を解決する手段として労働組合(集団的労使関係)があること、それを就職前の若者たちに伝えるのは学校関係者の仕事でもあることを自覚して、「学校で労働法・労働組合を学ぶ」機会を学生に提供しています。学生を引率して札幌地域労組事務所を訪問し、副委員長の鈴木一さんからお伺いしたお話をまとめました。(川村雅則)
◆札幌地域労組に寄せられる多くの労働相談
──まず労働組合というもののイメージがなかなかわきません。労組には働く人たちからの相談がたくさんくるのだと聞きましたが。
鈴木:色々な相談がたくさんきますよ。
例えば、まず賃金に関わること。賃金未払い一つとっても、残業の未払いだったり、深夜手当の未払いだったり、それから、休憩時間がとれていないのでその分を賃金で払ってもらいたい、など色々です。
一定の労働時間を働いた場合には休憩の取得が労働基準法で義務づけられていますが、これが取れないのは、結局、ぎりぎりの人数でまわしているからですよね。みなさんも、居酒屋やコンビニのバイトでそんな感じのようですね。ちなみに、お客さんがきたら対応しなければならないという状況にあるのは、休憩を取得しているとは言えませんので注意してください。
賃金以外では、深刻なケースとして、パワハラ・セクハラの相談が増えています。そして、昔から相談件数が多いのは解雇問題ですね。
──解雇ってクビですよね。解雇の相談は多いのですか?
鈴木:しかも手遅れのケースが多いです。
──どういうことですか?
鈴木:一般論で言えば、解雇っていうのは相当悪いことをしなければできないんです、法律上は。
例えば、そんなことをやる人はいないでしょうけれども、コンビニで働いていて、レジからお金を盗んだり商品をだまって持ち帰ったり明らかな犯罪がそれにあたります。だから逆に、なんかちょっとコイツ気に食わないなとか、どんくさいなとか、このぐらいでは実は解雇はできません。労働者の権利はそれなりに守られていますから。
使用者のほうも、そのことを知っているものだから、辞めさせたい労働者には嫌がらせをするわけ。嫌がらせをして自主的にやめたという形をとらせる。退職勧奨、つまり退職を促すなどして、辞表や退職届を労働者に書かせるわけです。本当は会社が嫌がらせをして労働者の背中を押して追い出したにもかかわらず、一身上の都合で労働者が辞めた形をとらせる。
そうすると、後でそれを撤回したいと本人が思ってももう手遅れです。
会社を辞めてしまってから思い直して私たちのところに相談にくる人が結構いるのですが、これは結論から言うと助けられません。形式上であっても、退職届を本人の意思で出したことになっているので。どこかの部屋に監禁でもされて強制的に会社に書かされたというなら話は別ですが、普通はそんなことまでしませんよね。会社はいじわるなことはいっぱいするのですが、最終的には、本人が自分の意思で辞めたという形をとる。そうすると、仮に裁判をやったとしても、労働者の意思で書いたと裁判官は判断します。本当はイヤだったとか、会社にすすめられたとかいくら申し立てても、最終的にはそう判断されます。
だから、厳しい言い方に聞こえるかもしれませんが、残念ながらこうした相談は引き受けられません。
私はこれを「無知の涙」と言っています。自分たちの権利にあまりに無知なものだから、黙って言うがままにされてしまう。もっと早くに相談してくれれば助けられたのにという相談が実は多いのです。
ちなみに、こういうケースは形式的には自己都合で辞めたと扱われますので、雇用保険をもらう際に不利になります。金額や支給開始時期の面で。雇用保険制度の詳細は後ででも調べておいてください。
◆仕事上のミスを労働者に弁償させる風潮/労働者の権利をおしつぶす職場
──レジがあわなかった、飲食店で食器を割った、注文を間違えたなど、バイト先でミスを弁償させられるケースが少なくありませんでした。
鈴木:私たちへの労働相談でも増えています。
昔はこんな相談はなかった、この10年くらいのあいだにあっという間に広まったという感覚があります。これは私の推測ですけれども、労務屋、つまり、雇用問題や労働問題を経営者サイドで色々アドバイスする労務コンサルタントや社会保険労務士で悪質な人たち、法律にふれるかふれないかスレスレのアドバイスをする人たちを私たちはこう呼んでいますが、彼らによって、広まったのではないかと思っています。ミスによる被害なんてのは労働者に弁償させてしまえばいいんだ、とか言い出して。
さらに言えば、この弁償問題に限らず、職場で起きていることに対して、労働者の側がきちんと権利を主張しなくなっている。それが問題の土壌にある。
そうすると違法な状態がだんだんと普通というか、当たり前になってきて、権利を主張しても、逆に、お前ははんかくさいんじゃないか、わがまま言うんじゃないよと言われてしまう。場合によっては、みんなアイツと口きくなよ、とかいじめが始まる。
