川村雅則「コラム ワークルール教育推進のための基盤整備を」『働くもののいのちと健康』第106号(2026冬季号)p.■
働くもののいのちと健康を守る全国センターが発行する機関誌『働くもののいのちと健康』第106号(2026冬季号)に投稿したコラムです。同団体で取りまとめた「政策・制度要求2025」に「第9 学校教育にワークルールをカリキュラムとして位置付けること。」(参考資料)が入ったことを受けて依頼されたものです。1000字少々のコラムですから詳細には書けませんでした。注釈で補います(注釈はNAVIに掲載した本稿のみに記載)。
「コラム ワークルール教育推進のための基盤整備を」
人手不足という事態やメディアによる報道のおかげで、学生アルバイトを「露骨」に手荒く扱う状況は以前に比べると改善されているようにも思えるが、筆者の勤務校の学生の現状を調べてみると、様々な問題が相変わらず確認される[1]。(1)仕事の負担が重い、希望を超える勤務シフトに入れられる、当初の契約にない仕事をさせられる/シンプルな(?)賃金未払いのほか、残業時間のカウントは15分刻み、シフトカットや早上がりへの賃金保障はなし/パワハラ・セクハラのほか接客などの「前線」でカスハラを経験、客からのクレーム対応もアルバイト任せ。(2)新たに考えなければならない問題もある。例えば、仕事内容や仕事の指導に関する連絡が勤務時間外に日常的にSNS等で行われているのは、つながらない権利の必要性を想起させる。頭髪・ネイル・ピアス等に関するアルバイト先のルールに不満が多く回答されているが、本来は個人の自由に属するはずのこれらの身だしなみを制約する合理的な理由は彼らに果たして示されているか。(3)そして、例えば、有給休暇制度は「知っている」と回答されるものの、では、自分のアルバイト先では取得できるかと尋ねると、「分からない」とか「取得できない」という回答がなぜか多い現状からは、情報・知識を得るだけでなく、自らのおかれた状況や職場を変える次元までワークルール教育は射程に入れる必要があることを強く感じさせる。それは主権者教育の一環でもある[2]。
学生アルバイトの以上のような事態に対応するための教育は、名称はともかく、古くから学校(とくに高校)現場で実践されてきた。それは、問題意識を強くもつ教員や外部講師に支えられたすぐれた実践であるのは間違いないが、全ての若者にワークルールを届けるにはまったく不十分である[3]。とくに、初等・中等教育における、文部科学省を頂点とする中央集権的な教育行政の構造や詳細に定められたカリキュラム、校長をトップとする学校経営・意思決定の存在[4]を考えてみても、ワークルール教育の公的な「基盤整備」が絶対に必要である。その点で、日本労働弁護団が取り組むワークルール教育推進法の制定運動[5]は貴重である。
地方の公務非正規問題に取り組む拙い経験[6]から一点を問題提起すると、法律の制定運動と並行して、地方(地方政府)を動かし、地方から国(中央政府)を動かす取り組みもまた必要ではないか、と考えている。過労死等防止対策においても、「地方公共団体の責務」が併記[7]されており、実際、地域の教育委員会と連携した啓発授業実践を進める事例が存在することを考えても、あながち見当外れではないように思うがどうだろうか。ワークルール教育推進「法」と「条例」、両者の制定を展望したい。
[1] 2025年度のゼミでの調査結果は以下を参照。『北海学園大学1部学生アルバイト白書』、『北海学園大学2部学生アルバイト白書』。
[2] 例えば、川村雅則「労働法・労働組合を学ぶ教育実践の提起──大学生のアルバイト実態等に基づき」『建設政策』第214号(2024年3月号)pp.40-44を参照。
[3] 現在の高校生の人数は287万4千人、大学生の人数は297万2千人である。文部科学省「令和7(2025)年度学校基本統計(学校基本調査の結果)確定値について公表します」2025年12月16日より。
[4] この問題については、筒井美紀(2022)「労働(法)教育の確かな実施におけるリソースの問題──教育行政と学校経営に関する社会学的視点からの検討」『日本労働社会学会年報』第33巻(2022年)pp.37-54が説得的である。
