日本科学者会議北海道支部発行の『JSA北海道支部ニュース』第450号(2024年12月1日号)に掲載された原稿です。どうぞお読みください。

 

環境省「ポリ塩化ビフェニル(PCB)早期処置情報」サイト

 

PCB廃棄物処理問題からみえること

個人会員 小坂直人

 

PCB廃棄物の広域処理

 PCBがまた注目されている。今から半世紀以上前、1968年に発覚したカネミ油症事件の原因物質とされた米ぬか油に混入したPCBである(後に、PCBよりもダイオキシンの一種PCDFが主因とされた)。これらPCB等の有機塩素系化合物の毒性はこの分野の研究者の間では知られていたが、社会的に広く認知されるきっかけとなったのがこの事件であった。私自身、学生時代に報道はみていたが、詳しく知ることなく今まで過ごしてきた。しかし、このPCB廃棄物が室蘭市にあるJESCO(「中間貯蔵・環境案全事業株式会社」  北海道事業所)で処理されていることに、これ以上無関心ではいられない事柄が相次いだ。

北海道事業所は東京圏を除く東日本一帯を担当する。処理対象は、基本的には高濃度PCB廃棄物であり、変圧器、コンデンサー、安定器等の電気機器類である。担当区域は最初から広大であったが、環境省は2023年になって、また、区域の拡大を発表した。西日本において処理期間終了後、新たに対象廃棄物が発見された場合、北海道事業所で処理することを要請してきたのである。発足以来、北海道事業所は、繰り返し対象区域を拡大してきた歴史がある。今回の拡大によって、結局、北海道事業所が全国からのPCB廃棄物の集積場になりそうである。

 

PCB汚染と放射能汚染の複合化

2022年には、福島県対策地域内の放射性物質によって汚染されたPCB廃棄物が北海道事業所で処理されると聞いて驚いた。この事態は、PCB廃棄物を処理すると称して原発事故由来放射性廃棄物を対策地域内から持出し、福島県外で処分する計画の「予行演習」ではないかと直感した。つまり、室蘭におけるPCB処理問題は、現在、PCB汚染と放射能汚染の「複合化問題」という特異な段階に進んだといえる。しかし、問題の順番は間違えてはならない。本来、北海道事業所はPCB廃棄物の処理を目的として設置されたのであり、その対象区域に福島県が含まれていたということである。2001年のPCB特措法はその法的起点である。福島第一原発事故は、その10年後であり、当初のPCB特措法はこの事態を当然想定してはいない。そして、今度は、「放射性物質汚染対処特措法」(2011年8月公布)が制定され、こちらは此方で迷走が始まる。

 

いなかったことにされる油症被害者

 二つの法的対応の迷走は大問題だが、その陰で忘れ去られようとしている油症被害者がいる。実際、被害者救済の中心的課題とみられてきた損害賠償請求訴訟についても、「除斥期間」を理由に最高裁が請求棄却(2015年6月2日)したのを最後にほとんど進展がない。この新認定訴訟において、「除斥期間」の起算点が「最後に油を摂取した69年」とされ、原告の賠償請求権は89年に消滅したと判断された。しかし、原告のほとんどは、事件発生から30年以上経た後にカネミ油症と認定されたものであり、してみると、認定されたときにはすでに請求権を喪失しているということになる。これが法律の理屈であり、裁判の論理だとすると、悲しくなる。結局、被害は無かったことにされ、被害者は見捨てられ、いなかったことにされたのである。

被害者救済問題とは何か? そもそも、十分な補償とは何か? 失われた健康が完全にもどってくるわけではない。むしろ、救済の原点は心からの謝罪と許しなのだと思う。被害者が苦しいのは、身体が毒物によって病んできたことだけでなく、加害者の側に立つ企業と政府が、被害者を同じ人間としてみようとしないことなのではないか。

「今生きて苦しんでいる方たちの息が切れそうなときに、まなざしだけでいいのです。言葉でなくても、目で、そのまなざしで、私たちのことを思っていて下さると患者さんに思っていただければ」(石牟礼道子)という言葉に耳を傾けたいと思う。

 

 

 

 

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