朝、おはようございますって彼が入ってきてもフンッてやるでしょ。これって結構精神的にこたえるんですよ。実際にこういう相談はよくあります。結局、みんなが我慢する、権利をみんなで押しつぶしてしまう。これは非常に怖いことですよね。
◆労働相談の実際
──組合には色々な相談が寄せられることがわかりました。ちなみに例えば私が労働相談に来たとき、具体的にどういうふうに話は進むんでしょうか。
鈴木:まず、会社に勤めてからそのトラブルに遭うまでの経過を簡単にレポート用紙に書いてもらいます。
とくに、お前クビだとか、明日から来るなとか、ミスを弁償しろとか、そういう一番トラブった場面でのやりとりを本人の記憶で構わないので、2、3枚のペーパーに書いてもらいます。そのときにこちらも、相談者を「観察」させてもらいます。
──私が観察されるんですか?
鈴木:いや、じろじろ見るわけじゃないですよ(笑)。
というのも、こういうのは、交通事故のトラブルと似ていて、0対100 ってあまりないんですよ。例えば店長が100%悪くて、労働者には全く非がない、ということは必ずしもあり得ない。お互いにどこかに問題があってトラブルになっていることもあるので、そういうのを見極める必要があります。この時点で相談者の能力がわかります。
誤解しないで欲しいのは、能力がないからコイツはいじめられても当然だとか、そういうことを言っているわけではありません。
ただ、最悪の場合、こちらは裁判をするかもしれないわけです。そして、その人がどれだけ不当な目にあったのかを証明し、第三者である裁判官を納得させられなければならないのです。会社側からの反論もあるでしょう。
だから、労働者が相談に来たときに、なんでもかんでも鵜呑みにするわけにはいかないし、労働者自身も感情的になっているところがあるので、冷静にみていかなければならないんです。
──相談を受けるプロなんですね。でも、事実があったかなかったかというそんなところで、労使で争いになることもあるのですか?
鈴木:わかりやすいのは、パワハラやセクハラの問題です。会社に対して、「あなたの会社はこの人にセクハラ、パワハラをしたじゃないか」と言っても、ほぼ100%、会社はそんなことを認めません。だから、そういう事実が実際にあったのかなかったのか、といった議論から始まります。私たちはこういう仕事をやっていますから、そういうのは覚悟しているんですよ。そのときの最後の切り札は、それを証明するものがあるかどうかです。
例えば、今度俺と2人で飲みに行くべといった変なメールを上司が送ってきて、それを断った途端にいじめがはじまったみたいな、これはわかりやすいセクハラ事例なのですが、それでも会社は、労働者が嘘をついているんだと反論してきます。だからメールを保存したり、上司の発言を録音するなどといった手段をとります。そこまでしてやっと会社は非を認めます。
ただ、パワハラ・セクハラの場合は、本人たちが職場復帰を望まないケースがほとんどで、慰謝料で済ませるしかありません。金額は、事件の悪質さや労働者の勤続などにもよりますが、いずれにせよ、問題をきちんと証明できる必要があります。この点はあとでまたお話しします。
◆労働組合に相談して不利にならないか
──労働相談で救われるのはわかったのですが、ただ、会社ともめると職場にいづらくなるような気がして、相談をすること自体がためらわれます。
鈴木:そういう心配はわかります。でも必ずしもそんなことはないんですよ。札幌駅の地下街で働くパートタイマーからの相談を紹介しましょう。
彼女は、60歳になったのを機に、「うちは60で定年で、今月で終わりだから」と社長に言われた。
彼女は、子どもさんたちも独立してずっと一人暮らしで、名前こそパートだけれども1日8時間近く働いてきたわけです。それが突然、今月、来月で終わりだと言われてびっくりして、うちに相談にきました。
ところでみなさんは、就業規則ってわかりますか? もし知らなければ後で調べておいてくださいね。
定年を会社が主張するには就業規則が必要です。しかしこの会社の従業員数は、就業規則の作成が必要になる10人にいくかいかないかのぎりぎりだったということもあって、私は、もしかしたら就業規則はないのではと思って、団交を求めると同時に、会社に対して就業規則を示すようにわざとに言いました。すると就業規則は存在せず、それでもうけりがつきました。一回目の交渉で、解雇は撤回です。
──クビにされそうだったのが一度の交渉で撤回とはすごいですね。
