反貧困ネット北海道主催で開催された学習会「「なくそう!官製ワーキングプア」運動に学ぶ」の講演録です。学習会の講師は、NPO法人官製ワーキングプア研究会理事長の白石孝氏です。北海道でも、非正規公務員問題や官製ワーキングプア問題の取り組みを進めていますが、白石氏をはじめ同研究会の仕事に多くを学んでいます。
なお、この講演録は、公益社団法人北海道地方自治研究所で発行されている所報『北海道自治研究』第558号(2015年7月号)に掲載された原稿の転載です。原稿は、同研究所内の非正規公務労働問題研究会関係の論文等からダウンロードができます。(川村雅則)
PDF版のダウンロードは、こちらより。
反貧困ネット北海道学習会
「なくそう!官製ワーキングプア」運動に学ぶ
基調提起 白石 孝(NPO法人官製ワーキングプア研究会理事長/荒川区職員労働組合顧問)
対 論 者 川村雅則(北海学園大学経済学部教授)
基調提起 白石孝「官製ワーキングプア問題に取り組んで」
はじめに
東京で「NPO法人官製ワーキングプア研究会」の活動をしております白石と申します。はじめに簡単に自己紹介をさせていただきます。
私は、一九七四年から二〇一一年三月まで、東京都の荒川区役所に職員として勤めていました。在職期間の最後の一〇年ほどの間、区職員の労働組合の役員を務めましたが、その間の経験から、自治体職員の労組は今後、官製ワーキングプア問題に取り組まない限り存在意義はない、と考えるようになりました。そのため、荒川区役所を退職した後、二〇一二年四月からNPO法人を立ち上げて、この問題への取り組みを継続し、今日に至っています。
本日は、官製ワーキングプア研究会での実践から、官製ワーキングプアの現状や、問題解決に向けたこれまでの取り組みなどについてお話ししたいと思います。
官製ワーキングプアの定義
官製ワーキングプアは、「非正規公務員」や「自治体の臨時・非常勤職員」などと呼ばれることもありますが、これをどう定義するかは非常に重要で、私としては、公共サービスに従事している労働者全体の問題と捉えるのがよいと考えています。
例えば介護労働について言うと、はじめは自治体がホームヘルパーを臨時職員として直接雇用していたのが、労使の闘争を経て正規雇用になり、介護保険制度が創設された後アウトソーシングされるという長い経緯があって、今や日本の介護労働はほとんど自治体直営の仕事ではなくなりました。しかし、ドイツやスウェーデンなどでは、現在も依然として公的機関の職員が担っています。このような直接雇用と間接雇用の違いにかかわらず、公共サービスで働いている全ての労働者の問題として、官製ワーキングプアという言葉を使っているということです。
公契約条例の運動も、官製ワーキングプア問題の大きな枠組みの中で捉えた方がよいと考えます。一般に、自治体に直接雇用される臨時・非常勤職員よりも、アウトソーシング先の民間事業者に雇用される労働者の方がより悪い雇用・労働条件のもとで働いています。そうした状態のもとで、自治体の臨時・非常勤職員の処遇改善だけが実現したとしても、その際にアウトソーシング先に労働組合の旗がしっかりと立てられていなければ、さらなるアウトソーシングを推し進め、公共サービス従事者の労働環境は全体としてより低い方向へ流れていってしまう結果を招きかねないからです。
どのように問題に気づいたか
私自身の経験から言えば、一九七四年に荒川区役所に就職したとき、周りを見渡すと、ほとんどが正規職の公務員でした。統計上、正規の地方公務員の数は一九八一年から三年程度がピークです。私が区役所に就職した一九七四年という時期は、組合が毎年のように正規職の人員要求闘争を行って、一定の成果を勝ち取っていた頃です。この流れが大きく変わるのが、一九八〇年代初頭に始まる第二臨調行革からです。
私が区役所の職員組合の書記長になったのは二〇〇一年頃でした。この当時は建築指導の職場にいて、自分のいた係では、全体で一〇人程度の職員がいるうち、正規は五~六人で、残りは嘱託職員、臨時職員、派遣職員でした。このようにまず自分のいる職場の様子が変わりました。労働組合の役員選挙を行ってみると、区役所本庁舎にいる職員で投票権を持っている職員が、以前はほぼ一〇〇%だったのが、大きく減っていました。
また、労働金庫の荒川支店と組合では、かなり以前から、夏と年末のボーナスの時期、「ボーナスは労金へ」というチラシやティッシュを一緒になって配布していました。私が組合の書記長になった頃、はたと気づいたのは、職場でボーナスを貰っていない非正規職員が増え、ボーナスを貰っていない人にそのようなチラシを配るのはひどい話ではないか、ということです。それで私は、すぐに労金に対し、ボーナスのチラシ配りを組合が一緒に行うのはもうやめると伝えました。少なくとも、非正規職員の心情を逆撫でするようなことを組合が行うのはおかしいと思ったからです。
