川村雅則(2025)「越谷市公契約条例に関する調査・研究~条例の特徴と労働組合の取り組みを中心に~」『建設政策』第222号(2025年7月号)pp.38-42
『建設政策』今号の特集は、「働き方改革から1年~建設現場の変化と課題は(上)」です。
1.はじめに
本稿では、埼玉県越谷市を訪問し、市と労働組合(越谷市職員組合等)の双方から行った、越谷市公契約条例に関する聞き取り調査結果の一部を紹介する[1]。
越谷市公契約条例を調査対象とした大きな理由は、同条例ないし条例制定には自治体の労働組合が深く関わっていると聞いたことによる。条例制定に労働組合が関わっているのはどの自治体も同じではないか、と言われるかもしれない。おそらくそうだと思う。ただ、ではどう関わればよいのか、ということの積極的な情報配信はあまりなされていないのではないだろうか。全方位対応の議会対策の重要性がよく指摘されている。公契約条例の制定は関係者全員にとってウィン・ウィンの関係をもたらすとも説明される。いずれもそのとおりだとは思うものの、結果的に関係者が対立した状況で終結してしまい、公契約条例をめぐっては未だにしこりが残る札幌での経験を踏まえると、以上のような一般論では物足りない。どんな取り組みを背景に越谷市では条例が制定されたのか、それを知りたいと思った。
なお、公契約条例の実績、公契約条例の運用・履行確保の手段、公契約条例の効果・評価など多くを割愛している。詳細は川村(2025)を参照されたい。また、事業者側や本誌読者の関心事であろう建設工事契約の実態など、研究上の課題を多く残していることもはじめに述べておく。
2.越谷市公契約条例の概略
越谷市の公契約条例は、2016年12月定例会で全会一致により原案のとおり可決。労働報酬等審議会など一部を除き、条例は2017年4月1日より施行されている。
条例は、全12条からなる。すなわち、第1条 目的/第2条 定義/第3条 基本方針/第4条 市の責務/第5条 受注者の責務/第6条 労働報酬下限額/第7条 対象契約において定める事項/第8条 立入調査等/第9条 是正要求及び是正報告/第10条 公表/第11条 労働報酬等審議会/第12条 委任である。
条例の目的は「公平かつ公正な公契約及びそれに従事する労働者の適正な労働条件の確保に努めることを明確にし、公契約の適正な履行と質の向上を図り、地域経済の健全な発展と市民福祉の増進に寄与すること」で、「基本方針」は次の5つである。すなわち、①公契約における法令遵守、透明性確保、競争性確保、②公契約の品質、価格、履行の適性を確保、③適正な労働条件の確保、本市における雇用の促進、④市内中小企業の受注機会の増大、地域貢献に取組む事業者の評価、公契約の担い手の確保、⑤談合、不正行為の排除である。
基本方針や市と受注者の責務については、市が発注する建設工事、製造請負、業務委託に係る「全て」の契約及び指定管理協定に適用され、労働報酬下限額については、「一部」の公契約に限り適用される(以下「対象契約」)。
前者(全ての契約)には、後述する、市内事業者の活用や市民の雇用機会の確保、労働者の継続雇用が含まれること、後者(「対象契約」)では、労働報酬下限額以上の賃金の支払いのほか、義務とされた事項の履行状況等の報告(「履行状況等報告書」の提出)、労働報酬下限額などの労働者への適切な周知、社会保険の加入、適正な下請契約の締結が事業者に課せられている。
対象契約は、建設工事契約が予定価格5,000万円以上と範囲が広く(市長の意向もあって、建設工事契約の対象範囲は踏み込んだ対応がされたと説明を受けた)、業務委託契約が予定価格1,000万円以上のうち人件費が主の業務、指定管理協定が指定管理料1,000万円以上である。
労働報酬下限額は、工事では公共工事設計労務単価が基準として使われ、同単価の90%である。委託等では、時給1,160円である(2025年の数値)。調査当日の説明によれば、委託等の基準では、事務局で準備した関連データ──最低賃金、生活保護基準額、市職員給与、その他の自治体の動向など──に基づき審議会で検討がされているとのことであった。
3.越谷市公契約条例の特徴
越谷市が考える越谷市公契約条例の特徴はどのようなものであるか。以下は市から示されたものである(付番は筆者)。
表1 越谷市公契約条例の特徴
- 地域社会に貢献する事業者の適性評価を明示
- 下請の市内事業者の活用と市民の雇用機会確保を規定
- 下請負業者の社会保険加入の指導と法定福利費を反映した下請金額の確保を規定
- 労働報酬下限額設定時の審議会の意見聴取を規定
- 労働者の継続雇用の努力義務を明記
- 賃金額報告時に労働関係法令の遵守状況を併せて確認
- 条例違反に対しては、契約解除はせずに事実の公表と指名停止措置
出所:越谷市提供資料(越谷市総務部契約課「越谷市公契約条例~制定までの過程と概要」2022年7月)より。
このうち、労働組合の側からも力を入れて説明された⑤と②について補足する。
1)雇用継続の努力義務