鈴木:ええ。ただ、社長にしてみれば、うちの組合に駆け込まれたこと自体が面白くない、不愉快になりますよね。その気持ちはわかります。だからこちらとしても、彼女にくだらない嫌がらせをしてくるのではと先読みをして、彼女を守る体制をとりました。
実際、ちょっとしたミスで「お客さんからクレームが来たから」とか、「無愛想だったから」とか、なんやかんや社長が言ってきて彼女はクビだと騒いだことがありましたが、同じような理由でクビになった従業員はいたのか、という話ですよ。それで、こちらも厳しく反撃したら、最近は社長ももうあきらめたようで、彼女は今でも元気に働いていますよ。
しかも、彼女が組合に入るまでは、この会社では有給休暇を取得することなんてできなかった。
日本の多くの職場では、制度はあっても、有給休暇は事実上、取れません。それが、たった一人で組合に駆け込んできたことによって、彼女はその後、堂々と有給休暇を使えるようになった。そうしたら、だったら私も取りたいとほかの人たちまで取れるようになりました(笑)。
──たった一人でも組合が守ってくれるんですね。
鈴木:つまり、会社に対して私たちは、「この人はうちの組合員なんだから、何かオカシナことをしたら、俺たちがおしかけて来るからな」ということを学習させたことになります。
少々下品な言い方をすれば、組合ではなく「組」、組合員ではなく「組員」と思ってもらってもよいです。実際、私たち労働組合のことをやくざとか暴力団みたいに思う会社もありますから。
まあ確かに、独裁的な使用者からすれば、労働組合っていうのは、ごちゃごちゃうるさい存在でしょう。ですから私たちも開き直って、「組とか組員と考えてもらって結構」というわけです。経営者が何かオカシナことをしてくれば、「うちのモンに何してくれるんだ」といった感じですね(笑)。そういうわけで、たった一人の個人加盟でも、その人を守っていくことができるのです。
ちなみに、札幌地域労組の組合員は今だいたい2000人ぐらいです。
◆職場に組合を作るということの大事さ
──労働組合は、困ったときの「駆け込み寺」なんですね。就職してからのことが不安だったので安心しました。
鈴木:誤解のないように言うと、まず、彼女の場合、労働条件を「向上」させていったわけではないんですよ。
彼女の場合は、職場で組合を作ることができなかった。まわりの同僚は、そんな組合なんか入ったら社長さんに睨まれるわ、みたいなことでね。なので、地域労組に個人で加盟してもらって、クビは守った。けれども、賃金あげて欲しいとかそれ以上の労働条件の向上は、一人だけのたたかいでは無理です。
それに対してもう一つの方法は、仲間を募って組合を職場に作ることです。つまり職場で「団結権」を行使するわけです。
例えば、ここが10人の職場だとすれば、そのうちの9人が組合を作って会社に要求をすれば、要求がすぐに実現するわけではなくても、それは力になります。こちらのほうが理想的なパターンです。
ちょうど明日私が団交に行くところの話をしましょう。
そこは、国内でも三本の指に入るガレージメーカーなのですが、ところが、この何年もの間、景気が悪いからということでボーナスが出ていないんです。そういう状況で組合はまず、先日、それでもボーナスを要求しました。そうしたら、案の定、会社は「いやいや、うちは今景気が悪くてボーナスは出せません」と回答してきた。
それに対して、明日の団交で何をするかというと、なぜボーナスを出せないのか、きちっと書類を出して、組合に説明してください、と求めます。つまり、いくらの売り上げがあって、いくらの支出があって、利益がいくらで、という収支状況ですね。団体交渉でこうしたことを具体的に説明させます。
というのも、実はこの会社では、「景気が悪い」「儲かっていない」とか言うのに、会社の役員がすすきのでものすごい交際費を使ったり、贅沢三昧をやっていることが明らかになっています。組合員はそこに抗議をしているわけです。このケースでは最終的には経営者の責任を追及しようと思っています。
こんなことは組合がなければ絶対できません。組合がない状態で「社長のやっていることはおかしい」なんて言ったら、もう明日から来るな、で終わりますから。
──先ほどの話では「駆け込み寺」というイメージをもったのですが、それだけではなく、自分たちで職場を変えていくんですね。
鈴木:そうですね。少しずつ職場のなかを民主化していく、ものが言えるような職場にしていくという感じですね。
簡単に言うけど、職場を改革するのに5年も10年もかかったり、道が険しい場合も少なくありません。
だけども、長く働こうと思えば、そういう取り組みが不可欠なんです。そして、ストライキをやったり、色々会社と激しくたたかった場合でも、まともな会社であれば、労働組合のそういった取り組みや中心的なメンバーをちゃんと評価するときがやってくるのです。
──会社がですか?