そのような気づきがまずあって、次に、荒川区役所にどのくらいの数の臨時・非常勤職員がいるのか調査し、対象者にアンケートを配って意見を聞くという取り組みをしました。
自治体の非正規職員は実態がつかみづらい
問題の解決にはまず実態の把握が不可欠ですが、自治体の非正規職員の実態把握は非常に困難です。
制度上、国・自治体の正規の公務員は、毎年カウントされて実数が出されています。また、非正規の国家公務員(期間業務職員、非常勤職員)も実数を把握できる仕組みがあります。しかし、非正規の地方公務員(主に特別職非常勤、一般職非常勤、一般職臨時職員)については、定数管理対象外であるため、実数を把握しうる仕組みが無いし、人件費は予算措置上も物件費や事業費として計上されていることもあります。市役所・町村役場によっては、人事当局が全庁的に一括把握・管理していなかったり、任用の根拠が不明確なケースもあります。
自治体の非正規職員は、まずはその実数を把握することが必要です。総務省が二〇〇五年から全国調査を始めていますが、それは任意調査であり、これまでのところ二〇〇五年、二〇〇八年、二〇一二年の三回しか調査は行われていません。
総務省二〇一二年調査の結果によると、全自治体の臨時・非常勤職員(特別職非常勤職員、一般職非常勤職員、臨時的任用職員)の数は約六〇万人(二〇一二年四月一日現在)とされています。一方で、自治労も独自に同様の調査を行い(二〇〇八年、二〇一二年)、約七〇万人と推計していますし、私たち研究会としても七〇万人以上はいるだろうと考えています。というのも、総務省調査の対象には「任用期間六カ月以上又は六カ月以上となることが明らか、かつ、週一九時間二五分以上勤務の者」という限定があり、約六〇万人という結果はこれに拠っているからです。
例えば東京都は、総務省二〇一二年調査に対して、臨時的任用職員の報告数はゼロです。これに従えば、都庁には臨時的任用職員が一人もいないことになりますが、実態はそうではありません。東京都にも臨時職員は多数いますが、一九六三(昭和三八)年に内規を決めていて、任用期間は二カ月単位の最大六カ月までと定められています。しかも、連続六カ月ではなく、二カ月ごとに職場も変わるので、年次有給休暇は発生しません。そして、六カ月経つと、一カ月の空白期間を挟み、その後は以前の任用実績がリセットされ、またはじめから任用が始まります。さらに、同内規には、臨時職員に有給休暇を与えないことのほか、社会保険の雇用主負担を払わないことも記されています。
私の知り合いで、そのような臨時職員の勤務形態のもと、東京都で一〇年以上働き続けている女性がいます。一〇年も働いているにもかかわらず、有給休暇はゼロです。そのため、お子さんがインフルエンザにかかったときは、登校禁止の一週間は一緒に仕事を休み、その分給与カットされました。
いずれにしても、この内規に基づいて雇用されている東京都の臨時職員は、総務省調査の調査対象に該当しないため、一人もいないと報告されてしまうのです。別の調査では、東京都は臨時職員の数を数千人と報告しています。
あわせて、「四月一日現在」の調査のため、四月一日だけ、あるいは、四月の一週目を空白期間と定めているような自治体の場合、総務省調査に対する報告では臨時職員はゼロとなり、調査結果には反映されません。以上のことからも、自治体の非正規職員の実数をつかむことがいかに難しいか、よくわかると思います。
もう一つ資料をご紹介します。私は以前、大阪府茨木市のある市議の方から、同市の非正規職員に関する資料を入手しました。この資料によると、同市には二〇一二年四月一日現在、非常勤職員として、非常勤嘱託員(「地方公務員法」第三条第三項第三号)が一〇六名、臨時的任用職員(常勤)が五三八名、臨時的任用職員(非常勤)が六八一名います。このうち臨時的任用職員は、常勤・非常勤ともに、給与は予算上、人件費ではなく、物件費として扱われていることが見て取れます。他の自治体でも、まず組合関係者は自治体の当局からこのような資料を出させることが必要だと思います。
市全体の職員数が三〇八四人で、このうち臨時的任用職員が一二〇〇人を占めるというのは異常と言わざるを得ません。というのも、臨時的任用というのは、「地方公務員法」本則上、人ではなく、その人が就いている仕事が臨時的なものと判断される場合に行われます。
