川村雅則「動き出した労働分野の規制強化」『まなぶ(労働大学出版センター)』第662号(2012年7月号)pp.45-48
川村雅則「成長のためには、社会保障も、雇用も、改悪!? 労働運動の課題はなにか」『まなぶ』第678号(2013年10月号)pp.32-35
動き出した労働分野の規制強化
────非正規雇用問題の改善にむけて国会も動いているようですが、その一つ、労働契約法改正案による有期雇用の規制を、どう評価すべきでしょうか。
ここでは非正規雇用の多くが有期雇用だとして話を進めていきます。非正規雇用がワーキングプアの温床(おんしょう)とされ、その解決が求められてかなりの時間が経過しました。不十分な水準ではありますが、ここ数年では最低賃金の引き上げやパート法改正など、処遇面での一定の改善がすすめられてきました。
その一つ、今回の労働契約法改正は、とりわけ有期雇用の濫用(らんよう)(野放図な有期雇用の利用)が放置されてきた日本では非常に重要です(労働者の「発言力」の回復という観点からも)。そもそも非正規雇用の問題は、恒常的に仕事があるにもかかわらず雇用は有期雇用──「臨時」という呼称で、長期間にわたって雇われるケースがその象徴ですが、ほんらい有期雇用は、期間限定的な、一時的な雇用に限って許される、という考えを軸にすえる必要があります。
さて、今回の改正法案の中身をみると、通算で5年の雇用が継続されていた場合に、労働者側の申し出があれば、無期雇用への転換が図られる、とされています。しかしながら、①そもそも有期雇用で契約を締結することを認めるかどうかの「入り口」部分での規制が設(もう)けられなかったこと、②5年という無期雇用への転換までの期間が長すぎること、③クーリング期間(6カ月)を経(へ)ることで、それまでの雇用継続期間がリセットされ、またはじめからやり直しとされること、④無期雇用への転換の前の雇い止めという「副作用」を防止する有効な歯止めがみられないことなど、問題は多岐(たき)にわたります。労働契約を締結する際の「入り口」規制と「出口」規制、そして「間(あいだ)」の均等待遇による規制など、実効性ある法制度の整備・強化が必要です。同時に、ほんらいはそれと両輪のはずの職場での取り組みに本気で着手できるかどうかが、いまや「非正規を〝活用〟して既得権(雇用と権利)を守る存在」とまで酷評(こくひょう)されるにいたった労働組合につきつけられた課題ではないでしょうか。
────今年のGWに関越道で高速ツアーバスによる事故が発生し、7人が亡くなられました。
今回の事故では、運転者が日雇い的に雇われていたこと、名義貸し、「白バス(無許可営業)」など30項目を超える法令違反が、事故後の特別監査によってあきらかになりました。これらずさんな運行・労務管理はきびしく処分されなければなりませんが、この事故を特殊なケースとして片付けるわけにはいきません。
というのは、5年前に大阪で起きたツアーバスの死傷事故[1]の後に国交省や総務省によって行われた調査でも、貸切バス業界における法令違反の常態化という状況はすでにあきらかになっていたからです。そして当時から、貸切バス業界の規制緩和が問題の背景にあることが指摘されていました。さらに、規制緩和と並行して行われるはずだった事後チェック体制の強化も、非現実的でした。たとえば、トラック・ハイタクを含めて10万を超える事業者に対し、その監査にあたる国交省の職員数は300人余りです。供給過剰となった貸切バス業界で、バス事業者にきびしい条件で仕事を発注している旅行業者(発注者)側の責任は問われず、直接の加害者であるからと運転者やバス事業者の、いわばトカゲのしっぽ切りにとどまる限り、こうした事故はくり返されると思います。
同時に、ここでも、運転者の労働規制の脆弱(ぜいじゃく)さが問題です。もし、運転者の拘束(こうそく)(労働)時間あるいは運転時間・距離等にかんする適正な規制が存在していたならば、きびしい発注条件に歯止めをかけることができたかもしれません。いや、そもそも安全がサービスの根幹である交通産業、とりわけ運転者の健康状態が事故に直結しかねない自動車運送業の場合は、そうあるべきでした。ところが、じっさいには運転者の労働規制(厚労省『自動車運転者の労働時間等の改善のための基準』)の水準はきわめて脆弱です。一例をあげると、1日の拘束時間は最大で16時間まで延長が可能で、また、休息期間すなわち仕事と仕事の間にわずか8時間が確保されていれば問題なしとされているのです。睡眠だけではなく、通勤・移動時間や食事、家族との団らん等を含めて8時間です。労働者の現実の生活がいかに軽視されているのか……しかも、この水準さえも守られていないのが実態なのです。
