過労死等防止対策推進北海道センター「2025過労死等防止対策推進シンポジウム(北海道会場)の記録(2)」『NAVI』2026年3月9日

※印刷の際には右上の印刷ボタンを使うと便利です。

 

2025年11月10日、札幌市内にて、以下の内容で、厚生労働省が主催する過労死等防止対策推進シンポジウムが開催されました。

[基調講演]

「過労死等防止対策と働き方改革のいまを問う──大綱改訂の意義と課題」

清山玲氏(茨城大学教授、過労死等防止対策推進協議会委員)

[体験談発表] 高畠賢氏

[パネルディスカッション]

「過労死はなぜなくならないのか

──過労死等防止対策推進法の意義と限界、そして課題」

コーディネーター 川村雅則氏(北海学園大学教授)

パネリスト    清山 玲氏(茨城大学教授、過労死等防止対策推進協議会委員)

         寺西笑子氏(全国過労死を考える家族の会)

主催:厚生労働省
後援: 北海道、札幌市

本稿は、清山玲先生(茨城大学教授、過労死防止対策推進協議会委員)の基調講演をまとめたものです。

以下の「記録(1)」をあわせてお読みください。

過労死等防止対策推進北海道センター「2025過労死等防止対策推進シンポジウム(北海道会場)の記録(1)」『NAVI』2025年12月17日

過労死等防止対策推進北海道センター「2025過労死等防止対策推進シンポジウムの記録(1)」

 

文責・過労死等防止対策推進北海道センター

 

 

 

過労死等防止対策と働き方改革のいまを問う

──大綱改訂の意義と課題

清 山 玲
茨城大学教授
過労死防止対策推進協議会委員

 

0 はじめに

○過労死防止学会の紹介

皆さんこんにちは。

本日は、年に一度の貴重な過労死シンポジウムにお招きいただきましてありがとうございます。

私は、過労死防止学会[1]という学会の副代表幹事を務めています。過労死防止学会には、例えば、産業医の方々や、過労死弁護団を中心とする過労死弁護で裁判に関わっている弁護士の方々に加えて、経済学、経営学や社会学を中心とする社会科学の研究者が集っています。

通常の学会と異なる特徴は、研究者だけでなく、過労死の当事者やその家族の方々が、会員として、積極的に参加され、ご自身の過労死経験などを、自ら調査・研究し、発表されています。弁護士や研究者との共同研究もあります。また、労働組合関係者が参加していることも特徴です。過労死問題に実践的に取り組んでおられる労働組合の方々からの研究や報告も聞くことができます。

最近学会で取り上げられている業種やテーマを具体的にあげると、航空産業や医療業界、トラック運送業界、あるいは、フリーランスという働き方や海外で働く人々の過労死等の問題が取り上げられています。

この過労死防止学会から、私は、社会科学系の研究者として、「過労死等防止対策推進協議会」(以下、推進協議会とも略します)に「専門家委員」として入っています。この専門家委員には、過労死弁護団の弁護士や産業医の方々が入っています。また、「当事者代表委員」として、当事者家族の方々が4名参加されています。加えて、「労働者代表委員」と「使用者代表委員」がメンバーです。様々な立場から過労死問題にアプローチしながら過労死防止対策を進めるというのが、過労死等防止対策推進協議会です。

 

○報告の構成

本日持参した資料は少々大部ですが、全てをここでお話するわけではありません。皆さまはいろいろなところで活動されていることと思いますので、お持ち帰りの上、ご活用いただければありがたく存じます。極力、最新のデータを準備するよう努めました。

本日のお話の構成は、次のとおりです。

 

  1. 働き方のいまをデータで見る
  2. 過労死等防止対策推進法の概要
  3. 過労死等防止対策推進法の意義──法施行後10年の取組
  4. 2024過労死等防止大綱改正のポイント
  5. 働き方改革のいまを問う
  6. いまの論点

 

まずは働き方のデータを見ます。次に、過労死等防止対策推進法の概要と意義、成果を確認します。それから、昨年(2024年)改訂された過労死等防止大綱の改訂のポイントをお話して、その上で、働き方改革の今を問いながら、幾つかの論点をご紹介した上で、最後に皆様にメッセージをお伝えしたいと考えています。

 

○過労死をなくすには声をあげることが不可欠

過労死の問題をお話する際にいつも、強調することがあります。

過労死等の防止には、当事者や働く人々の運動が不可欠だということです。運動がなく、当事者の声が聞かれない状況では、過労死等の防止対策は常に後退するリスクを持っています。法律ができたから安心、大綱が改訂されたのでもう十分、という訳ではありません。

