渡辺達生「生活保護基準引き下げ訴訟のゆくえ(2025年度反貧困ネット北海道連続学習会)」『NAVI』2026年3月5日配信
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反貧困ネット北海道では、男女雇用機会均等法が制定されてから40年にあたる2025年度に、ジェンダーを軸にした連続学習会を開催しています。本稿は、2026年1月20日に開催された第6回学習会の記録です。
講師は、渡辺達生さん(弁護士)です。
生活保護は、最後のセーフティネットと言われながらも、それを必要としている人たちに必ずしも届いていません。また、政治家による生活保護バッシングを背景にして、制度を利用することへの抵抗や偏見もあります。そのようななかで、生活保護基準は大きく引き下げられました。それは果たして政府(厚生労働大臣)の裁量として許されるものなのかが問われました。
この生活保護基準引き下げ問題については、反貧困ネット北海道の2025年総会(最高裁から判決が出される前日の2025年6月26日)にも渡辺弁護士からお話しをいただいていましたが、その後の政府の動きなどを含めて、あらためて学ぶ機会を設けました。学習会には、学生も参加していたことから、生活保護制度そのものについてもレクチャーをいただきました。
なお、本稿の文責は、反貧困ネット北海道事務局にあります。
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■生活保護制度とはどのような制度か
弁護士の渡辺です。どうぞよろしくお願いします。本日は、レジュメと資料に基づいてお話をさせていただきます。
本日は、学生さんも参加されているということで、まず、生活保護についてご説明しようと思います。

少し古いのですが、日弁連が作った「あなたも使える生活保護(2018年9月改訂)」という生活保護に関するパンフレット(以下、日弁連・生活保護パンフレット)を持ってきました。一般の方々には、生活保護という名前は知られていても、自分がもし生活に困窮したら使えるんだろうか、とか、内容は、十分かつ正確には、必ずしも理解されていないと思うんです。
生活保護の利用条件は極めてシンプル
パンフレットをご覧ください。「生活保護の利用条件はとてもシンプルです。生活保護は、さまざまな事情で生活に困った人に対し、憲法の生存権保障の理念に基づき、国が生活を保障する制度です。」と書いてあります。
生活保護を利用するには厳しい条件があって大変なのでは、と考える人が多いようですが、本来はシンプルなものです。厚生労働省が定める基準で決められる最低生活費よりもあなたの収入が低ければ、その差額が保護費として支給されます。一番重要な要件はここなんです。
ただ、「ただし、すぐに換金できる資産がない、などの条件はあります」という但し書きがありますよね。これがなかなか曲者で、例えば手元に現金がある場合──1か月分の生活費がある場合には、生活保護の支給が認められません。それより少なくなって、数万円程度の所持金にならないと支給が認められないのが生活保護行政の実際なんですよね。しかしこうした運用は、逆に生活保護から抜けづらくなるという問題をはらんでいることを覚えておいてください。
条件を満たせば誰でもが使える
では、働いてる場合でも生活保護はもらえるのか。結論から言えば、収入が最低生活費を下回っていればもらえます。このパンフレットは2018年のものですので、数字が少し古いことはお許しください。

出所:日弁連・生活保護パンフレットより。
パンフレットには、年齢や家族構成ごとの最低生活費が記載されていますね。45歳、東京23区で一人暮らしのAさんの場合は、13万5140円が最低生活費です。内訳は、生活扶助費という生活に要する費用と、住宅扶助費という家賃費用で、その合計額が13万5千円ちょっとということになります。
札幌であればだいたい11万円ぐらいです。冬場は、もう少し加算されます。札幌は家賃がかなり安い。おおよそですが、札幌が3万4,5千円に対して、東京は5万2千円ぐらいでしょうか。この差がかなり大きいです。ただ、一人暮らしの学生さんの場合、11万円ぐらいで生活している方はそれなりにいらっしゃいますよね。11万円で生活するというのは、決して余裕がある暮らしではありません。
ご自身の生活状況をちょっと考えていただきたいのですが、家賃で3万5000円というのは本当に最低ラインですよね。ここに水光熱費が1、2万円乗って、食料代が乗って、さらに今は携帯がないとさすがにやっていけません。今いろんなキャリアがありますけれども、5千円から1万円ぐらいはかかるでしょう。合計すれば11万円にすぐに達してしまいます。

