過労死等防止対策推進北海道センター「2025過労死等防止対策推進シンポジウムの記録(1)」

過労死等防止対策推進北海道センター「2025過労死等防止対策推進シンポジウム(北海道会場)の記録(1)」『NAVI』2025年12月17日

 

 

2025過労死等防止対策推進シンポジウム(北海道会場)の記録

過労死等防止対策推進北海道センター

 

 

2025年11月10日、札幌市内にて、以下の内容で、厚生労働省が主催する過労死等防止対策推進シンポジウムが開催されました。

[基調講演]

「過労死等防止対策と働き方改革のいまを問う──大綱改訂の意義と課題」

清山玲氏(茨城大学教授、過労死等防止対策推進協議会委員)

[体験談発表] 高畠賢氏

[パネルディスカッション]

「過労死はなぜなくならないのか

──過労死等防止対策推進法の意義と限界、そして課題」

コーディネーター 川村雅則氏(北海学園大学教授)

パネリスト    清山 玲氏(茨城大学教授、過労死等防止対策推進協議会委員)

         寺西笑子氏(全国過労死を考える家族の会)

主催:厚生労働省
後援: 北海道、札幌市

 

 

本稿は、このうちパネルディスカッションの寺西笑子氏の報告を整理、再構成したものです。パネルディスカッション中の川村の司会発言や清山氏の発言は割愛しました(なお、清山玲氏の講演録は別途作成中です)。

本シンポジウム、とりわけパネルディスカッションは、過労死防止学会第11回(2025年)大会における特別企画「過労死等防止対策推進法の意義と限界──施行10年から見えてくる意義と限界、そして課題」を念頭において企画しました。

施行から10年を経過した過労死等防止対策推進法(以下、「推進法」、「防止法」と略)はどう評価すべきでしょうか。

労働時間規制の規定がないことをもって「推進法」を意味の無いものととらえる見解に対しては、この法の制定の背景には「過労死を考える家族の会」(以下、「家族の会」)を中心にどれほどの苦労があったかを知っていただくと同時に、推進法を十分に活用しているか、推進法をフルに活用するその先に新たな法制定があるのではないか、と問題提起をしたい思いがあります。

逆に、「推進法」があれば過労死をなくすのに十分であると「推進法」に過度に期待をかける見解に対しては、それは職場の現実や現行労働法制の欠陥、さらには、労働分野(労働時間)の規制緩和を目指す今日の政治の動きを全くみないものではないか、と問題提起をしたいです。

パネルディスカッションで設定したテーマのとおり、「過労死等防止対策推進法の意義と限界、そして課題」を確認・共有し、必要な取り組みを進めていくことが私たちに求められています。

清山玲氏、寺西笑子氏にこの場を借りて厚く御礼を申し上げます。

 

文責・過労死等防止対策推進北海道センター

 

 

2025過労死等防止対策推進シンポジウム(北海道会場)
パネルディスカッションにおける報告

寺 西 笑 子

全国過労死を考える家族の会代表世話人
前・過労死等防止対策推進協議会委員

1.過労死防止法の制定の経過と過労死防止法の意義

■夫を過労死で亡くして

皆様、こんにちは。ただ今ご紹介をいただきました、全国過労死を考える家族の会の寺西笑子と申します。本日は貴重なお時間を頂戴いたしましてありがとうございます。

まず最初に私の自己紹介ですが、簡単にお伝えしますと、29年前、和食の店長をしていた夫を亡くしました。夫の年間の労働時間は4000時間を超えるという普通の人の2倍を働いた末に、社長のパワハラも重なりまして、過労自死をいたしました。

 

【略歴】

1996.2. 夫(49歳)過労自死
1999.3. 京都下労働基準監督署・労災申請
2001.3. 京都下労働基準監督署・労災認定
2001.6. 京都地裁 会社提訴
2004.8. 京都地裁 元社長追加提訴
2005.3. 京都地裁勝訴判決(会社が控訴)
2005.7. 大阪高裁 控訴審
2006.6. 大阪高裁 会社と和解成立
2006.11.京都地裁 元社長と和解成立