鈴木:だって考えてみてください。みんなが会社を辞めずに長く働けるように職場を改善するための取り組みなんだし、組合のリーダーには、職場のみんなをまとめる力が求められるわけですよね。だから実際、私たちの組合でも、労働組合のリーダーが管理職になっていったりとかたまにありますよ。
みなさんも、違法行為をやめさせたり職場をよくするためには、労働組合をつくるという選択肢を忘れないで欲しい。もっとも、労働組合をつくろう!といきなり呼びかけても、みんなビビってひいてしまうでしょうから(笑)、最初は、一緒にカラオケにでも行って職場の話をするところから。みんな、職場に不満を持っていても声に出せずにいるはずですから。
◆団体交渉の申し入れを会社はことわることはできない
──色々な資料を開示させることができたり、労働組合はすごいんですね。
鈴木:そうですね。使用者は、団体交渉を断ることができないし、誠実に対応しなければならないのです。ここが労働組合のすごさだと思います。
これがもし組合でなく、サークルや職場の仲間で、話し合いに応じてくださいと会社に言っても無理でしょう。会社は一蹴しても違法でもなんでもない。それが組合だとそういう態度は許されない。
日本国憲法28条で保障された2つ目の権利、団体交渉権です。具体的には労働組合法にもっと細かく書いてあるのでちゃんと読んでおいてください。
ちなみに、先ほどの個人加盟の場合でも、郵便局に行って、団交に応じるよう使用者に対して内容証明郵便を送るわけです。そうすれば、たまにおかしなケースがありますが、ほぼ100%%は交渉に応じてきます。会社側の顧問弁護士も、交渉には応じないとだめだよってそこは会社にちゃんと助言します。そして、駆け込まれた相談事例は、だいたいが交渉で解決できます。
◆団結権、団体交渉権、そして、団体行動権
──労働三権の残りの団体行動権というのは、どういう内容なのでしょうか。
鈴木:要求を実現するために、みんなで使用者にプレッシャーをかけるわけです。 控え目なので言えば、例えば腕章を巻いたり鉢巻を巻いたり、あるいは組合の旗を会社の前に立てるなどといった行為がそれに該当します。
それから、強めので言えば、先ほどの女性の例では、一度で解雇が撤回されたので団体行動権は行使しませんでしたが、もし撤回されていなければ、例えば会社の前にみんなで押しかけて、解雇撤回を迫る。あるいは、以前に実際にあったことですが、理事長の自宅にみんなで押しかけて行って誠実に交渉に応じるよう抗議行動をするわけです。
──(・・・沈黙・・・)
鈴木:びっくりしましたか(笑)。これがもし、個人や労働組合ではない組織がこうしたことを行うと、威力業務妨害などの犯罪になるのですが、労働組合が行う場合は、憲法が保障している権利で、合法になります。それは何故なのかということを考えて欲しいんです。
というのも、日本の場合は、そういう行動をみる機会はないですよね。でも、よその国──ヨーロッパでは、しょっちゅうそういうことをやっている。韓国でも、あちこちで座り込みやデモをしている。そうやって始めて民主主義が作られていくんです。私たちの言い方では、デモやストライキで民主主義が“ 担保される” ことになる。世界各国の民主主義はこういったことが基礎になって、成り立っている点は、ぜひ理解して欲しい。
日本はどうも、会社にたてつくのはいけないことといった空気が蔓延していて、私たちはまるで「過激派」扱いです(笑)。
◆若者の過酷な働かされ方
──若い人の働かされ方が問題になっています。そういう相談もあるんでしょうか?