今回の事故をうけて国交省では、「高速ツアーバス等の過労運転防止のための検討会」を設け、過労運転防止対策についての検討作業を開始しました。そのこと自体は評価できますが、1日の運転距離の上限値(670キロ)に対する問題性と上限見直しの必要性は総務省の勧告で指摘されていたのに、これまで結果として無視されてきました。大阪での事故からすでに5年が経過しており、はたして今後実効性ある規制が設けられるのか、注視する必要があります。同時に、こうした働き方・働かされ方にかんする規制は、労働界全体の課題です。全国で展開されている『過労死防止基本法』の制定運動(代表 森岡孝二 関西大学教授 http://www.stopkaroshi.net/index.html)などとの連携も求められているのではないでしょうか。
────千葉県野田市を皮切りに広がる公契約条例の制定運動。札幌市議会では制定には至りませんでした。
国や自治体など公的な機関が一方の契約当事者となって結ばれるのが「公契約」です。公契約条例は、公共事業や業務委託・指定管理者など公契約の領域で働いている人たちの賃金に下限額を設けることで、彼らの生活保障の実現を直接の目的としています(ただし、条例には適用の範囲が設けられます)。
公契約条例が拡がる背景には、そもそも公契約が持っている性格、すなわち「最小の経費で最大の効果」が追求されるあまり、より安い価格が設定されてしまうという問題があります。自治体財政の逼迫(ひっぱく)や、それに伴う競争入札制度の導入も問題に拍車をかけています。結果として働く人たちがワーキングプア状態に陥(おち)いってしまう(官製ワーキングプア)──これをいかに防止するかが、いま急がれる課題となっているのです。
そのために最低賃金制度があるのではないか、という主張も聞かれますが、日本の最賃は生活保護との逆転現象を起こすほどに低い水準であり、有効な歯止めになりえていません。また公共事業で設定される、職種別の賃金水準(公共工事設計労務単価)はあくまで目安であって、強制力はありません。しかも実勢価格をもとに算定されるため、年々下がりつづけている状態です。ちなみに公契約条例は、一部の労働者のための政策という誤解がなお聞かれますが、じっさいには多岐にわたる効果が期待されるものです。労働者の賃金規制はもちろんのことですが、低水準の賃金・労働条件で困難となっている技能労働者の確保や技能の継承、一定の利益の確保等を事業者側に保障します。つまり、事業者側にとってもメリットがあるのです。さらに、賃金改善で労働者の消費購買力や担税力(たんぜいりょく)(税を負担できる力)が強化され、地域経済や自治体財政の改善にも貢献します。
札幌市議会で継続審議扱いになったのは、激しい競争で落札率を著(いちじる)しく低下させていた入札制度の改善こそが優先されるべきだという批判や、元請と下請の間の不公正な契約が是正(ぜせい)されなければ賃金規制のツケは下請が負担することになるのではないのか、という懸念(けねん)などが業界内で根強かったからではないかと思います。条例制定を求める側には、ある意味これらの「正論」にも向き合うことが求められます。同時に、そもそもの出発点である労働者の状態をあきらかにし、労働規制の強化がなんとしても必要なのだという世論を形成できるかどうか、この点が運動の側に問われているのだと思います。
[1] 吹田スキーバス事故 2007年2月18日、あずみ野観光バスが運行していたスキーバス
が大阪府吹田市の大阪中央環状線を走行中に大阪モノレールの高架支柱に激突、添乗員として乗務していた当時の社長の三男が死亡、運転手として乗務していた社長の長男および乗客25人が重軽傷を負った事故。居眠り運転が原因とされたが、その後、法定時間を大幅に超えて乗務していたこと、交代要員が他のバスに移動し大阪・長野間をワンマン乗務していたことなどがあきらかになった。ツアーを主催したサン太陽トラベルが、法外に安い運賃での運行や、「乗務員不足でバスの運行ができない」という回答を無視しての運行強要など下請けいじめ同然の行為を行っていたことがあきらかとなった。