【家族の会の活動歴】

1997.12 大阪家族の会会員
1999.3.  京都家族の会会員(2001~2008 京都代表)
2008.11  全国過労死を考える家族の会代表就任(現在へ)

【関係団体の活動歴】

2014.10.  過労死防止全国センター共同代表 (2025.7.退任)
2014.12   過労死等防止対策推進協議会委員  (2024.12.任期満了)

 

労災と民事訴訟で、解決には結局10年9か月もかかりました。

私たち過労死を考える家族の会の会員のほとんどは、ある日突然、大切な家族を働きすぎで命を奪われる経験をしています。

家族はなぜ死ななければならなかったのか? 遺された家族は、ここが一番知りたいところなんですね。そうしたことがきっかけになって真相究明、名誉回復に長い闘いが始まります。闘いの終わり方や解決の仕方は様々ですが、自分の事件は終わっても、世の中全体が変わることはなく被災者から過労死の相談は相変わらず増え続けていました。

 

 

■過労死防止法制定に向けて

過労死はあってはならない。そして、過労死をなくす法律は作れないのか。そういう思いを私たちは抱くようになりました。

司法の場においては、過労死をめぐる訴訟が盛んに行われました。最高裁判決をはじめ労働者の心身の健康に対する安全配慮義務を認めた判決など、成果も、過労死弁護団の先生方によって多数積み重ねられてきました。しかし過労死は後を絶ちません。過労死防止基本法を定め、国として過労死をなくすための法整備が必要であるという考えを過労死弁護団の先生方が持たれました。そこで私も、2008年の9月、過労死弁護団の総会に傍聴参加をさせていただきました。そのときの総会では、過労死防止基本法制定についての決議が上がったわけです。それを聞いて私も、こういう法律ができたらいいなと思って帰ったことを覚えています。

なお、主な決議の内容につきましては、次のとおりです。

 

  • 過労死はあってはならないことを、国が宣言する。
  • 過労死をなくすための、国、自治体、事業主の責務を明確にする。
  • 国は、過労死に関する調査・研究を行うとともに、総合的な対策を行う

 

以下には、過労死防止制定過程に関する取り組みを時系列でまとめさせていただきました。参考にしていただければと思います。

 

2008年9月 過労死弁護団全国連絡会議 総会決議  「過労死防止基本法の制定」

2009年11月 全国家族の会は「決議」を持ってロビー活動 (当時、民主党政権交代)

2010年10月 全国家族の会主催 「院内集会」成功裏に開催

2011年11月 「過労死防止基本法の制定」実行委員会結成

運動:「100万人署名」「地方議会意見書採択」「院内集会」「議員立法で成立」

2012年12月 (自民党)政権交代

2013年4月 国連・社会権規約委員会へ過労死等防止基本法制定運動の支援要請:全国家族会有志

5月 国連社会権規約委員会から日本政府へ(初)勧告

2013年6月 「過労死等防止基本法の制定を求める・超党派議員連盟」結成

10月 以降、ロビー活動強化。特に与党議員(自民・公明)中枢以上重鎮の議員

2013年12月 「過労死等防止基本法」野党案 提出(通常国会で継続審議)

2014年4月 「過労死等防止対策推進法」議員連盟案提出:(衆)厚生労働委員会・本会議 通過

2014年6月 「過労死等防止対策推進法」(参)厚生労働委員会・本会議で全会一致・可決成立!

 

 

■運動の経過

運動の経過を紹介します。過労死弁護団による決議は2008年にあげられたわけですが、翌年の2009年に日本で初めて政権交代がありました。皆様もご記憶の方がいらっしゃると思うのですが、自民党政権から民主党政権になりました。

民主党のマニフェストにはワークライフバランスが明記されていましたから、2008年の決議案を推し進めるチャンスだということが、2009年の過労死弁護団の総会で確認されました。

私たち家族の会も、2009年11月に、まずは有志で、こうした法律が作れないでしょうかということを議員会館へ行って国会議員に陳情に回りました。これが運動のスタートになりました。その際に、議員さんのお一人が熱心に関わっていただいて、翌年の2010年に、初めて全国家族の会主催で第1回の院内集会「ストップ 過労死!──過労死等防止基本法制定を求めて」を成功裏に開催することができました。