過労死防止対策推進法には国民の責務が書き込まれたわけですから、常に声を政治に届けるという意識を持ち続けることが重要であると思います。その点で北海道の関係者は、非常に先進的な取り組みをされてきた、過労死等防止対策推進法の成立に、家族会とともに積極的に関わってこられたと伺っています。大変頼もしい存在です。

あわせて強調したいのは、過労死等の防止対策は、今、運動面でも法律や政策の面でも、非常に大きな分水嶺、分かれ目にいるということです。頑張らないと、せっかくできた上限規制が後退しかねない局面にあります。働き方改革関連の法律は、労働者を保護する規制として一定の成果をあげていますけれども、それでも現実には過労死等がなくならない。それどころか、精神疾患などは増える傾向さえある。もっと実効性のある取り組みをして、過労死ゼロという目標に近づけないといけないと思います。

働き方改革という言葉は、多義的です。労働時間規制を前進させることもできるし、一方で、解釈や方策によっては、労働時間規制を弱める方向に持っていくこともできる。そういう危うさを持っている言葉だと思っています。本日のシンポジウムを通じて、過労死等をなくす、ゼロにする目標に向かって、思いをお互いに共有していきたいと考えています。

 

 

1 働き方のいまをデータで見る

それでは、働き方のいまを、データで確認していきます。

 

○労働時間の減少はパートが増えたから

当日配付資料より(以下、同様)。

 

このデータは、厚労省が発表しているものです[2]

シート中の左側の図は、日本の年間総実労働時間の推移です。これはよく使われるもので、時間数が急速に減少していることが確認されるかと思います。かつては、過労死問題が深刻で、海外でもKAROSHIとそのまま報道された。その頃に比べると年間実労働時間は随分と短くなった──そのように思われる方もいるかもしれません。しかし実はこれは、短時間労働者が増えた結果によります。

右側の図をご覧ください。図中で「一般労働者」と記載されているのは、フルタイマーのことだとご理解ください。

この一般労働者に限定してみると、労働時間にそこまで大きな変化はみられません。日本では、女性を中心に非正規雇用が多くみられることはご承知のとおりです。男性ではシニア世代で、女性では現役世代からシニア世代まで幅広く、パート労働者が多く働いています。OECD諸国の中でみると、日本は、二番目にパートタイム労働者の割合が高い国です。つまり、先ほどみた、左側の図における労働時間の顕著な減少とは、フルタイマーの労働時間とパートタイマーの労働時間の平均の結果ということになります。

 

○日本の男性の長時間労働者割合は減少、国際的にはいまなお大きい

長時間労働者割合の変化、及び国際比較データを作成しましたので、ご覧ください。

 

長時間労働というとき、日本では週60時間以上としていますが、国際的には週49時間となっています。

そのことを確認した上で、男性の労働時間を取り上げた2枚のシートのうち、まず前者をご覧ください。総務省の「労働力調査」によるものです。
男性はだいたいこの10年の間で、週49時間以上が30%から20%へ、60時間以上は12.5%から6.5%へと減少しています。

こうしたデータは、調査の内容や方法にも左右されます。これは、「労働力調査」で月末1週間の時間を調べたものです。ただ、「労働力調査」の場合には、労働者が直接回答している調査なので、事業所調査である「毎月勤労統計調査」などに比べると、実態に近いとされています。

次に二枚目の図です。OECD諸国で男性の長時間労働者の割合を比較したものです。日本は4番目に大きいですね。一枚目の図では、長時間労働者割合の減少をみましたが、国際的には、いまなお上位に位置しています。

 

○どういう職種・業種で労働時間は長いのか

日本の長時間労働がどういった職種や業種でみられるのかの確認もしておきましょう。

職種で一番多いのは「輸送・機械運転従事者」、ドライバーですね。それから「保安職業従事者」、「農林漁業従事者」、「管理的職業従事者」が多い。

産業では、やはりというべきか「運輸業、郵便業」、そして「宿泊業、飲食サービス業」、「教育、学習支援業」が多い。

 

ここで、仕事が原因による自殺者の数を取り上げておきます。警察庁の調べによれば、勤務問題を動機にあげた自殺者数は、2021年までは約1900件だったところ、2023年には、2800件を超えています。自殺理由のカウントの手法が2022年から少々変更された[3]という点も背景にはありますが、いずれにせよ、職場の問題、ストレスの問題が強く反映されています。