鈴木:今来ている相談事例を紹介しましょう。コンピューターソフトを作っている札幌市内の会社で、相談者はいわゆるプログラマーです。
彼は最初、数ヶ月アルバイトとしてこの会社で働きます。時給は1300円でした。みなさんの感覚では結構高めの水準ですよね。それで、1日に8時間弱働きます。残業もなく、きっちり休みも与えられて、社長にもすごく優しくしてもらって、最初はいい会社だと思ったようです。
ちなみにインターネットでこの会社を検索すると非常に良いことばかりが書いている。学生の皆さんわが社へぜひいらしてくださいと。また、Q&Aで細かく色々なことが親切丁寧に書かれてもいる。
さてその後、彼はこの会社で正社員に登用されるのですが、結局は、約2年働いて会社を辞めた。いや、辞めざるを得ない状況になった。体というかメンタルをやられて、うつ病みたいになって、働けなくなって、うちに相談に来たんですよ。
理由は、長時間残業。多いときで月に90時間くらいの残業があった。休みの日も出てきて働いたり。
しかも、残業代は一銭も出ていない。そうすると、90時間の残業をしている月だったら彼の時給は、北海道の最低賃金を下回るんですよ。結局、今多くの若者が彼と同じような状況だと思うのですが、正社員の仕事にありつけたということで、頑張っちゃうわけ。でも実態は名ばかり正職員で、彼の場合も、正社員になって月給制になったけれども、なんてことはない、アルバイト時代のほうが条件はよかったじゃないか、ということなんです。
──正社員だからといって安心していられませんね。
鈴木:そう。それから彼の場合、ボーナスが出なかった。インターネットに載ってる募集要項でも、渡された契約書でも、年に二回ボーナスが出ると書かれていたのに。
みなさんもよく覚えておいて欲しいのですが、ここには逃げ道が用意されていて、ボーナス支給と書いているからといってボーナスを必ず払う義務は会社にはないんですよ。というのも、業績によって払うことがある、業績を勘案して払う場合がある、といった趣旨のことが就業規則に書いてあった。決まった時期にいくらいくらを払います、と書いているなら話は違うのですが。
そういうわけで、「賞与を年に二回と書いてあるじゃないか」と主張しても、「いやいや、払いたいのはやまやまなんだけど、赤字なもんだから」と言われちゃうと、果たしてボーナスをもらう権利があるか、会社には払う義務はあるかっていうのはグレーゾーンです。
それでも彼は、ボーナスをもらえなくても頑張り続けてきたんだけれども、最後は、心が折れちゃって病気になってしまった。
そんなんでこれから私たちは、今までの未払い賃金をどうしてくれるんだっていう交渉を会社に対してやっていこうと思っています。
◆書類は必ずとっておく。うかつにサインをしない。
──コワイ事例ですね。契約内容を確認するように、というのは授業でもならったのですが、この事例はさらにそれを上回る。
鈴木:そうですね。そして、すべてのことに通じるのは、証拠です。法律用語でいうと「立証」、証明してみせることです。例えばみなさんが泥棒にあったとか、痴漢にあったとかいうときに、それを第三者に証明する。これができなければただの言いっ放しになる、下手をすると、「お前の主張は名誉棄損だ」と言われて反撃される。
というわけで、就職して会社からもらう資料は、例えば給与明細から何から全てを捨てずに取っておく。入社する時の募集要項とか、アルバイトだったら求人情報誌など、その会社が募集をしたときの内容が掲載されたものです。ネット上に出ているのであればプリントアウトして取っておくこと。労働相談の現場では「給与明細を持っておいで」と言っても、「そんなのは給与をもらった時点で破いて捨てちゃった」なんていう、困った人もいます。
悪賢い会社になると書類を残さないようにやってくる。ひどいところでは、入社した時点で3枚、4枚もの書類をぱっとみなさんに渡して、今すぐそれにサインするように、と迫ってきます。サインをする書類は、少なくとも控えを本人にも渡すべきなんだけれどもそれはしない。だから、相談に来た労働者に「それはどんな書類だったの」と聞いても、「わからない、覚えていない」となる。もちろん悪いのは、会社なんですけれどね。
ちなみにこれまでで一番ひどいなと思ったのは、まったくの白紙にサインさせられたケースです。内容を後でどうにでも作れるということでしょ。うちの顧問弁護士に相談したら、そこまでひどいのはさすがに無効と主張できると言われましたが。いずれにせよ、サインする場合にはコピーや控えを受け取ること、もらえない場合は携帯で写真を撮るのもアリです。
