川村雅則「ディーセントワークをどう実現するか──非正規公務員をめぐる課題から」『ガバナンス』第294号(2025年10月号)pp.18-21
月刊『ガバナンス』第294号(2025年10月号)で組まれた「特集1 ジェンダーギャップを乗り越える──誰もが活躍できる公務職場へ」の寄稿です。どうぞお読みください。なお、本文でも言及していますが、各自治体で制定/策定された男女共同参画基本条例や特定事業主行動計画の検証作業に取り組めないか、と考え、北海道及び道内35市の関連情報を整理しているところです(こちら)。少し古い文献ですが、下記も参照。辻村みよ子(2005)『自治体と男女共同参画──政策と課題(COPA books 自治体議会政策学会叢書)』イマジン出版

特集1 ジェンダーギャップを乗り越える──誰もが活躍できる公務職場へ
ディーセントワークをどう実現するか──非正規公務員をめぐる課題から
北海学園大学教授 川村雅則
課題の設定
本稿(注1)は、2020年度に導入された会計年度任用職員制度の問題点について、ディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)概念に照らしながら確認をし、関係者の課題などに言及する。ILOによって提唱されるディーセントワークでは、「権利、社会保障、社会対話が確保されていて、自由と平等が保障され、働く人々の生活が安定する、すなわち、人間としての尊厳を保てる生産的な仕事」が想定される。そこで掲げられる、仕事の創出/社会的保護の拡充/社会対話の推進/仕事における権利の保障といった四つの戦略目標には、ジェンダー平等という課題が横断的に組み込まれている。本稿が対象とする会計年度任用職員の4分の3は女性である。ジェンダー平等は、会計年度任用職員など非正規雇用問題に取り組む際に強く意識しなければならないテーマである。
なお、本稿の詳細は、労働組合や自治体議員、弁護士ら総勢14名でまとめた編著『お隣の非正規公務員』を参照されたい。
注1:本稿は、本誌2024年2月号に収録された拙稿(「ディーセントワーク概念からみた会計年度任用職員制度」)と重複する。また、この問題が包括的にまとめられた最新の文献として、旬報社発行の『日本労働年鑑第95集(2025年版)』に収録された上林陽治氏(立教大学コミュニティ福祉学部特任教授)の「非正規公務員問題──会計年度任用職員制度の現状と課題」を参照されたい。
ジェンダーギャップ指数と職場の日常
日本は男女間の格差が大きく、女性の地位が低い国である。周知のとおり、世界経済フォーラムが発表する調査データによれば、日本の順位は148か国中118位(2025年)で、とりわけ政治と経済の分野での成績が悪い。
今年は男女雇用機会均等法の制定から40年にあたる。均等法の制定時まで遡ると、法案審議のときから争点になっていたように、本来は、保護と平等が男女双方において実現されるべきであった。しかしながら経済界からは、保護か平等かの二者択一が迫られた。当時、保護から外れて男並みに働くとは、無限定な労働を引き受け、育児など家庭責任は放棄を余儀なくされるといった、精鋭としての働き方が求められることを意味した(時間外労働の罰則付き上限規制が日本で創設されたのは、じつに2018年のことである)。家庭責任を一身に負う女性たちがそれを選択することは容易ではなかった。
結果、家事・育児などを誰かに委ねることのできる者は、組織の正規メンバーとして安定した雇用と処遇を保障され、それを選択できない者は、被扶養を前提とした劣等処遇の非正規雇用を選択する道へ政策的にも誘導されていった。前者には男性・夫が配置され、後者には女性・妻が配置された──概略、以上のような構図は、(民間部門に比べれば労働規制がなお維持されているとはいえ)公務職場も同様である。
見えない「お隣の非正規公務員(会計年度任用職員)」
会計年度任用職員は、短期間・短時間勤務者を含め、全国で今や100万人に達しようとしている(総務省による2024年調査)。特別職非常勤職員と臨時的任用職員をあわせた非正規職員全体の人数規模は、政令市を除く市町村では、およそ4割に達する。
事務職や技能労務職のほか、保育・介護など福祉職や看護師・保健師など医療職、教員・講師、図書館職員、給食調理員、各種の相談員などさまざまな仕事に彼らは従事している。これだけの量的規模でさまざまな仕事に従事する彼らが直面している困難は、自治体の首長・議員・労働組合・正職員など関係者の目には見えているだろうか。