厚生労働省の調べ(「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)/個人」)によれば、仕事や職業生活で「強い不安、悩み又はストレスがある」という方が7割近い。仕事をしながら辛い思いをしている方々がこれほどいることは、非常に憂慮すべきことです。何かちょっとしたきっかけがあったり、労働時間が長いという問題と組み合わさったりすることで、自ら命を絶つ引き金になるおそれがあります。

 

 

2 過労死等防止対策推進法の概要

ここで、2024年11月1日に施行された過労死等防止対策推進法についてごく簡単に触れておきます。詳細は、家族の会の寺西笑子さんがお話をされる[4]と思いますから、ここでは、私が強調したいことだけを述べておきます。

 

○家族会が運動に果たした役割が大きかった

第一に、法制定は、家族会をはじめ多くの力が結集した成果だったことです。

家族会が主催された院内集会から、法制定に向けた運動が力強く出発しています。100万人を目標に署名活動をされて55万筆を集め、143の自治体で、過労死防止対策推進法に関する意見書が採択されています[5]

北海道を含め、47都道府県のうち11が意見書を採択されています。それから政令市20市のうちでは、横浜や名古屋など5市が意見書を出しています。

メディアの力も大きかった。法案に賛成であるという社説が主要新聞各紙で出されました。この点でも北海道では、北海道新聞が賛成意見を表明しています。

法の制定がどれだけ大変だったかということは、寺西さんが後ほどお話しくださると思いますので、私からは省略します。

 

○過労死等防止対策推進法の骨格

出所:厚生労働省作成資料より

 

第二に、過労死等防止対策推進法の骨格について、お話しします。

一つ目の「目的」ですが、遺族・家族にとって、過労死で大事な家族を亡くすということはとても辛いことですよね。同時にそれは、家族を壊すだけでなく、社会にとっても大きな損失なのだとあらためて確認しています。こうした問題に対して、「調査研究等」を通して過労死等の防止対策を推進することが掲げられています。

この調査研究が、過労死等防止対策推進法では重視されています。過労死が果たしてどれだけの規模で発生しているかは、実のところよく分かっていません。また、どういう人たちがどういう働き方をして過労死をされているか。例えば、学校の先生では、過労死と思われるようなケースが数多く発生している。ところが公務災害として認められるかというと、裁判でもなかなか認められていません。そういう場合に、では学校の先生はどのような働き方をしているのか、という調査研究が非常に重要な意義をもちます。
長時間労働者が多い幾つかの業種を「重点業種」として調査研究をし、その結果をふまえて、それぞれの産業、職種に適切な対策を講じることが、この法によってできるようになりました。

そもそも、この法が制定されたからこそ、調査研究に予算がついて、過労死防止白書にその結果が載ります。法律がなかったら、予算はつきませんから、白書も発行されませんし、調査研究も実施されないでしょう。

第三に、「基本理念」に関わることです。過労死防止等対策推進法は、理念法です。その点が過労死を防止する上での限界でもあるのですが、調査研究を通じて過労死の実態を明らかにし、その成果を防止のための対策、取り組みに生かすことが掲げられています。

同時に、ここが重要なのですが、過労死等を防止することの重要性について国民の自覚を促し、これに国民の関心と理解を深めることを責務として明記しています。国民の関心と理解がなければ、対策への取組は、どうしても弱くなってしまいます。この点で、防止法が制定されたときのような、全会一致で法が制定されるような運動が必要であることをお伝えしておきたいと思います。

 

○過労死等防止対策大綱の策定と、過労死遺族の声

「過労死等の防止のための対策に関する大綱」(以下、大綱)が定められ、3年に一度、改訂されています。そこでは、数値目標も含めて、どのような対策を進めていくかが具体的にある程度書き込まれます。

この防止対策や大綱を作成し進めて行く上で、過労死等防止対策推進協議会を設置することが定められています。通常、審議会のメンバーとなるのは、「公」「労」「使」なんですね。労働者側の代表と使用者側の代表、それから、公益の代表という構成で、公益については、弁護士さんや研究者が選ばれることが多い。また労働者側の代表には、労働組合の全国組織から代表が選ばれることが多い。

しかし、協議会には当事者代表が入っています。過労死問題の当事者とは誰か。過労死で命を失ったご本人、そして、その家族でしょう。そういう方々の言葉にはものすごく重みがあり、推進協議会でお話をされると、みんなが聞き入ります。家族の方々の発言が、協議会のメンバーや協議会に参加している厚労省の方々を動かして、対策や大綱に反映されていきます。