これがきっかけになって、さらに翌年の2011年11月に、過労死防止基本法の制定を求める実行委員会が結成されたわけであります。それによって、100万人署名、地方議会での意見書採択、院内集会という国民的運動に着手することができました。

運動がこうして進んだわけですけども、2012年にはまた政権交代で自民党政権になって、せっかく頑張ってきたのにまた振り出しに戻ってしまい、やり方を考える必要がある状況になりました。

 

 

■国連・社会権規約委員会へ要請に

こうして悲観的になったところ、関係者から国連・社会権規約委員会が12年ぶりに開催されるとの情報を得られたので、かねてから私自身も、日本の過労死を国際社会はどう思っているのかということを一度訴えに行きたいと考えていたので、日弁連が主催する要請団に家族の会と関係者10名が同行し、社会権規約委員へヒアリングをできることになりました。社会権規約には次のようなことが書かれています[1]

 

社会権規約 第7条:公正かつ良好な労働条件を確保

第7条b:安全かつ健康的な作業条件

第7条d:休息、余暇、労働時間の合理的な制限および定期的な有給休暇ならびに公の休日についての報酬

 

日本の過労死問題は、社会権規約第7条のbとdに反するのではないか、と考え、私たちは日本の過労死の実態と過労死をなくす法制定運動の支援を訴えました。このヒアリングを終えて帰国後、2013年5月には、国連社会権規約委員会から、日本政府へ初めての国連勧告が発令されました。以下のとおりです。

 

○2013年5月17日発表、「社会権規約委員会」総括所見の17項

訳文・須田洋平弁護士

委員会は、締約国が雇用主に対して自主的な行動をするように奨励する措置を講じているにもかかわらず、多くの労働者が今なお非常に長時間の労働に従事していることを懸念する。また、委員会は、過労死および職場における精神的なハラスメントによる自殺が発生し続けていることも懸念する。

委員会は、社会権規約第7条に定められた、安全で健康的な労働条件に対する労働者の権利、そして、労働時間に対する合理的な制限に対する労働者の権利を守る義務に従って締約国が長時間労働を防止する措置を強化し、労働時間の延長に対する制限に従わない者に対して一般予防効果のある制裁を適用するよう勧告する

また、委員会は、締約国が必要な場合には職場におけるあらゆる形態のハラスメントを禁止、防止することを目的とした立法、規制を講じるよう勧告する

注:下線・着色は引用者

 

 

皆さんもご存じのとおり、日本は、労働時間に関するILO条約を一つも批准していません。批准していないことについて訴えには行けません。それに対してこの社会権規約は、日本は1979年に批准をしていますから、政府は報告義務があります。また色部裕氏と森岡孝二先生から事前にカウンターレポートを提出されたこともあり、それで規約委員会が私たちの訴えを受け入れてくださったという背景がありました。

資料に一番下の部分にありますとおり、「職場におけるあらゆる形態のハラスメントを禁止、防止することを目的とした立法、規制を講じるよう勧告する」と日本政府へ勧告が出されました。

まさに、私たちが求めている法律を日本政府は作りなさい、という趣旨の勧告が出されたことで、私たちは非常に嬉しく思いました。こうしたことが契機になりまして、今度は超党派の議員連盟を設立していただけることになりました。

 

[1] 社会権規約については、日本弁護士連合会「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)」を参照。

 

■必死のロビー活動、法案の成立へ

これまで国会議員は、院内集会には参加してくださったのですが、それ以上の積極的な行動がなかなか進みませんでした。そこにこの国連勧告が出たことで、与党と野党の全ての議員が関心を持ってくださる党派を超えた議員連盟を結成するという大きなきっかけになったのです。

協力・支援してくださる皆さんや私たち家族の会自身が本気度を持って行動したことで、過労死防止基本法の制定をめざす超党派議員連盟が2013年6月に設立され、議員が本気になって過労死を防止する法律作りをしましょう、と議員連盟が動き始めました。

ただ、議員連盟が法律を作るとなると、やはり全会一致が条件になるんですね。

内閣が作る閣法は、政府が提案して数の力で成立しますが、国民がつくりたい法律の議員連盟提案の基本は、全会一致、つまり与党が賛成しないと成立できないという構図になっています。

