小松康則「「声をあげたことで希望を感じた」組合員が力を発揮する労働組合運動をめざして」『月刊全労連』第294号(2021年8月号)pp.30-33
『月刊全労連』第294号(2021年8月号)では、コミュニティ・オーガナイジングが特集されています。同誌に掲載された、大阪府職労執行委員長の小松康則氏の「「声をあげたことで希望を感じた」組合員が力を発揮する労働組合をめざして」は示唆に富むものです。氏の了解を得て転載します。どうぞお読みください。
「聞いてるだけで疲れる会議」
心や体を壊すほど働いているのに声もあげられない。そんな現状を変えたくて、まわりの労働者に呼びかけても「どうせ変わらない」とか「何やってるかわからない」「自分には関係ない」とか、そんな言葉が返ってきて、ショックを受けたり、あきらめそうになったり、同じようなとを何度も経験してきた。
私は6 年間、専従の書記長をしていたが次々に下りてくる課題をこなすのに必死だった。ある日の拡大執行委員会で、いつものように力強く報告し終えると、看護師をしているベテラン役員が「はぁ、聞いてるだけで疲れるわぁ」と深くため息をついた。「一生懸命報告してるのになんちゅう態度やねん」とすごく腹が立ったが、そのため息は、役員が減って課題ばかり押しつけられ、疲れがたまっていくみんなの気持ちを代表していることをそこにいたメンバーの表情が物語っていた。
「力強さや勢いだけじゃみんなの心は動かせない…」。
毎年のように何人もの役員が引退していく中、どうすればため息ではなくて、前向きな力を引き出せるのかということが大きな悩みとなっていった。
少しでもヒントを得ることができればと思い、2017年12月に開催されたコミュニティ・オーガナイジング・ジャパンのワークショップに参加した。これまで座学の講義や学習会に慣れ親しんでいた私にとっては、「講義を聞く→モデルを見る→チームで演習する→振り返る」と進んでいく実践型のワークショップはとても新鮮だった。その1 回のワークショップですべてが学べたわけではないが、労働組合活動に取り入れたいことが満載で、興奮気味に大阪に帰ってきたのを覚えている。
それからは、一方的に話を聞くだけの会議スタイルをあらため、みんなが発言できる会議運営や実践型のワークショップ形式の学習会など、試行錯誤を繰り返しながら、自分なりにいろんなことにチャレンジする毎日となった。初めの頃は怪訝(けげん)そうに様子をうかがっていた役員もいたが、少しずつ必要性や有効性が伝わり、かつてため息をついたベテラン役員も「最近の会議は楽しいし元気がもらえるからいいわぁ」と言ってくれるようになった。青年や若手の参加も少しずつ広がり、青年部体制の再構築にもつながった。こうしてコミュニティ・オーガナイジングへの理解も広がっていった。
コロナ禍の中、「いま何かしなければ」
昨年1 月30日に国内初のコロナ感染が確認され、保健所の業務は瞬く間にひっ迫していった。
これまで年間スケジュールとして予定していた活動ができなくなる一方で、緊急の対応(コロナ関連業務にかかわる労働条件や職員の応援派遣など)が増えていった。また、毎日のように保健所の深刻な事態や職員の悲痛な声が届くようになった。「何かしなければ」そんな思いに突き動かされ、連絡を取り合っていた保健師、保健所のケースワーカー、青年部役員と私の4 人でチームを立ち上げた。その後、青年の保健師にも呼びかけて5 人のチームが誕生した。このチームと各保健所にいる組合員や役員と連携もしながら、オーガナイジング・キャンペーンがスタートした。
まず、昨年8 月に初ミーティングを開催し、①いま現場の保健師、保健所職員が直面している困難は何か、②保健師、保健所職員が持っている資源をどのように使えば、変化を起こせるか、③その変化(ゴール)を何に設定するのかなどを話し合い、戦略を立てた。そして、まず第一歩のゴールとして、各保健所に1 人ずつの保健師と行政職員を増やすことをめざし、そのためにいつ何をすればよいのかを考え、いろんな戦術を出し合いながらタイムラインを作った。