臨時的任用は一般にどのような仕事に当てはまるかと言えば、常勤の臨時的任用は正規職員の替わりであり、病気や出産などで長期休暇をとる正規職員が出た場合にその穴を埋めるために任用されるので、したがってフルタイムで任期付きです。これに対し非常勤の臨時的任用は、住民の課税時期に当たる三カ月の繁忙期だけ雇うなど、一時的に業務量が増える一定の期間だけ雇われるものです。
ところが、茨木市に見られるような、全職員のうちの三分の一を臨時的任用職員が占めるという状態は、多くの臨時的任用職員が、臨時的任用という名で雇われつつも、実態的には長期継続的に常勤的な勤務を続けているということです。
自治体の非常勤職員の実態を把握しようとするならば、いろいろな資料を読み込まなければならないし、正確に読み込むためには、現場の実態や自治体ごとの制度の状況などを前もってきちんと理解しておく必要があります。
先ほど紹介した東京都の臨時職員の任用実態は、都庁の職員組合の関係者も都議会議員も知らなかったことでしたが、当事者が声を挙げたから初めてわかったのです。自治体の非正規職員に関する資料の読み込みには、経験、知識、気づき、感性などをフルに活用することが求められます。
ソウル市の非正規職員の正規化政策に学ぶこと
韓国のソウル市では、現職のパク・ウォンスン市長が就任した二〇一一年末以降、直接・間接雇用を問わず、市の公共サービスに従事する全ての非正規労働者の正規職転換政策が進められています。
パク市長は、一九八〇年代に市民運動に積極的に関わってきた弁護士で、逮捕歴もあります。二〇一一年に前市長が辞任し、補欠選挙で当選しました。現在(二〇一五年六月)は二期目の二年目です。
一期目の段階で、全非正規職員の正規への移行計画を公表しており、現在はその移行期です。この政策に取りかかるに先立ち、パク市長は守旧派の市幹部に、どのくらいの非正規職員がいるのか確認したところ、一〇〇〇人くらいだと言われましたが、疑念をもってあらためて調査し、その結果三〇〇〇~四〇〇〇人という数字が出てきたそうです。
正規化政策の第一次計画では、現状把握をした上で、直接雇用の非正規職員の正規化を進め、これはすでに完了しています。続く第二次計画は、市の一〇〇%出資会社であるソウルメトロとソウル地下鉄に雇用されている非正規職員をまず市の直雇用にし、二年間かけて正規化するというもので、これもほぼ完了しました。第三次計画は、完全な民間職場に雇用されている非正規労働者の正規化です。それに先だって、民間委託された仕事の内容をあらためて精査・分析し、本来は直営で行うべき仕事とそれ以外の仕事を仕分けし、あわせて非正規職員の数も把握しました。その上で、何割かの職場は直営化する方針を出す一方、それ以外の職場については、従来の事業体への委託による運営形態を維持しつつも、日本の公契約条例のような考え方を導入し、民間の事業体にも労働法制のコンプライアンスを守ることを指示し、守らない場合には委託契約を切るとまで言っています。これら三段階の計画の実行により、最終的には、総数二万数千人のソウル市関連の非正規職員が正規化されたり、処遇が改善されたりして、働く意欲が増したという効果が見られます。
最初に行われた現状把握のための調査では、市の庁内調査機関のほか、労働団体がつくる韓国労働社会研究所が市の調査委託を受けて、七人の研究員が、民間事業者の全部の委託仕様書を点検したり、実際に各委託先事業者の経営者や労働者にヒアリングを行ったりして、徹底的に実態をつかんだそうです。実態の把握はそれほど重要だということです。調査なくして、運動の進展も、問題の改善もあり得ません。
制度が難解、初めて気づく問題が続々と
自治体の非正規職員にかかる法制度は、それ自体非常に難解で、しかも現実との乖離もあります。官製ワーキングプア問題に関わろうとするならば、まず制度について大いに勉強せざるを得ません。ここではその難解さを知ってもらうために、労働災害の問題を例にご紹介します。
『毎日新聞』(二〇一五年四月一九日付)の報道によると、3・11東日本大震災では、被災して亡くなった自治体職員が正規・非正規にかかわらず多数いましたが、正規職員は「特殊公務災害」の認定を受けて一・五割増しの死亡弔慰金(遺族補償金)が出たのに対し、非正規職員は規定がないためにその認定を受けられなかった、とのことです。