出所:日弁連・生活保護パンフレットより。
「あなたも使えます、生活保護!」のページでも確認しておいてください。働いていても、持ち家があっても、そして、年が若くても、収入が最低生活費に満たなければ生活保護は使えます。若くて元気であれば仕事はできるでしょうから、フルタイムで仕事をすれば、最低賃金であっても最低生活費は超えます。ただ、何らかの事情でフルタイムで働けない──例えば、体調を崩しているとか、メンタルが病んでいるであるなどの若い方は少なくないと思います。若いというだけで生活保護を受けられない、ということはないと覚えておいてください。
逆に年配の方で、年金を受給している場合でも、収入が最低生活費に満たない場合は、生活保護を受けられます。皆さんもご存知の通り、国民年金は保険料を全額納めて満額で受給できても、年間で70,80万円というところです。私たち弁護士は国民年金加入です。私はまだ61歳で、年金の受給は65歳からですが、たしか70万円弱だったと思います。国民年金の場合このような低額ですから、ほかに収入がなく資産も乏しい場合には生活保護は利用できます。
親族の援助は強制ではない
次のページをご覧ください。「親族の援助(扶養)は強制ではありません」と書いています。生活保護を利用しようとすると、その親族に扶養照会がいってしまう、ということで利用をためらわれる方が一定数いらっしゃいます。それから、例えばDV被害を受けて逃げてきた場合などは、自治体から扶養照会がいくと、どの自治体に住んでいるかが知られてしまうから、利用をためらうのは当然です。以前は、扶養照会が非常に乱暴に行われていましたが、今は少しずつ改善されてきています。
扶養照会について補足すると、確かに民法上は、家族の扶養義務というものがあります。ただ、未成年の子どもに対する親の扶養義務を除けば、それはかなり弱いものなんです。未成年の子どもに対する親の義務はかなり強くて、扶養をせずに放置していると、保護責任者遺棄罪、つまり犯罪になってしまうのですが、それ以外の家族に対する義務というのはかなり弱い。また先ほど述べたとおり、保護行政における扶養照会は今少しずつ改善されています。

出所:札幌市「生活保護」より。
ちなみに、札幌市では「生活保護の申請は国民の権利です」というポスターが作られました。たくさんの枚数が貼られたわけでは決してないのですが、ただ、全国的には、札幌市のポスターを参考にして同様のポスターが作成されるという喜ばしいことがありました。
生活保護は不正受給が多い?
次に「生活保護は誤解されています」というページをご覧ください。

出所:日弁連・生活保護パンフレットより。
生活保護の「不正受給」という言葉を見聞きすることがあると思いますが、実際の不正受給はごく一部なんです。誤って不正受給になりやすいのが、高校生の子どもがアルバイトをするというパターンです。先ほど話したとおり、働いていても生活保護は受けられますから、給料はいくらです、とちゃんと申告すればよいのです。ところが──生活保護の支給は、最低生計費と収入が世帯単位で計算されるのですが──子どもがそういうことをよく分かっていない場合があります。あるいは、子どもが隠れてアルバイトをしていて、親が知らなかったとか。そんなこともなくはないんです。こういうのも不正受給として取り扱われてしまうんですよね。
もちろん、悪意で不正受給する人がいないとは言いません。ただ、この問題は、制度をどうつくるかということにも関わって、難しい面もあります。つまり、不正受給をなくすには、制度を非常に厳格にして、書類をいっぱい提出させるなどハードルを上げれば、当然、不正受給は減ります。その代わりに制度の利用はしづらくなる。最後のセーフティネットとしてみんなが使いやすくするのであれば、ハードルを下げたほうがいいですよね。そうすると不正受給が起こりやすくなる面はどうしてもある。難しいですよね。
利用者が増えて大変?──捕捉率をめぐる問題

出所:日弁連・生活保護パンフレットより。
捕捉率についても取り上げておきます。日本では、受給資格がある世帯の80%は生活保護を利用していない、と言われています。逆に言うと、利用している世帯の割合、つまり捕捉率は20%程度にしか過ぎません。ヨーロッパでは60~90%です。生活保護がもっと広く利用されれば生活に困る人たちが減っていくと思うんです。
そして、ちょっと話は大きくなりますが、生活保護の利用は、経済の好循環に繋がる面があるんです。保護費は生活に困っている人たちが受けるお金ですから、貯蓄には回らず、消費に回ることになりますよね。そういったことも含めて、生活保護のあり方を考えて欲しい。何よりも、人々が安心して暮らせる社会を作るのが大事ではないかと思います。