まず、キャンペーンを進めるにあたって重視したのは、チームのミーティングだ。休日もろくに休めず、毎日残業しているメンバーとの日程調整は「こんなときに申し訳ない」という気持ちもあったが、「当事者が声をあげる」ということを一番大切にしたかったので、短時間でも10日~ 2週間に一度のミーティングを開催するようにし、気持ちや進捗状況を確認・共有することを心がけた。昨年8 月~今年3 月まで15回のミーティングを開催することができた。
ミーティングでは、いつも前回のミーティング以降の「できたこと」を確認し、「無事にできて良かったね」と、お祝いをする。そして、進捗状況や次の取り組みの確認をして、最後にミーティングの振り返りをする。いつも「仕事に追われ、気持ちがしんどかったけど元気が出た」という感想が語られ、「次につなげよう」という気持ちが湧いてくる。
戦略を立て、声を広げる
今回、コロナ禍の中でオンラインを活用したさまざまなことにチャレンジした。その一つが職場集会だ。私たちが作った戦略を伝えるため、9つある大阪府の保健所をオンラインでつないでランチタイム集会を開催した。各保健所の仲間に連絡し、声かけやお弁当の準備等をしてもらい、他部署の仲間にも応援を依頼し、パソコンを持って各保健所に出向いた。集会では2人の保健師にどんな思いで保健師として働いているか、何を大切にしているかというストーリーを語ってもらったあと、私たちの考えた戦略について説明した。たった20分間だったが115人の保健所職員が参加し「他の保健所とつながれてうれしかった」「2 人の保健師の話を聞いて感動しました。胸が痛くなり涙が出ました」「仲間を増やして働きやすい職場をつくりたいと感じた」などの感想が寄せられた。そこに参加していた組合未加入の青年が「感動しました」と言って組合加入したという報告もあった。
もう一つのチャレンジはオンライン署名だ。これはキャンペーンを進める大きな軸となった。具体的な数字がリアルタイムで見えること、署名だけでなく賛同していただいた方のコメントが届くことで、キャンペーンを大きく後押ししてもらうことができた。
オンライン署名を取り組むことへの不安もあったが、署名サイトを運営するチェンジ・ドット・オーグ(change.org)が主催する初心者セミナーに参加し、オンライン署名の強み(①誰でもすぐに立ち上げられる、②費用がかからない、③声を集めることができる、④賛同した人と何度でも連絡がとれる、⑤ SNS の力を最大限に利用できる)を学び、みんなで心を動かす(署名しようと思ってもらえる)ストーリー(呼びかけ文)を考え、10月1日にスタートさせることができた。
オンライン署名の賛同数目標は10万人としたが、正直なところ10万人を集められるイメージは持てていなかった。しかし吉村(よしむら)知事が全国的に注目され、連日テレビにも出演し、大きな支持と発信力を持っているという状況から考えれば、このぐらいのインパクトのある数がなければ、私たちの声は届かないかもしれないと考え、この目標に決めた。
オンライン署名の賛同者を増やすために、当事者の資源を活用して何ができるのかということを考え、オンライン署名の強みであるSNS(ツイッター等)を大いに活用し、現場で働いている保健師、保健所職員の声をどんどん発信した。
保健師、保健所職員とLINE グループを作り、そこに届く職場の実態や保健師の思いなどを集め、「保健師の声」としてツイッターで連日発信した。「保健師の声」は現在までに80回以上発信し、多いときには3000人を超える方にリツイート(拡散)していただき、インプレッション(ツイートを見た人の数)は70万を超えることもあった。
保健師、保健所職員の声や思いがSNS やオンライン署名を通じて大きく広がり、共感や応援、ねぎらいの声がたくさん寄せられたことで、大きな力を感じることができた。
