川村雅則「福地保馬先生(北海道大学名誉教授)に学んだこと」

恩師の福地保馬先生が2025年2月9日に亡くなられました。

小文は、働くもののいのちと健康を守る全国センター働く人びとのいのちと健康をまもる北海道センターのニュースに投稿したものです。

 

 

 

 

福地保馬先生(北海道大学名誉教授)に学んだこと

川村雅則(北海学園大学教授)

 

 

もう30年以上前になりますが、北海道大学教育学部健康教育講座(健康教育ゼミ)に籍をおいて、福地先生の謦咳に接することとなりました。福地先生から学んだことを、先生との思い出をまじえながら書いてみます。

 

 

○労働者の健康をみる際の姿勢

労働と生活をまるごととらえる──労働者の健康をみる際には、そのような姿勢が必要であることを先生は繰り返し強調されていました。先生はご自身が臨床の現場に立つ医師でもありましたから、医療従事者への問題提起でもあったのだと思います。また当時、「生活習慣病」という言葉が──それ自体は生活習慣への気づきを人々に促す有益な概念でありながら、生活習慣は労働のあり方に強く規定されている事実が軽視される働きをもって──広がっていたことから、そのことを批判的にとらえ議論したことを思い出します。

卒業研究(トラック運転者の過労死問題)で、いろいろな幸運が重なり長距離トラックに同乗して運転者の労働や生活(睡眠や食事、休養など)をつぶさに観察し/体感する機会を得たことも、先生の主張を深く理解する機会になりました。それにしても、携帯がまだ普及していない時代のワイルドな調査だったなと思い起こしています[1]

 

○労働者の疲労や健康をどうとらえるか──具体的な手法の問題

上記を「心構え」という次元の話だとすれば、労働者の疲労や健康をどうとらえるか、という具体的な調査・研究手法については、当時、苦労しました。

医師の免許をもち、疫学的手法も用いながら労働者の健康問題に迫る先生に対して、我々はただの(?)教育学部生です。大学院に入ってからは、トラック運転者の過労死を理解するのに人体・循環器系の本を読んだり(労働科学研究所の仕事を片端から読みました)、統計の専門書を先輩たちと先生の研究室で頭をひねりながら読みました。だいたいギブアップするのですが、美味しいお菓子とコーヒーをふるまわれながら先生の解説に耳を傾けたことを思い出します。

ちなみに、上記のトラック調査やその後のダンプ調査[2]に際しては、手動の血圧計を使っての血圧測定の技術を先生から教わったのもなつかしい思い出です。

 

○調査・研究の組織化と、労働が健康にもたらす長期の影響

炭鉱離職者のじん肺調査を、先生が中心となって医療従事者や炭鉱離職者らと大規模に芦別と釧路で行いました[3]

専門職や労働者(離職者)らとの共同でこうした調査を行うのは、それが成果を得る上で最も適しているから、というのはもちろんですが、参加者にとっては大きな教育的効果をもたらすものでした。とくに医学生や看護学生にとっては大きな意味をもったのではないかと思います。

また調査は、実施にこぎつけるまでにはずいぶんと時間を要します。芦別でのじん肺調査では、事前に現地を繰り返し訪問して、調査対象の名簿作りに離職者らと取り組みました。若く分別のなかった私には、(往復4時間弱かかって)今日の作業成果はこれだけ? と思うような日もありましたが、先生がそのようなそぶりを見せることは全くありませんでした。その姿勢が関係者の信頼を得て調査を成功させることにもつながったのだと思います。

このときの調査で学んだことのもう一点は、労働のありようが健康に与える影響は、働いているそのときだけではなく、離職後も(生涯にわたって)続くということです。炭鉱労働とじん肺というのはそれが見えやすいことはありますが、他の職業でも同様の視点をもって労働者の健康をみる姿勢を養いました。

 

○労働者の健康づくりとは

労働者の健康問題について労働組合と一緒に調査・研究をする先生のスタイルは、当時の時代性を反映しているだけでは単になく、自らの健康問題に労働者が主体的に取り組む上で、労働組合を不可欠のものと考えていたからではないかと思います。なぜなら、健康づくりには多層の取り組みがあげられますが、こと労働者の健康には、健康な職場や健康な組織(あるいは健康な社会)が不可欠であると思われるからです。先生との対話、先生の実践からそう考えています[4]

 

労働者が健康を犠牲にしても働かざるを得ない厳しい状況が広がるなかで、研究にいま何が求められているのか──先生といろいろなことをもっとお話がしたかった。

先生に学んだことを反すうしながら、研究に取り組んでいきます。ありがとうございました。

 

 

[1]川村雅則、福地保馬(2000)「トラック運転手の労働条件と、睡眠および食事の状況」『交通科学』第30巻第2号

[2]川村雅則、福地保馬(2000)「ダンプ運転手の労働条件、睡眠と食事の状況、および健康状態」『交通科学』第30巻第2号

[3]福地保馬ら(2001)「炭鉱離職者の健康状態に関する調査研究」『北海道大学大学院教育学研究科紀要』第84号福地保馬ら(2007)「炭鉱離職者の健康状態に関する調査研究──釧路におけるT炭砿離職者の大規模調査の結果から」『開発論集』第79号

[4]健康の社会的決定要因に関する近年の研究は、近藤克則(2020)『健康格差社会 第2版──何が心と健康を蝕むのか』医学書院を参照。

 

 

 

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