ところで、大綱の改訂に先だっては、過労死弁護団など関係団体が意見書を提出していますが、私どもの過労死防止学会でも意見書を取りまとめて提出しています。

先ほど申し上げましたとおり、学会には、様々な領域の専門家が参加しています。その方々から、現行の大綱の課題や今度の大綱改訂で希望する改善点などを聞いて、整理をしながら意見書を提出します。厚労省のウェブサイトの「過労死等防止対策推進協議会」ページ[6]では、そういった資料が全てみることができます。もし、詳細な内容に関心がおありの方はそちらもご覧ください。

 

 

3 過労死等防止対策推進法の意義──法施行後10年の取組

それでは、防止法による成果をみていきましょう。

 

○過労死等防止対策の成果の概略

 

まず第一の成果として、時間外労働の上限規制や過労死認定基準の緩和があげられます。ハラスメント防止措置の義務化も進みました。過労死等の多い重点業種の調査研究が行われて、労働時間の上限規制やその他の働き方改革、労働者保護規制が前進しました。

あわせて、当事者、家族、弁護団、産業医、研究者との共同が進んでいます。この法律を作る段階で、関係者の方々が共同・連帯を進めてこられたわけですが、法が制定された後も、それぞれの団体で共同が維持されています。それぞれの団体で実態の解明や国への問題提起を行い、大綱や大綱の推進状況、言い換えれば、過労死防止対策推進状況が今実際どうなっているかをチェックしています。そして、大綱改訂時にも、それぞれが持っている強みを生かしながら共同がみられます。

ちなみに、私自身は昨年(2024年)の大綱改訂から委員として参加しています。ですからそれ以前の大綱改訂時には直接的な関与はしていないのですが、それまでの全ての議事録や資料を拝見しました。出された意見書も全て確認をし、相当な量の中身の濃い意見が、委員の方々から出されていることを知りました。また、この仕事を引き受けたときには、年に2、3回程度の会議に出ればいいからと伺っていたのですが、まったくそのようなことではありませんでした。年に2、3回の会議の前には事前説明がありますし、公的な会議・会合以外にも、弁護士や家族会の方々と情報共有を図ります。そして、学会との連携も取りながら進めるわけですから、非常に勉強にはなりますが、なかなかの作業量です。いずれにせよ、関係者のそういった仕事、努力の上に、こうした取り組みが進められていることをお伝えしておきたいと思います。

 

○時間外労働の上限規制

さて、時間規制がどう改善されたかと言えば、防止法が制定されるまでは、特別条項付きの36協定(さぶろく協定)さえ結べば、青天井でした。経団連加盟の企業の多くが、特別条項付きの協定を結んで、過労死ラインを超える時間外労働を可能にしていました。

ようやく、単月で100時間、複数月で80時間の時間外・休日労働に関する上限規制ができたのです。これは、日本の労働時間法にとっては、非常に大きな、画期的、歴史的なことです。上限規制の水準が非常に低いという問題はあるのですが、それまでは、上限規制がそもそも存在しなかった。手続きさえ踏めば、140時間でも160時間でも時間外労働で働かせることができた。それで労働者が亡くなったとしても、そのような時間を働かせていたこと自体がストレートに法律違反となるわけではない。特別条項付き36協定を結び、時間外労働の割増賃金をしっかり払っていれば、異常な長時間労働それ自体は違法にはならなかったのです。その点で、労働時間に上限規制ができたことには、とても大きな意味があったと思います。

上限規制の適用が猶予されていた建設業、自動車運転業、医師などの業種に関しても、2024年から規制が適用されるようになりました。

 

もっとも、規制は適用されるに至りましたが、例えば、自動車運転労働者や医師などでは、一般の労働者と異なる上限規制になっていること、そして、これらの職種で過労死が多いことは先ほど述べたとおりです。

とくにお医者さんの上限規制には非常に問題がある。時間外休日だけで1860時間まで容認されている。お医者さんの勤務シフトを見ると、胸が痛みます。私たち普通の人たちにはとうてい耐えられない働き方が認められてしまっているのです。

 

○労災認定基準の緩和

出所:厚生労働省作成資料より

 

