川村雅則「非正規雇用をめぐる問題──まっとうな雇用の実現のために」

川村雅則「非正規雇用をめぐる問題 ──まっとうな雇用の実現のために」『NAVI』2024年10月14日配信

 

金融・労働研究ネットワーク主催で、「働き甲斐ある職場をどう実現するか──ジェンダーの視点を基軸に」をテーマとする研究会が都内で2024年6月30日に開催されました。研究会では、今年出版された駒川智子・金井郁編著(2024)『キャリアに活かす雇用関係論』世界思想社がテキストに使われました。筆者は本書の第10章「非正規雇用──まっとうな雇用の実現のために」を執筆担当しています。研究会では、同章に込めた思いや研究上の課題などを報告しました。本稿は、その報告内容に加筆修正をしたものです。どうぞお読みください。

 

 

 

非正規雇用をめぐる問題

──まっとうな雇用の実現のために

川村雅則(北海学園⼤学)

 

非正規公務員問題の調査研究を通じて

私は本書の第10章、非正規雇用問題を担当致しました。私は2009年の大規模調査をきっかけに、非正規雇用問題の調査・研究に本格的に取り組み始めましたが、そのなかでも、非正規公務員問題を中心とした公務非正規問題に力を入れています。

自治体で新たな非正規公務員制度が2020年度に、つまり、ちょうどコロナとともに始まりました。会計年度任用職員制度と言います。国の非正規公務員制度がベースになっています。会計年度任用職員の多くは女性です。

一般的には、新しい制度が始まるということは、「改正」とみられます。非正規公務員制度も同様です。かつての非正規公務員は、法的な位置づけがあいまいで、「法の狭間」に置かれた存在などと呼ばれ、任命権者の過度な裁量の下で、不安定な雇用(任用)かつ低賃金で働かされていました。民間の非正規雇用制度が多くの問題を有していることは皆さんもご存じのとおりですが、非正規公務員の世界はそれ以下であるということです[1]。それが新しい制度になったというのですから、よくなったと一般的には思われるでしょう。

ところが、新制度における雇用面をみると──雇用面に問題が集中的にあらわれているのですが──1年という有期雇用が厳格化されました。「有期雇用の濫用」が、解消されるのではなく、制度化されたようなものです。しかも、仕事がちゃんとできることの実証を理由に、一定期間ごとに公募を実施することが推奨されました(総務省は3年を一つの目安と助言しています)。つまり、仕事には就いたものの、一定期間ごとに、新規求職者と一緒に公募に応じて受からなければ働き続けることはできないわけです。もしもそんなことを民間企業が行っていたら、なんてブラックな会社なのだと言われるのではないでしょうか。これが新しい非正規公務員制度における雇用面での特徴です[2]

 

労働問題、労働政策の基本的な構図

授業でこんな話しをすると学生が混乱します。2020年度という、わりと最近始まった制度でありながらどうしてこんなことが起きているのか。法律の「改正」で新しい制度になったのに、民間の労働政策と比べて──例えば、労働契約法第18条にみる無期雇用転換制度と比べて、逆行するような制度設計になっているのはなぜなのかと。

そんなわけで、問題や背景などを丁寧に教えていくことになるわけですが、非正規雇用問題を授業で扱う際に意識している幾つかのポイントがあります。それは、本書の第10章を執筆する際に意識したことでもあります。

例えば一つは、非正規雇用というのは「多様な働き方」なのか、ということです。ほとんどの学生はアルバイトをしていて、しかも最近は、アプリを使って、空いた自分の都合のよい時間に働くことができます。いわゆる「隙間バイト」です。非正規雇用という働き方が多様な働き方という言葉に「回収」されてしまいがちです。非正規雇用を「不安定就業」とみる我々のような研究と、ある意味でぶつかるわけです。非正規雇用は、多様な働き方とみるべきなのか、それとも不安定就業とみるべきなのか、雇用や賃金・処遇面などからしっかり考えてもらいたいという思いを込めました。

考えてもらいたい二つ目は、日本が「非正規大国」[3]となったのは自然現象ではないということです。雇用や働き方は、働く人の意思によって制度設計されるものではありません。先ほどの非正規公務員の制度にも、根底には、公共サービスにお金をかけない、小さな政府を維持しようとする力が働いています。労働問題にもその解決を目指すはずの労働政策にも、雇う側・使う側の意思が反映されています。授業では、立法の過程を扱いますが、例えば男女雇用機会均等法の形成過程をみると、労使のぶつかり合いがよく分かります。どんな力が働いて今日の非正規雇用の特徴や制度があるのでしょうか。それを考えてもらいたいと思いました。

財界が求める労働政策や新自由主義政治に基づく構造改革──これらはかなり抽象度の高い話ですが、なぜ日本が非正規大国になったのかを考える上で避けて通れません。本書でも、よく知られた、日経連(当時)が1995年に提言した「新時代の日本的経営」を取り上げています。

