中澤秀一「2025年度最低賃金改定について~後退・前進の両側面がある~」

中澤秀一「2025年度最低賃金改定について~後退・前進の両側面がある~」『労働総研ニュース』第423号(2025年9月号)pp.1-2

 

本稿は、「労働総研」(一般社団法人 労働運動総合研究所)が発行する『労働総研ニュース』第423号(2025年9月号)に掲載されたものである。

 

 

 

「2025年度最低賃金改定について~後退・前進の両側面がある~」

 

中澤 秀一 静岡県立短期大学准教授/労働総研理事

 

はじめに―すべての都道府県で1,000円超える

2025年の最低賃金改定は、全国加重平均額6.3%(66円)に上昇し、1,121円となった。これにより、すべての都道府県で初めて時給1,000円を超えることになった。

すべての都道府県で1,000円を超えることについては、かつて運動が掲げていた目標が達成されたのであり、ここに至るまでの過程は評価されてしかるべきだろう。ただし、現在の運動で掲げているのは、「全国一律1,500円以上の実現、1,700円をめざす」「国際標準の2,000円をめざす」であり、到底納得できるような数字ではない。

 

25年改定の問題点

25年最賃改定を総括すると、次の二点が問題として指摘できる。

 

①最賃引き上げのスピードが緩慢すぎる

最低賃金の引き上げじたいは既定路線であり、政府が目標として掲げる「2020年代に平均1,500円」を実現するためには年7.3%の引き上げを継続する必要がある。今回の引き上げ率(6.3%)では、目標を達成できないということを深刻にとらえるべきである。目標がどうして達成できないのか、政府が課題を整理したうえで対応策を講じる責任がある。

1,500円という目標については、いまだに「髙すぎる」という批判がみられる。しかし、すでに先進諸国の最低賃金は2,000円レベルに到達しており、1,500円という水準は決して高くはないという事実がある。かつては日本よりも相当に低水準にあった韓国の最低賃金は、2026年1月より約1,135円に改定されることが決定している。週休手当の制度がある韓国では、さらに時給額は上昇することになり、日本との最賃格差はこれよりも拡大する。国際標準に追いつくためには、一刻も早く1,500円水準に引き上げ、2,000円水準をめざさなければならない。

なお、運動が掲げる「1,500円以上」の数字は、やみくもに掲げているのではなく、明白な根拠(エビデンス)にもとづいている。全国27都道府県に実施されたマーケットバスケット方式による最低生計費調査によると、健康で文化的に暮らすためには少なくとも時給1,500円以上が必要であるとの結果が導き出されている。2022年から継続している物価高騰により生計費も上昇し続けているため、それ以前に実施された最低生計費調査のアップデートが現在進められている。アップデートの結果をふまえると、人間らしい労働時間を考慮すれば、必要時給は1,900円レベルに到達している。憲法25条が保障されない、人権が侵害された状態から脱却するためには、いち早く最低賃金1,500円を達成し、さらに上をめざすべきである。

 

②最低賃金の発効日の遅延

通常、改定された最低賃金が発効するのは10月初めである。それは、できるだけ早急に引き上げて、最低賃金の引き上げ効果を各方面に波及させるためである。とくに物価高騰が続いている現状において、いますぐに時給が上がることを望んでいる労働者は少なくないだろう。

ところが、2025年改定については、10月中の発効は20都道府県にとどまっている。残りの27府県で発効日が11月以降にずれ込んでいる(ちなみに、2024年の改定については、大幅な引き上げを答申した徳島県が11月に遅延しただけで、あとはすべて10月中に発効している)。なかでも、秋田県(2026年3月31日)、群馬県(2026年3月1日)、福島県(2026年1月1日)、徳島県(2026年1月1日)、大分県(2026年1月1日)、熊本県(2026年1月1日)の6県については“越年改定”となっている。発効日の遅延の理由は、「使用者側に一定の準備期間が必要」とされている。

先に述べたように、改定が遅くなればなるほど、物価高騰に苦しむ労働者の生活改善が遠のいてしまう。また、地域経済に与える影響も考慮すべきである。現在最低額951円の秋田県は、10月から1,226円に引き上げられる東京都との275円もの最賃格差に半年間も耐えなければならないのである。この間に、秋田県経済に与えるダメージは大きくなるだろう。

法の趣旨を無視した脱法行為ともいえる発効日の遅延は許されるべきではない。

 

25年改定の評価すべき点

 

①A・Bランクを上回るCランクの目安額

いっぽう、今回の改定で最も評価できるのは、中央最低賃金審議会がA・Bランクを63円、Cランクを64円引き上げの目安額を答申したことである。ランクの低い地域の目安額を高いランクの地域よりも高くしたことは初めてのことである。今回、Cランクが1円であってもA・Bよりも高い額としたことは、地域間格差の解消(最高額と最低額との格差は、昨年の212円から9円縮小して203円)、全国一律化へのステップとみるべきであろう。最低生計費調査からは生計費に地域間格差がそれほどないことが明らかになっている。最低賃金の地域間格差がもたらす弊害を解消するため、全国一律制度の要求を強くしていかねばならない。

 

②審議会における最低生計費調査の活用

地方の審議会では、最低生計費調査の活用が始まったことも評価すべきだろう。新潟県では新潟県労連が審議会で調査結果を説明し、愛知県では審議会の正式資料として全国初採用された。これまで標準生計費という信頼性に欠ける生計費関連資料しか扱われてこなかったなかで、まともな資料として今後も活用が進むことが望まれる。今後も「最低賃金1,500円」「全国一律最低賃金制度」の確固たる根拠(エビデンス)としての活用が望まれる。

現在、栃木、群馬、宮崎の各県で調査が進められている。これらの結果も期待したい。

 

③政治の関与

最低賃金の決定への政治の関与も今回の特徴である。昨年の徳島県後藤田知事に続いて、茨城県大井川知事も初めて審議会に出席して意見陳述を行った。群馬県や愛知県の知事も要望書やメッセージを送っている。人口流出をはじめとする地方の政治課題の解決には、最低賃金がカギを握っていることが認知されてきた結果と言えるだろう。毎年のように繰り返されてきた“最下位争い”は不毛でしかない。地方の再生のためには全国一律での大幅な引き上げが必要である。

このように2025年の最低賃金改定については後退・前進の両側面があるが、後退したところは改善を求め、前進したところはさらに運動により前に進めていくことが重要である。

 

 

中澤秀一さんの仕事はこちらより。

 

 

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