以下は、2024年10月3日 北星学園大学のチャペルタイムで話した内容です。
男女の賃金格差について考える
1.どうして男の方が稼ぎがいいのか。
皆さんは、学校で成績優秀な女子をたくさん知っていると思います。高校や大学で、成績が最も優秀な生徒が女子というケースは珍しくありません。私が勤務している大学でも、毎年卒業式で多くの女子が各学科の最優秀成績者に選ばれています。しかし、卒業後、日本も含めて世界的に男性の方が稼ぎがいいというデータが出ています。
なぜ教育を終えたあと、男性の方が女性より稼ぎが良くなるのでしょうか?この疑問に対して、「学校の勉強と仕事は違う」「女子はまじめだけど、男の方が長い目で見ると伸びる」などの声も聞かれます。それでは、学校の勉強と仕事はどう違うのでしょうか?そして、「男の方が伸びる」のであれば、それはどうしてなのでしょうか。ハーバード大学教授のクラウディア・ゴールディンは、男女の賃金格差や、労働市場における女性の役割に関する研究が評価され2023年にノーベル経済学賞を受賞しました。ゴールディンの研究は、この疑問に答えてくれています。
2.日本のジェンダー・ギャップ
世界経済フォーラムが発表しているジェンダー・ギャップ指数で、日本は2024年度に世界146カ国中118位と、世界最低レベルが続いています。ジェンダーギャップ指数は、男女が完全に平等の時、男性を1と見た時、女性も1となるように表し、男女平等の度合いを、「経済」「教育」「健康」「政治」の4項目で測っていますが、日本は特に経済と政治分野での遅れが目立ち、経済では世界120位、政治では113位となっています。
日本は経済分野における男女平等の度合いが世界120位ですが、日本の経済分野の指数は0.568です。これは、労働参加率の男女比0.768(80位)、同一労働における男女の賃金格差0.619(83位)、推定勤労所得の男女比0.583(98位)、管理的職業従事者の男女比0.171(130位)の4つを総合した数字です(World Economic Forum)。
男女の賃金格差は、どうして生じるのでしょうか。1つの理由は、女性は男性より非正規やパートで働く割合が多いこと(女性の半数が非正規雇用)ですが、給与金額は、正社員どうし、非正規雇用労働者どうしで比較しても、男女間に差があります。厚生労働省の調査(令和4年賃金構造基本統計調査)によると、期間を決めずに雇われている一般労働者について、男女間の賃金格差は男性100に対して女性が75.7、月額にして男性が342000円なのに対して、女性は258900円です。短時間労働者については、男性が時給1624円に対して女性が1270円です。管理職に占める女性の割合が低いこと、そして女性の勤続年数が男性より短いこと(一般労働者の場合、男性13.7年に対して女性が9.8年)も影響しています。こうした問題から、女性大卒者の年収は、男性高卒者の年収とほぼ同じ水準となっています。(内閣府男女共同参画局、令和4年3月18日)。
2022年7月から、従業員300人以上の企業に対し、男女の賃金格差の開示が義務付けられたため、私が勤務している北星学園でも男女の賃金の差異を公表しています。本学は、正規・非正規を含む全労働者では男性を100%とした時に女性の賃金が63.6%です。正規労働者内で比較した時でも女性の賃金は男性の83.1%、非正規労働者内では85.7%という数字が出ています。待遇面で差別がないはずの正規労働者のなかで男女の賃金差異が生まれる理由は、管理職に占める女性割合が低いこと(女性の管理職の割合は教員で18.4%、職員で15%)、女性の勤続年数が短いこと(男性が15.6年であるのに女性が13年と女性が早く退職する)です。さらに本学の制度には、育児短時間勤務、休職中の教職員について給与が減額となるという問題があるのですが、育休や時短勤務を取得しているのは女性が多いため、女性の賃金が低めとなっています。この状況を受け、北星学園のジェンダー平等へ向けた行動計画として、男女の平均勤務年数差を1年以内とすること、男性教職員の育休・介護休暇取得の推奨、学園内全体の女性管理職を5年以内に20%にすることなどがあげられています。管理職2割という数値は、令和元年に「教育、学習支援業」で管理職に占める女性労働者の割合の全国的な平均値が18.1%であるのに、北星学園がこの数値を現在下回っていることから目標として設定されていますが、管理職2割はどう考えても低すぎる目標であり、もっと高める必要を感じます。北星学園の男女格差は、日本社会の問題をそのまま映しているといえるでしょう。