労働運動の課題はなにか
────8月、社会保障制度改革国民会議の報告書がだされました。清家篤会長(慶応義塾長)は、社会保障の充実で、消費にお金がまわり、育児や介護の人材確保も進んで雇用が増えると語っています。ほんとうでしょうか。
家族を養うだけの賃金を夫(男)が稼ぎ、妻(女)は、家庭を守り必要に応じて追加補助的な就労収入の獲得を担うという日本の生活保障のあり方が壊れつつあります。性別役割分業という特徴が色濃く、気づけば男性の過重労働、女性の経済的自立の困難など、問題をはらんでもいました。そう考えるならば、全世代対応型の、これまで社会保障の範疇(はんちゅう)でイメージされてこなかった分野(育児・住宅・教育など)も含む、総合的な社会保障制度の構築は不可欠です。そのための財源集めも急がれます。その点では、会長発言はそのとおりです。しかし問題は改革の中身です。
第一に、お金(財源)の集め方です。諸外国と比べても相対的貧困率が高い現状を踏まえても、その基本は、負担能力の程度に応じた応能負担原則[1]が採用されるべきで、所得再分配機能が強化されるべきです。なのに、富裕層への課税が先送りされ、逆進性の強い(低
所得者にとって負担の重い)消費税ばかりが財源として議論されることは疑問です。この間引き下げられてきた所得税の最高税率の引き上げ(累進制の回復)や、資産性所得への課税の強化など、税制全体の見直しが必要です。また、消費増税とセットでふれられている低所得者の負担軽減策[2]は、財源確保の点からも実現可能性は低いでしょう。
そもそも消費税は、中小零細業者を中心に価格への転嫁(てんか)が困難でみずからの持ち出しとなっていること(営業破壊)や、企業の税負担の軽減につながるため、直接雇用から派遣など外注・アウトソーシングへの転換を促進すること(雇用破壊)など問題点が指摘されています。その点からも消費増税には検証が必要です。
いやそれでも社会保障が拡充されるなら、という声も聞かれます。たしかに当初、消費増税の目的には社会保障の維持・拡充があげられていました。じっさいには先の報告書には給付抑制の色が濃厚で、これが第二の問題です。
まず、制度の基本的な設計は、「自助を基本としつつ、自助の共同化としての共助(=社会保険制度)が自助を支え、自助・共助で対応できない場合に公的扶助等の公助が補完する仕組み」(報告書概要1頁)だといいます。経済的自立の困難な層が増加し、公的責任の強化が求められているにも関わらず、です。これは社会保障の性格を変質させる見解です。じっさいにはすでに生存権保障の最後の砦である生活保護の切り下げが始まっています。
そもそも貧困の発生、増大こそが問題なのに、まるで生保受給者の増加が問題であるかのように、基準額の引き下げが今年8月から始まりました。3年間をかけて約670億円が減額されます。ちなみに、この基準額の引き下げは、最低賃金、住民税の課税ライン、就学援助、保育料、介護保険料など広範な制度に影響を及ぼします。これで国民の暮らしの安心はほんとうに得られるでしょうか。しかも、法人税の減税や経済対策へ消費増税分をあてようといった主張がはやくもだされています。格差、貧困の是正を中心に据(す)え、税と社会保障の全体像をデザインし直す必要があります。
────社会保障改革と平行して規制改革が再始動しました。規制改革会議のワーキンググループの報告書では、「人が動く」ことを目標に、「正社員改革」や民間人材ビジネスの規制改革が主張されているようです。
経済成長のために、と言われるとつい納得してしまいそうですが、戦後最長の景気回復期(いざなみ景気)においてもそうだったように、景気と雇用・賃金の連動は弱まってきています。今日の不況・デフレ経済の主因が雇用や賃金削減にあることは多くの論者から指摘されています。必要なのは、働く人の安心と経済成長を可能とする雇用改革です。
それは、諸外国と比べても決して高くはない解雇規制を緩和して、雇用の流動化をねらう政府の雇用改革では実現しません。はやくも派遣の規制緩和が復活しているのは、論外です。雇用や処遇と引き換えに余儀なくされてきた正社員の無限定的な働かされ方を見直し、非正規の正社員化が進むかのようにもみえる「限定正社員(ジョブ型正社員)」の導入も、そもそも、野放図な働かされ方や、非正規の不合理な処遇格差こそがまず是正されるべきであり(じっさいには、裁量労働制の拡大=労働時間規制の緩和がまたぞろ持ち出されている)、男女雇用機会均等法を契機にひろがった「コース別雇用管理制度」の下での「一般職」の扱いなどをみても、同制度への期待は楽観的すぎます。