以前、当研究会に、ある県に雇用されている臨時職員の女性が連絡を取ってきたことがあります。正規職員の病気休暇に伴って臨時で任用された方で、貯水池の森林保全の仕事をしています。この女性は、森林伐採作業の入札見積りや仕様書をつくるときや、施工管理をするときなどに現場の山に入ります。ある時、山の斜面で滑落して下肢を複雑損傷したのですが、上司はこの件を半年間放置したそうです。本人が公務災害申請の意志を伝えたため、半年後にようやく公務災害の手続きをしたところ、公務災害ではなく、県の条例に基づく災害補償だと言われたそうです。結果として、本人の満足のいくかたちで補償がされなかったため、現在は損害賠償を求めて訴訟の最中です。私たちの仲間の弁護士がこの裁判をフォローしています。
地方公務員の労働災害には、一般的には公務災害しかないと思われがちですが、民間労働者の労働災害の適用もありますし、非常勤職員の一部には、公務災害は適用できませんが、各自治体の条例で定められた公務災害は適用になります。つまり、地方公務員全体としては三通りの労働災害があり、どの職種にどの労働災害が適用になるかは、実は判例も未だ確定していません。先述の行政訴訟は、現在は一審の最終段階にあり、私たちの間でもどう争っていくか結論が出ていませんが、この問題に関わる一定の判例を残すということも含め、支援を続けています。
このように本当に難しい問題なのですが、裁判の過程で文献資料を探しているうちに、西野方庸さん(関西労働者安全センター=当時)による「非常勤職員災害補償制度の速やかな整備を」(『自治体安全衛生研究』第三〇号所収、二〇〇八年三月)という論文を見つけました。ここには、今から七年も前に、先駆的に、自治体の非正規職員の災害補償制度は滅茶苦茶なので早く整備せよと書かれていました。ここまで調べなければならないほどに、自治体の非正規職員に関する制度は複雑怪奇で、基本的には制度の蚊帳の外に置かれている状態です。
ある政令市の職員組合の一つの少数派ユニオンは、市の非常勤職員に関し、二〇一五年三月、市長を労基法第八九条(就業規則作成・届出義務)違反で、労基署に告発しました。これを受けた労基署は、就業規則の作成については服務規程や非常勤職員要綱の定めをもって認めつつも、それらを労基署に届け出ていないということで、市に対し是正勧告を出しました。
自治体の特別職非常勤職員は、労基法適用、地公法非適用、団結権も争議権もあり、民間の労働者とほぼ同じような扱いになりますが、その就業規則を作成し、労基署に届け出ている自治体は実は全国的にもほとんどありません。当研究会では二〇一五年四月、総務省・厚労省の担当者と、非正規公務員に関する意見交換会を実施し、そこでこの問題も扱いました。厚労省の担当者は、届け出ていなければ問題があると認めたので、全国の自治体に対して通知を出すよう求めたところ、総務省と検討すると答えました。
このような問題があることを私自身も始めから解っていたわけではないし、これに限らず、問題は次から次へと出てきて、そのたびに私自身初めて気づかされることも多いのです。
ところで、自治体の非正規職員に関する問題の本丸は、解雇・雇い止めの問題です。民間であれば、長い間裁判を積み重ね、解雇権濫用法理の類推適用というかたちで判例化されていましたが、これは今や労働契約法の中に組み込まれています。民間労働者であれば、解雇権濫用は、一定の条件が揃っていれば、法律違反と言えます。ところが、自治体の非常勤職員の雇い止め訴訟で勝った事例はこれまで一つもありません。
例えば、武蔵野市で二一年間国保のレセプト審査に携わっていた嘱託職員の女性は、「みんな五年で辞めているのに、あなただけ二一年も続けているのはわがままだね」と言われて雇い止めになったのですが、当研究会はこの女性の裁判を支援しました。しかし、結果として、地位確認(復職)は認められず、損害賠償として慰謝料一五〇万円をようやく勝ち取れたという状況です。
このような裁判を続けてきたなかで、私たち研究会はいろいろな立場の方々と研究・検討を積み重ねてきており、様々な意見をいただいています。判例と学説と現場の状況を突き合わせながら、打開策を模索しています。
官製ワーキングプア運動の仕掛け
この数年、官製ワーキングプア問題に関わってきたなかで、裁判にも取り組み、一自治体内の要求や団体交渉などにも携わってきましたが、一つわかったのは、それら個別の取り組みばかりでは解決できない問題がたくさんあるということです。もちろん現場の声が反映されない単なるキャンペーン運動だけでも社会に対する影響力を持ち得ないことは明らかです。両者を合わせて社会運動として進めていかなければならないという考え方に、この数年の取り組みを経て行き着いたところです。