以上が前段の話です。では、ここからは生活保護基準引き下げ裁判の話をします。黄色のリーフレット(「いのちのとりで裁判全国アクション・解説リーフレット」。以下、いのちのとりで裁判リーフレット)をご覧ください。
■生活保護基準引き下げ違憲訴訟とはいかなる訴訟であったか
あいつぐ生活保護基準の引き下げ

出所:いのちのとりで裁判リーフレットより。
リーフレットの一枚目には生活扶助費の推移がグラフになっています。住宅扶助費はここには入っていませんからその分だけ金額は少ないです。
失われた10年、20年、さらには30年になってしまいましたが、経済成長がなかった時期に生活保護費のかなりの引き下げを国は行っています。その中で、2013年に、生活扶助費が平均で6.5%、最大で10%も大幅に引き下げられました。削減額は年670億円にものぼりました。これを争ったのが、「いのちのとりで裁判」です。札幌では、「新・人間裁判」と呼んでいます。10年を超える裁判になっています。
なぜこの裁判を闘ったかと言えば、一つには、保護基準の引き下げによって生活保護を受給している人の生活が大変になったことがまずあげられます。この金額で、憲法25条が定める、健康で文化的な最低限度の生活を送ることが本当にできるのか、という問いかけです。
さまざまな制度に連動している生活保護基準

出所:いのちのとりで裁判リーフレットより。
もう一つは、リーフレットにも記載のとおり、この生活保護基準というのは様々な制度に連動しているのです。例えば、住民税の非課税ラインや国民健康保険料の減免ラインは、生活保護基準より少し上に設定されているのが多いのです。ですから、生活保護のラインが下がると、それぞれの制度のラインも連動して下がるんです。そうすると、今までは住民税が非課税だった人が課税対象になる、国民健康保険料の減免を受けられていた人が受けられなくなるという事態が生じるのです。
生活保護は最後のセーフティーネットであるという言われ方をされるんだけれども、様々な社会保障制度と連動もしていて、文字通り、日本の社会保障を支えている。その基準を乱暴なかたちで引き下げることが許されるのかを問うために裁判を闘いました。
基準引き下げは政府の裁量権の範囲なのか──裁判の争点
裁判ではどのようなことが争点になったか。リーフレットの見開きの上部に記載のとおり「生活扶助基準の引き下げは、厚生労働大臣の裁量権の範囲をはずれ、濫用しており、憲法25条、生活保護法8条等に違反しているのではないか!?」というのが、最も根本的な問いかけなんです。その下に、国の主張と原告の主張が書いてあります。

出所:いのちのとりで裁判リーフレットより。
国の主張は、「「健康で文化的な最低限度の生活」の基準設定には、厚生労働大臣に広範な裁量権がある」ということです。それに対して、原告の主張は、「必要性・相当性を欠く制度後退(引き下げ)は許されない」ということ、つまり、大臣に裁量はあるとしても、「生活保護法8条等の委任の範囲に限定される」ということです。横に書いていますが、生活保護法8条の2項、すなわち、「前項の基準は、要保護者の年齢別、・・・世帯構成別、所在地別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なもの・・・でなければならない。」というものです。
生活保護基準は、厚生労働大臣が決めるもので立法事項ではない、しかしながら、それは生活保護法8条に基づいて決められる必要があり、大臣の裁量権は限定される、というのが原告の主張です。
実際の削減総額は、記載のとおり、デフレ調整分で580億円、ゆがみ調整分で90億円と二つの引き下げが行われました。総額で670億円です。
デフレ調整──以下では、高さ調整という言い方もしますが同義です──について厚生労働省の説明では、物価を計算したところ、2008年から2011年にかけて4.78%の下落があった。この物価下落を踏まえて、生活扶助費の一律の削減を行ったとのことです。要は、物価が4.78%下がったから生活保護費も4.78%下げるんだということです。これが厚生労働省の「当初」の主張でした。
厚生労働省による物価偽装問題
このことの問題はリーフレットに記載のとおり、4つに分かれるのですが、大きいのは次の1と3です。

出所:いのちのとりで裁判リーフレットより。
1は、「生活保護基準部会の意見を聞くことなく、独断でデフレ調整を採用した!」ということ。保護基準は、生活保護基準部会で専門家に諮問して決めるというのが基本であるところ、それが全く無視されました。
