川村雅則「安心して働き続けることが相変わらずできない社会で、当事者の訴えに私たちはどう応えるのか」『NAVI』2025年6月4日配信
2025年5月29日、北海道自治労会館にて、札幌地域労組が主催した集会(パタゴニア無期転換逃れ裁判和解報告集会)で報告をしました。
私の報告タイトルは、「安心して働き続けることが相変わらずできない社会で、当事者の訴えに私たちはどう応えるのか」です。少し長いこの報告タイトルで私が訴えたかったことは、職場や地域には、第2、第3の「藤川さん(裁判原告)」──安心して働き続けることを願う非正規雇用者、にもかかわらず無期転換逃れ・雇い止めにあっている非正規雇用者──が存在する。それに対して関係者、とりわけ労働組合には、より一層の奮起をお願いしたい、ということです。報告を簡単にまとめたのでご笑覧ください[1]。
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■大学の授業にて
大学の授業で労働問題を教えています。ちょうど非正規雇用問題を扱っているところです。
非正規雇用の雇用面における大きな問題は有期雇用問題です。ここに間接雇用の問題も加わると、雇用はより不安定になります。逆に、使う側にとっては、「雇用調整」が容易で便利だからと非正規雇用が拡大されてきました。
日本では、有期雇用で本来雇うべきではない雇用さえも有期で雇われ、契約更新が続けられている点が問題となってきました[2]。有期雇用の濫用問題です。
■雇い止め問題に取り組んだ先達
有期雇用で働く者にとっての悲劇は、雇い止めです。実質的には解雇と同じであるのに、外形上は、契約更新をしなかっただけ、というかたちゆえに、雇い止めが安易に行われてきました。それでも労働組合など関係者は、当事者を支援し、雇い止めとたたかってきました。
そのなかで、契約(更新)の実態が無期雇用と変わらなかった、労働者に期待権が発生していた、などの実態を踏まえて、雇い止めの是非を判断するルール(雇い止め法理)が築かれてきました。東芝柳町工場事件(最一小判昭和49(1974)年7月22日)、日立メディコ事件(最一小判昭和61(1986)年12月4日)などがよく知られた事件かと思います。当事者が声をあげれば、不当な雇い止めを覆すことができるようになりました。
しかし一方で、雇い止めは撤回させることができても、有期雇用の濫用をやめさせて無期雇用に転換することを使用者に命じる法律は存在しませんでした。
■2012年労働契約法改定
そのような状況を変えたのが2012年の労働契約法の改定でした。リーマンショックでの非正規切り・有期雇用切り・派遣切り等を受けての政策転換でした。
具体的には、無期雇用転換制度が労働契約法第18条に新たに設けられ、同第19条に、雇い止め法理が法定化されることとなりました。多くの職場で、これを足がかりにして無期転換を実現してきたことと思われます。私たちの大学職場もそうです。
ただ、これは、法案審議の段階から懸念されていたことですが、実効性ある雇い止め規制を設けなかったものですから、無期転換前の雇い止めが発生することになりました。無期転換権が付与される年を踏まえ、雇用の2018年問題と呼ばれる問題です。
■2つ(ないし3つ)の雇い止め・無期転換逃れ問題
ここで、非正規雇用者(有期雇用者)の雇い止め・無期転換逃れ問題を、民間と公務とで大きく2つに分けて整理します。大学・研究機関は10年での無期転換という特例が設けられているのですが、ここでは前者に含めます[3]。
民間分野
まず民間分野。雇用の2018年(17年度末)ないし2023年(22年度末)問題、つまり、5年/10年での無期転換逃れ問題が起きています。とりわけ2018年問題が「定着」している印象を持っています。
しかも、雇い止めをめぐる紛争化を「予防」するため、4回を超えて更新をしない(雇用は5年で終了とする)といった「更新限度条項」を、契約書や就業規則にあらかじめ入れてくる、という新たな問題が生じています。
関連して、2024年4月から、労働条件明示ルールが改定されています。しかし、あくまでも明示ルールの変更です。私たちが求める、更新限度条項の導入を「禁止」するものではありません。最初から明示をしていれば、導入・設定に説明も合理的な理由も不要とされています(途中での設定・上限短縮の場合には、理由の説明を要します。但し、理由に対する制限はありません)[4]。
無期転換逃れはどの位か?