社会運動とするための方法として、一つは、マスコミを活用することです。官製ワーキングプア問題、すなわち、六〇万~七〇万人と言われる自治体の非正規公務員と、数すら把握されていない膨大な公共民間労働者の問題について、きちんと社会的に認知してもらうためには、私どもが自らビラまきなどで情報発信することも大切だとは思いますが、やはりマスコミに取り上げてもらうことが有効です。それで私たちはこの間、テレビ局や新聞各社などに対して積極的にアプローチしています。NHKには官製ワーキングプア問題をテーマとする番組製作で協力しましたし、ある民間の番組製作会社から同様の番組製作の協力依頼が来たことがありましたが、その際は問題に対する会社側の理解が不十分であったため、最終的にお断りしています。また、新聞記者の中には、所属する新聞社の政治的傾向がどうあれ、個人としてこの問題に関心をもって積極的に取り組んでいる記者もいますので、そういう方には情報提供などで協力しています。
もう一つは、大きな集会等の開催です。普段の労働運動はナショナルセンターごとに取り組まれますが、そこにとどまっているうちは、マスコミも取り上げづらく、社会に対するアピール力をなかなか持てません。そこで私たちは、研究者や弁護士団体などにも協力を得ながら、労働組合のナショナルセンターの垣根を越えた大きな集会、「なくそう!官製ワーキングプア」集会を開催しています。今年(二〇一五年)ですでに東京で七回目、大阪で三回目、沖縄は二〇一四年八月に初めて開催するなど、各地域で大きな反響を呼んでいます。
最後に、当研究会の現下の取り組みを一つご紹介します。当研究会では『官製ワーキングプア研究会レポート』という機関誌を発行しており、その最新号である第一四号(二〇一五年六月発行)に、「自治体臨時・非常勤職員のためのワークルール50のチェック・ポイント(試案)」を掲載しました。五〇のチェック項目は、大きくは、募集、採用、勤務条件、ワーク・ライフ・バランス、社会保険及び労働保険、労働安全衛生、雇い止めなどに分かれ、全て根拠法が示してあるので、該当しない場合は法令違反になります。この取り組みの狙いは、ブラック自治体をあばき出して叩くのではなく、自治体における臨時・非常勤職員の処遇水準を底上げしていくことにあります。二〇一五年後半期に向けて、これを自治体に郵送し、自治体当局と臨時・非常勤職員ご自身あるいは労組に回答してもらおうと考えています(三〇~三二頁参照)。
対論
非正規公務員から来る相談内容の特徴
川村 北海学園大学の川村と申します。ここからは私から白石さんに質問させていただくかたちで進めていきたいと思います。
本日、白石さんとお話をさせていただくポイントとして、第一に、非正規公務員の実態を共有すること、第二に、北海道で官製ワーキングプア問題の解決に向けた運動を今後進めていく上で、白石さんたち官製ワーキングプア研究会に学びうることは何か、といった点を中心にお話をうかがえればと考えています。
私自身、これまで「官製ワーキングプア」という言葉を口にすると、幾度となく、なぜ「官製」にこだわるのか、「ワーキングプア」でいいのではないか、と言われてきました。それに対して私は、非正規公務員の問題には独特な難しさがあり、一般的なワーキングプアとは違うのだと答えてきました。非正規公務員は公務員ですが、地公法は臨時・非常勤職員が長く働き続けることを前提にしていない一方、さりとて民間の非正規労働者と同じなのかと言えば、そこでは公務員として一線を敷かれます。したがって、非正規公務員とは、正規職の公務員と民間非正規の狭間に落ち込んでしまっている存在であり、しかも制度の改善は行われないまま、この間放置され続けています。この問題の難しさや特殊性を際立たせるために、「官製」という言葉をあえて強調することには意味があると思っています。
私はこの間、札幌市や函館市など、道内のいくつかの自治体を中心に、臨時・非常勤職員の実態調査を続けています。しかし、実態に関する断片はつかむのですが、なかなか全貌が見えてきません。先ほどもお話があったように、雇い止めや労災保険など、白石さんのところには、自治体の臨時・非常勤職員の方々からいろいろな相談が持ち込まれるようですが、これらの他に特殊な相談事例などがありましたら、ご紹介いただけますか。
