川村雅則「『雇用・労働はいまどうなっているか』をまとめて」

川村雅則「『雇用・労働はいまどうなっているか』をまとめて」『NPO官製ワーキングプア研究会レポート』第50号(2025年7月号)pp.■-pp.■

 

NPO官製ワーキングプア研究会の会報誌に投稿したものです(2025年7月中の発行予定)。校正段階で加筆修正など行うかもしれませんが、どうぞお読みください。

 

 

『雇用・労働はいまどうなっているか』をまとめて

川村雅則(北海学園大学)

 

■教科書の執筆という苦行

 

本誌〔『NPO官製ワーキングプア研究会レポート』〕の貴重なスペースを使って拙著の紹介をさせていただきます。

授業・教育活動や学内行政の業務から解放されて1年間、研究に専念する機会を2024年度に勤務校から与えられました。おかげで、各種の論文執筆のほか、3冊の本をまとめることができました。そのうちの1冊が、日本経済評論社から出版された『雇用・労働はいまどうなっているか──ディーセント・ワークを実現するために』です。勤務校で筆者が担当している「労働経済論」(受講生は主に2、3年生)の教科書として作成したものです。ただ、せっかくなのだから、労働問題に関心ある方々にも読んでもらえるような本にしようと途中で「進路変更」をしました。教科書を書くのは独自の苦労がある上に、そのように欲張ったことをしたために、大変な苦労をすることになりましたが、なんとか仕上げることができました。本書の構成は次のとおりです。

 

序章 日本の「働くこと」を考える

第1章 雇用・失業問題

補論1 外国人労働者

第2章 非正規雇用(1)総論

第3章 非正規雇用(2)派遣雇用

第4章 労使間の分配

第5章 労働時間

補論2 雇用不安と長時間労働

第6章 過労死・労災認定行政

第7章 女性の雇用・働き方

第8章 賃金と暮らし

第9章 社会保障

第10章 日本型生活保障

補論3 学生アルバイトと学費・奨学金問題

第11章 労働組合・労使関係

第12章 労働と政治

補論4 トラック運転者の働き方と政治

第13章 世界と日本の労働基準・法制度

補論5 官製ワーキングプア問題

あとがき

 

当初は、章も分量ももっと多かったのですが、さすがにそんなに分厚い教科書を学生に毎週持ち歩きさせるのはいかがなものか、という編集者のごもっともな「指導」に従い、応用編にあたる内容は、なくなく割愛せざるを得ませんでした。それでも、例えば、本誌読者の関心事でもある「官製ワーキングプア問題」など、幾つかのテーマは「補論」に配置することができました。

「非正規大国」の一方で「過労死大国」である日本の現状、また、そこに通底する、性別役割分業が色濃く反映された職場における労務管理や税・社会保障の仕組みにみられる問題、あるいは、労働問題の解決に本来は期待されるはずの労働法規制や労働組合規制の脆弱さなど──本書の構成は、筆者の関心事を反映しており、必ずしもオーソドックスなものとは言えないかもしれません。各章のボリュームについても同様です。しかし、20余年の授業・教育活動のなかで学生たちから得られる反応・感想や卒業生から寄せられる相談などを念頭において書いたつもりです。

 

■三つの視座

学生・読者に意識して欲しい視座として3点をあげました。

第一に、まずは、起きている問題を正しく把握すること、次にその背景を探り当て、そして、どんな対策が必要かを考える視点です。いわば「医師」の視点・作法ということになるでしょうか[1]。もちろん、治療すべきは、労働者が置かれた職場・産業であり政治です。

第二に、日本は昔からこうなのかという歴史の視点と、日本以外の国ではどうなっているのかという国際比較の視点をもつことが必要です。「日本すごい!」という日本賞賛番組が流行っているようですが(自宅にテレビのない私はよく知らないのですが)、日本の労働分野で起きている問題は深刻です。本書でも、そのことを意識した情報(国際比較の情報)の掲載につとめました。

第三に、資本主義の問題を意識しながら労働問題を考えるということです。問題の解決には、より深い次元にまで降りて考える必要があります[2]。もっとも、この(3)については、筆者の授業で扱う(本格的に展開する)ことはできかねますから、本学部の他教科で学んでもらうことを促しています。

 

 

■今後の研究の課題

教科書執筆にあたり意識したこと、あるいは、今後に残した多くの課題のなかから幾つかを取り上げます。

 

財界や政府・政治の動きをとらえる

例えば第一には、労働者の現状を考える上で欠かせない財界の方針や取り組み、そして、政府の政策をしっかりとらえることが必要です。とくに財界研究に学ぶことが課題として意識されました。

職場という具体の領域で起きている問題であれば学生も理解しやすいところ、「雲の上」の話や「政策」の話になると、理解度は少々落ちる印象を受けます(筆者の授業の履修生は2年生が中心ということもあって致し方ないのですが)。