例えば、有期雇用の濫用という問題だ。恒常的な仕事に従事しているにもかかわらず、彼らの任用は、制度上は一会計年度ごとであり、「毎年改めて(新規に)任用される」と厳格に解釈されている。よって、試用期間にあたる条件付採用期間も任用のたびに設けられることになる。そして、民間と異なり、実効性ある雇い止め規制は存在しない(東京都のスクールカウンセラー大量雇い止め事件での原告の訴えを参照)。さらには、助言規定は総務省マニュアルから2024年に削除されたにもかかわらず、再度任用時における一定期間ごとの公募制を堅持している自治体はなお少なくない(注2)(普段の人事評価制度は何のため!?)。「公務員は安定」というイメージとは異なる世界に彼らは住まわされている。
注2:北海道と道内の35市を対象にした筆者のアンケート調査(2025年)によれば、34市からの有効回答のうち、半数が公募を導入していない/廃止した、と回答した。2024年の総務省調査では、同様の回答は6市であったから、大きく前進したことにはなるが、なお半分の市は公募を維持していることになる。人手不足を一方で嘆きながら、公募・選考作業で貴重な労力が浪費されるのも厭わぬその姿勢に驚きを感じる。
扶養されているから?──賃金制度をめぐる問題
賃金はどうか。期末・勤勉手当の支給分は上がっているはずだが、労働組合や当事者団体による調査では、年収200万円未満のウェイトはなお大きい。勤務時間数が短いから、というだけでは説明はできない。時間当たりの賃金が低い。中澤秀一氏(静岡県立大学短期大学部准教授)らによる最低生計費試算調査によれば、単身で、まともな暮らしを送るには時給1500円は必要とのことだが、会計年度任用職員でそれを超える職種は、教員など限定的である(物価高騰下で行われた最新の試算調査では1700〜1900円は必要だとされたから、乖離は拡大している)。
彼らの賃金は、低い号給に位置付けられ、昇給(経験加算)もゼロかすぐに頭打ちである。彼らの従事する仕事に、それはふさわしい賃金と言えるだろうか。彼らにはスキルの向上は予定されていないということだろうか。
日本では、不合理な格差の是正というあいまいな賃金ルールは設けられるに至ったものの、欧州でいう同一(価値)労働同一賃金というルールは存在しない。賃金は、客観的な職務分析・職務評価で決められていない。同じ仕事をしていても、人材活用の仕組みの違いという理由で賃金に差をつけることが容認される。そのような中で非メンバーとされた者の仕事は軽んじられている。
彼らは扶養されているのだから、そもそも彼らの仕事は専門性に欠ける簡単な仕事なのだから、という「説明」が自治体関係者から聞かれる。自治体が啓発する、無意識の偏見や思い込みを指す「アンコンシャス・バイアス」という言葉は、まさに自らが受け止めるべき言葉であるように思うがどうか。
以上のとおり、有期雇用の濫用が制度化され、最低生計費にも満たない賃金しか準備されていない会計年度任用職員制度は、ディーセントワークとはほど遠い。
なお、紙幅の都合で割愛したが、労働者が「発言」できない、という労働基本権の制約という問題の解消も、ディーセントワークの実現にあたっては、不可欠の課題であることを強調しておく。
ジョブ型雇用の実現という問題提起
会計年度任用職員(非正規職員)の雇用はどうあるべきか。従事している仕事に重きを置いたジョブ型雇用という考え方を、編著(2025)では提案している。
ジョブ型雇用については、民間部門でいい加減なかたちで採用・促進されているために評価は分かれる。しかし、数年ごとに仕事・職場を変えて経験を積み増していくジェネラリスト型の正職員に対して、特定の仕事に従事して、その職でスキルを向上させていくことが求められる会計年度任用職員にはジョブ型雇用としての扱いが親和的である。
先にみた制度の現状に対して、雇用面では、その仕事が廃止されるとか、その仕事を遂行する能力を失った、などジョブ型雇用社会で合理的とみなされる理由を除く解雇・雇い止めは許されないことを対置し、賃金については、最低生計費という「基礎」部分に
仕事・スキル向上分の「2階」部分を上乗せした賃金の保障を対置した。後者は、賃金に関する内容改正が行われた今回の総務省マニュアル(2025年6月25日)の考えにも合致するのではないか。
自治体関係者は何ができるか──男女共同参画と女性活躍
ジェンダーギャップを乗り越えるという本特集を意識したもう少し「穏便」な提案として、自治体関係者は、まずは現状の把握や分析から始めてはどうか。そのことは、男女共同参画や女性活躍の政策に沿うものであろう。