白石 相談者の中で多いのは実は国の非正規公務員です。最近の事例で言えば、ハローワークで就労支援業務などに携わっている期間業務職員からの相談がありました。期間業務職員は三年で雇い止めですから、四年目の一日目には、昨日までカウンターの中にいた人がカウンターの逆側に座ってしまうことがあり得ます。つまり、たとえ安い給料であっても、一生懸命誇りを持って仕事をしてきたという自尊心や仕事への意欲をズタズタにされてしまうということです。同じ職場の上司や同僚の正規職員がその役割を果たすことがあります。相談内容で概ね共通しているのは、仕事に対する評価をきちんとしてもらえないことへの不満です。制度改善を求める運動を進めていくにあたっては、働く誇りを制度においても処遇においても保障していくことが必要だと、これまでの相談内容からは感じています。
臨時・非常勤職員のご本人と直接会って、自分の思いを吐き出していただき、その話を聞くだけでも、相談としては一定の機能を果たし得ると思います。しかし、やはり社会的に解決の一歩を踏み出さなければならないという場合、裁判をするとか、労働組合に入ったり、新たに組合結成をしたりするところまでフォローしたいと考えています。
ただ、相談は北海道から沖縄まで、全国から来ます。私たち研究会だけで全てフォローしきれるわけではありませんので、相談者の地元にある相談先を紹介することにしています。その度に地元で最も頼りになる相談先がどこか調べてみると、地域によって、連合系の労組であったり、全労連系の労組であったり、法律事務所であったりと、まちまちであることがわかります。まずはそのネットワークを見つけ出し、当方はNPO法人ですので、相手がどこでも同じように相談をお願いしています。
自治体の非正規職員の処遇改善をどう進めていくか
川村 一例をあげると、函館市の嘱託職員の場合、当初はなかった勤続上限が設けられ、しかもその勤続期間が徐々に短くなっていき、現在は四回更新の最長五年が上限となったそうです。釧路市は上限一〇年と聞いています。
非正規職員を雇い止めにする際に、揉めて裁判になったとき、場合によっては損害賠償請求される可能性もあるので、自治体としては、そのような事態を回避するため、予め勤続上限を明確に示しておこうという動機になっているのだと思います。東京の状況はどうですか。
白石 その典型例が東京都です。自治体は現在、非正規職員の雇い止め問題に関係する訴訟の結果を踏まえて、いわば「きれいにクビにする方法」を学んでいるようです。
例えば中野区で非常勤保育士の雇い止めがあり、裁判になって、結果として原告は裁判には負けましたが、団体交渉で復職を勝ち取りました。ここまでは成果なのですが、このような状況を見て、自治体側は、非正規職員に契約更新への期待を持たせるような雇い方は期待権を発生させ、厄介なことになると学んでいるわけです。東京都は二〇〇八年、それまで実質的に無期雇用だったのが、五年で非常勤職員を雇い止めとする有期雇用の制度を一方的に導入しました。
また、一度退職した非正規職員が、再度応募しようとするときに、空白期間を置かれているために応募さえできないという相談があります。空白期間の長さは各自治体でまちまちです。那覇市の場合は二年もあります。総務省も二〇一四年七月の通知で空白期間を置くことを否定していますが、空白期間を置いている自治体は実際には多数あります。しかし、同通知を根拠に空白期間を労使交渉で一部撤回させたという事例も出てきてきています。
川村 勤続上限や空白期間を撤回させるだけでも、非正規職員の処遇は大きく改善されます。これらの撤回を実現させることがまず大切だと思います。
自治体の臨時・非常勤職員の処遇改善を進めていく上で、現行の法制度下でもできることはありますか。
白石 ある地域では、加盟単組の非正規職員の労働条件の比較表をつくっています。これを見ると、自治体によって非正規職員の処遇がバラバラであることがよくわかります。条件の良いところでは、年収三百数十万円、ボーナスあり、退職金も二〇〇万~三〇〇万円という水準で出ているそうです。中には非常勤職員の昇給制度を導入しているところもあります。
自治体の非正規職員の労働条件には何の制限も無いため、それが一面ではとことん使い回され、使い捨てにされる背景にもなりますが、逆に言えば、何の制限も無いからこそ、組合の頑張り次第では、条件の引き上げも可能だということです。
労働組合の運動として、北海道でも同様の比較表づくりの取り組みを期待します。広いので、例えば道庁の一四振興局ブロックごとに分けるなどしてつくるのが適当でしょうか。比較表は自治体の横並び意識に上手く作用する可能性もあります。
研究会の設立経緯
