青山亮介『「非正規4割」時代の不安定就業―格差・貧困問題の根底にあるもの─』を読んで

 

『「非正規4割」時代の不安定就業―格差・貧困問題の根底にあるもの─』を読んで

 

青山 亮介(北海道私教連執行委員長)

 

日本では大多数が真面目に働いてきたのだ。その結果、「なんでこんな国になっちまったのか」と落胆するのは私だけではないだろう。書籍の帯にあった「「失われた30年」は、まじめに働けばなんとかなるという希望が日本社会から失われていった30年でもある。」という文言。私自身が社会人として生活してきた大部分がこの時期と重なる。この30年で社会が好転しているなんて一ミリも思えない。まさに「我が意を得たり」である。

同時に、組合活動の衰退に苦しみながら打開策を模索している立場から言わせて貰う。国、そして労使のスタンスが旧態依然としていて、「昔はこれで回っていた」という感覚で雇用や生活に関する制度の設計がなされ、更に新自由主義による自由放任の経済政策がハッキリと失敗だったということを、この30年という年月は証明するに余りあるだろう。その上で、本書を読み進めて去来するものは「今の社会は他者に共感する力が衰えているのではないか」という思いである。どういうことか。

私は高校で教壇に立ち、これからの日本を支える若者たちが希望を持って未来を創造していって欲しいという願いを持って彼らと向き合っている。未来を切り開くのに必要なのは何と言っても人間力。特に重視したいのは「憐憫の情を持ち続けること」である。コロナ禍によって人々は分断され物理的にも精神的にも個としての行動を強いられた。「他人に迷惑をかけてはいけません」──幼いころに刷り込まれた教えは形を変えて生徒たちの心を支配している。ソーシャルディスタンスの名の下で、相手と距離をとる、マスクをすることが強制されなくなってもなおマスクを外さない、自らを晒さない風潮につながっていったのではないかと思うのだ。それは「他者への興味が薄れること」につながり、「周囲の人間がどのような苦しい立場に置かれているのかという想像」を大きく棄損することになったのではないか。その結果「憐憫の情」などというのは極めて異質な感情となり、他者への無理解が広がることとなってしまっているのではないだろうか。そんな社会に未来はない。

本書「第Ⅱ部<現場からの報告>」に寄稿された論文の数々では、それぞれの視点で現場の労働実態が詳らかにされる。国や自治体など公務員の職場、製造の現場、放送の現場、「夢や感動をあたえるテーマパーク」など、さまざまな産業で働く非正規労働者の深い慟哭と打ちひしがれる姿が目の前に浮かび上がる。ディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)が求められる社会において歪な状況が──私たちのすぐ身の回りで──形成されていることに愕然とする。

しかしながら立ち止まってはいられない。私自身の不勉強を痛切に感じつつも、このような実態をこれから働き始める生徒・若者たちにどう伝えるべきか。今後のキャリア教育や主権者教育を施す際に、自らが就こうとする業種はもちろんのこと、他の業種にも興味関心をしっかりと持ち、そこで働く非正規労働者の声にも耳を傾けることを促す教育実践が私たち高校教員の課題であると思った。本書はそれに適した極めて良質な教材である。

最後になるが、「さて。ここからですよ。」編者からはそう言われているような、未来感のある「まとめ」となっていることが、希望であり使命であると感じた。本書第Ⅱ部には、私たちが働く私立高校の非正規教職員の実態は扱われていない。その実態を明らかにし、組合による問題解決の実績を示すことこそが私たちに求められている具体的な課題であり、そしてまた、編者に対する応答になると思った。

 

 

(参考記事、参考情報)

道労連「崖っぷちからの大逆転~不利益変更撤回させた旭川明成高校教職員組合」『NAVI』2024年1月18日配信

北海道私立学校教職員組合連合

北海道私教連フェイスブック

 

 

川村雅則編著(2024)『「非正規4割」時代の不安定就業──格差・貧困問題の根底にあるもの』学習の友社

 

目次(国立国会図書館サーチより)

第Ⅰ部 〈総論〉

非正規労働問題を考える──ディーセントワーク実現のために/川村雅則

はじめに──失われた30年と非正規雇用

第1節 非正規雇用の何が問題か──非正規雇用にみる特徴

4割弱を占める非正規雇用
有期雇用の濫用問題
低く不公正な賃金、社会保障制度の不利
女性に偏る非正規雇用、格差・貧困問題
基幹労働力化、専門職への従事、生活自立型という特徴

第2節 非正規雇用はなぜ増えてきたか──非正規雇用問題の背景

グローバル競争下で雇用に対する企業の考えはどう変わったか
新自由主義改革・構造改革と雇用──労働分野の規制を中心に
労働組合の規制力の衰退──労働組合からの排除?
いくつかの産業にみられる非正規問題と、労働法・労働組合の空白地帯

第3節 労働組合と法制度の強化を──ディーセントワーク実現のために

非正規雇用者の組織化の取り組み
労働組合に期待される取り組み

おわりに

第Ⅱ部 〈現場からの報告〉

国の機関を支える不安定就業労働者/国公労連書記次長 笠松鉄兵

自治体に広がる不安定な働き方/自治労連中央執行委員 島林弘一

製造現場における非正規社員の雇用と権利を守るたたかい/ソニー労働組合仙台支部 松田隆明

放送産業における不安定な働き方/放送スタッフユニオン書記長 岩崎貞明

夢と感動をあたえるテーマパークを支える不安定な働き方/オリエンタルランドユニオン書記長 横田みつき

研究者に広がる不安定な働き方/日本科学者会議 衣川清子

外国人労働者の不安定・劣悪な働き方/首都圏移住労働者ユニオン書記長 本多ミヨ子

劣悪で不安定な条件で働く高齢労働者の実態/建交労東京事業団高齢者部会長 赤羽目寛

日雇労働者の労働・生活と社会保障の課題―釜ヶ崎から―/西成労働福祉センター労働組合 海老一郎

西陣で下請けとして働く賃織労働者の実態/商栄企業組合 佐伯重雄

「名ばかり個人事業主」として働くエステ・化粧品販売の女性たち/元エステティシャン 高橋 かめ

シフト制労働の経済機能とそのイデオロギー/首都圏青年ユニオン副委員長 栗原耕平

 

 

 

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