小松康則「自治体職員の命を守れ ──「いのち守る三三キャンペーン」の取り組み」『労働法律旬報』第2027号(2023年3月号)pp.24-27
旬報社から発行されている『労働法律旬報』第2027号(2023年3月10日号、特集:自治体職員の長時間労働問題)に掲載された、大阪府関係職員労働組合(大阪府職労)執行委員長である小松康則さんの原稿です(小松康則「自治体職員の命を守れ──「いのち守る三三キャンペーン」の取り組み」『労働法律旬報』第2027号(2023年3月号)pp.24-27)。どうぞお読みください。
なお、小松さんの原稿が掲載された『労働法律旬報』のほか、同じく旬報社から発行されている『賃金と社会保障』、『日本労働年鑑』はおすすめです(NAVI管理人より)。
自治体職員の命を守れ
──「いのち守る三三キャンペーン」の取り組み
小松康則 大阪府関係職員労働組合
——全国の保健所は地域保健法による縮小や統合によって、住民の身近な存在から遠ざけられたのに、いきなり「あの日」からコロナの最前線に立たされ、にわかにコロナ対策本部になりました
これは、私たちの取り組んだ「いのち守る三三キャンペーン」の署名提出アクションで、ある保健師が述べた言葉です。
二〇二〇年一月、国内でコロナ感染者が確認されて以降、見る見るうちに保健所をはじめ、感染症対策を行なう職場はひっ迫し、連日悲痛な声が私たちのもとに届くようになりました。この状況を黙って見ているわけにはいかない、何かしなければという思いで、まずは現場にいる仲間の声に耳を傾けました。保健所や保健師、府職員が減らされ続けるなか、未知のウイルスへの対応は困難を極め、「月の残業が一〇〇時間を超えた」「この一か月、一日も休んでいない」という声が届くまで、そう時間はかかりませんでした。そんななかで、「これで人が増えなければ、もうこのまま働き続けることはできない」という声も寄せられるようになりました。
二〇二〇年の夏には、コミュニティ・オーガナイジングを学び、労働組合役員を経験したこともある保健師や保健所職員に声をかけ、キャンペーンを進めるためのチームを立ち上げ、「来年四月には大阪府の各保健所に保健師一人ずつ、行政職員一人ずつを増員する」というゴールを設定し、戦略タイムラインをつくり、「大阪府の保健師、保健所職員増やしてキャンペーン」がスタートしました(図①参照)。
図①
タイムラインに沿って、オンラインを活用したランチタイム集会を皮切りに、現場の声を発信したり、保健所の仕事を四コマ漫画で発信したりして、保健所と関係のある各団体のみなさんもいっしょに、六万四〇〇〇を超えるオンライン署名を提出し、記者会見もやりました。そして、二〇二一年四月には各保健所に一人ずつの保健師を増やすことができました。
しかし、その後、第四波となり、いっそう保健所はひっ迫し、状況は悪化しました。しかし、キャンペーンを通じて保健師の増員を実現した仲間はあきらめませんでした。「声をあげれば変えられるんだ」「私たちの声には力がある」という思いが広がり、各保健所で所属長と交渉したり、申入れをしたり、職場での取り組みはさらに大きく広がっていきました。
保健所は労働基準法三六条にもとづく協定(三六協定)の対象職場ですので、保健所ごとに時間外勤務の上限を労使で決めていますが、コロナ対応業務は「災害時の臨時の必要性がある」ということで、上限規制のない青天井状態になっています。こうした状況が続くなかで、保健師や保健所職員からは「災害だから仕方ないと、いつまで働かせるのか、これでは命を落とす事態になりかねない」との声が次第に大きくなっていきました。そして、その声は「労働基準監督署に訴えに行きたい」という声となりました。
そうした声に応え、みんなで相談した結果、大阪労働局への要請行動に取り組むことになりました。これもまた初めての経験でしたが、「せっかくなので職場の仲間に意義を伝え、みんなの声を集めて、みんなの思いのつまった行動にしよう」と、緊急に取り組んだアンケートには二五八人が回答し、労働局に伝える「ひとことカード」は一三六人分が集まりました。アンケートには保健所全職員の約六割、「ひとことカード」には約三割の協力がありました。そして、当日は役員でない若い保健師も含め九人が集まり、労働局に要請し、全員が涙ながらに切々と現状を訴えました。