こうした取り組みが広がるにつれ、保健師、保健所職員の中に「もっと保健所の仕事を知ってほしい」という気持ちも大きくなり、保健所の仕事を伝える四コマ漫画を作ることも決まり、少しずつ役割分担して、たくさんの四コマ漫画が誕生した。そして、この漫画もツイッター等で発信し「保健所ってこんなに大切な仕事をしていたんですね」といった声もたくさん寄せられた。
キャンペーンのピークの一つとして、12月17日には「オンライン署名提出プレイベント」を開催した。当事者である保健師、保健所職員だけでなく、保健所と関わりのある団体や住民のみなさんに、仕事でのつながりなどを生かして声をかけ、当日は大阪労災職業病対策連絡会やNPO 法人大阪難病連、断酒会、若者就労支援団体、社会福祉法人など9人の方に保健所に対する思いや私たちのキャンペーンの期待を語っていただいた。また、その様子をSNS で配信することで、署名の賛同を集める大きな役割を担っていただいた。プレイベントの最後には、コアチームを代表して、保健師と青年が思いを語り、みんなの気持ちが一つになった。
労働組合がある安心感と希望
今年1月15日、6万1143人分の署名を吉村知事と田村(たむら)厚生労働大臣に提出し、記者会見を行った。署名提出と記者会見には、大阪難病連や断酒会、大阪労災職業病対策連絡会の方がたにも参加していただき、いっしょに声をあることができた(最終分は2月24日に提出、計6万4066人分)。
記者会見には12の報道機関(テレビ局、新聞社等)が参加し、質問も次々と出された。新聞やテレビのニュースでもたくさん取り上げられ、保健所が全国的に削減されてきたことや保健所の実態や職員の声が紹介され、保健師、保健所職員の増員の必要性が報じられた。
記者会見は、私も初めての体験で緊張したが、声をあげた保健師、保健所職員はもっと大きな不安や恐怖の中で、この記者会見に臨んだと思う。どうして、その不安や恐怖が乗り越えられたのか。それは、このキャンペーンを通じてたくさんの賛同や声が集まり、大きな希望となって、私たちの背中を押してくれたからだ。
記者会見に参加したメンバーは「6万人を超える署名の重みとともに、後押しして下さったたくさんの方がたのお顔が浮かび、また一緒に頑張ってきた仲間の想いを噛みしめると胸がいっぱいになって、何回泣きそうになったか分かりません。変わるかもしれないという希望を感じました」「これまでの公務員バッシングで、自分の気持ちを言うことへの不安や抵抗感があり、たまらない恐怖感がありました。自分たちだけで訴えているときとは全く違う何か大きな力に支えられているような不思議な感じでした。恐怖感はまだありますが、労働組合があるという大きな安心感があるからこそできたことだったと思います。まだ、途中経過なので、大阪府全体の保健師、公衆衛生の向上につながる小さな一歩になれるようもうひと踏ん張りしなければと思いました」と感想を語っている。
3月15日、大阪府は「2021年度定数配置計画」を公表し、コロナ対策として、危機管理室や健康医療部の定数増と合わせて、各保健所に1人ずつ保健師を増員することを明らかにした。残念ながら私たちがゴールに設定した行政職員の増員はなかったが、保健師増員という成果を勝ち取ることができた。
キャンペーンに取り組み、声を上げたことで、不安や恐怖、「公務員だから仕方ない」というあきらめが「声をあげてもいいんだ」「声を上げれば変わる」と変わっていくことを実感し、声を上げた結果、変化を起こせるということを身をもって感じることができた。
このキャンペーンを通じて得た力と資源(「声をあげてもいいんだ」という希望や関係団体やマスコミ関係者の方とのつながりなど)を今後の活動に大いにいかしていきたいと考えている。
こうした大阪府職労のチャレンジを記録した「コロナ対応最前線 『仕方ない』から『あきらめない』へ 大阪府の保健師、保健所職員増やしてキャンペーン」が、7 月上旬に出版されます。お問い合わせは日本機関紙出版センターまで(電話06-6465-1254)
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