川村 官製ワーキングプア研究会をNPO法人という組織形態で始めた理由はどのようなことなのでしょうか。先ほど、一つの労組での取り組みはマスコミも取り上げづらいので、社会運動化する必要があるからだというお話もありましたが、これにプラスして、例えば、既存労組が非正規問題に対して消極的なので、NPO法人をつくって外側から労組を刺激しようという考えなどもあったのでしょうか。その辺りの経緯をお話しくださいますか。
白石 やはり一つの市役所・町村役場の労組の取り組みだけでは、過去の判例を調べるとか、学説を研究するといったことには限界があります。そうしたなかで、判例や学説、過去の取り組みの蓄積などを全国的にオープンにし、共有化できる仕組みが必要だと考えました。それで、学者、弁護士、労働組合の役員、非正規当事者、ジャーナリストなどが中心になり、連携する場としてNPO法人をつくったという流れです。
川村 官製ワーキングプア研究会の設立は二〇一二年四月ですが、中心メンバーにはそれ以前からのつながりがあったのしょうか。
白石 この活動の原点は、荒川区職員労働組合が主催した、二〇〇七年九月の「自治体にもある格差の現実をみつめ、均等待遇実現のための荒川集会~非常勤、臨時、派遣、委託労働者の格差是正を~」に遡ります。このときには、隣りの文京区の職員組合に声をかけました。当時この問題に積極的に取り組んでいたからです。荒川区の組合は自治労系、文京区の組合は自治労連系の組合ですが、ナショナルセンターの垣根を越えて、地域として連携したということです。講演の講師には熊沢誠先生(甲南大学名誉教授)を迎えたほか、首都圏の自治体職員労組に幅広く報告をお願いしました。さらに、この集会について、当時朝日新聞の記者であった竹信三恵子さんが記事化して全国版で取り上げてくれました。その際、朝日新聞の労働経済チームが「官製ワーキングプア」というネーミングを初めて文字化しました。
二〇〇七年の集会は会場に溢れんばかりの人々が集まりましたし、朝日新聞の報道で全国的にも注目を集めましたので、この取り組みをもっと広げていこうということで、二〇〇九年から正式に「なくそう!官製ワーキングプア」集会を始めました。NPO法人の設立に至るまでには、そうした活動の積み上げがあります。
川村 ナショナルセンターの垣根を越えて運動を進めることにはやはり難しさもあると思います。その点で気をつけていることなどはありますか。
白石 非正規で働いている方が困っている時に、実際に手を差し伸べられる人は非常に限られています。日本全体の組合組織率は一七%程度、自治体の臨時・非常勤職員の組合組織率となると、その数値はわずか数%にすぎません。ほとんどの非正規当事者のSOSの声はどこにも届いていないということです。
当事者の問題解決を第一に考えるならば、その当事者にとって最も必要な運動と組織、相談体制をつくることが活動家である私たちの役割です。それは各地域の事情によって、連合系であったり、全労連系であったり、法律事務所であったりしますが、現に困っている当事者にしてみれば、そうした区別は全く重要ではありません。それが現在の活動の発想の原点です。
川村 私は現在、学生のアルバイト問題に取り組んでいます。この問題を解決する仕組みとして労働組合を学生たちに語る際、語弊があるかもしれませんが、労働組合の分裂・再編の歴史や、その点に関わっての労働界の現状などを説明することに果たしてどれだけの意味があるのかと思います。
日頃、研究や運動に携わっていると、官製ワーキングプア問題であれ、公契約運動であれ、学生のアルバイト問題であれ、テーマで結集できる相談体制や運動組織を地域の中につくれないかと常々思っています。その意味で、東京の官製ワーキングプア研究会の運動は、集会に参加したり、研究会発行のレポートなど読むたびに、様々な立場の人が結集している様子が見え、感銘を受けます。
研究会の運営と活動の現状
川村 NPO法人である研究会の活動を維持しようというとき、組合と違うのは、いかに会員を集め、活動資金を得るかという部分です。研究会の現状はどうですか。
白石 当研究会の年間予算は一〇〇万円ほどで、会員は正会員・賛助会員合わせて二〇〇に満たない数です。事務所だけは間借りで設けていますが、専従役員は一人もいません。理想を言えば、もう少しシンクタンクとしての体制を整えたいとは思っていますが、それよりもまずは様々な立場の方々とネットワークを組むことの方が重要なので、ネットワーク化を進めていくための数名のスタッフがいれば、当面は活動を続けられるとも思っています。
川村 研究会では現在、研究活動や集会の開催などのほか、相談への対応などもあろうかと思います。相談が来たとき、これはどなたが対応していますか。