大阪労働局基準監督課長の回答は、労働基準法は民間労働者を対象にしているという冷たいものでしたが、それでも「大阪府が人を増やすなど体制を強化する必要がある」ことを明確にし、「地方公務員の災害時の働き方については総務省を中心に議論されるべきもの」という考え方も示されました。このときも、取り組み後に記者会見も行ない、その様子をツイッターでも発信しました。このツイートに約四〇〇〇人のリツイートがあり、ツイッターを見た人の数は一〇〇万人にのぼりました。その結果、NHKの日曜討論や国会質疑でも大きく取り上げられましたし、大阪労働局から大阪府への調査(ヒアリング)も行なわれたと聞いています。
こうした取り組みの結果、二〇二二年四月には、前年に引き続き各保健所に保健師が二人増員され、前年には実現できなかった行政職員も一人ずつ増員させることができました。二年越しにはなりましたが、私たちのめざした当初のゴールを達成することができました。
ゴールが達成されたとはいえ、問題が解決されたわけではありません。「私たちのことはいったいだれが守ってくれるの? 何のための労働基準法なの?」「このままでは職員の命が守れない、自治体職員を過労死の危険から守りたい」という思いはさらに強くなっていきました。
日頃から交流があり、この間のキャンペーンについても情報共有していた京都府や京都市の労働組合の仲間といっしょに声をあげ、そもそも「自治体職員を青天井で働かせてもよい」としている法律に対し、なんらかの規制をかけるしかない、そのためには政治を動かすしかないという結論に達しました。そこで生まれたのが「いのち守る三三キャンペーン」です。
このキャンペーンも「大阪府の保健師、保健所職員増やしてキャンペーン」と同様に、チームを立ち上げ、戦略づくり(ゴールを決めてタイムラインを作る)をするところからスタートしました(図②参照)。
図②
キャンペーンのゴールは次のとおりです。
厚生労働省に労基法三三条にもとづく時間外勤務に上限規制を設定させる(「臨時の必要性」の期間の明確化、コロナ対応を時間外規制対象業務にする、人事院規則に勤務間インターバルを明記させる)
総務省に自治体職員増員のための財政措置をさせる |
二〇二二年三月にチームを立ち上げ、五月には総務大臣と厚生労働大臣に向けたオンライン署名をスタートさせ、キックオフ集会や労働基準法三三条の問題点を学ぶオンライン学習会の開催、七月には国会議員(厚生労働委員、総務委員)にアポを取って、現場の保健師や自治体職員といっしょにロビイング行動し、七人の国会議員に直接リアルな話を聞いてもらうことができ、六人の国会議員秘書にも対応してもらうことができました。
その後すぐに、立憲民主党、日本共産党、社会民主党の協力によって、厚生労働大臣政務官とのオンラインでの懇談も実現しました。そして、一一月二日には「署名提出アクション」に取り組み、大阪や京都、東京、埼玉の保健師、児童相談所職員はじめ自治体職員二四人が衆議院第二議員会館に集結し、院内集会を開催した後、羽生田俊厚生労働副大臣、尾身朝子総務副大臣に四万一九九八人の賛同署名を提出しました。私たちのキャンペーンを通じて、現場のリアルな声が政治につながったと実感しています。
——————————————————————————————————————【院内集会での当事者の訴え(一部抜粋)】
○保健師
平日も休日も当番に当たった職員が緊急電話を家に持ち帰って、毎日救急隊からの電話に対応しています。限られた職員で行なっており、心身ともにとても大きな負担になっています。とくに小さなお子さんのいる職員は対応中に子どもが泣き出してしまうこともあります。しかし、緊急対応ですから「あっちに行ってて」と子どもを突き放し、子どもの泣き声を聞きながらも続けることになります。災害時に無理な状態で延々と働き続けることは、その職員だけでなくその家族へも影響を与えかねません。
○保健師
一ヵ月の時間外労働が二〇〇時間を超える、そんな桁外れの時間外労働により保健師を含む職員は生命の危機にさらされてきました。何でもないのに仕事中に涙が出るといった保健師がいました。家に帰っても電話のなっている音がすると夜中に目が覚めるといった保健師もいました。死ぬか辞めるかといった状況のなか、ある保健師は命を守るために退職しました。二〇二一年度に採用された新規採用の保健師は第五波のとき、自宅に帰り倒れて目が覚めたら玄関で数時間眠ってしまっていたと言いました。そこまでして働くのは、市民の健康を守りたい、公衆衛生を守りたいという保健師としての使命感だけです。住民の命は大事です。でも、私たち公務労働者の命も大事です。
○技術職員(災害対応)