なお、この提言以降のこと、つまり、経済のグローバル化の本格的な展開とあわせて、雇用に対する財界のニーズはどう変化してきたのか、またそれを受けて政治はどう変化してきたのかなど、体系的に整理することが研究上の課題であることにもふれておきます。

 

働き方改革は働く人たちの状況を改善するのか

さて、内容はともかくとして、働き方改革という言葉は、学生たちを含め、よく知られるようになりました。では働き方改革には、働く人たちの切実なニーズが十分に反映されているでしょうか。働き方改革で労働時間の規制が厳しくなったんですよね? あるいは、私の担当章との関連で言えば、同じ仕事をしていたら支払う賃金は同じという考え方になったんですよね? と漠然と理解されていますが、本当でしょうか。

前者で言えば、私は元々、長距離トラック運転者の過労死の調査から研究の世界に入っているのですが[4]、過労死は一向になくなりません。過労死がなくならないのはなぜか。働き方改革による労働時間の上限規制は果たして有効なものなのか。ワークライフバランスが言われながらもそれが進まないのはなぜなのか。そもそも、過労死防止基本法(正確には「過労死等防止対策推進法」)が出来てから10年が経ちます。実効性ある労働時間規制に踏み込めないのはなぜなのでしょうか。

後者の理解、非正規問題の解消に不可欠な同一労働同一賃金や均等待遇についても同じです。日本では、とりわけ女性の側に非正規雇用、貧困という問題が蓄積してみられるわけですが、それはなぜなのか。若い学生たちは性別役割分業といった考え方とは距離がある、と彼らと話しをしていても思います。それは、政府統計(年齢別にみた性別役割分業意識)でもクリアに示されています。

でも、そのような彼らの考えとは裏腹に、日本は、男女雇用機会均等法ができてからもう40年近くが経とうとしているのに、男女の生き方が固定化され、男女格差が著しく大きな国です。それはなぜか。今次の働き方改革でそれは解消されるのか。女性は非正規雇用を「選択」していると言われるその背景──職場における過酷な働き方や社会保障・税制などで「誘導」されていく、括弧付きの選択である点に留意してください──とあわせて、私の担当相で考えて欲しいと思います[5]

駒川さんが先ほど、批判的に物事を見るという視点の必要性を語られていました。全くその通りだと私も思います。批判的に見るには、現実を前に、根本から丁寧に物事を考えていく姿勢が必要になります。労働研究に限ったことではなく、肝に銘じておきたいことです。

 

労働法と労働組合はセットで扱うこと

第10章の後半では、限られたスペースですが、労働法や労働組合を扱いました(「非正規雇用の濫用防止に向けて」)。

私自身、大学に勤めて20年ちょっとになるのですが、職場での組合役員の経験が長く、無期雇用転換や均等待遇など、ちょうど非正規雇用問題の解決に実践的に取り組んできました。第10章に書いた文章には、そんな経験も無意識のうちに反映されているかもしれません。

先ほど駒川さんが、とりわけ学生・若者へのワークルール教育の必要性に言及されました。おっしゃるとおりだと思います。

一方で気をつけなければならないのは、労働法を教える際には、労働組合、集団的な労使関係を扱うことが必要であるという点です。労働法は、教え方を間違えば、法を駆使して今日の職場を生き抜いていけ、といった、あたかも強い個人を想定したメッセージになりかねません。

労働法(労働者保護法)は労働組合がセットでなければ機能しない。機能しないとは言い過ぎに思われるかもしれませんが、現実的ではなく絵に描いた餅に終わってしまうことがほとんどではないでしょうか。アルバイトで仕事の現実を少なからず体験している学生たちも、法に照らして職場を変えるなんて「絶対無理!」と思うことでしょう。労働条件決定における労使対等原則は、労働組合があってはじめて可能になります。働く者が社会的、経済的に非常に不利な立場であるという事実から出発する必要があります。

逆に言えば、働く者が弱い立場にあるという事実認識から始めることで、展望が開けてきます。政治、労働政策についても同様です。先ほど、法律そのものが利害関係の産物であることを話しましたが、労働側の規制力が弱いから、労働者の状態を改善する上で不十分な法規制になってしまっている。学ぶこと、力を身につけることが職場の現状を変え、法制度改正を通じて働く人たちの状態を改善する上で必要ではないでしょうか。そのことを、幾つかの事例を使って書いたつもりです。そして、金井さんが執筆された第11章「労働組合──労働条件の向上を私たちの手で」に繋げたつもりです。

 

非正規労働・雇用に関する研究上の課題

最後になりますが、レジュメに沿って、本書第10章でやり残したこと、私自身の研究上の課題にふれます。

第一に、それぞれの産業における非正規労働研究です。非正規労働問題はそれぞれの産業でどのようなかたちで現れているのかをつぶさに調べる必要があります。本日は金融業界における非正規労働問題を学んでいきたいと思います。