3は、「デフレ調整は、生活保護世帯の消費実態とかけ離れたウエイト(購入割合)を前提に計算された」ということ。ここは少し詳しく説明しますが、保護基準の引き下げが行われたこの時期は、ちょうど、従来非常に高額であった薄型テレビやパソコンなど電化製品の価格が下がった時期なんです。薄型テレビは、発売当初は30型で100万円ほどしたのが、1インチ1万円で30万円ぐらいにまで値下がりし、さらには10万円を割るに至りました。確かに物価は安くなった。しかし、生活保護の利用者さんたちがそのような薄型テレビやパソコンを購入しているかと言えば、そのような事実はない。
ちょうどこの時期は、地デジへの移行時期であったのですが、生活保護の利用者さんには地デジチューナーが支給されたりしているんです。ですから、生活保護の利用者さんが一般の方々と同じようにテレビを買い換えたという事実はないんです。それにも関わらず、そういった消費を前提にデフレ調整が行われている。それを物価偽装だと我々は指摘してきました。
こうしたデフレ調整と歪み調整の二つで合計670億円を引き下げたわけですが、なぜこのようなことをしたかの背景には、2012年12月総選挙での自民党の政権復帰がありました。そのときの自民党の選挙公約では「生活保護の給付水準10%引き下げ」が掲げられていたのです。それを実現するために生活保護基準の引き下げを行ったのではないかと考えられます。実際、さすがに10%を下げることまではしなかったとはいえ、でも平均で6.5%、最大で10%の引き下げが行われたわけです。
合理性や専門性は存在したか──老齢加算廃止に関する最高裁判決が示した判断基準
次に老齢加算廃止に関する最高裁判決(平成24年4月2日判決)について説明します。
これは、老齢加算を廃止したことを問題ではない、といった最高裁判決なのですが、一方で、厚生労働大臣に裁量があるとしても、「統計等の客観的数値との合理的関連性や専門的知見との整合性」がなければ駄目だとは言っている。この判決に照らすと、今回の引き下げのデフレ調整については、専門家である保護基準部会にきちんと話は聞いてないし、引き下げ根拠になった数字にはインチキがある。いずれも欠いていることが明らかで、裁量権の範囲をはずれている、ということを、我々原告はずっと主張してきました。
全国における訴訟の勝敗状況
裁判の結果は、こちらのリーフレット(「いのちのとりで裁判全国アクション・解説リーフレット(最高裁署名用・2024年12月版)」。以下、いのちのとりで裁判・最高裁署名用リーフレット)にまとめられています。全国29都道府県で裁判が闘われています。北海道は原告が153人で、一番原告が多いのが実はこの札幌なんです。札幌だけで120数名の原告がいます。ただ裁判が長引いて亡くなる方も出てきています。

出所:いのちのとりで裁判・最高裁署名用リーフレットより。
裁判はこの表にあるとおり最初は負け続けます。名古屋で負けて大阪で勝って札幌で負ける。札幌の敗訴は2021年3月のことです。その後、2022年5月の熊本地裁で勝つまでずっと負け続けます。ただ、ここから、状況がどんどんと変わって勝訴判決が続くことになります。
裁判を始めるとき、率直に言って、勝てるとはあまり思っていませんでした。やはり、生活保護問題では、行政の裁量がかなり大きく認められることが予測されました。
ただ、先ほど取り上げた、老齢加算廃止に関する最高裁判決が出されことを踏まえ、合理的関連性や専門的知見との整合性云々ということを詰めていく作業はかなり行いました。そういう中で、2022年6月の東京地裁の判決後は、原告の勝訴が多くなっていきました。
政府が行った、主張の「ちゃぶ台返し」
ところが、そこで国は何をしてきたかというと、主張の「ちゃぶ台返し」です。
ちゃぶ台返しには二つあります。一つは、老齢加算訴訟最高裁判決断の判断枠組みを用いるべきと主張していたのが、それをやめると言い出した。そして、朝日訴訟という古い判決を持ち出してきた。この判決では、「現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等憲法および生活保護法の趣旨・目的に反する場合に限り違法となる」ことが示された。そのような判断枠組みを用いれば、国が勝ちやすくなるわけですよね。
ちゃぶ台返しのもう一つが、デフレ調整の根拠の変更です。つまり、物価が下がったから保護基準を下げたのではなく、生活水準が低下していた一般国民との不均衡を是正するために引き下げを行った、と主張し、さらには、一般低所得世帯の消費水準との比較で下げると下げすぎることになってしまうから、むしろ、デフレ調整の範囲の減額にとどめた、というように主張を変更してきました。
■最高裁判決の内容とその歴史的意義/最高裁判決に対する国の対応
最高裁判決(2025年6月27日)が示される
さて、札幌は2021年3月の地裁で敗訴しますが、2025年3月の高裁判決では勝訴します。そして2025年6月27日には、最高裁で判決が出されました。
