川村雅則「反貧困ネット北海道・学習会「子どもと女性のくらしと貧困」に参加して」

2024年9月12日(木)18時30分~、北海学園大学を会場に、反貧困ネット北海道主催の学習会「子どもと女性のくらしと貧困」を開催しました。36名にご参加いただきました。

 

司会をつとめる、当会共同代表の山内太郎さん。

 

講師は、『子どもと女性のくらしと貧困──「支援」のことばを聞きに行く』(かもがわ出版)を今年の春(2024年5月)に出版された中塚久美子さんです。

中塚さんは朝日新聞記者として、2008年から、子どもの貧困やジェンダーの問題について精力的に取材をされてきました。現在は、朝日新聞を休職し、北海道大学大学院に在籍して調査・研究をされています。「支援者側の都合や解釈が当事者を傷つけている場合もあるのでは」という問題提起とあわせて、講演では、中塚さんが取材を通じて考えたこと、そして貧困の問題の背景についてお話しをいただきました。本稿は、学習会へのイチ参加者の感想です。

 

講師の中塚久美子さん(朝日新聞記者)。現在は大学院で調査・研究中。

 

中塚さんの当日の講演は、10代(19歳)のあるシングルマザーの困窮を新聞で取り上げたときのエピソードから始まりました。記事をみた読者から、多額の現金をはじめ、女性に対する支援が新聞社に相次いで送られてきて大変驚かれたそうです。

ところが、無償の支援の一方で、なかには、(ほかにも困窮者はいるのに)気の毒なこの女性に使途を限定したメッセージ付の支援や、支援に対しての感謝を要求する支援者もおられて、強い違和感をもたれたとか。「支援を受ける人」のあるべき像を当事者に強いたり、救済されるべき貧困とそうでない貧困とに分けて貧困を考えることの問題を感じさせるお話でした。

この問題は、かつて当会で取り扱った「メディアと貧困・貧困報道」というテーマにおいても、論じられたことでした。視聴する側の貧困(者)像におさまっている場合には救済の対象として扱われるものの、そこから外れると──持ち物は最低限のものに限られていて貧困者らしい立ち居振る舞い(?)をしていなければ──バッシングの対象にさえなってしまうのが日本の現状です。我々の「貧困観」や支援に対する考えそのものが問われている、そのことをあらためて感じました。

中塚さんの書籍に登場するのは、そういった貧困観、支援とは無縁のお二人です。お一人は、一般社団法人シンママ大阪応援団(大阪市)の代表理事である寺内順子さん、もうお一人は、非営利任意団体「シェアリンク茨木」(大阪府茨木市)の辻由起子さん。彼女たちの支援は、困っている人の過去を根掘り葉掘り聞くようなことはしない。支援を受けるのにふさわしいか評価する(値踏みする)ようなことも、もちろんしない。ご飯を食べさせ、交際相手に逃げられた女性の出産を支援し、生活保護の申請に付き添い、住まいを確保するなど、「いま」困っているその現実に、「具体的」に、全力で向き合う。さらには、政治(地方自治体、国)に働きかけもする。

本書中には、「人間性を回復する取り組み」、「人の人生管理しない」、「脱「ちゃんと」「普通は」「本当の」」など、寺内さんや辻さんの発する含蓄のある言葉が次々と出てきて考えさせられます。逆に言えば、頼みの綱である公的機関からも支援は受けられず、しかも、上記とは逆のまなざしにさらされるなかで、尊厳を傷つけられてきた彼女たちの現状が浮かび上がってきます。余談ですが、学習会当日のフロアとの質疑応答のなかで、支援する人/される人という関係性をつくらないようにするため、「支援」という言葉そのものも使わないようにしている、という実践者(教会牧師)からの発言がありました。支援に携わる者の心構えを示すものと受け止めました。