補足します。無期転換逃れがどの位の規模で生じているのかが明らかになっていません。
まず、更新限度条項の導入など、雇い止めをともなう問題です。企業に対して、無期転換の実施状況を尋ねる公的機関の調査も行われていますが、あなたのところでは無期転換逃れで雇い止めを行っていますか、という質問に「YES!」と企業が積極的に回答してくることは考えづらいです。本日は国会議員も参加されていますから、労基署に提出されている就業規則を無作為抽出するなどして、更新限度条項の導入割合など調べられないものか、と感じています。
もう一つは、逆に、無期転換の権利を有しているのに行使していないと思われる労働者の数も多いという事実です。(1)有期雇用者1398万人中、5年以上勤続者が618万人います(総務省「労調(詳細・第Ⅱ-15表、2023年平均)」より)[5]。(2)「札幌市」の非正規雇用者36.1万人のうち「雇用契約期間の定めがある」は19.6万人。そのうち5年以上の勤続者は8.7万人です(総務省「2022年就調(地域結果・第9表)」より)。
労働者がなぜ無期転換権を行使しないのかは分かりません。無期転換を職場で認められていないのかもしれないし、そもそも、無期転換に関する情報を持っていないのかもしれません[6]。
公務分野
次に公務分野です。公務の分野にも非正規雇用者が働いていることが徐々に知られるようになってきました。しかし、公務の非正規制度が民間の非正規制度に劣ることは十分に知られていないと思います。任用(雇用)の適正化を掲げて2020年度に導入された新たな非正規公務員制度(会計年度任用職員制度)では、有期雇用の濫用が「制度化」されました。繰り返しになりますが、濫用の制度化です。
実態は長く雇われ続けるにもかかわらず、1会計年度ごと、という雇用期間の厳格化が行われました。同じ仕事に就いていても、雇用の更新ではなく、再度の雇用(任用)という扱いを受けます。ですから、試用期間にあたる条件付採用期間が毎年度ごとに設けられています。しかも、3年・5年など、一定期間ごとに公募に応じて試験に合格しなければ働き続けられない、公募制システムを導入している自治体が多数です。欠員が生じていて、人手不足とされる自治体において、このようなことが行われているのです。
こうした制度設計ですから、無期転換制度はそもそもありません。民間でいう無期転換逃れではなく、制度がそもそもないのです。また、実効性ある雇い止め規制もありません。それゆえ、理不尽な雇い止めを制度的に防ぎようがないのです[7]。
民間非正規制度に劣る、これが非正規公務員の現状です[8]。
なお、会計年度任用職員と呼ばれる彼らの人数は、全国では100万人に迫ろうとしており、北海道では4万人超、そして、私たちの足下の札幌市では、およそ4千人にも及びます。
■みえてくる主犯・従犯の問題
以上のことからみえてくるのは、まず、雇用安定の実現という目標に対して、実効性ある法制度の不備、政治の不作為という問題です。
加えて、脱法行為に走る企業の問題です。民間の無期転換逃れはよく、脱法であるけれども違法ではない、言い換えれば、違法ではないけれども脱法である、と説明されます。しかし、労働契約法第18条・第19条が制定された今日でもなお、更新限度条項をあらかじめ導入するような行為は容認されうるのでしょうか。甚だ疑問です。
上記の「主犯(政治、使用者)」を強調した上で、この問題への労働組合側の取り組みの弱さ(「従犯」)の問題をやはり指摘せざるを得ません。期待すればこその問題の指摘です。
有期雇用(の濫用)の問題性・弊害は、労働界では共通認識になっているでしょうか。無期雇用転換制度を当事者が望まないから、いざというとき当事者を守り切れないから、どのみち再度任用されるのだから(会計年度任用職員)、といった説明は適切でしょうか。
■ある雇い止め相談事例より
ここで、ある専門職で働く非正規雇用の女性の事例を紹介します。最近私が相談対応したケースです。
彼女は、1年の有期で働き始め、雇用は5年で終了である(6年目はない)と上司からは言われていました。おかしいとは思いながらも、一方で、仕方がないことなのかなと思って働いていました。
最後の5年目が終わる頃、あらためて、今年で終了であることが面談で告げられました。
やはりおかしいと彼女は思い、夜間でもつながる労働条件相談ホットラインに連絡をして、その後、労働局を訪問してこのことを担当者に相談しました。弁護士にも相談をしたそうです。そのなかで、じつは、この5年で終了うんぬんというのは、無期転換逃れを意図したものであることを彼女は知ることになります。
ただ、無期転換逃れだと分かっても、さてどうしたものか。脱法ではあっても違法ではない、という扱いを受けているこの問題ですから、労働局や労基署が出張って対応してくれるわけではない。では裁判を起こすか? 彼女ひとりで対応するには荷が重い問題でした。
彼女のケースでは、幸い、彼女の様子を気にかけていた職場の同僚が地域の労働組合につなげてくれました。そして、組合で交渉した結果、彼女は、無事に職場に復帰することが決まりました。
彼女のこのケースが私たちに示すものは何でしょうか。
第一に、無期転換のルールを彼女は知らなかった。いわゆる雇用の2018年問題からかなりの時間が経ちました。当初こそ無期転換逃れが報道もされていましたが、いまや更新限度条項が定着した感さえあります。そういうなかで、労働界を含め、法改定・無期転換制度の趣旨が忘れられてはいないでしょうか。