そういうことで、議員連盟の方からは、「国会議員を動かすのは遺族だ」と叱咤されます。私たち家族の会は、弁護士、学者、支援者や議員に頼っていたのですけど、そうじゃなくて、当事者が先頭になって頑張らないとこの法律は作れないという事実を議員から突きつけられることになったわけです。そこで、私たちは毎日のように議員会館に常駐をして、「東京家族の会」の皆さん方と共にロビー活動に励みました。2013年秋の臨時国会で法律を成立させようと目標を立てて、とりわけ与党幹部や中枢以上重鎮の議員に、働きかけを行いましたが与党が纏まらず、2013年12月に「過労死防止基本法」は野党案として国会に提出され、継続審議となりました。そこで、2014年2月から4月にかけて、自民党の重鎮議員に対して集中的にロビー活動を行いました。

こうした取り組みが反映し、与党もやっと動きだし、党内検討会議が約10回開催され、「過労死防止基本法」という名称から、「過労死等防止対策推進法(略称:過労死防止法)」と名称は変更されました。野党案の過労死防止基本法は取り下げとなり、与党案が超党派議員連盟による法案として国会に提出されました。

そして2014年の5月には、衆議院の厚生労働委員会で家族の会を代表して私が意見陳述することができ、法案成立のめどが立ったわけであります。2014年の6月には、参議院の本会議にて全会一致で、誰一人も反対もなく、この法律は成立することができました。

この写真〔注:過労死防止法案の成立を知らせる報道〕は、法案の成立を知らせる報道の画像です。239とは、参議院の本会議の議員数で、239名中239が賛成で、反対が0、というまさに全会一致、誰一人の反対もなく法律は成立したわけであります。

そして、この法律の下で、2014年11月には過労死の啓発シンポジウムが開催され、2016年からは啓発授業も開催されることになりました。

 

 

■防止法制定の意義と課題

防止法制定の意義と課題を整理します。

法律の名称について、私たちは過労死防止基本法というのを望んでいたのですが、労働基準法や労働契約法など、いろいろな労働法制がある中で、現行の法律と内容が似通った名称はつけられないということが与党議員から突きつけられました。労基法や労働安全衛生法の内容と重ならないものであれば作ることができる、という事情があって、過労死等防止対策推進法になりました。

私たちはこの名称についてはちょっと不満があったのですけども、やはり何と言っても与党が賛成しないことには、いくら理想を言ってもだめで、法律がもう成立しないという極限の判断がありましたので、合意をすることにしました。

法律の制定を構想してからおよそ4年、山あり谷ありの連続でしたけども、議連が発足し、その1年後には法律が成立しました。こんなに短期間で法律制定に至るのは珍しいという評価もいただきました。

過労死防止法を紹介します[2]。ここでは、私が整理したものを示します。

 

(目的) 第1条

過労死がなく、仕事と生活を調和させ、健康で充実して働き続けることのできる社会の実現に寄与する

(定義) 第2条 「過労死等」とは

(1)業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡
(2)業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡
(3)死亡には至らないが、これらの脳血管疾患・心臓疾患、精神障害

(国の責務) 第4条

1.過労死等の防止のための対策を効果的に推進する責務を有する
2.地方公共団体は国と協力し、推進するよう努める
3.事業主は、国および地方公共団体が実施する対策の協力に務める
4.国民は、関心と理解を深めるよう努める

第5条 毎年11月は、過労死防止啓発月間47都道府県でシンポジウム 開催

第6条 毎年国会に年次報告書(過労死防止白書)を提出

第7条 大綱(政府の政策文書)

・4つの対策(調査研究、周知・啓発、相談体制の整備、民間団体活動支援)を具体化したもの。
・協議会委員の意見を聞く。
・関係行政機関の長と協議。
・閣議決定

第12条/13条 協議会

過労死等の本人、家族、遺族ら代表する者。労働者代表、使用者代表、専門知識を有する者。20名で構成

第14条 法制上の措置 3年を目途に見直し。

 

まず、これまでの法律にはなかった、ワークライフバランスの実現が明記されました。過労死がなく、仕事と生活を調和させ、健康で充実して働き続けることのできる社会に寄与する、という部分です。また、それは国の責務です。第4条に入った責務規定というのは非常に重要なものだと思います。