いま必要なのは、生活を企業に委(ゆだ)ねることが可能だった時代には強く意識されなかった雇用・労働に関する総合的なルールの整備です。その際には、ILO(国際労働機関)が提起するディーセントワーク[3]の理念、すなわち、雇用の質が意識される必要があります。
なお付言すれば、労働組合には、問題解決に向けた職場での粘ねばり強い取り組みが求められます。肩を並べて働く非正規労働者の実態把握や組織化もせぬまま、ワーキングプアをなくせと展開される政治闘争、制度政策闘争に、迫力不足は否(いな)めません。非正規も含め、労働組合こそが職場の労働者全体を代表しているのだという事実を勝ち取ることが肝要です。
────最低賃金や生活保護といった制度に加えて、公共サービスを担う職場で貧困をなくそうと取り組まれている「公契約条例」が広がっていると聞きます。
公契約条例の制定運動は確実に広がりをみせ、議会で審議が開始される自治体も増えているようです。ただ、いくつかの課題があることも事実です。
たとえば、「最少の経費で最大の効果」を盾(たて)に価格一辺倒の入札改革が進められた結果、業界側は疲弊(ひへい)が進み、自治体に対する不満を募(つの)らせています。その呼び名だけでは分かりづらいと言われる公契約条例とは、「(事業に携(たずさ)わる労働者や事業者に多くの問題をもたらしてきた)公契約(のあり方を適正化する)条例」であり、自治体による「反貧困宣言」です。自治体関係者は発注者としての責任を自覚し、公契約の現状を検証する必要があります。
第二に、公契約の領域でなにが起きているのか、とりわけそこで働く人たちの実態がまだまだあきらかにはなっていません。それでは条例の必要性や意義は浸透しません。とはいえ業務委託などの「公契約」領域で働く人たちは、入札で、一定期間ごとに解雇・雇い止めの不安にさらされ、しかも、労働条件の事実上の決定権が、事業を発注する自治体側にあるという面もあって、声をあげづらい環境にあります。問題の可視化が急がれます。
その点では、第三に、やはり労働組合とりわけ自治体で働く労働組合の取り組みが欠かせません。理不尽な公務員バッシングで苦しいところですが、発注者の側で働く者の責任も自覚してこそ運動は力強いものとなります。地域の労働組合も、官製ワーキングプアの解消という効果だけでなく、雇用先や雇用形態に関係なく仕事を基準にした職種別賃金への接近、中小企業や地域産業の振興、条例審議を通じた議会改革など、公契約条例の豊かな可能性を展望しつつ運動を進める必要があります。また、労働組合の垣根を超えた地域での共闘がみられる点も、この運動の魅力です。
いま、ブラック企業問題への反撃や過労死防止基本法の制定運動、あるいは、生活保護基準額の引き下げに対する抵抗(不服審査請求)が全国に広がっています。雇用、生活が全面的に「改革」にさらされていることを見据え、タコツボではなく連携型の運動が必要です。同時に、情報社会と言われながら、職場や暮らしの実態は見えにくくなっています。制度政策の議論は、ともすれば空中戦になってしまいがちです。問題の「告発」「可視化」を意識的に図り、政府の言う「改革」のねらいをあきらかにする必要があります。
[1] 応能負担原則 税負担のあり方の一つで、所得の高い人はより多く、低い人はより少なくと、各自の能力に応じて負担すること。いま進められているのは、各自が受け取る利益の程度(たとえば、医療や介護サービスの量)に応じて負担すべき、という応益負担原則。
[2] 低所得者の負担軽減策 低所得者に現金給付を行ったり、消費税の軽減税率の導入(食料品など、だれもが必要とする商品・サービスの消費税率は据え置いたり低く設定する)などが検討されているが、その分だけ財源確保が困難になるので、その実効性は疑わしい。
[3] ディーセントワーク 働きがいのある人間らしい仕事などと訳される。格差、貧困の広がり、社会的保護や諸権利の剥はくだつ奪などディーセント(適切、まとも)ではない仕事が増加するなかで、ILOが打ち出した理念・活動目標。世界各国でその実現がめざされている。
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