──残業代がちゃんと時間通りに払われないといった問題が学生バイトでも少なくないです。これはどう対応したらよいのでしょう。
鈴木:立証できる場合、つまり証拠がある場合は、我々はさかのぼって全て請求します。ただ法律上は2年で時効になるので、それ以上さかのぼって支払わせるのは実際には難しいです。賃金の未払いは2年で消えるという点は覚えておいてください。
さて、証拠のことです。残業は、働いた時間を証明できないと、これだけが未払いだと主張できません。ところが悪徳な会社は、証拠を残さない。憎たらしいのは、そういう会社に限って、弁護士が出てきて、「鈴木さん、どの位の残業をして、いくらが未払いなのかちゃんと請求してくださいよ」と言ってくるわけです。こちらが証明できないのをわかっていて。
ですから、一番よいのは、タイムカードだとか、日報だとか、最近はパソコンの起動時間で管理しているケースもありますが、そういう会社側の管理している労働時間情報を入手すること。それがダメな場合は、手書きでメモをする。
──手書きのメモですか?
鈴木:そう、手書きのメモでいいのです。メモは負担ではありますが、毎日、何時に出勤したのか、何時に退社したのか。会社側には定時にあがったことにされているけれども、実際には21時まで働いたということであれば、21時と書いておけばよい。こうして、会社が記録を作らないのであれば、こちらが手書きで記録をしておく。これが最終的には証拠になるんです。
そんなものはお前が勝手に書いただけだろと会社は反論してくるかもしれないけれども、では正しい記録が他にあるんだったらそれを出しなさい、と言える。ほとんどはないですよね。
それにそもそも法律上は、会社側が出退勤の管理をちゃんとしなさいという通達が厚生労働省から出ています。うちも過去に、1千万単位で未払いを払わせているケースはいくつもあります。裁判をやった場合もありますし、裁判をやらなくても交渉の中で払えと迫っていったケースもありますし。
──メモの重要性はわかったのですが、でも、会社に残っているデータと整合性がとれない場合にはどういう扱いになるのでしょうか。
鈴木:そういうケースがたしかにあります。例えば第一に、わざと鉛筆で書類を書かせるような悪質な会社です。鉛筆で書類を書くことは今の時代にはあり得ませんよね。その意味は、後で消しゴムで消せるってことでしょ。だから鉛筆で書くのを求められたときは、なぜなんだろうってまず疑ってかかったほうがいい。
それから、出退勤をコンピュータで管理している会社。駅の改札のように社員がカードをかざすだけというもの。これは一見すると正確なようですが、労働時間が何時間でカウントされているか労働者の側がチェックできないという問題があります。
こうした様々なケースがあるのですが、いずれにせよ、実際の労働時間と会社から示された労働時間が異なる場合には、手帳に手書きで構いませんので、毎日、メモを残しておくこと。実際の労働時間はこうなんだぞ、と。そして、なるべく早いうちに我々のようなところに相談してください。ケースバイケースで臨機応変に対応できますので。とりわけこの残業問題などは、たった一人で行動を起こしてもつぶされちゃいますから。
──労働基準監督官をモデルにした『ダンダリン』という漫画があって、テレビでも放送されていました。困ったときに労働基準監督署に相談するという方法はどうでしょうか。
鈴木:もちろんそれもアリです。でも、監督署の職員は、人数が圧倒的に少ないですから、一つ一つの相談に迅速な対応することは困難です。それに対して、組合の場合には、相談内容や緊急性に応じて臨機応変に対応できます。
それからよくあるのは、監督署に駆け込んで「うちの会社の違法を取り締まって欲しい」と申告したところ、幸い、監督署が動いて、会社に乗り込んできて、違法を是正したとする。
ところが、監督署の職員が帰った後に何が起こるかといえば、会社による「犯人捜し」です。もちろん、監督署に通報したことをもって本人に不利益な扱いをするというのは労働基準法で禁止されています。でもそんなこと会社はお構いなしです。そしてそういう場合、労働者の日頃の言動などから「犯人」は突き止められます。
そして、会社を辞めさせられて、私たちのところに相談に来る、というパターンです。だったら最初から私たちのところに相談に来て欲しい。
◆辞める前ならこれだけのことができる
──辞めた後の相談では手遅れになる、と鈴木さんは繰り返し仰っています。逆に早くに相談に来て助かったケースもあるのですか?