条文に戻って、第2条には、過労死等の定義が明記されました。それまでは、過労死という言葉は、国が使う正式な言葉という扱いを受けていませんでした。いわゆる過労死という言い方を国はしていたんですね。だけど、この法律ができたことによって、過労死等の定義が示されました。

国の目的や過労死等の定義が示され、国の責務規定も示されたのは、大きな意義があると思っております。14条の条文の中にいろいろと有効な内容が盛り込まれたということは、罰則規定のない理念法ですが、本当に意義のある法律になったと私たちは思っております。

大綱については清山先生が基調講演で詳しく触れられましたので、私からは端折らせていただきます。

防止法と家族の会の関わりについて申しますと、まず、過労死防止対策推進協議会について、当事者である私たちのような遺族が委員として参画できます。このことは、大変に意義があると考えております。

また、啓発シンポジウムや啓発授業など、これらは私たちが要望して採用していただいたことですが、大綱を充実させるために積極的に意見を述べたことが反映されたのはとてもありがたいことです。現在、過労死遺族は、有識者とともに、啓発シンポジウムや啓発授業で体験談を報告しているところです。

 

[2] 過労死等防止対策推進法については、法令検索サイトを参照。

 

■過労死防止法の限界と課題

以上のようにお話してきましたが、過労死防止法には、限界と課題があります。三つほどあげます。

まず、調査研究、啓発、相談体制の整備、民間団体の活動支援、という4本の枠組みの対策では、意義はありますが、過労死をなくす上で限界があります。防止法は、具体的な労働時間などには全く触れませんので、そこが一つの限界だと思っています。

二つ目は、過労死等は喫緊の課題としながらも、主な要因である労働時間規制やハラスメントの過重労働についてなどは、積極的な議論が行われることはありません。

三つ目は、協議会において、私たち委員は自由に意見を述べることができるのですが、先ほど述べた4本の枠組みを外れる意見につきましては、問題提起という扱いに止められ、対策には反映されることはありません。

以上の限界にも関連するのですが、労基法につきましては、現在、労働政策審議会で議論がされています。過労死を無くそうという協議会での議論と違って、労働分野の規制緩和の議論がされていることはご承知のとおりです。

 

以上のとおり、私たちの念願であった法律は成立しましたが、意義もあれば、やはり、限界や課題もあるということを、法律の制定時のこととあわせて、まずは私のほうからお話をさせていただきました。

 

 

 

2.労働規制の強化と緩和の動向

■労働規制の強化と並行して進む規制緩和

過労死防止法は2014年の6月20日に成立しました。これは労働分野の規制強化の動きと言えます。ところが、この頃に同時並行的に、規制緩和を目指す動きが強まっていきます。その経過を資料として整理してみました。

 

★ 2014.6.20  過労死等防止対策推進法(過労死防止法)全会一致で成立

・2014.6.24 「日本再興戦略 改訂2014」 閣議決定

・2014.10.1 「長時間労働推進削減本部」(厚労省)スタート

・2014.10.3 「すべての女性が輝く社会づくり本部」(首相官邸)設置

★ 2015.7.   過労死防止対策推進協議会で策定した、過労死防止大綱、閣議決定

・2015.10.15 「一億総活躍国民会議」を設置

・2016.6.2  「ニッポン一億総活躍プラン」を閣議決定

・2016.9.16  「働き方改革実現会議」設置
       ※ 議長:総理大臣、構成員:大臣8名、有識者14名、労働者側1名

・2017.3.13  時間外労働の上限規制等に関する労使合意(経団連・連合)

・2017.3.28  「働き方改革実行計画」決定

・2017.9.28  衆議院解散──審議未了・廃案

・2018.1.22  第196回国会「働き方改革関連法案」は最重要法案→閣法として提出

 

過労死防止法が成立し、2015年の7月には、過労死防止対策推進協議会で策定された大綱が閣議決定されたわけです。

私たちの望むこうした規制強化の動きが進む一方で、過労死ゼロから残業代ゼロという動きも同時並行で進んでいきます。

2017年には、働き方改革に関する時間外労働の上限規制案について、労使である経団連と労働組合の連合さんが合意します。そのことが、既成事実となり、2018年には、時間外労働の上限規制を含む、働き方改革の関連法案が閣法として提出されたわけであります。

