筒井晴彦「(書評) 川村雅則編著『「非正規4割」時代の不安定就業──格差・貧困問題の根底にあるもの』」『経済』第352号(2025年1月号)pp.106-107
昨年(2024年)8月31日に学習の友社から発行された編著『「非正規4割」時代の不安定就業』に対して、筒井晴彦氏(労働者教育協会理事)より、雑誌『経済』誌上にて書評をいただきました。ありがとうございます。
著者と出版社の了解を得て書評を紹介します。
春闘のこの時期に編著をぜひ手に取っていただけると幸いです。
書評
川村雅則編著
「非正規4割」時代の不安定就業
格差・貧困問題の根底にあるもの
筒井晴彦
労働者全体に占める非正規労働者の割合が4割を超える(2101万人)わが国は、他の「先進国」に例を見ない異常な国である。非正規問題は、わが国がかかえる最も深刻な問題の一つであり、その解決が焦眉の課題になっている。
本書は、この非正規問題について、①問題の所在、②増大の原因、③労働実態、④解決の方向性について解明している。
本書のメインは、様々な産業に働く非正規労働者が直面する問題が何なのか、問題解決のために労働組合がどのような取り組みを展開しているのかをレポートした第二部だ。現場に働く者ならびに労組活動家が具体的かつリアルにレポートしている。非正規で働く人達が置かれている困難な実態がよく見えてくるし、「使い捨て労働」に苦しむ当事者の切実な声が胸に突き刺さる。
第Ⅰ部は、総論に当たり、編者の川村雅則氏が執筆している。
第1節では、非正規雇用の何が問題なのかについて、雇用と賃金の両面から分析されている。非正規労働の多数が女性であるという実態を明らかにしながら、有期雇用の濫用と間接雇用(派遣労働)の増大、働く貧困層の増大と格差・貧困の実態が分析されている。
第2節では、非正規増大の最大の要因が政府と財界の新自由主義路線にあると正確に指摘している。財界は、1995年の日経連『新時代の「日本的経営」』以降、労働法制の規制緩和を求めてきたし、政府はこれに全面的に応えて労働法制を相次いで改悪してきた。この経過を、派遣法の改悪に焦点をあてながら明らかにしている。
もう一つの要因として、労働組合が非正規労働者の組合加入を認めてこなかったことによって、労働組合の規制力が非正規労働者におよばない状況が生まれている点を指摘している。
第3節では、問題解決の方向性が示されている。労働組合による規制と労働法制による規制の強化が提案されている。期待されるとりくみとして、無期雇用・直接雇用の原則化、地域別最低賃金と特定最低賃金(産業別最低賃金)の活用、同一労働同一賃金と均等待遇、公的職業訓練の拡充、労働教育とその立法化が提案されている。
第Ⅱ部は、現場からの報告である。
本書は「現状をしっかり把握すること」を呼びかけているが、第Ⅱ部がこれに応える内容となっている。国、自治体、ソニー、放送、テーマパーク、エステ・化粧品販売の産業・分野で働く非正規労働者と、外国人労働者、高齢労働者、日雇い労働者、下請け労働者、シフト制労働者の実態と運動が分析されている。
◆国・自治体…国と自治体は本来、使用者のモデルとしての使命を全うしなければならないはずである。ところが、非正規職員を率先して増大させ、「使い捨て」にしている実態が報告されている。とりわけ、国の諸機関に働く非常勤職員の場合、その任用と労働条件の法律上の位置づけがあいまいになっており、労働条件は法律によって定めるとする憲法第27条に違反する実態が生じている。
自治体職場の会計年度任用職員については、安心して働き続けられる制度運用が提案されている。
◆ソニー…1990年代のパートの「雇い止め」に対して、ソニー労組が組合規約を改正してパートを組合に組織してたたかった経験は、貴重である。この経験が、2021年の東日本大震災を口実にした仙台工場での「雇い止め」の際に、22人の非正規を組合に組織して、勝利解決を勝ちとることにつながった。
◆放送…放送産業における番組制作の現場は、重層下請け構造になっている。派遣労働者や請負契約のフリーランスなど、職種・所属・雇用形態が様々に異なる人たちが、契約書もなく、長時間・過密労働を強いられている。これに対する民放労働者のたたかいが紹介されている。
