原田仁希「スクールカウンセラーのユニオンについて──S N Sによるギルド的組織化」

原田仁希(2023)「スクールカウンセラーのユニオンについて──SNSによるギルド的組織化」『学習の友』第836号(2023年4月号)pp.49-53

 

学習の友社が発行する『学習の友』第836号(2023年4月号)に掲載された原田仁希さん(東京公務公共一般労働組合 書記次長)による論文の転載です。どうぞお読みください。

 

 

 

東京公務公共一般労働組合は、東京の自治体を中心に非正規公務員を約2500人ほどを組織する労働組合です。昨今、非正規公務員をめぐる問題がメディア等でも大きく取り沙汰されるようになっています。特に、地方公務員法の改正により2020年度からはじまった会計年度任用職員制度によって、1年任用(契約)による雇用の不安定性が固定化され、また、さまざまな処遇において正規公務員と比較して、劣悪な労働条件の広がりが問題となっています。

会計年度任用職員の多くは、保育士や図書館司書、その他資格を要する福祉関係の職など、非常に専門性が高い労働者です。公共サービスを担う、重要な仕事であるにも関わらず、不安定・低処遇におかれている現状は、エッセンシャルワーカーを蔑ろにする深刻な事態であると考えます。

 

そんな中、東京都が採用するスクールカウンセラー(以下、SCという)が声を上げ始めています。子どもの貧困やいじめ問題、虐待や不登校問題など、子どもの育ちに関わる問題がさまざまに広がる中で、子どもや保護者と向き合い、問題に対応していくのがSCの仕事であり、非常に専門性と公共性が高い仕事だ。

 

しかし、このSCも例に漏れず、会計年度任用職員であり、1年任用(契約)の不安定雇用にさらされています。この不安定雇用が背景となり、SCの生活不安をもたらし、それに留まらず、専門性を蔑ろにする結果をもたらしています。本稿では、SCの専門性の高さに着目し、組織化の経過と戦略について紹介いたします。

 

 

アンケートからみるスクールカウンセラーをめぐる諸問題

 公共一般では、SCの組織化に取り組んでいますが、そのきっかけはコロナ禍の休業問題でした。臨床心理士資格をもち、自治体の業務を担っていた心理職の方がコロナ禍の休業に対して、補償が得られない問題で相談にきたことがきっかけでした。相談自体は、事故欠勤扱いとして有給の補償が得られずはずとアドバイスをしたところ、その方が上司に掛け合い、補償を得ることができました。

そこから、当該相談者がSCとしても働いていて、さまざまな問題があると話が広がり、その方のつながりから4〜5名のSCが集まり、SCの待遇改善のため、心理職ユニオンを結成することとなりました。

そこで、まず取り組んだのが東京都のスSCを対象にしたアンケートです。(東京都SC労働実態調査アンケート)東京都には約1500名のSCが採用されており、各学校に1〜2名が配置されていますが、アンケートを全ての学校に郵送したところ、約半数の702通の回答を得ることができました。アンケートは6ページにわたる長いものであったにも関わらず、46%の回収率となり、また、自由記述についてもびっしりと不満が書かれているものが多く、労働実態調査に対する非常に強い関心が伺えました。

 

 アンケートの結果、非常に劣悪な労働実態が明らかとなりました。まず、無償の残業が横行している点です。アンケート回答者の80%以上が無償の残業をしており、さらに持ち帰りの仕事をしている実態も浮き彫りになりました。また、「ハラスメントなどを受けたと感じたことはあるか」の問いに対して、約半数の47%が「ある」と回答し、特に教員や管理職との関係の悩み、また理不尽な要求や不快な対応など、ハラスメントの実態が明らかになりました。

特に注目すべきはストレス要因を問うた質問に対して「雇用の不安定さ」(不安・やや不安)を回答した人が91%と、ほとんどのSCが雇用の不安定さに不安を感じていることがわかりました。雇用の不安定さについては、現在大きな社会問題になっている雇い止めや女性の貧困(SCの約8割が女性)の問題が心理職の領域にも当てはまることを表しています。