この時間外労働の上限規制はどう評価すべきでしょうか。

確かに、時間外労働の上限ができたというのは前進だとみることは可能でしょう。青天井に天井をつけ、複数月で月に80時間、単月で100時間未満、こうした上限が法律で定められたわけですから。

一方で、私ども過労死家族の会からすれば、この80時間、100時間とは、過労死をする時間、極端に言えば死ぬ時間なんです。というのも、労災認定においては、これだけ時間を働いていたことが証明できれば、国は労災と自動的に認める、そのような時間なんです。そのような時間を合法化することに対して私たちは大反対をしました。過労死を防ぐ法律ができたその一方で過労死ラインを認めるとはどういうことですかと。

働き方改革関連法案は、改定された労働基準法や労働契約法など8本の法律で構成されています。規制の強化と緩和が混在しており、過労死防止に矛盾するような、長時間労働を助長し過労死を促進する内容だと抗議をしました。

第一に、時間外労働の上限規制は、過労死防止の観点で、もっと低い水準に下げるべきで、具体的には、65時間とすべきことを、厚生労働省に対して何度も要請を行いましたが、結局は複数月で80時間、単月で100時間未満、年間では720時間、休日労働分を入れると年間960時間まで働かせることが可能な内容になってしまいました。

第二に、データに誤りがあったことでこのときの法案からは削除されましたが、裁量労働制の拡大が現時点でも進められようとしているのは、ご承知のとおりです。

そして第三に、大きな争点となった、高度プロフェッショナル制度の創設導入については、年収要件や健康・福祉確保措置が設けられていますが、全く不十分です。そもそも、労使間の合意により本人の選択で労働時間規制から外し、過労死をしても自己責任扱いされてしまう制度が導入されました。

こうして、私たちは過労死ゼロに向けて前進したいのに、かたや政府のほうでは、規制緩和、残業代ゼロを進める動きがあるということが、今日に至っても続いています。

 

 

■WHO・ILOによる労働時間と健康の研究

これに対して国際社会の動きはどうでしょうか。先ほど時間外労働の上限を65時間に引き下げるべきだと申しましたが、このことに関連して、次の資料をご覧ください。

 

WHO・ILOは、長時間労働による健康リスク・死亡を発表

「研究論文」 :週55時間以上働く労働者は、週35時間~40時間働く場合と比べて

脳卒中のリスクが35%、虚血性心疾患のリスクが17%高い
週55時間以上働いて、心臓病や脳卒中などで亡くなった人は、2016年に世界全体で、74万5000人

「事態の悪化」:新型コロナ感染拡大で在宅勤務が定着し、自宅と職場の境界線が曖昧。

多くの業界で人員が減らされ、長時間労働を余儀なくされている。

テドロス事務局長『脳卒中や心臓病のリスクを負う価値のある仕事など、どこにもない』

・WHOは、法律による強制残業の禁止や労働時間の制限
・労働者が労働時間を報告して、週55時間を超えないようにする

※ 加盟国、日本を含む各国の政府や企業に、長時間労働を避けるための対策を求めた

 

2021年のことで、皆さんもご記憶があるかもしれませんが、WHO・ILOは長時間労働によるリスク・死亡に関する研究成果、研究論文を発表しました。EUの週55時間以上働く労働者は、週35時間ないし40時間程度働く人に比べて脳卒中のリスクが高い、といった内容の研究です。

過労死弁護団の先生方は、時間外労働の上限を月65時間にすべきだと仰います。それはまさにこうした国際社会の研究と合致しているんですね。WHO・ILOの指摘する週55時間労働とは、日本の月65時間の時間外労働と同じなんですよね。

日本を含む加盟各国の政府や企業にWHO・ILOは長時間労働を避けるための対策を強く求め日本の働き方に警鐘を鳴らしています。これを受けて、私たちは記者会見をして、時間外労働の上限を月65時間にすべきだと国に申し入れをしたのは、先ほど申し上げたとおりです。

