瀬山紀子「働き手の権利と雇う側の責任を考える」『まなぶ』2024年11月号(No.822)労働大学出版センター発行 16-18頁(特集 この国の人権は、いま)の転載です。どうぞお読みください。
働き手の権利と雇う側の責任を考える
瀬山紀子(公務非正規女性全国ネットワーク)
私たちは、仕事を辞める自由をもっています。これは、私たちがもっている大切な権利です。私たちは嫌な仕事を無理につづける義務はなく、みずからの判断で辞める決断ができます。そう考えると、腹の底から力が湧いてくる感じがしませんか。ただし、この権利は、働き手の側の辞めさせられない権利と、仕事を辞めても一定生活が守られる社会保障がなければ成立しません。職業選択の自由は、働き手の側に主導権があってはじめて意味をもつのです。
「はむねっと調査2024」から
筆者は、2021年の春に活動を開始した「公務非正規女性全国ネットワーク(はむねっと)」の立ち上げに関わり、今年まで4回のインターネットによる公務非正規労働従事者を対象にした調査を行ってきました。
はむねっとは、公務非正規として働いている人や、私を含め、公務非正規として働いた経験がある人、また、この問題に関心を寄せてきた人によって運営しているグループで、職種、地域もさまざまな人が、ゆるやかにつながりながら、調査や提言活動などを行ってきました。
今年の調査は、2024年6月から7月にかけて、非正規として公務領域で働く(働いていた)個人を対象に、昨年までと同様に、インターネットのアンケートフォームを使い行いました[1]。
調査の概要は次の通りです。
・関東からの回答が4割を占めたが、47都道府県すべてから回答があった
・約8割が地方自治体で働く会計年度任用職員からの回答。委託・指定管理の団体で働く人、国の期間業務職員からの回答もあった
・学校司書、一般事務、図書館職員、学校にかかわる相談・支援業務のほか、幅広い職種からの回答があった
・職場での呼称については、3割が名前以外で呼ばれた経験ありと答え、事例として「会計年度さん」といった呼称があがった。関連する自由記述に「職種で呼ぶべき場面で『会計年度さん』という呼ばれ方をして不快に感じた」(家庭児童相談員)との記述があった
昨年同様、4割の雇止め
今回の調査でも、見えてきたのは、「仕事を続けたかったが、雇い止めになった」経験をしている人の存在です。
調査では、「仕事を辞めた」と答えた人にその理由を聞いたところ、4割が「雇い止め」と答えています(図)。昨年の調査でも、退職者の4割が雇い止めでした。
自由記述にも、「専門職であったにも関わらず『予算がつきませんでした』の一言で雇い止めとなった。同僚9人全員雇い止め(60代 博物館等職員)」「妊娠中に、辞めさせられたことによって、経済的に不安定になりました。妊婦なので、出産してからでないと再就職もできず、失業保険もすぐにはもらえません。退職後、夫の扶養に入るための書類も早急にもらえず大変な目にあいました(30代 一般事務職員)」といった声が寄せられました。
図 仕事を辞めた理由(複数回答可 N=77)
出所)はむねっと2024年調査より
95%が将来への不安を抱える
将来への不安を抱えながら働いている人が多いことも、あらためて浮き彫りとなりました。
調査では、将来への不安についても聞いています。今回「いつも不安」と答えた人が44%と、同様の質問をした2021年(37%)、2022年調査(31%)よりも高くなり、「更新時期などの一定の時期に不安を感じる」「時々感じる」をあわせると、95%が将来への不安を抱えていると答えています。
自由記述でも、「つねに次回の更新のことを考え、理不尽なことがあっても、上司にもどこにも相談せず我慢している。有期雇用でなければ、もう少し待遇改善して欲しいと声を上げることができる。(40代 一般事務職員)」「本来は専門職としてきちんと問題を指摘しなければいけない立場にもかかわらず、クビになるのが怖くてものが言えず、職責をまっとうできない点が問題と思う(40代 学校の相談・支援員)」といった、有期雇用が足かせとなり、声を上げられないとする声が多く寄せられました。
情報公開請求であきらかになったこと
ここから、はむねっとのメンバーも参加し、同時期に実施した、「なくそう! 官製ワーキングプア」集会実行委員会[2]が行った「首都圏106自治体情報公開請求」について紹介します。
この取り組みは、『労働施策総合推進法』(27条)と関連省令で、雇用安定をはかるという観点から、民間企業と同様に、地方自治体も、「30人以上の離職者が発生する場合」は、「1カ月以上前に」「知事は都道府県労働局に、市町村長はハローワークに」、「大量雇用変動」が生じる旨の「通知」をする義務を負っていることに着目したもので、実態として、この法令が守られているのかを把握するために、首都圏の人口10万人以上の自治体に、離職者数やその届け出状況、離職者への再就職支援について情報公開請求を行ったものです。
その結果、会計年度任用職員制度がはじまり、こうした職員を一般職の公務員と位置づけたにも関わらず、法律で定められている離職者数などの基本的な人事関係の情報が「不存在」だという実態があきらかとなりました。また、雇い止めをする場合に、本来であれば必要な事前説明や適切な雇用保障、再就職支援を行っている自治体が、ほぼ存在しないこともわかりました。
法律にもとづく大量雇用変動の通知に、「雇い止め」を押しとどめる機能はありません。ただ、各事業所が、雇い止めを行う場合は、少なくとも人数を把握し、再就職支援を行うなどの雇用主としての責任を果たすことが求められているのです。情報公開請求の取組みからは、地方自治体が、そうした責任を果たしていない現状があきらかになりました。
一方で今年6月、人事院は「人材確保の必要性」の観点から、国の非正規職員の3年ごとの公募による採用選考を不要にし、連続更新を可能とする方針を打ち出しました。それにつづき総務省も、「会計年度任用職員制度の導入等に向けた事務処理マニュアル(第2版)」の改正を行い、「公募を経ない再度の任用の上限回数」という記述を削除しました。
公務非正規が置かれた1年ごと雇用(任用)という、不安定な就業形態は継続しているのですが、「3年ごと公募」の規定が削除されるなど、いま、少しずつ状況に変化が生じていることを確認しておきたいと思います。
働き手の権利、雇う側の責任
くりかえしますが、私たち公務非正規労働者は、基本的人権として、職業選択の自由を持っています。私たちは、この間、「雇止め」を問題にしてきていますが、それは、自らが職業選択の自由を行使するための、一方的に辞めさせられない権利の主張なのです。私たちは、本来ある自由と権利を求めているのです。
継続する仕事に就いて働いている人を、単年度の有期雇用で、いつでも切れる状況に置いて働かせることは、それ自体が権利侵害であり、大きな問題です。そして、この問題は、不安定な働き手の担う仕事によってかろうじて支えられている人々の暮らしを脅かすものです。
地方自治体は、働く人やそれによって支えられている人々の暮らしに対して、基本的人権の尊重という点で、責任を果たす必要があるのです。
注
[1] 有効回答数は676件で、約9割が現役女性労働者(新規回答は6割強)。全文は「はむねっと」のホームページに掲載
[2] 首都圏のいくつかの組合やグループなどが参加するかたちで、2009年から「なくそう!官製ワーキングプア」を合言葉に集会を重ねてきているグループ
(関連記事)
瀬山紀子さんの投稿はこちらから
なくそう!官製ワーキングプア東京集会「106自治体の公募検討状況(最新版)」『NAVI』2025年1月18日配信
渡辺百合子「首都圏106自治体情報公開請求の報告~大量離職通知を使って会計年度任用職員の離職状況を調べてみました」『NAVI』2024年9月15日配信