◆テーマパーク…キャラクターの着ぐるみを着てショーやパレードに出演したり、来園者との写真撮影に応じたりする非正規労働者の実態が報告されている。シフト制の時給で働き、非正規のあいだでも待遇に格差がつけられている。理由が示されずに契約を解除されたり、パワハラを訴えたことによる解雇も起きている。出演者は、仕事の性格上、ケガの連続だという。
「ディズニーランドという『夢の国』もそこで働く人たちによって支えられているということを理解してほしい」という訴えは、胸を打つ。
◆エステ・化粧品販売…エステティシャンは、会社のエステ部門の不可欠な労働力として会社組織に組み入れられている。しかし、契約上は個人事業主とされ、労働者保護法制の適用を受けていない。社会保険や労災保険、雇用保険にも加入していない。歩合などの契約は一方的に決められ、交通費や駐車場代は自己負担にされている。エステで使用するコットンなどの消耗品やメイク用品などはすべて個人負担になっている。「労組をつくって直接雇用を求める」と筆者が語っているのは力強い。
◆外国人・高齢・日雇い・下請け・シフト制労働者…外国人労働者が残業代未払いと長時間労働、解雇に苦しんでいる。シルバー人材センターで働く高齢者は、請負事業への就労のため、労働基準法が適用されていない。日雇い労働者も雇用関係の不明確さや社会保障制度の不備によって労働と生活の不安定さを抱えている。シフト制労働の分野では、労働組合が「補償なしの休業」に対して団体交渉を通じて解決してきた事例が紹介されている。
最後に、正規と非正規が連帯して人間らしい労働を実現するためにも、春闘のこの時期に、本書の普及を呼びかけたい。
(学習の友社・定価[本体1600円+税])
(つつい はるひこ・労働者教育協会理事)
目次(国立国会図書館サーチより)
第Ⅰ部 〈総論〉
非正規労働問題を考える──ディーセントワーク実現のために/川村雅則
はじめに──失われた30年と非正規雇用
第1節 非正規雇用の何が問題か──非正規雇用にみる特徴
4割弱を占める非正規雇用
有期雇用の濫用問題
低く不公正な賃金、社会保障制度の不利
女性に偏る非正規雇用、格差・貧困問題
基幹労働力化、専門職への従事、生活自立型という特徴第2節 非正規雇用はなぜ増えてきたか──非正規雇用問題の背景
グローバル競争下で雇用に対する企業の考えはどう変わったか
新自由主義改革・構造改革と雇用──労働分野の規制を中心に
労働組合の規制力の衰退──労働組合からの排除?
いくつかの産業にみられる非正規問題と、労働法・労働組合の空白地帯第3節 労働組合と法制度の強化を──ディーセントワーク実現のために
非正規雇用者の組織化の取り組み
労働組合に期待される取り組みおわりに
第Ⅱ部 〈現場からの報告〉
国の機関を支える不安定就業労働者/国公労連書記次長 笠松鉄兵
自治体に広がる不安定な働き方/自治労連中央執行委員 島林弘一
製造現場における非正規社員の雇用と権利を守るたたかい/ソニー労働組合仙台支部 松田隆明
放送産業における不安定な働き方/放送スタッフユニオン書記長 岩崎貞明
夢と感動をあたえるテーマパークを支える不安定な働き方/オリエンタルランドユニオン書記長 横田みつき
研究者に広がる不安定な働き方/日本科学者会議 衣川清子
外国人労働者の不安定・劣悪な働き方/首都圏移住労働者ユニオン書記長 本多ミヨ子
劣悪で不安定な条件で働く高齢労働者の実態/建交労東京事業団高齢者部会長 赤羽目寛
日雇労働者の労働・生活と社会保障の課題―釜ヶ崎から―/西成労働福祉センター労働組合 海老一郎
西陣で下請けとして働く賃織労働者の実態/商栄企業組合 佐伯重雄
「名ばかり個人事業主」として働くエステ・化粧品販売の女性たち/元エステティシャン 高橋 かめ
シフト制労働の経済機能とそのイデオロギー/首都圏青年ユニオン副委員長 栗原耕平
川村雅則「『「非正規4割」時代の不安定就業』第Ⅰ部<総論>第1節の内容に関連する表」『NAVI』2024年10月8日配信
川村雅則「非正規雇用をめぐる問題 ──まっとうな雇用の実現のために」『NAVI』2024年10月14日配信
青山亮介「『「非正規4割」時代の不安定就業―格差・貧困問題の根底にあるもの─』を読んで」『NAVI』2024年10月22日配信