私の働く自治体は度重なる水害に見舞われています。災害が発生すれば、市民が困っている状況を何とか打開したい、そんな気持ちで働きました。自分の家が浸水していても災害復旧に汗を流す職員がいました。現在の体制ではまだまだ職員が足りていません。災害はいつどこで起こるかわかりません。災害時にいち早く復旧復興させることが行政にとって大切な仕事です。職員は住民のみなさんが一日も早く日常の生活に戻ってもらえるように懸命に働いています。今の職員体制は仕事への責任感や志に頼りすぎていると思います。
○保健師
入院調整の当番となった保健師は、その日誰を入院させるのかということをコントロールセンターと調整をしますが、ピークのときには「今日は空いてるベッド一つ」と言われます。四〇℃の熱が続いている高齢者が三人いて、なんとしても入院してもらわないといけないと思って交渉しても、「空きは一つと言ってるでしょう」と言われます。電話で体調を聞き取って、誰を入院させるのか決めなければなりません。入院できないと伝えた家族には「死んだら責任取れるのか」「名前を言え、今から会いに行くぞ」などと罵倒され、電話が鳴っただけで、頭痛がしたり、過呼吸を起こしてしまい、電話が取れなくなった保健師もいました。
○保健師
本来の研修はすべて省略され、入職初日から保健所に配属されました。第四波の真っただ中でしたので、まわりの先輩全員が電話対応中で、鳴り続けている電話を取れる職員が誰もおらず「とりあえず電話を取らなきゃ」と思い、電話に出ると、ものすごい剣幕で「お前なんで電話とらへんのや! 鳴ってるのわかってるやろ」と怒鳴られたのが初めての電話でした。トイレの場所もその日の仕事が終わってからやっと聞けました。その後は、朝出勤してお昼ごはんを食べる時間もなく、気付いたら電車がなくなってタクシーで帰るという日々が続きました。月の休みが三日しかないこともありました。
私は独り暮らしなので、帰って来て心配してくれる人もいませんし、家族や友人に相談する時間も気力もなく、人と会うのも自粛しなければならない毎日でしたので、生きてるほうがしんどいなと思って、マンションのベランダの柵に足をかけたこともありました。それでも保健師を続けてきたのは、「助けてほしい」「コロナが心配」「不安だ」という声を毎日リアルに聴いてきて私もがんばらなきゃいけないって思ったからです。私たちは必要な人に必要な医療を届けたいと思っています。コロナで亡くなる人を一人でも減らしたいと思っています。
○児童相談所職員(ケースワーカー)
児童虐待をはじめ、家出や深夜徘徊などを理由に警察からの夜間の身柄付き通告や、子どもの所属する保育園や学校からの虐待通告が、非常に増えています。私の所属する課は、所管人口約四五万人ですが、九月の一時保護件数が三三件、一時保護解除件数が一六件ありました。一時保護所も満床状況が続き、緊急枠対応で夜間に保護され、翌日には別の施設への一時保護委託や、早期の引き取りを模索する日々です。そのため、委託の引き受け先に何件も電話したり、関係機関への調査、子どもの移送の段取り、保護者対応などが一気に湧き起こります。
恒常的な時間外労働や緊急対応などで、多くの職員が心身ともにふらふらです。いつ誰かが倒れて、雪崩を起こしかねないか不安です。夜遅く電車を待つホームで月を見上げる時がつかの間の安らぎです。急場をしのぐために、一つのケースを部分的に対応する結果、全体的なケースワークをみれず、業務の本質や目的を考える時間も取れない状況では、若手職員の育成もままなりません。そうしたなか、体調を壊し休職したり、仕事を続ける気持ちが途絶え退職する職員を見るのは、もう耐えられません。
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私たちのこうした取り組みもあって、昨年一二月には、総務省が保健所や地方衛生研究所の人員を全国で計七五〇人(保健師四五〇人、事務職員は三〇〇人)を増やせるよう人件費を地方交付税で支援する方針を打ち出しました。しかし、まだまだ不十分であり、私たちのめざすゴールは達成されていません。
つい先日には、キャンペーンの戦略を見直すミーティングも行ない、引き続き取り組む決意も固め合いました。大阪と京都から始めたキャンペーンですが、この取り組みを全国に広げ、さらに大きな動きを作っていきたいと考えています。
過労死や過労自死のない社会をめざすとともに、新興感染症の流行などの健康危機事象や災害が発生したときであっても、住民の命と健康、暮らしを守るために十分対応できる職員増、職員体制の充実をめざします。