まず⑤については、条例では「第5条第4項 受注者は、継続性のある業務に関する公契約を締結する場合は、当該業務に従事する労働者の雇用の安定並びに当該業務の質の維持及び継続性の確保に配慮し、当該公契約の締結前から当該業務に従事していた労働者のうち希望する者については、特段の事情がない限り雇用するよう努めなければならない。」と定められている。
組合の説明によれば、組合の最大の目標は雇用継続条項を入れることであったという。価格適正な価格で適正な賃金を支給する仕組みを作るのはもちろん重要であるが、委託制度のなかで雇用が維持できるかどうかは、労働者・労働組合にとって死活問題なのだという。また「雇用継続」という条件は、単純にみればそれだけのことにみえるけれども、「雇用に労働組合もくっついていく」、そうなるとダンピング行為・業者を排除できるなど、委託労働運動と組み合わせることで実際には波及効果が非常に大きいという。
なお、当初筆者は、努力義務にとどまる雇用継続条項で果たして効果は十分に上がるのだろうか)と思っていたのだが、杞憂のようであった(詳細は割愛)。
2)下請の市内事業者の活用、市民の雇用機会確保
②については、基本方針を定めた第3条の第3号と第4号(「第3号 労働者等の適正な労働条件の確保に配慮するとともに、本市における雇用の促進及び安定に努めること。」「第4号 予算の適正な執行に留意しつつ、市内の中小企業の受注機会の増大を図るとともに、防災及び災害復旧活動をはじめとする地域社会の維持及び発展並びに社会的価値の向上に貢献する事業者を適正に評価し、将来にわたる公契約の担い手の育成及び確保に寄与すること。」)、受注者の責務を定めた第5条第3号(「受注者は、地域経済及び地域社会の活性化に寄与するため、業務の一部を第三者に発注する場合は、市内に事業所等を有する者を使用するよう努めるとともに、市内に住所を有する労働者等の雇用機会に配慮しなければならない」)に規定されている。
組合によれば、市内事業者の活用は盛り込まれていても、市民の雇用促進というのは、当時、組合が調べた限りでは他の自治体では見当たらなかった。「市民から集めた税金を市民に返すという考え方」、事業者も市民も豊かになるという考え方が発想のベースにあるという。地域内経済循環の考えが意識されていると言えよう。
3)適切な予定価格の算出
ところで、市の責務のうち、第4条第2項に定められた適正な予定価格の算出という考え方(「市は、公契約の品質、価格及び履行の適正を確保するため、取引の実例価格等を考慮した適正な積算根拠に基づき、契約金額を決定する基準となる予定価格の算出に努めなければならない。」)について趣旨などを市に尋ねたところ、この条項は、他の自治体にもみられるもので、条項自体は特徴的なものではないものの、事業に見合った予定価格の確保は、事業者団体からのヒアリングで求められていたことであり、なおかつ、労働団体からも強く要請された点である。国も、いわゆる担い手三法などで、予定価格の適正な積算をうたっている。積算に関して、当時、越谷市で何か問題が生じていたというわけではないが、確認的な意味合いも含めて、市の責務として入れたとのことであった。
市からはこう淡々と説明をされたのだが、労働組合側からの説明によれば、この点こそ重要な条件であった。組合では、労働報酬下限額が適正に支払われることを前提に、むしろ、それに見合った適正な積算が行われるよう市に働きかけることに主眼を置いていた。それは、公契約条例に事業者からの賛同を得るためにも必要なことであった。雇用の継続や適正な賃金の支払いを事業者に対して労働組合は求めている。しかし、原資もないなかで適正な賃金の支払いだけを求められれば、事業者の側が経営難に陥ってしまう。自治体の側にも適正な積算を労働組合として求めていくのは当然であるという。全国的には、この条項が入っている条例は多い。但し、実効性をもたせるための取り組み、働きかけが行われ、条項が活かされているかどうかは別次元の話であるとも指摘された。
こうした考えに至る背景には、労働組合が、市が委託する仕事で働く労働者の組織化や労働条件の改善に長く取り組んできたという経緯がある(委託労働運動)。この点をみていこう。
4.業務委託に関する組合規制、労働組合運動の到達点
1)越谷市職の委託労働運動
越谷市職員組合は早い時期から公務非正規問題(非典型労働問題)に取り組んできた。委託労働者については、個人加盟の「越谷委託労働者組合」(現在の「越谷地域労働者連合組合」)を1980年に立ち上げて、清掃業務、守衛、電話交換業務に従事する職員の組織化に取り組んできた。現在は、ビルメン事業者、施設管理公社を中心に、リサイクル施設、市立病院における医療事務など9つの組合で委託労働者・指定管理労働者などを組織し、なおかつ、越谷市職を加えた組織で「越谷地域公共サービスネットワーク」が組織されている。ビルメン労働者を組織している「越谷地域労組」は、17の分会を持つ。委託労働者の組合は、ほとんどが、ユニオンショップが締結されているか、オープンショップであっても高い組織率が維持されている。越谷市が委託をしている事業者の主立ったところは組織化されているという。
