宮澤毅「「健康相談会」からアスベスト被害の解決へ~建交労北海道本部労災職業病部会のとりくみ~」

宮澤毅「「健康相談会」からアスベスト被害の解決へ~建交労北海道本部労災職業病部会のとりくみ~」『建設政策』第224号(2025年11月号)pp.11-13

 

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『建設政策』今号の特集は、「インフラの老朽化にどう対応するか」です。

 

 

 

 

 

はじめに

8月7日、東京高裁で建材メーカーを被告とした首都圏建設アスベスト東京1陣・第2陣訴訟が和解し、翌8日には、「東京高裁で建設アスベストが大規模和解」という見出しが新聞各社の紙面に躍りました。また、同日8日には関西建設アスベスト大阪第2陣・第3陣訴訟も和解しました。2008年の東京第1陣訴訟からじつに17年もの歳月をかけた裁判での判決は、アスベスト被害を救済する大きな前進です。その一方、解体作業をしていた原告約50人は和解対象にならず、今後、東京高裁が判決を言い渡すとの報道でした。

建設アスベスト被害は、そもそも、建設労働者がいろんな現場を渡り歩くため、健康被害をもたらした石綿含有建材を特定するのが難しいという特徴があります。どの現場で、どのメーカーが取り扱った建材にどの位ばく露したのか、被害責任があるメーカーは何社あって、会社ごとの責任の割合をどうするのか。こうした争点についてメーカーは激しく争い、メーカーの責任を認めた判決が確定するまでは賠償金を支払わない姿勢を貫いてきた、というものでした。そのため、東京地裁での判決は、非常に重要な意味を持った判決です。

アスベスト被害は、肺ガンや中皮腫という病気を引き起こしますが、「静かな時限爆弾」とも言われ、吸い込んでから病気が発症するまでに数十年かかるといわれています。そして、実際に症状がでて悪化すると、亡くなるまでの期間が本当に短いという特徴があります。報道によれば、この東京地裁に提訴した作業員285人のうちすでに261人が亡くなっているということでした。

その一方、今年7月、外壁用耐火接着剤にアスベストは一切含まれていないと説明してきた旭化成が、今になって「アスベストが入っていた」と認めたという報道がありました。

アスベストは、1975年から段階的に規制がすすみ、2012年にようやく石綿含有製品の使用が全面禁止されましたが、全面使用禁止されるまでに約40年もの歳月がかかっています。これだけアスベスト被害が取り沙汰されて、アスベスト使用の全面禁止から13年、段階的な規制が始まってから50年が経った今も、このような発表がされるということに怒りを禁じ得ません。本当に、国やメーカーの責任は重大だと感じています。

 

私の経験から

私は建築設計事務所に就職した1991年から石綿含有製品の使用が全面禁止された2012年までの21年間、「過渡期」を建築設計技術者として過ごしてきました。建築設計・監理の仕事に携わるなかで、石綿含有製品については施工者から使用しても良いかどうかの確認がよくされていましたし、設計図書の中にもまだ、その「名残り」があったように記憶しています。

私が勤めた建築設計事務所では、基本的に石綿含有製品の「使用を認めない」というスタンスでしたが、90年代はもしかしたら使用を認めていた建築設計・監理者が相当数いたかもしれません。今でもアスベスト被害や裁判のことを見聞きするたびに、建設業界に携わってきた者として、加害者になってはいなかっただろうか、と頭をよぎることがあります。

私自身は、工業高校に通い、建築設計事務所で働いた経歴があることもあり、アスベストの「危険性みたいなもの」や「どんな病気になるのか」はなんとなく知っていましたが、そのほかの病気と同じように、よほどひどい症状や実感が伴わなければ、「自分がアスベスト関連疾患かもしれない」と、疑うことができる人は本当に少ないのではないかと考えています。

仮に、本人や遺族が「この症状や死亡原因はもしかしたらアスベストによるものではないだろうか?」と疑問に思ったとしても、どうすればよいのか、その手立てもわからない人もいますし、アスベストによる肺ガンだったとしても、そのこともわからないままに亡くなっている人も相当数いて、多くのアスベスト被害が埋もれてしまっているのが現状だと考えています。健康相談会でも、宣伝チラシを見てはじめて「石綿関連疾病」のことを知り、相談に訪れた労働者や遺族がいます。