今回の最高裁判決は、第3小法廷で、宇賀克也裁判長のもとで出されました。その内容は、2013年から2015年の生活保護基準の引き下げを理由とする保護変更決定処分(生活扶助費の減額処分)を違法として、原告らに対する福祉事務所の各処分を取り消す、というものでした。要するに、減額は違法だという判決が出されたのです。ただその一方で、国家賠償として請求した1万円の請求は棄却されました。
判断の内容ですが、保護基準の引き下げの違法性については、判断枠組みとして、老齢加算最高裁判決を引用して「判断過程審査」を採用しました。先ほど述べた、統計等の客観的数値との合理的関連性や専門的知見との整合性があるかないかということです。この点について、合理的関連性や整合性が「ない」という判断をしています。
ただ、ゆがみ調整部分については違法性を認めませんでした。また、デフレ調整部分についても、「物価の変動率のみを直接の指標として用いることについて、基準部会等による審議検討が経られていないことなど、その合理性を基礎付けるに足りる専門的知見があるとは認められない」ことから違法と判断したという整理になっています。
この点は、さきほど私が述べた話とちょっとずれているところがあります。物価の偽装が問題だと私は述べました。最高裁はそこに踏み込んでいない。物価だけで基準の引き下げを行ったのが問題だと最高裁判決は述べている。そこのずれがあるんです。
最高裁判決の意義
そのような問題はありますが、5人の裁判官が全員一致でデフレ調整の違法性を認めて、補助基準の引き下げの取り消しを命じる、というのは、本当に画期的な判決だと思いました。最高裁判決が出される直前に行われた、昨年(2025年)の反貧困ネット北海道の学習会では、多分勝てると思う、と発言したと記憶しているのですが、一方で、負ける可能性もないわけではなかった。それは、最高裁をどこまで信じてよいのかということに関わります。今回の判決がそうであるように、私たち弁護士から見た場合に、最高裁が「人権の砦」になることはあるんだけれども、一方で、そうじゃないこともよくある話なんです。
その象徴的な例は、2011年の福島原発事故を受けての裁判です。あの事故に国の責任はあるかないかということについて、2022年の最高裁判決で国に責任がないという判決が出されました。地裁、高裁レベルでいうと、今回の生活保護裁判と同様に、原告の勝訴のほうが多かったんです。ところが最高裁は、国に責任なしとした。そういう意味では、最高裁がどのような判決を出すかは、蓋を開けてみなければ分からなかった。最高裁もやはり最高権力機関でもありますから、国を守るために動くというベクトルは必ずあると私は思っています。
話を戻すと、そのような意味でも、今回の引き下げが違法だと最高裁が判断してくれたことは、本当に画期的です。世界的にも初めてではないかと思います。ドイツでは保護基準の設定方式が違憲だという判決はいくつもありますが、将来に向かっての判決であって、過去に遡って処分を取り消すというものではない。その点で今回の判決は、本当に画期的だと評価しています。
高裁で可能な限り勝訴するという戦略
29地裁31訴訟で、これまでに言い渡された下級審判決43のうち27勝16敗。そういった中で、最高裁に攻め上がりました。
宇賀裁判官のところに今回の件がかかっているとはわかっていました。そして、宇賀裁判官の退官時期は2025年の7月だったんです。ですから、必ず、宇賀裁判官に判決を書いてもらおうということで、2024年の春・夏あたりから、それに向けて、高裁で判決を取れるとこは全部取って、勝訴判決を増やして最高裁に向かおうという話になりました。札幌も、結審をしたのが10月で、判決が3月で、無事に勝訴しました。
一部勝てないところもありましたが、かなりの勝訴判決を得て、最高裁に上がることができた。そのような取り組みをしてきました。
原告の要求と、原告と厚生労働省との「交渉」
最高裁判決が出された後、原告の要求と厚生労働省との交渉が6月27日に開催されました。そのときに要請書を提出しています。骨子は次のとおりです。
第1 被害の回復
1 すべての生活保護利用者に対する真摯な謝罪
2 2013年改定前基準との差額保護費の遡及支給
3 生活扶助基準と連動する諸制度への影響調査と被害回復第2 再発防止
1 検証員会の設置による2013年改定に至る事実経過と原因の調査・解明
2 生活保護基準改定方法の適正化
3 権利性の明確な「生活保障法」の制定
第一に、被害の回復としては、全ての生活保護利用者に対する真摯な謝罪と、2013年改定前の基準との差額保護費の遡及支給、そして、生活保護基準と連動する諸制度への影響調査と被害回復を求めました。