白石 相談が来ると、全て私のところに連絡が来ることになっていますが、実際に誰が対応するかは、その内容によって変わります。研究会の理事が対応するときもあれば、先ほども言ったように、相談者の地元で最も頼りになる相談機関を探してつないだりします。
川村 団体会員には労働組合も加入していますか。
白石 ナショナルセンターを問わず、正会員ないし団体会員になってもらっています。団体会員の会費は額が大きいので、とても助かっています。
川村 二〇一五年三月に、総務省・厚労省と意見交換会を実施したとのことでしたが、これは研究会としては初の試みでしょうか。
白石 そうです。社民党の福島瑞穂参議院議員の協力で実現しました。福島議員は厚生労働委員会ではありますが、かねてより当研究会からお願いして、官製ワーキングプア問題についても質問をしてもらっていました。そのうちに福島議員ご本人もこの問題に積極的になり、このたび当研究会と総務省・厚労省との意見交換会の場の設定を仲介してくれたという経過です。
意見交換会を実際に行ってみて、大変面白かったというのが率直な印象です。両省から三〇~四〇代の担当者が九名参加しましたが、やはり彼らは現場の状況をほとんど知りませんでした。こちらからは現場の状況を中心にいろいろなことを話しました。両省の担当者にしてみれば、労少なく現場の話をたくさん聞けたという意味で、有意義な機会になったのではないかと思います。これは不定期ながら今後も継続できそうな見通しです。
川村 官製ワーキングプア問題で、研究会が自治体と交渉するような機会はありますか。
白石 研究会は交渉団体ではないので、自治体と直接交渉することはありませんが、逆に自治体の当局サイドから、研修の依頼とか、時には自治体の人事当局から相談が来ることもありました。当局サイドにもこの問題に熱心な職員はいるので、そのような人たちに頑張ってもらうために、研究会が情報提供等でバックアップすることも可能です。
官製ワーキングプア問題の正しい理解へ
白石 東村山市で、週三日ないし四日勤務で働いてきた嘱託職員(五人)が、退職時に一〇〇万~三〇〇万円の退職金を受け取ったことは違法だとして、市民オンブズマンから提訴されたことがあります。結果として、東京地裁と東京高裁の判決では、週三~四日の勤務でも、実態的には常勤的な仕事をしているので違法ではないと判じられました。
民間の中小企業の従業員の場合、会社が退職金制度を持っていなくても、中小企業退職金共済制度により、労働者の本人負担なしに、二〇~三〇年勤続していれば、少なくとも一〇〇万~三〇〇万円程度の退職金を受け取れます。これも財源は公的な資金です。民間でもこうした制度が整備されているのに、役所・役場勤めの非正規職員は退職金を受け取ることが許されないのか疑問です。
川村 自治体の非正規職員の退職金の場合、官民の壁と言いますか、また税金を余計に使うのかと市民オンブズマンのような団体が言ってくるような構造があります。公契約条例の議論と一部重なりますが、公共サービスの提供に従事する人たちが劣悪な環境に置かれると、公共サービスを享受する市民の側にもマイナスだということも含め、こうした誤解を解くための努力も依然必要のようですね。
札幌市で公契約条例の制定を実現できなかった経験から言えば、役所・役場の「内部」にどのような官製ワーキングプアがつくられ、アウトソーシングによって「外部」にどのような官製ワーキングプアがつくられているのか、必ずしも十分に明らかにできなかったという反省があります。その意味で、冒頭の白石さんの言葉「調査なくして、運動なし、政策なし」は私も常に意識していることであり、強く共感します。
白石 ソウル市は非正規職員の正規化、委託事業の直営化を進めたことで、経費の節減のみならず、市民生活を活性化させるなど、たくさんの社会的なプラスの効果を得ました。日本の自治体もソウル市に学ぶべき点は多いはずです。
川村 それでは時間になりましたので、本日の学習会はこれで締めさせていただきたいと思います。長時間ご静聴くださり、ありがとうございました。
※本稿は、二〇一五年六月一日に札幌市内で開催された、反貧困ネット北海道主催「「なくそう!官製ワーキングプア」運動に学ぶ6・01反貧困学習会」の内容をまとめたものです。なお、同学習会の記録の本誌への掲載は、主催団体の反貧困ネット北海道のご厚意によります。
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