また、雇用の不安定さに関連する問題ですが、SCは担当する校数が複数にわたる者も多くいますが、1年ごとの任用であるため、更新の際に校数が突然減らされることもあり、例えば2校から1校に減らされた場合は、収入が半減してしまいます。雇用そのものの不安定さも問題ですが、校数の削減による収入の激減も生活を不安定にする要因となっています。さらに、勤務日数(1校につき年間38日勤務)が少ないために、社会保険や雇用保険にも未加入であり、この点も生活不安のもととなっている。

 

高い専門性と誇り

 劣悪な労働実態や雇用や生活の不安定さがアンケートから浮き彫りになった一方で、「仕事へのやりがい」に対しては、92%がやりがいを感じていると回答しており、「専門性の高い仕事だと思うか」という質問でも、98%が「そう思う」と回答しています。不安定・劣悪な労働実態の中でも、仕事と専門性への誇りの高さが伺えます。

さらに、興味深いのは、「理想の勤務形態」について聞いた質問の結果です。常勤化(いわゆる正規化)を求める回答はたったの5%にとどまり、7割以上が現在と同じ働き方の上で1年雇用ではなく、安定的な雇用と社会保障があることが理想と回答しています。この結果の背景には、S Cの役割と専門性があります。アンケートでは、「SCの外部性を保つために、常勤化については慎重になってほしい」「心理士として他領域での経験を積むことも大事」などのコメントが寄せられ、専門性と外部性を担保するために常勤化を望まないという声があるのです。つまり、常勤化によって学校組織内部に組み込まれてしまうことで、外部からの客観的な視点をもった心理アセスメントができなくなってしまうとSCの役割と専門性が果たせなくなってしまうことが危惧されているのです。その上、業務の負荷の高さもあり常勤化よりは、現在の働き方(1校年38日勤務)のまま、期限の定めのない安定雇用と社会保障要求がSCの要求となるわけです。

しかし、実際には、現在においても劣悪な労働条件に加え、学校長などの管理職によるSCの評価が、次期の雇用(任用)にも影響しているために、専門職として言うべきことが言えず、専門性の発揮が妨げられる構造になっていると組合員は言います。

 

S N Sによるギルド的組織化

 以上、SCが置かれている状況や専門性の意識の高さについて記述してきましたが、まさにこの専門性の高さがユニオンの結集の軸になっています。アンケート活動やアンケート結果をもとに東京都教育委員会に対して行っている団体交渉などの活動をする中で、続々とユニオンへの加入者が増えています。すでに組合員数は倍化しており、2桁の数にのぼります。

そして、加入者の多くが、心理職ユニオンの活動に対して賛同するという動機から組合加入しています。心理職ユニオンは個人加盟型の労働組合ですが、個人加盟型組合の一般的な組織化ルートである労働相談や個別の労働問題をきっかけとするものではなく、自分達を代表する存在として、賛同の意からの加入が続出しているのは、労働組合の存在が遠くなってしまった日本社会において、稀有ではないでしょうか。いわゆる職能団体としての役割を期待されていると考えられます

 

 また、心理職ユニオンでは、ツイッター(短文投稿型SNS)での発信に力を入れています。多くの心理職(臨床心理士や公認心理師)は専門性の向上および自己研磨のため、絶えず情報収集を行い、心理分野での最新の議論や情報に接する必要があります。このことから、心理職におけるSNSの活用が盛んであり、S N S上でユニオンの存在感を示すことが、そのまま心理職労働者やSC等への直接の情報発信を可能とし、組織化につながっています。

さらに、団体交渉の申し入れ内容やその結果についても全てネット上で発信し、ネット記事などの掲載も意識的に展開することで、活動を全て可視化することを意識しています。

先日、自民党の萩生田大臣が国会質問においてSCを軽視する発言をしたところ、心理職の間で、抗議の声が出ていたため、すぐに心理職ユニオンとして萩生田事務所に質問状を出し、回答を求める行動を展開しました。全て、S N S上で公開する形で進めることで、「ユニオンの動きはありがたい」と組合加入する人も出てきました。

このように、専門職であるが故に心理職はS N Sへの親和性が高く、そこに着目した組織化戦略があります。専門性を守るために、社会的地位を上げるために、そして労働条件を向上させるために、心理職を代表する職能団体として機能することで組織化が進んでいるわけです。

これは、労働組合の原形態であるギルド的な結集といえるのではないでしょうか。専門性を軸にした職場横断的・職能集団的な結集としてのユニオンの可能性が見えてきています。

 

 

 

 

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