川村雅則「労働力の流動化ではなく労働市場の健全化を(2025年春闘)」

川村雅則「労働力の流動化ではなく労働市場の健全化を──非正規4割時代に労働組合に求められるもの」『学習の友 別冊(2025年春闘)』

 

学習の友社から発行されている『学習の友』の別冊(2025年春闘に向けた号)への投稿です。お読みください。

※写真の右は、拙稿・共著の書影

    

 

設定された政策課題は妥当か

自民党総裁選で話題になった解雇規制の緩和は、批判を受けてか引っ込められたものの、労働力の流動化は財界が強く求める政策課題です(「経営労働政策特別委員会報告」を参照)。政府もそれに呼応して、リ・スキリングの強化/ジョブ型人事(職務給)の導入促進/成長分野への労働移動の円滑化という、三位一体の労働市場改革の指針を2023年5月に打ち出しました。以後、「骨太方針」や政策にも反映されています。改革は一見するとまともに思えます。企業依存の教育訓練システムがあらためられ、学ぶ機会が拡充されるのであれば、否定すべきことではありません。「非正規」というだけで低賃金に置かれている人々にとっては、仕事と賃金の関係が強化され適正な処遇が保障されるのであれば、職務給は福音でしょう。しかしながら、ここで予定されているのは、そういうことではありません。働く者の生活を底支えしてきた年功制賃金を雇用の流動化で切り崩すこと、日本的雇用システムの作り替えが企図されているのではないでしょうか。そもそも、医療・福祉、建設、交通などに象徴されるとおり、今圧倒的に求められているのは、労働移動ではなく、職場に定着できる条件ではないでしょうか。

小論は、政府のこうした政策動向に対置して、ディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の中核をなす雇用安定の実現を出発点にした労働市場の健全化を課題に取り上げます。雇用の安定は労働者の発言・労働組合活動にとっての基盤的な条件でもあります。

 

無期転換、公正な処遇を求める運動はもうやり終えたのか

本来は契約期間に定めのない無期で雇うべきところを有期で雇い続け、労働者を雇用不安に陥れ権利主張もできなくする──こうした有期雇用の濫用をやめさせるための無期転換制度。欠陥の多い制度に批判が集まりましたが、労働組合の頑張りで無期転換が進みました。政府による試算では、企業の独自制度分などを含めおよそ160万人の無期転換が実現したと言われています。

もっとも、総務省「労働力調査」によれば在職期間が5年以上の有期雇用者(正規雇用を含む)は今も600万人にのぼります。なぜ無期転換を彼(女)らは選ばないのか。情報が行き渡っていない? 職場で無期を選択させてもらえない? どちらも十分に考えられることです。加えて、賃金が上がるわけでもないからと無期が選択されないという話も組合役員から聞きます。いずれも労働組合の頑張りが期待されるところですが、とくに最後のケースは、将来への展望も見出せずに働く当事者からの、賃金改善をセットにした雇用安定を求める声とみるべきではないでしょうか。パートタイム・有期雇用労働法を活用した、諸手当を含むあらゆる事項にみられるいわれ無き格差の点検・是正の取り組み、賃金の底上げを目指す大幅な最賃引き上げ運動、そして、2023年から始まった「非正規春闘」が期待されます。

○水面下にもぐる問題/特例の2023年問題

2点補足します。その一。実効性ある雇い止め規制がないために、無期転換・5年超を目前にした雇い止め、無期転換逃れ(2018年問題)が横行しました。人手不足が深刻化するなかでこの問題はもう解決済みでしょうか。むしろ、紛争化の予防のため、更新限度を設けるケースが増えていないでしょうか。2024年4月1日からの労働条件明示ルールの改定は、更新限度条項がある場合の条件明示などを使用者に義務付けたものの、同条項の設定そのものは禁じていません。法の趣旨を棄損する脱法行為ではあっても違法ではない行為がまかり通っています。

その二。大学や研究機関で働く研究職には、特例で10年超という条件が与えられ、しかも実際には、直前まで使い倒して雇い止めをする2023年問題が発生しました(理化学研究所など)。加えて、法が予定していない大学非常勤講師にもこの10年特例を意図的にあてはめて運用する行為が横行。つい最近(2024年10月)にも理系の研究者らを対象とする理系学会・団体による調査で12%が雇い止めを予定されている、という記事が報じられてもいます。無期転換逃れ問題は解消されていません。

 

雇用安定に逆行する非正規公務員制度

公務の世界は民間と比べものにならぬひどさです。例えば、国の非正規公務員制度をモデルに地方自治体で2020年度から始まった会計年度任用職員制度では、1年ごとの任用が厳格化(有期雇用の濫用が制度化)されました。しかも、平等取り扱いの原則、成績主義の原則などを盾に、一定期間ごとに公募に応じて受からなければ働き続けることはできない仕組みが多くの自治体で設けられています。その上、公募・選考が公正に行われる制度的な保証はありません。いわば、無期転換制度も雇い止めルールもなく、その上に、労働基本権という問題解決の手も縛られている。全国で100万人を数えるそのような人たち(多くは女性!)が足下で私たちの暮らしを支えています。

○民間化・入札制度で不安定化される雇用

公務職場には、もう一つの問題があります。入札制度を介して雇用の不安定化と労働条件の引き下げ圧力が常にかかる民間化(委託化、民営化)問題です。直接の雇用関係にはないからと発注先の労働条件整備の責任を国や自治体は免れています。非正規公務員の賃金が一定程度改善されるなかで逆に民間化の流れが進むことが懸念されます。適正価格での発注と適正な賃金そして公共サービスの質向上とを同時に進める公契約・地域運動を全国で進めましょう。

 

仲間が増える春闘を

安心して働くことができぬ雇用、まともに生活していけず不公正な低賃金──これらを職場や地域のなかにあらためて「発見」し、当事者とともに解決していくこと、労働市場の健全化が急がれる課題です。制度面で民間に後れを取る公務の職場でも、運動の成果で国や自治体が姿勢をあらため、公募を廃止する動きが広がってきています。スクールカウンセラー・東京公務公共一般労組、ALT(外国語指導助手)・東ゼン労組など、実効性ある雇い止め規制や労働基本権の回復の実現を展望する訴訟も始まっています。公務労組と民間労組の共同や、労組だけでなく、行政の監視機能が期待される議員と手を携えた、地方(政府)を変える/地方から国を変える運動が、求められています。我々のなかに根強くある、非正規雇用、ジェンダーをめぐる誤解や偏見などが、「対話と学び合い」により払拭され、終わったときには仲間が増えている、そのような春闘を祈念します。

 

紙幅の都合で割愛した注や図表などとあわせて、本稿は、北海道労働情報NAVI(https://roudou-navi.org/)に転載をしています。ご活用ください。なお、本文でもふれた有期の正規雇用(名ばかりの正規雇用)や、拡大するフリーランス・「非雇用」(偽装雇用、誤分類を含む)など、雇用をめぐる問題は複雑化しています。学習の友社から出版された編著『「非正規」4割時代の不安定就業』もご活用ください。

 

 

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川村雅則「会計年度任用職員にも民間並みの雇い止め規制を」『NAVI』2024年10月11日配信

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