しかし、あらゆる政策決定に深く関わる財界の意向や財界が置かれた状況の考察なくして日本・日本の行く末を予想することはできないと言われます(菊池信輝(2005)『財界とは何か』平凡社)し、財界のメンバーのなかには、その売上が一国のGDPをしのぐほどの巨大企業もあります。その巨大な力の作用を理解することは、労働者の現状を理解する上で欠かせません。経済財政諮問会議や規制改革会議など「戦略的政策形成機関」(法政大学名誉教授・五十嵐仁氏)を通じて政治に財界の意向が直接的に反映される仕組みが作られている現状においては、なおのことです。

また政治については、閉塞感のある日本では「改革」と名の付くものが肯定的にとらえられがちな傾向がありますから──聖域無き構造改革しかり、働き方改革しかり──注意をしなければなりません。授業では、「改革」の中身を腑分けして説明をして学生に吟味をさせます。

本書では、例えば「労使間の分配」の変化を扱った第4章では、「新時代の日本的経営」や政府の「応答」としての規制緩和政策を扱い、その上で、労働分配率、内部留保の変化を取り上げました。「労働と政治」を扱った第12章では、「働き方改革」と労働時間規制や均等・均衡待遇規制の現状を取り上げました。あるいは、「世界と日本の労働基準・法制度」を扱った第13章では、日本の法規制の現状とILOやEUのそれを対比しています。しかし、まだまだ十分ではありません。比喩的に言えば、年に1度の『経営労働政策特別委員会報告』を読むだけでなく、週刊の『経団連タイムス』をフォローするぐらいの気概が必要なのだと思いました。

 

ジェンダーを軸に分析する

根強い性別役割分業意識はどこから生まれてくるのか。企業においては、残業や休日出勤あるいは単身赴任さえも引き受ける「精鋭」としての働き方が求められる状況がいまなおあります。家事や育児あるいは介護など広い意味でのケアが女性にゆだねられる現状では、女性にはこうした働き方に対応するのは難しい。結果、それができない女性は非正規雇用の道を「選択」させられ、それが可能な女性には、男性と同じく、長時間労働・過労死の道が敷かれている──日本では、家庭責任を負わないことが前提の「ケアレスマン・モデル」が働き方の「標準」となっているこうした構図があります。加えて、被扶養者に女性を「誘導」する社会保障や税の仕組みがあります。こうした構造が女性の生き方はもちろんのこと、男性の生き方(働き方)を規定していること、さらには、日本社会の行き詰まりをもたらしていることをより一層分かりやすく伝えていくことが必要だと考えています。

各種の意識調査では、伝統的な性別役割分業は、若年層では否定的にとらえられている一方で、しかしながら、では、就職後にそうした発想から「自由」となって彼らが働くことができるかどうか、というのは別次元の問題です。「昭和」な働き方がとりわけ若年層で忌避される傾向にあるようにみえる──普段接する学生たちの間では「休日・休暇」が重視されている──のは望ましい傾向だと思いますが、一方で、そうは言っても、残業やむなしの覚悟で就活に臨む学生の姿や働き過ぎで倒れて研究室を訪れる卒業生の姿を見ていると、楽観はできないようにも思います。

単なる意識の問題として、ではなく、それを生み出す「土壌」までを批判的にみる視点が必要です。当然にそれは、雇用・労働のあり方と社会保障のあり方を統合的に構想することを私たちに要請します。

今年は、男女雇用機会均等法成立から40年にあたります。今年の授業ではとくに、法案審議の際に大きな論点となった「保護か平等か」「保護も平等も」という論争を念頭におきながら、労働者「保護」(労働規制)の現状や、1985年が女性の貧困元年と呼ばれるのはなぜか、などを考えていきたいと思っています。本書第7章と第10章の目次を以下に示します。

 

第7章

1.はじめに──男女平等はどこまで実現したか

2.統計にみる男女の雇用格差

3.男女雇用機会均等法にみる男女平等の歩み

4.コース別雇用管理制度における間接差別という問題

5.男女の働き方はどうあるべきか

第10章

1.はじめに──男だから女だからという時代ではなくなったか

2.日本型生活保障モデルと「働き方」

3.雇用・働き方の「選択」の内実と女性の貧困

4.雇用と社会保障をどう組み合わせるか

 

 

 

なお、この点では、筆者も分担執筆で参加した、上記の駒川智子・金井郁編著(2024)『キャリアに活かす雇用関係論』世界思想社が「先輩格」にあたります。ぜひお手に取っていただければ幸いです。

 

労働組合をどう教えるか

深刻な労働問題に対して、労働法や政治・政策という解決策のみが提起される風潮がないでしょうか。言い換えれば、労働組合の存在が希薄ではないでしょうか。たしかに、日本が非正規大国、過労死大国になっていること、より具体的に言えば、労働組合がある大手企業で、(1)身分格差とも言える賃金・処遇の下にある派遣・請負が活用されているのはなぜか、(2)過労死ラインをはるかに超える時間外労働が労使協定(36協定)でかつては締結・容認されていたのはなぜか、といった問題を考えると、どちらにも、労働組合に責任なしとは言えません。格差・貧困問題の「主犯」は経営者であるが、労働組合も「従犯」である、とナショナル・センターの会長がかつて吐露された現状があります。