第二に、再発防止としては、検証委員会を設置して2013年改定に至った事実経過と原因の調査・解明、生活保護基準改定方法の適正化、権利性の明確な「生活保障法」の制定──以上のようなことを求めました。
ただ、厚労省は冷たい対応をずっと取ってきました。6月27日は金曜日で、週明けの月曜日に最初の交渉を行いました。課長さんに出てきてほしいと私たちは伝えました。本省の課長さんというのは、職位がかなり上の方で、ある意味で、生活保護行政の全てを担うのが課長さんと考えてよいです。局長さんは上にいますが、生活保護に責任ある立場なのが課長さんなんです。
しかし、課長さんは交渉の場には出てこずに、企画官が対応して、判決を精査して引き継ぎ対応する、課長は他の職務があって時間がとれない、と説明されました。ただ、立憲民主党の厚生労働部会に我々はその後に行くのですが、課長さんはそこにいたんですよ。仕事の優先順位として、政治家に説明するのと原告に説明するのとでは、重さがかなり違う、ということが明らかになった一面でした。
そして7月1日に、厚生労働大臣が閣僚会見を行い、今後の方針は専門家(「最高裁判決への対応に関する専門委員会」。以下、専門委員会)の審議に委ねることを一方的に表明しました。それは本当に寝耳に水で、こちらには真摯に検討するとだけしか説明せぬ中で、一方で、専門家に委ねると言ってきた。当然こちらは抗議声明を出しました。そして、その後も厚生労働省と交渉は重ねているのですが、専門委員会の意見がはっきりしないと対応はできないということをずっと繰り返されています。
専門委員会の設置
専門委員会は、現在の生活保護基準部会のメンバーをベースに、行政法の専門家2人がプラスされています。逆にメンバーから外された方もいます。統計学者で、裁判で被告側で関わった方です。その人はさすがに外されています。その一方で、保護基準を引き下げた当時の基準部会のメンバーが誰も入っていません。となると、なぜ保護基準が引き下げられたのかは明らかにならない。2013年当時の基準部会の方の話をちゃんと聞くべきでは、と私たちは思ったのですがそういうことにはならなかった。
そして8月13日から、都合9回の委員会が開催されているのですが、私たち原告弁護団は、第2回で意見を聞かれたものの、傍聴は全く認められませんでした。意見書を提出すると、その意見書は委員の皆さんに配られはするのですが、傍聴はマスコミのみです。YouTube配信をしていましたが、アーカイブではないため、後からは見ることはできません。
専門委員会で検討されたことと結論
専門委員会で何が検討されたかというと、第一に、ゆがみ調整と2分の1を行うかどうか。第二に、高さ調整──これはデフレ調整とほぼ同じ言葉です──を行うかどうか。行う場合には、どのように行うのか。第三に、原告と原告以外で対応を変えるのがいいのか。具体的検討事項は以上の三つでした。
専門委員会は、11月18日に意見書を出してきました。その意見書では、第一に、ゆがみ調整と2分の1を行うことは、原則問題はないとしました。ここは、最高裁でも違法と言わなかった箇所なんです。ただ原告については、判決の形成力により、ゆがみ調整分も含めて、処分前の状態に戻っていることに鑑み、解決の一手法としてゆがみ調整と2分の1を行わないことも考えられるとの意見も付記されていました。
第二に、新たな高さ調整については、夫婦と子1人の世帯に、家計調査等を用いて、消費水準をもとに3つの新たな減額率を試算してきました。順に、マイナス2.49%、マイナス5.54%、マイナス4.01%です。消費水準をもとに計算をしてみると、これらの数字が出てくるんだというのです。
そして、原告については10年以上という長きにわたって訴訟は継続されてきたことの負担や、これまでの訴訟の経緯を踏まえた原告との紛争の一回的解決の観点から、あらためて高さ調整を行わないことも考えられるという意見が付されていました。
先ほど、国はちゃぶ台返しをしてきたと説明しました。一般所得世帯の消費水準と比較すると、生活扶助基準が12.6%位下げることになるので、デフレ調整の範囲の減額(4.78%)にとどめた、と国は言っていました。意見書で示された2.49%とか5.54%というのは、基本的に前の裁判で国が言っていたことと重なってるんです。裁判で採用されなかったこれらの考え方や数値をまた持ち出してきたことについてどう評価するかというのは、なかなか悩ましい問題です。意見書が言う「紛争の一回的解決」というのは、過去に言った話をもう1回持ち出すのはフェアではないよね、といったことも含んでいる言葉なんです。
最高裁判決に対する国の対応
最高裁判決に対する国の対応を説明するのに、朝日新聞の記事の図が分かりやすいのでそれをみてください。