第二に、彼女は労働局や弁護士に相談に行ったという事実です。労働組合という選択肢はまったく思いも寄らなかった、と聞きました。これは彼女が特殊とは言えないでしょう。ぜひとも、非正規雇用者へのアプローチを労働組合の皆さんには頑張っていただきたい。
無期になっても賃金などの条件は変わるわけではないのだから、無期転換を当事者も望んでいないのではないか? という声が労働界から聞こえてきます。このような発言に対しては──賃金・待遇の改善もセットで目指せばよいではないか、など──言いたいことはいろいろありますが、強調したいただ一つは、彼女にせよ、今回の裁判の原告である藤川さんにせよ、働き続けることを希望する非正規雇用者は存在する、ということです。労働組合はこうした存在さえ無視するのでしょうか。
この事件では私も、情報の提供など最大限の協力をしまして、彼女と話す機会があったものですから、この集会参加者に向けて彼女からメッセージをいただいてきました。読み上げます。
今回の無期雇用転換について感じたことは、無期転換ルールについて知らない人が多いということでした。私の周りでは正規雇用で働く人がほとんどで、職場も同様です。もちろん私も知らない人の一人でした。期間が満了したらやめなければならないと。何も知識がない中で様々なところに相談しました。その中でも同僚が紹介してくれた地域の労働組合の方は「一緒に頑張りましょう」と言ってくださいました。私はこの言葉を信じたいと思いました。5年で築いたキャリアや人間関係をまた別の場所で、1からリセットするより、沢山の事を学べたこの職場で働き続けたいとそう思っていたからです。結果的に労働組合の協力を経て交渉により職場復帰をすることができました。私が今回の件で伝えたいことは、知識をもっている誰かが力を差しのべてくださることが大きな希望になるということです。そして無期転換ルールについてもっと世の中が関心をもつべきだと思います。非正規労働者はもちろん正規労働者も、です。そして一人でも多くの方が安心して働けるよう手助けして頂けることを切に願っております。
関係者とりわけ労働組合の皆さんには、彼女のこうした声に応えていただきたい、と切に思います。
■まとめに代えて
本日は無期転換逃れ・雇い止めに関する集会でした。
このテーマはこのテーマで追求しつつも、そこにとどまらぬ、非正規雇用問題への取り組みの強化・再構築をあらためて提起したいと思います。
民間と公務のそれぞれに広がる有期雇用の濫用をどうするのか、低く不公正な賃金・待遇問題をどうするのか。民間と公務のそれぞれで当事者を組織しながら、そして、ときに民間と公務で交流を図りながら、あらためての非正規問題への取り組みの強化を求めたい。そのような取り組みのなかで、本日のテーマである雇い止め・無期転換逃れ問題もなくすることができるのではないか、職場や地域の取り組みなくして、政治の領域だけで問題の解決はできない──以上のように考えております。
[1] 原告である藤川瑞穂さん、弁護団のお一人である竹信航介弁護士とは、以前にも、本テーマに関するシンポジウムでご一緒しています。下記のシンポジウムの報告をご参照ください。
川村雅則「3つの雇い止め・無期転換逃れ問題の整理と、雇用安定社会の実現に向けて」『NAVI』2023年3月21日配信も参照。
[2] ちょうど、スキー場で働いていたという学生がいましたが、こうした期間限定であれば有期雇用で雇うことは合理的です。
[3] 前記・シンポジウムの各報告(注釈1)をご参照ください。大学・研究機関の問題は、川村雅則「東海大学札幌キャンパスで働く非常勤講師のストライキによせて」『NAVI』2023年1月24日配信をご参照ください。
[4] 厚生労働省「令和6年4月から労働条件明示のルールが改正されます」。
[5] 細かいことだが、5年「超」ではなく5年「以上」であること、有期雇用者には正規雇用者を含む点などに留意。なお、非正規雇用者の人数は、2124万人で、そのうち、有期の契約が1143万人、無期の契約が625万人、雇用契約期間の定めがあるかわからない334万人である(総務省「労調(基本・第II-7表、2023年平均)」より)。
[6] 無期転換を望んでいないケースも考えられるが、無期雇用になって労働者が不利益になることは基本的にはない。辞めづらくなると当事者が勘違いしているケースを時々見聞きするが、誤りである。話が細かくなるので、この点はこれ以上ふれない。
[7] 例えば、川村雅則「会計年度任用職員にも民間並みの雇い止め規制を」『NAVI』2024年10月11日配信
[8] 北海道の労働組合、自治体議員、弁護士、新聞記者、研究者らで、北海道の非正規公務員に関する本を書きました。同書を通じてこの問題の詳細が知られることを願っています。川村雅則「『(書籍)お隣の非正規公務員』プラットフォーム(2025年6月3日)」
主な参考文献
- 龔敏〔きょうびん〕(2023)「無期転換ルールの見直しと労基法15条に基づく労働条件明示義務の強化」『季刊労働法』第282号(2023年秋号)43-53
- 日本労働弁護団編著(2021)『新労働相談実践マニュアル』日本労働弁護団
- 日本労働弁護団「非正規公務員制度立法提言」2024年11月8日
- 濱口桂一郎(2021)『ジョブ型雇用社会とは何か──正社員体制の矛盾と転機』岩波書店