女性の就労や一人親世帯(母子世帯)に関する具体的なデータも使いながらお話をされる中塚さんの講演のなかで、さらに、3点のことをあらためて感じました。

その一。半数超が非正規雇用であることに象徴される、女性の経済的自立の困難です。よく知られているように、母子世帯の多く(8割超)は働いています。しかし、子どものケアをしながら働けるような就労環境は、とりわけ女性にはありません。非正規での働きを余儀なくされ、結果として、経済的な自立は困難です。そのような状況を放置しておきながら、「頑張りなさい」と彼女たちにいうとき、いったい何を頑張ることをこの社会は想定しているのでしょうか(中塚さんの当日レジュメより)。

その二。生活保障問題への公的機関による機能不全です。本書に出てくる寺内さん、辻さんらの、問題解決に向けて奔走するその姿にアタマが下がる一方で、公的機関はどうしているのでしょうか。中塚さんの取材によれば、支援を必要とする人たちのほとんどは、何らかのかたちで公的機関に接触しています。しかし、生活保護申請における「水際作戦」に象徴されるとおり、対応を拒否され、さらには、説教までされ、役所嫌いになっていく現実、そして、孤立させられていく現実があります(「具体的に助けてもらえるまで、関所がいっぱい。」)。問題解決への民間団体・個人の役割は今後も重要な位置を占めると思われますが、そのことは、公的機関の機能不全を容認するものであってはなりません。公的機関の機能強化が急務です。

その三。本書に出てくる、女性や子どもたちの、文字どおり壮絶な体験です。夫から妻への激しい暴力(「朝まで6時間殴られ」)、存在を否定され続けた子ども時代、「生活保護で食べて行け」と家族・親族の縁を切られる、親からの暴力を受け続けこのままでは自分が親を殺してしまうからと自ら警察に出向き保護を受ける──私自身もそうですが、人はどうしても、自分の体験に基づき物事を考えがちです。貧困を学び、貧困観を鍛えること。そして、この社会や政治を変えていくために私たちに何ができるか。ぜひ、中塚さんの書かれた本を手に取っていただき、一緒に考えていただければ嬉しく思います。

お忙しいなか講師をお引き受けくださった、中塚さんにあらためて感謝申し上げます。

 

中塚さんのお話をうけて、問題を解決するにはどうしたらよいか議論。あっという間の2時間で、質疑応答の時間が足りないほどでした。

 

子どもと女性のくらしと貧困 もくじ

まえがき 助けて欲しいと声をあげた人の人生を肯定する

第1部 「何も聞かない」から始める 寺内順子さん

第1章 「いま」に寄り添う

第2章 独りぼっちにさせない

第2部 「安心して困れる世界」をつくる 辻由起子さん

第3章 目の前の命まるごと

第4章 なかよしの他人を増やす

第3部 現状と課題を読み解く 子どもと子育て家族のデータ・研究から

第5章 女性と子ども・若者の困難

まとめ 「有害」なまなざしと語りへの抵抗

あとがき 届きにくい声にこそ価値を

https://www.kamogawa.co.jp/kensaku/syoseki/ka/1322.html

 

 

 

反貧困ネット北海道では、サポート会員を募集しています。皆さまのご入会をお待ちしております。

https://hanhinkondo.wixsite.com/website

過去の学習会活動の記録

○非正規公務員問題に関する「2022年度 反貧困ネット北海道」連続学習会の記録

○コロナ下の現状と取り組みに関する「2020年度 反貧困ネット北海道」連続学習会の記録

 

(追記)

こうした、困難に直面する女性たちにつながって欲しい「婦人相談員」の多くもまた、雇用が不安定で待遇の低い非正規の公務員であるという現実があります。

戒能民江(2018)「「非正規」婦人相談員について」『生活協同組合研究』第512号(2018年9月号)pp.14-20

戒能民江(2021)「婦人保護事業から女性支援法へ──相談・支援「労働」を問う」『経済社会とジェンダー』第6巻(2021年6月号)pp.84-104

竹信三恵子・戒能民江・瀬山紀子編『官製ワーキングプアの女性たち』岩波書店、2020年

戒能民江・堀千鶴子編著『困難を抱える女性を支える Q&A』解放出版社、2024年

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