出所:「生活保護、新基準で減額 原告には特別給付 違法判決受け」『朝日新聞』朝刊2025年11月22日付より。
左側から見ていくと、(1)2013年から15年の引き下げは、ゆがみ調整とデフレ調整(高さ調整)になっている。そして、違法とされたのは、デフレ調整の部分、マイナス4.78%のところです。(2a)次に、引き下げのやり直しというのは、ゆがみ調整等は行い、なおかつ、デフレ調整は2.49%を行う。その代わりに、デフレ調整の差額(マイナス4.78%とマイナス2.49%の差額)部分については、全ての生活保護利用者に支払うとした。(2b)しかし、原告に対してだけは、デフレ調整の2.49%分も別途支払う。原告にはデフレ調整はしない。以上のように国は考えているわけです。(3)それに対して原告団は、原告と原告以外を分けずに、全額を支給せよ、と求めています。
なお、デフレ調整であげられた2.49%というのは、先ほどあげた三つの数字の中で最も小さい数値です。
処分が取り消されるわけではない
レジュメに書きましたが、「訴訟で違法とされた従前の処分の取り消しはしない」と国は主張しています。実はこれをやろうとするとかなり大変です。
どういうことかというと、生活保護を利用されている方はどんどん変わっていきます。亡くなる方もいるし、生活保護を抜ける方もいる。特に後者は、探すのは簡単ではありません。処分の取り消しを行うとなれば、当時保護を受けていたAさんを見つけて、処分を取り消すという意思表示をAさんに対して行わなければなりません。これは非常に難しい作業です。
そして、上記の差額分は、新たな告示に基づく生活保護費として支給する、としています。単身者で大体10万円程度と言われてます。そして原告に追加支給する2.49%は、民法的には贈与と考えられます。生活保護費とは言えないんです。ただその一方で、収入認定はしないし、差し押さえも禁止にすると国は言っています。収入認定をされてしまうとその分だけ生活保護費が減額されてしまうことになりますから、それはしないという意味です。原告には、それらとは別に、遅延損害金に相当する金額を払う、これも収入認定はしないと国は言っています。
2026年1月中に新たな告示をして、原告には年度内に、原告以外には年度明けに順次支払われると国は言っています。現在の生活保護利用者には、申請不要で行政の判断で支給をする。現在生活を利用していないけれども、2013年から2018年の引き下げ対象期間に生活保護を利用していた方については、申請を受けて支給する、としています。
最高裁判決を踏まえぬ国の対応は許されるのか?
以上の国の対応に対する我々の考えについては、いのちのとりで裁判全国アクションが出した緊急声明(「厚生労働省の最高裁判決への対応策公表を踏まえた緊急声明 生活保護利用者の人間の尊厳を再び踏みにじる司法軽視の再減額方針の撤回を強く求める」2025年11月21日をご覧ください。要点だけ紹介すると、次のとおりです。
ゆがみ調整について、少なくとも、減額処分の取消しによって改定前基準による保護費の給付請求権が生じている原告との関係では、これを違法に不利益変更するものであり許されない。
新たな高さ調整をすることは、最高裁判所による勝訴判決の効力を全く無視するものである。原告等に「特別給付金」として減額分を追加給付したとしても、専門委員会において法学系委員が指摘したとおり、紛争の一回的解決の要請に真っ向からする「蒸し返し」そのものであり、原告以外との関係でも到底許されるものではない。
そもそも、生活扶助基準が違法である、と最高裁が判断したわけです。そして原告の処分取り消しをしているわけです。それなのに、新たな処分をするっていうことは、最高裁判決をないがしろにするもので、三権分立に反するものである、というのが私たちの考え方の大枠です。
加えて、生活保護利用者を原告とそれ以外とで分けることは分断をもたらすものだと考えます。原告の皆さんも、自分たちだけが助かればよいという思いで取り組んできたわけではない。それなのに国の対応は分断をもたらすものです。そして新たな高さ調整(デフレ調整)というのは、被告が、2023年11月の名古屋高裁の、原告の逆転完全勝訴の判決以後に主張してきたのとかなり重なるものであって、最高裁が採用しなかったものを蒸し返すものだといえます。しかも、新たな高さ調整の数字について、その資料や計算根拠を明らかにされておらず、全くのブラックボックスになっています。
以上のような問題があると私たちは考えています。
ただ、ここまで述べてきたように国の対応はたしかに不当なのですが、現時点での成果も非常に大きいことは確認をする必要があります。