 

 

■働きたい改革?──時間外労働の上限規制の緩和を指示

過労死防止法は、確かに、罰則規定のない理念法なんですね。だけど、考えなければならないのは、いくらよい法律ができたとしても、いくら厳罰化して罰則をつけたとしても、必ずと言ってよいほど抜け穴が作られたり、また、バレなきゃいいんじゃないかと職場の慣習が優先されることになると思います。

経営幹部や上司からこれがうちの会社のやり方なんだと言われると、やはり、そこで働いている人はノーと言えない。日本の働く職場で問題になっているのはそういう職場の風土ではないかと思います。ですから、やはり、過労死に関する問題意識を働く人たち一人一人がもつ、そういうことが、法律をつくるにあたって非常に大事じゃないかなと思います。

と申しますのも、過労死が相変わらず減らない中で、皆さんもニュースでご存知かと思いますが、2025年10月21日、厚生労働大臣に向けて、時間外労働の上限規制の緩和を検討するよう首相は指示をしました。裁量労働制の拡大、高度プロフェッショナル制度の拡大などを含みます。「働きたい改革」だと言われていますけれども、働きたいだけ働ける制度というのは本当に危険なものだと思います。

心身の健康は維持する、従業者の選択を前提にする、と言われています。しかし、選択制だからどちらでもいいよと言われても、そこで働いている人はノーと言えません。そうであったとしても、働き過ぎで倒れてしまえば、企業は無理強いはしてない、本人が選んだとされてしまうことを危惧します。

首相からのこういう指示が出されてすぐに、過労死遺族からヒアリングをしたいということで野党から呼ばれまして、10月23日に行ってまいりました。

しかし、労働政策審議会ではすでに労働基準法改定に向けて議論が進められています。労働側委員からは、「働く仲間から強い懸念の声が上がっている」、「過労死がなくなっていない状況を政府は重く受け止めるべきだ」、「過労死ライン水準の規制緩和など断じてあってはならない」といった声が上がっています。労働者側の委員の皆さんには、頑張っていただきたいと切に思います。

以上のように、過労死がなくならない状況下で、労働時間規制の緩和を図る法案の提出が、早ければ、来年の通常国会で目指されているといった状況にあります。

 

 

 

 

3.過労死防止に向けて私たちにできること

■申請者側に立証責任がある過労死

私は夫を過労自死で亡くした遺族です。それはもう30年前の話になるんですけども、今現在でも、過労自死で労災を申請される方が本当に多いです。

厚生労働省の発表した資料で、2024年度の精神障害の労災申請者数は過去最多の3780人となったことは、皆さまもご存じのことと思います。精神障害の労災申請が3780人で、認定者数は1055人、脳・心臓疾患の申請者数は1030人で、認定者数は242人です。

しかし、実際に起きている過労死の数からすれば、申請者数はまだまだ少ないと思います。次の資料をご覧ください。

 

警察庁自殺統計原票データ(2025年1月29日)

 

「勤務が原因」で自殺をされた方は2024年には2559人です。ところが労災申請は、そこから1割弱で、しかも認定をされるのは2桁の人数という厳しい状況です。国が認めた過労自死は氷山の一角であり、ほとんどの遺族は泣き寝入りしている状態です。なぜなら、申請者側に立証責任があるからです。

職場で一体何があったのか、遺された家族には分かりません。職場の協力が無いなかで、被災者の労働時間や職場でどんな出来事にあったかを証拠として集めづらいのが現状です。申請者側に立証責任があることが、遺族の泣き寝入りの原因になっていると思っています。

こういう現状で私たちにはどんなことができるかを、最後に皆さんと考えていきたいと思います。

 

■過労死防止大綱の活用を

○事業主、経営幹部の皆さんへ

やはり過労死防止「大綱」をもっと職場で活用して欲しいと思っています。

まず事業主の方には、過労死を職場で出してしまったら企業の信用を失う、企業価値が下がるという認識を持って、責任を持って過労死等の防止のための対策に取り組むんでいただきたいです。またそれとは逆に、長時間労働の削減、年次有給休暇の取得促進の取組みは、企業価値を高めることを認識していただきたい。