さて、時間外労働の上限規制の設定とあわせて、過労死の認定基準が緩和されました。

改正概要を後でご覧いただきたいのですが[7]、例えば、「脳・心臓疾患」では、「労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合評価して労災認定することを明確化」「労働時間以外の負荷要因を見直し」することとなりました。業務として非常に重たいようなもの──例えば、長距離移動が頻繁にあるとか、異動に伴う新しい業務でものすごく負荷がかかったとか、あるいは、勤務間インターバルが短い業務であることなどが、労災認定時の評価の対象となっています。労働時間の長さが労災認定基準に満たないからというだけで切り捨てたりはしないこと、となりました。

出所:厚生労働省作成資料より

 

「心理的負荷による精神障害」の労災認定基準でも、改善がありました。例えば、ハラスメントの存在が評価されるようになった。先ほど、カスタマ-・ハラスメントの条例を北海道でも作られたことが紹介されましたが、ハラスメントによる心理的負荷はものすごく大きいのですね。労働組合のUAゼンセンさんでも、小売業の実態調査をされています[8]が、若い労働者を含めて、非常に厳しい状況にあることが明らかになっていますので、こうした問題が追加されるようになっています。

そして、精神障害の労災認定も、「評価表の明確化等により、より適切な認定、審査の迅速化、請求の容易化を図る」とされました。

 

○ハラスメント対策の強化、産業医の職務拡大等

ハラスメント防止対策が義務化されました。2020年6月から大企業でパワハラ対策が義務化され、中小企業でも、当初は努力義務であったものが、2022年4月からは義務化されています。当初は対象外であった就活ハラスメントやカスハラへの対策も、今年(2025年)の6月に法改正され、2026年から義務化されます。

産業医の職務拡大も行われました。労働安全衛生法の改正により、ストレステストを、50人未満の企業に対しても、2028年5月までには義務化される予定です。

防止法が制定されたこと、そして、協議会での審議を背景にして、こうした前進面があります。

 

 

4 2024過労死等防止大綱改正のポイント

今回の大綱の変更ポイント[9]について触れて欲しいと依頼がありましたので、簡単にご紹介します。

 

○大綱改訂で何が変わったか

 

5つの重点業種(トラック運送業、医療従事者、建設業、教職員、情報通信業)がこれまでにあげられていましたが、ここに「芸能・芸能分野」が加わることになっています。あわせて、強く今打ち出されているキーワードがハラスメント対策の強化ですね。

ILO(国際労働機関)では、「仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約」を、ILO制定からちょうど100年の年(2019年)に第190号条約として採択しているのですが、日本では、批准できていません。今回の大綱改訂時には、いついつまでの批准を目指すなどスケジュールに書き込めないかと委員の多くが発言をしたのですが、残念ながらそこまでの結論には至りませんでした。

ですから、余談となりますが、この問題を3年後の次の改訂時(2027年予定)にあらためて実現したいということであれば、カスハラやメンタルヘルスなど様々なハラスメント対策の必要性を周知し、実効性をあげ、対策を前進させることが重要になると思います。

現在、フリーランスが新たな働き方として注目をされています。また、フリーランスと呼ばれているけれども、実際には雇用労働者と変わらない働き方をしている方もいます。自営業なのか、雇用労働者なのかがまず問われているわけですね。

その一つの典型が芸術・芸能分野の女優さんだったり、そのマネジメントをする方だったりするのですが、フリーランスの場合、例えば、事業者間取引を適正化することなど、雇用労働者と異なる保護のあり方を構築する必要があります。単に労働時間の規制だけではなくて、お金の問題、契約の問題についても整備する必要があります。これは、適切な価格転嫁の必要性など、トラック運送業でも類似の課題が言われています。

こういうことが重視されるようになったのが、大綱の前進面です。

 

○調査研究の課題

 

調査の課題としては、重点業種に加えて、フリーランス、労災が多いシニアや、労働時間把握が困難な自己申告制の労働者の働き方の問題などが、新たな課題になっています。労務管理のあり方や労災認定のあり方も焦点になってくるのではないかと考えています。

建設、自動車運転、医師など、働き方改革2024の対象業種であったこの3業種では、労働実態の把握が、今後もなお非常に重要です。

例えば、トラック運送業では、ものすごく重層的に下請けの活用が行われている。第一次、第二次にとどまらず、第五次、第六次、第七次の下請けまで活用されています。また、行きの荷物はあるけれども、帰りの荷物が確保できずに空で帰って来ざるを得なかったり、それを防止するために安い運賃で荷物を確保しようとしたりすることなどが、運転者の低賃金・長時間労働に拍車をかけることにつながっている。働き方改革を進めるためには、商慣行や運送契約のあり方の改善も不可欠と言えます。

 