2)対等な労使関係の確立
労働条件決定の労使対等原則の実現は、容易ではない。ましてや委託事業等においては、事業者・受託者は、自治体からの限られた委託料によって事業を行っている。言い換えれば、労働者の雇用や労働条件は、自治体という発注者、発注条件によって強く規定されている。そのような状況下で、いかに労使対等を実現するか。この点に対する組合の考えがまとめられたのが図1である。対等な関係を作る上で、労働組合の上に自治体労組が、さらにその上に公契約条例が乗っかっている。
図1 自治体当局×[委託・外郭当局×労働組合+自治体労組・公契約条例]
出所:青木(2022)より(図タイトルを含む)。
3)行き止まりの構図から循環の構図へ
では、労使対等の関係を構築するなかから、具体的にどのようにして委託現場の問題を解決していくのか。それは、行き止まりの構図から循環の構図を作ることである。3つの図がそれを説明する(図2)。
図2-1 一方通行の行き止まり(現場任せの構造)
図2-2 行き止まりから循環へ(不安定化のリスクの予防)
図2-3 正三角形と時計回り
出所:図1に同じ。
委託の現場では、労働条件を改善したいと労働者が思っても、事業者は無い袖は振れない。労使間で争っても泥沼状態に陥ってしまう。これが行き止まりの構図である(図2-1)。この状況を「回せる」ようにしていかなければならない(図2-2)。いい仕事(よい仕事)を実現し、それをもって自治体交渉を図り、委託料など具体的な成果とあわせて評価につなげていくこと、そして、労働者からの相談にあった賃金の改善や有休取得などにつなげていく──このサイクルをぐるぐる回していく(図2-3)。これが組合に求められている運動である。こうしたサイクルが実現すれば、事業者側にとっては、適正な委託費で仕事が受けられるし、ダンピング競争を抑えられるというメリットがある。
いい仕事をして関係者とウィン・ウィンの関係を作ることの重要性も労働組合側から繰り返し強調された点である(ここでいう関係者とは、事業者はもちろんのこと、納税者である市民も)。ゆえに、自治体への陳情・交渉では、労働者の権利を守れということは一言も言わないのだという。いい仕事をする、だからこそ、既存の労働者の雇用継続やまともな賃金を払える積算が必要なのだと主張をしている。唯一の敵はダンピング行為・業者である、と組合では考えられている。
ゆえに、そうした行為・業者の入札参加を防ぐことが重要になる。そこで、労働組合が組織された職場であることを宣言し、業界団体の各事業者に対して、組合で要望書を送付するのである。図2-3に示された「不良物件宣言」である。不良物件とは、労働組合がある職場のことを事業者側が指すある種の隠語である。そのような名指しを逆手にとって、労働組合が存在することをおおっぴらにするのである。要望内容は例えば、「入札、選定にあたっては、公正な取引を阻害する不当廉売(ダンピング)を行わず、必要経費に基づく合理的かつ適切な金額を見積ること。」といった内容だ。こうした内容がまとめられた要望書を、労働組合が組織された職場一覧情報とあわせて業界団体に送付する。そのことでダンピングをけん制・排除し適正価格での入札参加を事業者側に促すことになる、というわけである。
5.まとめに代えて
越谷市での公契約条例の制定の背景には、近隣自治体での条例制定や、県内自治体等で委託をめぐる問題が深刻化していたことがあった。また、「丁寧な取り組み」であったと組合にも評される越谷市の取り組みも大きく貢献した。ただそれらを踏まえても、労働組合の側の主体的な取り組みが決定的に重要であったのだろうと印象づけられる。委託労働運動に加えて、公契約条例に関する研究もなされていた。越谷市職による、公契約条例案の構想は2000年代にまで遡るという。越谷市の公契約条例は、労働組合が委託分野で取り組んできた労働運動が制度化されたものなのである、条例と運動はセットである(運動なくして条例はない)などという労働組合側の説明は納得がいった。越谷市職の経験からは、公契約条例について労働組合がなすべき課題について多くの示唆が得られるのではないか。
もちろん、公契約条例の作り方/作られ方には、それぞれの自治体の産業構造や労使関係あるいは政治・地方自治などが反映されるのではないか。先行する自治体の関係者には、ぜひ情報の発信を求めたい。
(かわむらまさのり 北海学園大学教授)
[1] 調査は2022年に実施し、結果は川村(2025)にまとめた。なお、越谷市公契約条例については同市のウェブサイトの該当ページを参照。
(参考文献)
- 青木衆一(2022)『「公共民間」という場所で考える──雇用、処遇、自治体交渉、公契約条例、組織、組織化』2022年3月発行(非売品)
- 川村雅則(2025)「越谷市公契約条例に関する調査・研究(1)」『北海学園大学経済論集』第72巻第3号(2025年3月号)pp.67-113