第二にジェンダーの視点です。本書をつらぬく視点でありながら、「男性性」で生きてきた私自身にはまだまだ理解が足りないと思っています。女性が多数の非正規公務員問題の調査・研究をしていますが、非正規・女性差別という職場のジェンダー秩序がどう形成され、維持されているのか。自分の中にあるジェンダー観を見つめ、問い直していきながら明らかにしていきたいと思います。

最後に、ディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を実現する主体がいかにして形成されるのか。ディーセントワークという言葉は、労働界ではよく聞かれるようになりましたが、望んでいるだけでかなうものではありません。どうすれば実現するかは、ひとえに私たちの主体性にかかっているのではないでしょうか。では、それはいかにして形成されるのか。

以上のようなことを今後の研究課題としたいと思います。本日は報告の機会をいただき、ありがとうございました。

 

 

 

[1] ハンディな次の書籍(いずれも岩波ブックレット)をお読みください。上林陽治(2013)『非正規公務員という問題──問われる公共サービスのあり方』岩波書店、竹信三恵子・戒能民江・瀬山紀子編著(2020)『官製ワーキングプアの女性たち──あなたを支える人たちのリアル』岩波書店。

[2] 雇用面を中心とした新制度の問題点などは、拙稿「⾮正規公務員が安⼼して働き続けられる職場・仕事の実現に向けて」『KOKKO』第55号(2024年5月号)pp.27-43をご参照ください。本書の参考文献では、上林陽治「会計年度任用職員白書2020」『自治総研』第514号(2021年8月号)pp.26-56をあげました。

[3] 本書の参考文献にもあげた、伍賀一道(2014)『「非正規大国」日本の雇用と労働』新日本出版社を参照。

[4] 学生によるインタビュー記事ですが、「大学での学びってどういうものですか?(川村雅則先生に聞く)」『北海道労働情報NAVI』2021年4月1日配信を参照。

[5] 本書の参考文献には、大沢真理(2020)『企業中心社会を超えて──現代日本を〈ジェンダー〉で読む』岩波現代文庫(時事通信社、1993年)などをあげました。

 

 

本書をぜひお手に取ってご覧ください。

 

世界思想社のウェブサイトでは、『キャリアに活かす雇用関係論』刊行記念シンポジウム@お茶の水女子大学でのレポートも配信されています。

第1回 労働の問題を可視化するジェンダーの視点

第2回 働く人の意欲を高め、権利を守る職場とは

第3回 個が個として生きられる社会を目指して

第4回 学生に「働くこと」をどう教えるか

第5回 全体討論──「変わらなさ」を変えるには

 

 

(追記)

編著(2024)『「非正規4割」時代の不安定就業──格差・貧困問題の根底にあるもの』学習の友社 を出版しました。

ご興味がございましたら、ぜひこちらも手に取ってお読みください。

本書の目次は以下のとおり(国立国会図書館サーチより)

第Ⅰ部 〈総論〉

非正規労働問題を考える──ディーセントワーク実現のために/川村雅則

はじめに──失われた30年と非正規雇用

第1節 非正規雇用の何が問題か──非正規雇用にみる特徴

4割弱を占める非正規雇用
有期雇用の濫用問題
低く不公正な賃金、社会保障制度の不利
女性に偏る非正規雇用、格差・貧困問題
基幹労働力化、専門職への従事、生活自立型という特徴

第2節 非正規雇用はなぜ増えてきたか──非正規雇用問題の背景

グローバル競争下で雇用に対する企業の考えはどう変わったか
新自由主義改革・構造改革と雇用──労働分野の規制を中心に
労働組合の規制力の衰退──労働組合からの排除?
いくつかの産業にみられる非正規問題と、労働法・労働組合の空白地帯

第3節 労働組合と法制度の強化を──ディーセントワーク実現のために

非正規雇用者の組織化の取り組み
労働組合に期待される取り組み

おわりに

第Ⅱ部 〈現場からの報告〉

国の機関を支える不安定就業労働者/国公労連書記次長 笠松鉄兵

自治体に広がる不安定な働き方/自治労連中央執行委員 島林弘一

製造現場における非正規社員の雇用と権利を守るたたかい/ソニー労働組合仙台支部 松田隆明

放送産業における不安定な働き方/放送スタッフユニオン書記長 岩崎貞明

夢と感動をあたえるテーマパークを支える不安定な働き方/オリエンタルランドユニオン書記長 横田みつき

研究者に広がる不安定な働き方/日本科学者会議 衣川清子

外国人労働者の不安定・劣悪な働き方/首都圏移住労働者ユニオン書記長 本多ミヨ子

劣悪で不安定な条件で働く高齢労働者の実態/建交労東京事業団高齢者部会長 赤羽目寛

日雇労働者の労働・生活と社会保障の課題―釜ヶ崎から―/西成労働福祉センター労働組合 海老一郎

西陣で下請けとして働く賃織労働者の実態/商栄企業組合 佐伯重雄

「名ばかり個人事業主」として働くエステ・化粧品販売の女性たち/元エステティシャン 高橋 かめ

シフト制労働の経済機能とそのイデオロギー/首都圏青年ユニオン副委員長 栗原耕平

 

 

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