また学生の側に目を転じると、彼らが生きてきた学校世界においては、学校・教師とのあいだの意見の対立は好まれず、不満はあってもそれを改善する手続きなどは彼らに示されていません。それゆえ、問題を集団的な取り組みで解決した経験もありません。自分(たち)の力で何かを変えられるという自己効力感が日本の若者は低いと指摘される背景にはこうした現状があるように思われます(言うまでもなくそれは、彼らの責任ではありません)。

このような状況を踏まえて、労働問題の最大の解決主体であるはずの労働組合を学生たちに教えていくのは、そう簡単ではありません。「労働組合・労使関係」を扱った第11章の目次は次のようになっています。

 

1.はじめに──職場の問題を解決するのは誰か

2.労働組合とは──労働組合の機能

3.労働組合による具体的な問題解決手法

4.労働組合は機能しているか

5.政府統計にみる日本の労働組合と企業別組合という特徴

6.企業別組合主義脱却の模索、非正規雇用問題への取り組み

7.労働組合と自分の関係をどう考えるか

 

経営者や政治家などが労働問題の解決主体として思い浮かんでも、自分たちを含む労働者自身が最大の問題解決主体であり、憲法や労働法もそのことを期待しているなどとは、学生には思いもよらぬことでしょう。しかし、彼ら自身もアルバイト先でいろいろと理不尽な目に遭い、その一方で、労使間の経済的・社会的な力の圧倒的な格差の下でそのことを我慢させられている状況にあるわけですから、労働組合の基本的な原理や必要性はアタマでは理解できるように見受けられます。あとは、労働者の側に本当にそんな力があるのかを「腹落ち」させることで、そのために、地域の労働組合のご協力を得て[3]、実際の労働相談事例や労働組合の取り組みなどをまじえながら、労働組合のリアル・パワーを理解させる工夫をしています。

労働組合を持ち上げたり、批判したり、ジェットコースターのような授業を展開しつつ(よって本書第11章の分量は他の章よりも多くなっています)、最終的には、他人事としてではなく、労働組合と自分の関係を考えさせるつくりになっています。

なお、労働組合を教えることはもちろん重要ですが、大学あるいは小中高の各段階においても、学校・教員と学生・生徒とのあいだでは異なる利害や意見が存在する事実を直視すること、彼らが自分たちの要求を取りまとめ、適当な手続きを経ることで、関係者が協議のテーブルにつき問題を是正できるようにすること──そのような仕組みづくりが教育に携わる者に求められているのではないか、ということを、自省を込めて提起したいと思います[4]

 

 

■最後に

教科書を書くことは、いわば自分のアタマを「切開」することだと思い知らされました。自分の学問的な立ち位置や思考の枠組みあるいは世界観などを意識せざるを得ません。限られた紙幅のなかで、自分はなぜこう考えるのかという次元まで含めてモノを書くのはなかなかに難しい仕事でした。

あわせて、教科書をこうして書いたものの(書いてよかったとは思うものの)、学生・若者の日常の情報収集ツールは、私を含む本誌読者のそれとは大きく異なると思われます。そのようななかで、情報・知識を彼らにどう伝えるか。教室での教授方法とあわせて、この点も引き続き考え続けていきたいと思います[5]

本誌を使って拙著を紹介させていただきました。興味を持たれましたら本書を手に取っていただければ幸いです。副題にも掲げた、ディーセント・ワークを実現するための取り組みをご一緒に進めていきましょう。

 

 

 

[1] 筆者の師匠は、産業衛生・労働科学・公衆衛生などを専攻し、労働者の健康を守る活動に取り組む医学博士でした。「労災、公害問題に尽力*北大名誉教授 福地さん死去」『北海道新聞』朝刊2025年3月7日付を参照。

[2] この点については、本書でも紹介している野村正實(2017)「労働問題研究の再生」『社会政策』第8巻第3号(2017年3月10日号)pp.1-3を参照。

[3] 川村雅則ゼミナール「(学校で労働法・労働組合を学ぶ)さっぽろ青年ユニオンに聞いてみよう 労働組合ってどうすごいんですか?」『北海道労働情報NAVI(以下、NAVI)』2024年1月17日配信川村雅則「あなたの近くの労働組合──仕事で困ったときには気軽に相談を」『NAVI』2022年3月18日配信など参照。

[4] このことについては、川村雅則「労働組合を教えない学校の現状と労働組合への期待」『建設労働のひろば』第124号(2022年10月号)pp.26-30もご参照ください。

[5] 本書では、紙幅の都合で図表の多くを割愛しました。筆者が共同で管理・運営する『北海道労働情報NAVI』に設けた特設ページで、図表のほか関連情報を配信しています。そちらも参照してください。

 

 

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