鈴木:会社を辞めた後では、例えば証拠となる書類などが仮にあったとしても会社のなかに入ることがもうできませんからアウトです。
逆に、辞める前ならこんなことができます。若い女性のケースです。
彼女は、上司に毎日1時間も2時間もぐちぐちぐちぐち嫌みを言われるなどいじめられて、メンタルがおかしくなって、会社を辞めるということで相談に来られました。いまにも辞表を出そうとしていたので、申し訳ないけれどももう一日だけ出勤するように言いました。そして、その際にICレコーダーでいじめのようすを録音するよう言いました。
レコーダーは今はそのへんのお店で5、6千円で売ってます。これは連続で10時間くらいは録音できますので、職場の机の書類か何かの下にでも置いておくよう指示しました。というのも、上司は、職場に誰もいなくなると彼女のところに来るので、証言が得られないという事情もあった。
そして、見事に録音ができた。その後はすぐ、彼女には心療内科に行かせて、もう出勤できないという診断書を書いてもらうよう指示をしました。実際彼女はそこまで追いつめられていましたので。
それから団交です。会社側からは常務が出てきて、案の定私に言うわけです。「いや、鈴木さん、彼女はうそつきで有名な人で、鈴木さんはそれにうまく乗せられているだけですよ」ときた。最初はこちらもふんふんと聞いた上で、わかりました、そちらが非を認めないなら、ということで、ICレコーダーで記録した上司の発言内容を紙に起こしたものを渡して、これを無かったことにするなら裁判でもなんでも争いますよ、と伝えました。向こうはもう青ざめて、この事件では色々な条件を彼女に勝ち取ってあげられました。
まず、有給休暇です。日本の多くの職場で有給休暇の多くが消化されずにいるように、彼女も30日以上は有給休暇が残っていました。これを使い切りました。
第二に、30日の有給休暇を消化するとなると、大体1ヶ月半ぐらいかかるんです。彼女の場合それでボーナスの支給時期にかかることになって、ボーナスも支給された。
第三に、団体交渉を行っているうちに彼女の勤続年数がプラスされて、退職金の計算に波及することになりました。しかも、退職金は自己都合で辞めた場合と会社都合で辞めた場合とで支給率が異なることが多く、上司のいじめでやめる彼女の場合ももちろん、会社都合で、掛け率を高いほうで支給させました。
そして最後に、冒頭に話した、雇用保険の問題です。当然これも、会社都合による離職で処理をさせて、約1年分の給料を勝ち取りました。
よく考えて欲しいのは、もし彼女がうちに労働相談にこなかったら、あるいは、仕事をやめてから相談にきたらどうだったでしょう。今言った条件は一つも勝ち取れなかったでしょう。いじめの証拠を得るのはできなくなりますし、それから、彼女の場合、退職金が会社に存在するのかどうかさえ相談時点では知らなかった。
これは一つの典型的な事例ですが、それにしても、辞める前に相談に来て欲しい。色々な対応方法があるんです。
──今日聞いた色々な事例を通じて、モノを知らないというのは本当に怖いことなんだなと思いました。
鈴木:いや、実は私も昔はそうだったんですよ。若いころ肉体労働の現場で働いていて怪我をしたときなど、「労災隠し」など経験しているんです。医療費は出してやるから労災は使うなよ、って言われて。当時はみなさんと同じで何もわかりませんから、使うなって会社に言われたら、しょうがないのかなって使いませんでした。
ちなみに、労災隠しは会社側が摘発されたら二重に罪が重いです。労災法に違反するだけでなく、医療保険上は詐欺と同じ扱いになります。つまり健康保険は、交通事故や人を殴って怪我させた場合には、使ってはいけないことになっている。健康保険を使うことができる、正当な病気やけがといった理由にはならない。同じように、労働災害では健康保険が使えないのに、それでもやはりそういう相談がいまだにきます。