○過労死ゼロを目指す数値目標の設定

 

過労死ゼロを目指して、大綱では、数値目標を掲げています。

第一に、週60時間以上働く人を2028年までに5%までにしていくこと。

第二に、年次有給休暇の取得率70%とすること。最新データでは65.3%となっていましたから、目標達成は目前です。

第三に、勤務間インターバル制度(終業時刻と次の始業時刻の間に一定時間以上の休息を設ける制度)について、同制度を知らない企業の割合を5%未満にし、導入企業割合を15%にするという目標が掲げられています。

 

○勤務間インターバルを広げよう

勤務間インターバルは、労働時間の上限規制とあわせて、過労死をなくすのに最も有効な制度です。仮に長時間労働であったとしても、一定の勤務間インターバルが確保されれば、睡眠時間を確保し休むことができます。言わば、健康・生命の維持回復が図れるわけです。

学校の先生を例にあげると、学校の先生は6月にダウンしたりお亡くなりになってしまう方が多い。3月は翌年度の準備で忙しい。4月は忙しい。5月は連休があって休みが少し確保できる。しかし6月は祝日がない。7月も学期末に向けて忙しい。6月に休息時間を確保できることが非常に大切なわけです。〔文脈上、7月を含むと考えたがどうか?〕

こうした実態に対して、もし、日々勤務間インターバルを取ることができれば、問題を解消することができます。これを変形労働時間制の採用で対応しようというのは、まったく適当ではありません。変形制の場合、6月は死ぬほど働いて8月にその分の休みを取りましょうという考え方がベースにあったわけです。この場合の変形制は、過労死の防止には何もつながりません。そうではなくて、最低限の休息時間を毎日確保することがとても重要です。

なお、ヨーロッパでは1日24時間のうち最低連続11時間の休息時間をとることが、EU法で定められています。日本では、9時間さえもできていないところがあります。そのような状況ではありますが、勤務間インターバルをまずは普及させていくことがとても重要になります。

 

 

5 働き方改革のいまを問う

○増える労災請求件数、伸びない認定

さて、法の施行から進んだ側面も随分とあるのですが、一方で、長時間労働者がなお多くみられることは先ほど述べたとおりです。そして、過労死がなくなっていません。むしろ、労災の請求件数は伸びています。

 

二枚のシートを作成しました。一枚目は脳・心臓疾患の労災、二枚目は精神障害の労災に関する状況です。

前者をご覧ください。労災請求件数は増加しています。ところが、認定件数は減っています。同じ年の請求・認定件数とは限らないのですが、2014,15年は、763件、795件の申請に対して277件の支給であったのが、2023年は、1023件の申請に対して216件の支給決定にとどまります。支給の決定が減って、認定率が下がっている。このことが現在問題になっています。先ほど、認定基準が緩和されたことを話しましたが、労災認定の現実では厳しい状況にある。

この点は、過労死防止学会でも話題になっていまして、労災保険の収支を合わせるためにこのような調整が行われているのではないか、との指摘もなされています。

そして、二枚目の精神疾患について、この申請件数がものすごい増加傾向にあることは、一目でお分かりになるかと思います。

加えて、過労自殺に該当する、黄色で着色した箇所をご覧ください。

先ほど、警察庁の統計から、勤務問題を原因とする自殺は2800件超と申し上げました。ところが、この図をご覧いただければ分かるとおり、過労自殺で労災が認定されているのはわずか79件です。

もちろん、警察庁の統計では、自殺の原因は複数があげられているとはいえ、それにしても、両者の乖離は大きいです。

 

○トラック運転手、医師、学校教員の働き方

時間もありませんが、重点業種のうち、トラック運転手、医師、学校教員の働き方にみられる問題について、簡単に触れたいと思います。

第一に、トラック運転手について。

 

大綱の改訂にあわせて、労働時間等の労働条件の向上を図ることを目的とした「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」が改定[10]され、1年の拘束時間が3516時間から3300時間にまで短くなるなどしています。1日の休息期間は、継続8時間以上を確保すればよかったのが、「継続11時間を基本とし、9時間を下限」とすると改善されました。

制度改定はこのように少し進んでいるとはいえ、現実の労働実態はかなり厳しい。2024年問題にあわせてNHKや民放、新聞などで、トラック運転手の働きぶりなどが放送・報道されました。幾つかリンクを貼っておきました[11]ので、お時間があれば、そちらをご覧ください。長距離を走る運転手は、夜の高速道路のサービスエリア、パーキングエリアに車を停め、運転室内で寝ているんですよ。カプセルでもいいから、とにかく、せめて横になれる施設をパーキングエリアの近くに設置すべきだと思います。