同じように、経営幹部の皆さんについても、同様の認識で、次のような取り組みを進めていただきたいです。

 

・安全配慮義務や法令遵守を徹底する

・労働者の生命を守り、健康を害するような働き過ぎを防ぐための対策を行なう

・年次有給休暇の取得促進、勤務間インターバル制度の導入、メンタルヘルス対策等の取り組みを進める

・事業場において過労死等が発生した場合、経営幹部や現場の長が自ら必要な全社研修の実施、シンポジウムや各種研修会への参加、職場の上司や同僚との関係等の調査による原因究明を図り、再発防止の徹底に努める。

 

法令遵守の徹底はもちろんですが、先程来出ています勤務間インターバル制度の導入などに積極的に取り組んでいただきたい。研修などで過労死についての認識を高めていただきたい。

 

○労働組合の皆さんへ

労働組合の皆さんにも求めたい取り組みがあります。

 

・過労死等の防止対策は、第一義的に事業主が取り組むものですが、労働組合も職場の実態を最も把握しやすい立場にあることから、労働者保護の観点で主体的に取り組む必要がある。

・労働時間の把握・管理、メンタルヘルス対策、事業主の義務であるハラスメント防止対策が適切に講じられるよう、職場点検等を実施する。

・相談体制の整備や組合員に対し労働関係法令の周知・啓発を行うとともに、労働時間の過少申告を行っていないか等含め定期的に確認する。

・労働組合および過半数代表者は、この大綱の趣旨を踏まえた労使協定の締結や決議を行うなど、長時間労働を削減し、ワークライフバランスの実現に努める。

 

過労死防止対策は第一義的に事業主が取り組むものですけれども、労働組合は、職場の実態を一番把握しやすい立場にいらっしゃる。そういう意味では、労働者保護を主体的に取り組む必要がある、と思っています。使用者任せにしないということですね。

最後にあげた過半数代表については、過労死防止大綱の趣旨を踏まえた内容で、労使協定の締結や決議などを行っていただきたい。長時間労働を削減して、ワークライフバランスの実現に努める趣旨で協定の締結や決議を行っていただきたいと思います。

 

○民間団体、国民の皆さんへ

民間団体で活動されている皆さまに向けましては、国及び地方公共団体等の支援を得ながら、この過労死等の防止のための対策に関する国民の関心と理解を深める、そうしたことに取り組んでいただきたいと思っております。

そして最後に、国民お一人お一人には、過労死を自らにも関わる重要な問題として自覚をしていただいて、関心を深めていただきたいと思っております。

 

・過労死等の防止のための対策の重要性を自覚し、関心と理解を深めるよう努める。

・毎年11月の過労死等防止啓発月間を契機とし、国民一人ひとりが自身の健康に自覚を持ち、過重労働による不調や周りの者の不調に気付き適正に対処できるようにするとともに、睡眠状況をはじめ生活スタイルを見直す等、過労死等の防止のための対策に取り組むように努める。

・また、発注者や消費者の立場として、働く人の長時間労働やメンタルヘルス不調等による過労死等を防止することについて理解と協力に努める。

 

まさに本日もそうですが、11月の過労死等防止啓発シンポジウムへの参加をきっかけにして、国民お一人お一人が、自らの働き方を見直す、そして、ご自身の健康に自覚を持って、過重労働による不調や周囲の方々の不調に気づいて、適正に対応していただきたいと思っております。

皆さま方の認識が高まることで、過労死防止大綱を職場で活かしてもらう機会をつくることが可能になるのではないでしょうか。現行の過労死防止大綱を十分に活かすこと、これが今すぐに実現できる過労死防止対策だと思っております。ぜひとも実現をお願いしたく存じます。

 

 

結びに、過労死遺族である私からのお願いです。過労死は人災です。決して他人事ではありません。劣悪な環境に置かれると、誰にでも起こりうることです。睡眠時間、そして家族と過ごす時間、自分の自由な時間を確保して、ご自身の命と大切な人の命を守ってください。命より大切な仕事はありません。

長時間労働が当たり前になっている日本の働き方を変えていきましょう。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。ともに考え、行動していただけることを切に願っております。

ご静聴をありがとうございました。

 

(拍手)

 

 

 

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