2012年の全面使用禁止からまもなく14年目をむかえようとする今、「潜在化していた被害」が、「病気として顕在化」し、アスベストによる被害がどんどん「拡大する」といわれています。今では被害の恐ろしさを本当の意味で知り、隠れているアスベスト被害を可視化していくことが、労災職業病の認定闘争にとりくむ建交労の役割であると考えています。

 

「健康相談会」の7割が建設アスベスト

建交労では全国各地で「健康相談会」を開催していますが、コロナ禍では「じん肺」等に罹患した相談者が対面で相談会に訪れることのハードルが高く、困難を極めました。しかし、未だ新型コロナの終息の目途はたたないものの、ようやく対面での「健康相談会」が再開され、今年は全道各地で開催し、久しぶりにとりくめた地域もありました。1~3月にかけて全道で約43万枚の「宣伝チラシ」を新聞や地元情報誌などに折込み、自治体の広報誌なども活用して、全道27会場で相談会を実施しました。

北海道は内地(本州)に出稼ぎに出る労働者も多く、道内の各地域の実情を踏まえつつ、労働者が北海道に帰省する1~3月の時期などに目がけて「健康相談会」を開催しています。

相談会には115人が訪れ、そのうちアスベスト関連の相談が70件(60.9%)にのぼり、相談会場によっては12人中10件(83.3%)というというところもありました(表)。

 

表 建交労北海道本部労災職業病部会「健康相談会(2025 年1 ~ 3 月)」でのアスベスト被害相談のまとめ

注: 3/21、22、23の相談者には職種の重複があるため、相談件数(70 件)と職種合計(58 +18 =76 件)で差がある。

 

相談者を職種別にみると、「建設関連」での相談は13職種・58件(76.3%)で、もっとも相談の多かった職種が「大工」21件(27.6%)で、次いで「解体工」8件(10.5%)でした。

そして「建設関連以外」での相談は11職種・18件(23.7%・不明を含む)で、ボイラー技士、自動車整備工のほか倉庫荷受、工場(食品加工、スレートなど)、教員などからの相談がありました。また、石綿健康管理手帳を持っている相談者は70件中5件(7.1%)という結果で、遺族からの相談が70件中13件(18.6%)あったということも特筆すべき点です。

アスベスト関連の相談が増えたのは、2022年1月に「建設アスベスト給付金制度」が完全施行となったこともあり、宣伝チラシに「給付金」や「石綿関連疾患」について掲載したことが後押しになっていると考えています。

 

専門の医療機関・医師の充実が課題

アスベスト被害の相談事例は本当にさまざまです。残念ながら相談会という限られた時間のなかで、詳しい石綿作業従事歴等を詳細に聞き取ることは難しい側面があります。相談者の中には、医療機関でアスベストによる肺ガンだと言われていても高齢のため肺から検体を採取するリスクが高く「確定診断できない事例」や石綿取り扱い業務の職歴があっても石綿による肺ガンだとの「確定診断を受けないままに亡くなった事例」などがありました。

また、石綿健康管理手帳を持っていて、医療機関で「必要な病気の管理」がされていたとしても、必ずしも労災保険請求には結び付いていない事例も見受けられます。

北海道労働局が委託する「健康管理手帳委託医療機関名一覧」(令和7年4月1日現在)によれば、この広い北海道で、石綿健康管理手帳の健康診断が受けられる施設は31施設(うち、5施設は病院の都合により休止中)しかなく、石綿健康管理手帳を取得したとしても、健康診断を受けることもままなりません。そもそも、アスベスト疾患を診ることができる専門の医師が少ないという問題もあります。

例えば、「中皮腫」であれば、アスベスト以外が原因で発症することは稀なので、アスベスト疾患に知見がない医療機関であっても比較的診断がつきやすい、と考えられますが、「石綿肺」については、じん肺法に規定されているじん肺の一種なので、レントゲンの読影や合併症の検査・判定などの必要があり、じん肺・アスベストの知見がない医療機関ではその診断は困難となります。このように、アスベスト被害がさらに拡大しようとしている今、じん肺やアスベスト疾患を正しく診られる専門の医師や医療機関の充実は喫緊の課題です。

また、労働局に対して、アスベスト被害に関する各種制度などについて広く周知するよう求めていますが、十分な対応とは言えません。

まずは、労災職業病問題にとりくむ労働組合として、健康相談会の実施や宣伝チラシを使いながら、広く周知していくことが大切だと考えています。

 

(みやざわ つよし NPO法人建設政策研究所北海道センター事務局長、全日本建設交運一般労働組合北海道本部書記長)

 

 

 

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