 

医師の働き方改革も問題です。病院によって水準が分かれていまして、年間の時間外休日の上限がこのように異なります。

時間外休日が960時間とか1860時間でも十分長いのですが、地域医療を守るためになどの理由で、抜け穴となりうる制度が設けられています。宿日直許可制度です。

これは、「宿日直許可」を受けたところは、その許可の範囲で、宿日直をしているときは労働時間に該当しないという扱いを受けることが可能になる。許可を受ければ宿日直を休息時間とすることができるのです。これによって、形の上では、医師の労働時間の上限超えを防ぐことができます。

しかし、この宿日直は休息時間に該当すると言えるのでしょうか。そのことが問題視されています[12]。宿日直許可を取っていれば、宿直時間中に手術の前の予習・準備、新薬の勉強をしても、上司の指示がなければ労働時間から外すことがほんとうに適切でしょうか。

宿日直許可は、労働局に数多く申請されています。北海道を含め、全国で宿日直許可が申請され認められています。従来は、宿日直は労働時間扱いをされていました。ところが、手当てを出すなどしている場合はもちろんたくさんあるのですが、労働時間のカウントからは外すことが可能になったのですね。今後も、継続した実態調査が必要です。

 

学校教員については、精神疾患による休職者が増えています。2023年度の数値で7000人を超えています。

そのことも問題ですが、加えて、それらが公務災害としてきちんと認められているか、という問題があります。公務災害認定件数は、休職者に比べれば、ほんのわずかです。

学校現場の人手不足は著しく、そのブラックさがすでに広く知られることになりました。時間がありませんので、後で、資料をご覧いただければ幸いです。

 

 

6 いまの論点・課題

最後のパートです。過労死防止の取り組みは一定程度進んだけれども、過労死が減らないということを最後にしっかり強調したいと思います。

 

○危機にある過労死防止対策

 

申請件数のことで言えば、かつては、認定基準が厳しくて認定されないために泣き寝入りをさせられていたのが、今は認定基準が緩和され、過労死に関する理解も深まってきた。加えて、弁護士による支援も広く行われるようになってきた。そう考えると、過労死の請求件数が増えていることは、必ずしも悪いことではありません。

問題は、請求件数が増えている割に認定が増えないことです。

あわせて、学校の先生、医師、運輸などの分野では、これは労働なのかそれとも休息なのか、といった労働時間の認定をめぐる厳しい「攻防」があるわけです。

一例をあげると、学校の先生では、部活動は労働時間ではないとされてきた。土日を含め、毎日のように部活動の指導やし合いの引率等を行っていても労働時間として認められてこなかったのです。それは公務災害の認定で非常に高いハードルになってきた。

それがようやく文科省も、いわゆる超勤四項目(生徒の実習、学校行事、職員会議、非常災害など緊急時対応)以外であっても、労働時間とみなす方向に変わってきた。当初は、変形制で対応しようとしていたのが、それももう無理だと判断されたわけです。

先にご紹介した医師や学校教員をめぐる動きにも、プラスとマイナスの動きが常にせめぎ合っている状況に今はあります。

経団連さんなど経済界から出ている委員の方々も、推進協議会の場ではかなり過労死防止対策に前向きの積極的なご発言をされます。例えばハラスメント対策については、もうちょっと進めたらどうか、大綱のレベルをもっと上げてもいいのではないか、といったニュアンスのことを発言される。

一方で、せっかくできた労働時間規制の適用除外を拡大させる動きが経済界から出されてくる。そうした発言は、過労死等防止対策推進協議会の場ではほとんど出されませんが、労働政策審議会の労働条件分科会では、当たり前のように出されています。働きたい人、稼ぎたい人の希望を叶えられるように、現行の労働時間規制は緩和する必要があるのでは、と。

使用者側委員のそうした発言に対して、労働者側の委員、つまり、労働組合の代表の方々などが、労働者の健康第一で、時間規制は重要であると懸命に反論をされている議論状況にあります。

あわせて、兼業・副業時の時間外割増率の通算の撤廃を求める動きがあります。政府は今、兼業・副業を進めています。現状では、兼業・副業時の労働時間は通算されることになっていますが、労働時間の把握が難しいし、同じ時間を働いていても、法定労働時間を超えた場合、後で労働契約を結んだ副業先の事業所で割増賃金に支払わなければならないことに対して、反対が根強い。