──バイト先のミスで弁償を求められるケースが多いので、もう少しそのあたりを聞きたいのですが。
鈴木:弁償を求めるケースは本当に増えたなと感じます。基本は弁償は不要だと理解してください。少し私の経験からお話しをしましょう。
私は、昔、長距離トラックやバスの運転をしていました。私は車の運転は慎重ですが、それでも、2、3年に一回はちょっとした物損事故を起こしました。当時は車両の死角も結構ありましたので。
当然、会社からは怒られて、始末書も書かされて、反省させられます。でも弁償しろっていうのはなかったです。せいぜいボーナスの減額です。
つまり、語弊があるかもしれませんが、運転の仕事は一定の確率で事故が発生してしまうということを織り込んだ上で会社は事業を行っている、それを働く側に弁償させるというのは酷です。
ところが最近の労働相談では、例えば、事故を起こして弁償を求められたり、運転中エンジンが壊れたら、「お前の乗り方が悪いんだ」と弁償を求められたりする。しかも、入社時に、こういう場合は全て私が弁償しますといった念書、誓約書をとっているケースもあって、より一層たちが悪い。
みなさんは、どう思いますか。普通は、お前だって念書を出しているだろと会社に言われると、もうあきらめちゃいますよね。せいぜい、全額弁償するところをまけてもらうぐらいで請求に応じてしまいますよね。でも私たち労働組合に相談してもらえれば、冗談ではないぞと頑張ることができる。
──法律上は白黒はっきりしていないのですね。
鈴木:先ほど、弁償の必要はないと言いましたが、実はこの問題は、グレーゾーンなのです。会社側につく弁護士と、労働者側につく弁護士とでは、まったく正反対のことを言います。
もちろん、故意や重大な過失、つまりわざとに事故を起こしたとか、酒を飲んで運転をしていたとか、そういう場合には、状況は違ってきますが、普通の人が普通の注意力で運転していて事故を起こしてしまったのであれば、それは通常の過失によるのであって、労働者側が弁償する筋合いのものではありません。それに、例えば高額な仕事道具や機材などを扱う場合には、会社は保険に入っていることもありますので。
ですから、そういう場面に出くわしたら、ハイわかりましたと弁償する前に、我々のようなところに相談に来てください。
そもそも、訴えるぞと会社から言ってきた場合でも、会社側がそういう訴えをおこすには、弁護士費用など何十万もお金がかかるんです。おまけに、仮に裁判で会社が勝利して、例えば100万円を支払うよう命令が出たとして、支払い能力が労働者の側になければまったく意味がないんですよ。未成年の場合は親に請求がいくかもしれませんが、成人では本人に請求がきます。そういう点から考えても、訴えるぞという会社の発言はほとんど全てがハッタリだと言ってよいでしょう。
実際、私はこの仕事を25年以上やってきましたが、会社に実際に訴えられたケースは、ただの一度もありません。訴えられそうだという相談は時々来ますが、「知らん顔でほっとけ」って言ったらそれで解決です(笑)。
──すごいですね(笑)
鈴木:みなさんには色々と勉強をして欲しいと思いますが、就職したら、想定をしていないような問題にも直面すると思うんです。
そういうときも、まず相談してください。誰にも相談しないで、いきなり社長に向かっていくような人もいるんです。でも会社のほうが圧倒的に力が強いわけですから、もう傷だらけのぼろぼろになってからこっちにかけこんでくる。それからだと、会社も警戒して証拠を隠滅したりして、手の打ちようもない。 だから、まずは気軽に相談を、と最後にみなさんにはお伝えしたいです。
(参考資料)
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