男女共同参画社会基本法に基づき、各自治体では基本条例や基本計画が設けられている。掲げられた内容にとくに異論はないが、肝心な、自治体自らに対する分析や提案が避けられているように思う。自治体は、当該地域における最大の雇用主であり、なおかつ、民間事業者に対して仕事を発注する主体でもある。そのような存在としての「自己分析」がまずは必要ではないか。女性の管理職が少ないなど「ガラスの天井」への言及はあっても、女性の非正規雇用・低賃金など「ベタつく床」に言及しているケースは、筆者自身は見たことがない。会計年度任用職員制度の設計は民間の非正規雇用制度に劣るのだから、民間部門・市民社会への啓発などと気負う前に、まず隗より始めよ、という姿勢が必要ではないだろうか。
職業生活に焦点を当てた女性活躍推進法についてはなおのことである。事業主行動計画策定指針(平成27〔2015〕年11月20日)の指摘(「行動計画の策定・推進に当たっては、常勤職員はもとより臨時・非常勤職員を含め、全ての職員を対象としていることを明確にし〔略〕」)を受けずとも、全ての労働者を対象にした計画作りが必要であることは、言を俟たない。この間、労働施策総合推進法第27条に基づく大量離職通知書の作成との関係で露呈した、会計年度任用職員で離職者を大量に発生させておきながら、その把握さえ行われていない状況は早急に是正が必要であろう。
自治体(首長・行政)の決定を間接的に支える議会と労働組合
ところで、以上のような諸課題については、自治体議員・議会や自治体労働組合に責任なしとしない。首長・行政の決定は議会と労働組合によって間接的に支えられていると言えないだろうか。
二元代表制の下で首長との対峙が期待される議会はどうしたのか。行政への監視機能や地域課題への政策立案機能の強化など、美辞麗句がいくら盛り込まれていても、主権者である市民のチェックを受けるわけでもなく市民の参加が制度的に保障されているわけでもない「自治基本条例」「議会基本条例」には限界がある。
労働組合はどうか。非正規運動の大きなうねりは見られず、非正規労働者への門戸をなお閉ざしたままの組合も少なくない。会計年度任用職員の雇用を果たして守り切れるか、という不安が労働組合を躊躇させることは理解できないわけではないが、それ以前に、意識の壁を感じる。
議会も労働組合の世界も、職場以上に男社会であることが、問題への気づきを困難にしているように思われる。ここでもジェンダーギャップを乗り越える必要はないか。
広がる公共の再生に向けた取り組みと担い手の労働条件整備
問題が深刻なだけに悲観的なトーンになったが、この5年という期間のなかで、関係者の取り組みで制度が改善されてきたのも事実である。
労働問題の研究者である筆者が主として目にしているのは、当事者団体や労働組合が果たした役割であるが、首長や議員の取り組みにも注目をしている。「職員はコストではなく財産である」と訴える杉並区の岸本聡子区長の取り組みはよく知られたところであるが、最近では、鳥取県や高知県による短時間勤務制度創設の動きなど、自治体のこれまでにない挑戦も始まっている(鳥取県の制度の詳細は、筆者の調査報告を参照)。議員においても、情報の共有や議会質問のための学習会など、自治体や会派を超えた取り組み・ネットワークが大きく広がっている(一例として、「公務非正規問題自治体議員ネット」を検索されたい)。
そもそもの公務の非正規化の背景には、地方への富の分配を切り詰めて自治体財政をひっ迫させ、公務リストラを進めてきた政治の問題がある。そのツケがさまざまなかたちで噴出している。それに対して、「公共の再生」を掲げた取り組みが各地で始まっている。それは、担い手の労働条件の整備、ひいては、ジェンダーギャップの解消を伴うことになるだろうし、また、そうしていかなければなるまい。
ディーセントワークは、願望に終わらせるものではない。労働者の基本的な人権として実現を図っていくべきものと考える。
メッセージ
○非正規公務員当事者の皆さんへ
皆さんが直面している問題は、ひとえに制度設計に起因しています。問題解決への取り組みは広がりつつあります。
○公務職場で働く皆さんへ
会計年度任用職員や委託労働者など公務・公共の仕事に従事する全ての人たちの労働条件の底上げが、公共の再生のためには不可欠だと考えます。
かわむら・まさのり
1974年北海道岩内町生まれ。北海学園大学教授。北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。専門は労働経済。とくに自治体職場の非正規労働問題の調査・研究に力を入れるほか、公契約条例の制定活動にも取り組んでいる。近刊に、編著『お隣の非正規公務員──地域を変える、北海道から変える』(北海道新聞社)、単著『雇用・労働はいまどうなっているか──ディーセント・ワークを実現するために』(日本経済評論社)。