値切られてはいるとはいえ、2000億円が生活保護利用者に支給されるんです。現在の生活保護の総予算は3兆円台の後半ですが、それに2000億円も上乗せされるわけです。いろいろな裁判がありますが、2000億円の予算措置を国にとらせる裁判なんてそうありません。その意味では、非常に大きな勝利を得たと思います。
■訴訟のゆくえと社会保障制度のあり方
広がる原告団への賛同
資料を添付しています。(1)北海道新聞の社説(「生活保護費減額 一部補償では筋通らぬ」2025年11月25日)、(2)札幌弁護士会の会長声明(「生活扶助基準の引下げを違法とした2025年6月27日の最高裁判所判決を受けての厚生労働省の対応策を批判し、生活保護の利用者及び元利用者への全面的な補償措置等を改めて求める声明」2025年12月12日)、(3)それから、「生活保護、全額補償を要求 日弁連元会長ら1254人が賛同」という共同通信の記事とその共同声明(「国及び厚生労働省に対し、生活保護費の減額処分を取り消した最高裁判決に従い、全面的な補償措置をすみやかに実施することを求める弁護士共同声明」)をつけておきました。
(3)の共同声明では、過去15年から20年ぐらいの間の弁護士会の会長のほぼ全員が、副会長もかなりの方が、国の対応はおかしいだろうという我々の声明に賛同してくださっている。
具体的には、「本件対応策には以下のような重大な問題がある。」として4点があげられています。
(1) 原告らの具体的給付請求権に対する不当な侵害であること
(2) 行政府が司法判断をないがしろにするものであること
(3) 紛争の一回的解決の要請に反するものであること
(4) 原告らに対してのみ「特別給付」を行うことは不平等であること
最高裁に係属している10訴訟と、新たな審査請求
最高裁に係属している裁判があと10件あります。最高裁が終わった後に出された高裁判決があるのですが、それは全て原告が勝ちます。国は最高裁に上告はしないで判決が確定します。一方、すでに最高裁に係属中の裁判が10件あります。原告が負けて最高裁に上がっているのが、秋田、神戸、佐賀、熊本。勝って上がっているのが福岡、京都、札幌、はっさく、さいたま、広島です。
これらの10件について国が処分を取り消すと判決はなくなります。処分の違法性を争っているので、処分を取り消したら判決そのものがなくなるという論理構成になるんです。しかしながら、国はそれはやらない、つまり処分の取り消しはしない、と言っています。となると、原告は、残りの最高裁訴訟で判決を勝ち取る必要がある。私は札幌の弁護団ですから、札幌の訴訟の最高裁判決を取らなければならないんです。
あわせて、全国では、今、新たな審査請求を行うということで議論を進めています。というのは、最高裁で国の敗訴が確定したにもかかわらず、新たな減額処分を行ったのはおかしいではないか、ということで、新たな審査請求をしようとなりました。1月22日には全国の記者会見を予定しています。北海道では1000人の審査請求を目指します。その準備を今進めています。
社会保障のあり方、国のかたちを考える
最後に、社会保障のあり方や国のかたちについて私見を一言述べたいと思います。
今の政治の世界では、社会保障をどうするのかという議論が行われづらい状況があります。前回の選挙では、手取りを増やそう、という政党が大きく伸びました。
たしかに、社会保障の保険料の負担は大きい。とくに現役世代は大変だと思います。税金より社会保険料の負担が大きいんです。なぜそうなったのかと言えば、失われた30年の、税金がなかなか取れない状況下で、国は、税金ではなくて、取りやすい社会保険料の負担を増やしてきたという問題があります。そのことをまず指摘したい。
その上で、私たちが本当に安心して暮らしていくには、医療や年金制度をどうするのかとか、教育にかかるお金をどうするのかといったことを考える必要がある。社会保障はむしろ拡充していく必要があるのではないか。そのための財源をしっかり確保していく必要があるのではないか──そういったことを正面から問うていかなければ、日本は安心して暮らせる国にはならないのではないかと個人的には思っています。
私は今61歳ですが、1億総中流と言われた時代の空気を覚えています。社会の中で平等を作ろうとすると、ある意味で方法は一つしかなくて、お金があるところから取ってお金のないところに回していくということが必要ではないでしょうか。今お金はないのかというと、大企業には、内部留保を毎年20兆円ぐらい積み立てるだけの余力があって、今500兆円を超えているぐらいでしょうか。
どう取るかという話は簡単ではありませんが、やはりお金のあるところからちゃんと取ることを正面から考えていくことが必要ではないかと思っています。
私からの報告は以上です。
ご静聴をありがとうございます。