[5] 日本労働弁護団「ワークルール教育の推進に関する法律(第1次案)Ver2」2016年2月1日。『労働法律旬報』第2090号(2025年10月25日号)で「ワークルール教育推進法に向けて」と題する特集が組まれている。そのなかの上田裕(2025)「ワークルール教育推進法制定に向けた日本労働弁護団の活動──法制定の必要性から今後の課題まで」『労働法律旬報』第2090号(2025年10月25日号)pp.14-21によれば、2013年から始まった日本労働弁護団によるワークルール教育推進法制定に向けた取り組みは、2018年に法制定の気運が高まるものの、自民党内の一部議員の消極論の意見もあって、法案の提出には至らなかった。その後、法制定の動きは下火になるも、2025年に入って再びその気運が高まりつつあるという。日本労働弁護団「「ワークルール教育推進法の早期成立を求める声明」を出しました」2025年3月10日も参照。
[6] 北海道労働情報NAVIに掲載した拙稿を参照されたい。
[7] その内容は明確ではないが、防止法の該当部分は下記のとおり。
(基本理念)第3条 〔略〕
2 過労死等の防止のための対策は、国、地方公共団体、事業主その他の関係する者の相互の密接な連携の下に行われなければならない。
(国の責務等)第4条 国は、前条の基本理念にのっとり、過労死等の防止のための対策を効果的に推進する責務を有する。
2 地方公共団体は、前条の基本理念にのっとり、国と協力しつつ、過労死等の防止のための対策を効果的に推進するよう努めなければならない。
参考資料
働くもののいのちと健康を守る全国センター政策・制度要求2025
2025年12月12日
働くもののいのちと健康を守る全国センター
第9 学校教育にワークルールをカリキュラムとして位置付けること。
各都道府県の総合労働相談センターに寄せられる総合労働相談は2024年度で120万1,881件と5年連続で120万件を超え、高止まりしています。全労連の労働相談センターにも毎年1万件近い労働相談が寄せられています。
現在、学校現場で進められているキャリア教育・職業教育は、ワークルールに視点を置いた教育がなされておらず、多くの人が憲法第27条および第28条や労働者保護法制に保障された「働くルール」「労働者の権利」「労働組合の知識」などについて十分な知識を持たないままに社会に出る状況となっています。
労働者、使用者が労働法制などのワークルールについて正確な知識を習得することは、労使紛争を防止するとともに、労働者が自らの権利を守り、使用者にとっては円滑で適切な企業活動を確保するために重要です。
厚生労働省は「『はたらく』へのトビラ~ワークルール 20のモデル授業案~」を全国の高等学校等に配布するなど様々な資料を公開・配布していますが、各教育課程においてカリュキュラムとして位置付けられていないため、十分には活用されていません。
また、学校現場では、職務が肥大化する一方で、政府が「定数改善計画」の策定を中断し、教職員の増員を怠ってきた結果、教職員不足、長時間過密労働が蔓延しています。ワークルール教育を進めるにあたっては、競争主義的な教育政策を抜本的に転換するなど、肥大化する職務を見直すとともに、教職員の大幅な増員も重要な課題です。
厚生労働省と文部科学省が連携して、全国の教育現場でワークルール教育を実施できるよう施策を講じることを求めます。
(1) ワークルール教育の基本理念、施策の基本となる事項を定め、国、地方公共団体等の責務を明らかにすることにより、施策を総合的かつ計画的に推進し、健全で安定した労働関係の形成に資するためのワークルール教育推進法を制定すること。
(2) 初等、中等、高等教育段階ごとに関係機関と連携して、必須科目としてワークルールに関するカリキュラムを策定すること。
1) 労働者の立場で、労働者の権利を学ぶワークルール教育とすること。
2) 教職員の人員増をはかるとともに、地方自治体、教育委員会、労働局、労働組合などが連携してワークルール教育が進められる体制を確保すること。