裁量労働制や高度プロフェッショナル制度の適用を拡大したい、という経済界の意向も非常に根強い。これらの制度が適用されている人たちの間では、どうしても長時間労働になりがちです。高度プロフェッショナル制度や裁量労働制が適用されている、例えば、コンサルの現場では、長時間労働が顕著です。コンサルの現場では、金曜日の夕方に発注が来て、月曜日の朝イチでプレゼンが行われるという状況が当たり前にある。つまり、土日に働いて対応しているということもよくあると聞きます。
きちんと裁量が与えられていれば、休息時間を確保でき、ワーク・ライフ・バランスにもプラスですが、裁量が与えられていない人に適用されていることがある。その場合には、健康悪化に繋がりやすい。厚労省の調査[13]では、裁量労働制に満足している人も少なくありませんが、問題は、業務が過重で休みも取りにくく、労働時間が長い人たちの健康をどう確保するかです。

雇用類似の働き方と書いたのは、例えばウーバーなどをイメージしてください。彼らは、請負・自営業者扱いで労基法でも守られない。EUでは、そういう労働者も事実上の雇用労働者とみなして対策が講じられているのに対して日本ではそうした動きが遅れています。

 

○今後求められる取り組み

 

そういう意味では、今後の取り組みとして、働き方の多様化を踏まえた新しい規制などを設けていく必要があると思います。

過労死防止の観点から、新しい規制とか人事労務管理の考案も必要になるでしょう。リモートワークに反対、フレックスに反対、裁量労働制に反対とだけ主張しても、働く人たちの相当部分からの賛同が得られません。これらの制度には、労働者がワーク・ライフ・バランスを実現する上で有効な側面もあるからです。この制度で助かっている人もいるのです。

課題は、それらを導入する際に、具体的にどうにしたら、健康を適切にしっかりと確保できるか、実態に近い労働時間管理が可能になるかを、みんなで考えていくことでしょう。

過労死防止の啓発授業やワークルールの周知啓発、ワークルール教育の推進も必要です。

また、関係者が連繋して、判例を共有するなどの取り組みも必要です。当事者に立証責任が課されている現状では、何が労働時間で何が労働時間でないか、どのような取り組みが有効であるかなどの情報共有は非常に有効です。

本日は報道関係者も参加されていると伺っています。最後に申し上げたいのは、報道の皆さんたちは、政策や世論を変えていく上で、大きな力を持っているということです。そして、「顔の見える報道」を実現していくためには、過労死家族の方々の言葉がとても重要です。そのことを最後に強調したいと思います。

 

制限時間となりましたので、私の報告はここでいったん終了とします。ご静聴をありがとうございました。

 

(拍手)

 

 

[1] 過労死防止学会

[2] 厚生労働省「労働時間等関係資料」(労働条件分科会第194回参考資料、2025年2月28日)

[3]自殺の原因・動機について、2021年までは、遺書等の自殺を裏付ける資料により明らかに推定できる原因・動機を自殺者1人につき3つまで計上可能とされていましたが、2022年からは、家族等の証言から考えうる場合も含め、自殺者1人につき4つまで計上可能とされています。

[4] 冒頭にあげた「記録(1)」を参照。

過労死等防止対策推進北海道センター「2025過労死等防止対策推進シンポジウムの記録(1)」

[5] 岩城穣(2025)「過労死防止法制定運動から考える意義と限界」

[6] 過労死等防止対策推進協議会

[7] 厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定基準を改正しました」2021年9月14日「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました」2023年9月1日

[8] UAゼンセン「カスタマーハラスメント対策資料集」

[9] 厚生労働省「「過労死等の防止のための対策に関する大綱」の変更について」

[10] 厚生労働省「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)」

[11] 「2024年問題に効果ある?「トラックGメン」の調査に同行 業者の本音は「本当にモノが運べなくなる」」『東京新聞』2023年9月4日 12時00分

「SA・PAで大型トラック「駐車難民」状態…高速道路会社が乗り出す「スペース有効活用策」」『読売新聞』2024/03/26 15:30

[12] 「「あれが労働じゃなければ、何なんだ」日本の医療はどこへ行く」『NHK』2024年3月23日午前10時04分

[13]厚生労働省「労働時間法制の具体的課題について④」(労働条件分科会第202回資料、2025年9月4日)

 

 

 

>北海道労働情報NAVI

北海道労働情報NAVI

労働情報発信・交流を進めるプラットフォームづくりを始めました。

CTR IMG