このように、日本で男女格差が開いていることは、女性の不利益だけではなく、日本経済の停滞とも密接に関係しています。女性やマイノリティーが活躍できない社会では、有用な人材という社会のリソースがもっともふさわしい場所に配置されることが妨げられ、活用されないままになります。多様性がある組織は、様々なアイディアが出され、予想外の状況に対応できます。女性が活躍できない組織では、グローバル化して競争が激しい今日の社会のニーズにこたえられません。女性の活躍は組織の競争力という点からも大事なのです。
3.男女の賃金格差をアメリカの歴史から考える。
さて、日本は他国に遅れを取っているものの、男女の賃金格差は日本に限ったことではありません。なぜ世界的にこうした傾向が見られるのか、ゴールディンの著書『なぜ男女の賃金に格差があるのか』(英語のタイトルはCareer and Family: Women’s Century-Long Journey toward Equity、つまり、『キャリアと家庭』というタイトルが原題)から考えてみたいと思います。
ゴールディンは、米国を例に取り、20世紀初めから大卒女性のキャリアと家庭形成に関する歴史を検討しています。明らかな賃金や雇用差別は減少し、多くの職業が女性に開かれてきたのに、収入の差は相変わらず存在します。(米国における2024年ジェンダー・ギャップ指数の「同一労働における男女の賃金格差」は0.712で世界37位。日本よりは上ですがやはり格差が存在しています)
この賃金格差の理由は何なのか。ゴールディンは、米国で大卒女性のキャリアと家庭形成に、過去100年にわたって生じた変化に関する分析から答えています。そして、家庭を持った場合、つまり子育てをするときに、長時間拘束される仕事に就くことが難しくなり、高収入の賃金を得るキャリア形成が難しくなることを説明しています。(ゴールディンの「家庭を持つ」の定義は子どもを持つことを指し、結婚していても子どもを持たないケースは「家庭を持っている」ことにはなりません。また、法律的な結婚をしなくても、子どもを持った場合は「家庭を持つ」定義に含まれます。)
ゴールディンは大卒女性のキャリアと家庭の選択を過去100年の時系列で5つのグループに分類しています。1910年頃に大学を卒業した女性たちは「第一グループ1900-1910年代大学卒業:家庭かキャリアか」に属します。第一グループは社会規範や雇用規制で、既婚女性はキャリアを形成したり、そもそも仕事を持つことができませんでした。そのため、キャリアを持つ女性は家庭を持つことができませんでした。20世紀前半に女性が家庭とキャリアの両方を追求するうえで特に障害となった制約として、既婚女性が教師など特定の職務で雇用されることを禁じた企業と政府の規制(マリッジ・バー)、そして、妻が自分の夫と同じ機関、部門、会社、政府機関の地位に就くことを防ぐ縁故採用についての規制があります。
しかしその後、差別を禁じる法律が制定されたこと、結婚したあとに子どもを持つ時期を遅らせることができる避妊・生殖技術の進歩、そして家庭用電化製品の普及、オフィスで行うホワイトカラーの仕事の増大など社会的変化によって、少しずつ女性はキャリアと家庭の両方を追求できるようになりました。この変化は以下のようにまとめられます。なお、ゴールディンは、専門性があり賃金も高い「キャリア」に対し、それ以外の「仕事(ジョブ)」として分けて分析をしています。
「第二グループ 1920-30年代 大学卒業:仕事の後に家庭」このグループは、家庭用電化製品の普及やホワイトカラーの仕事の増加の恩恵を受け、結婚後もしばらく働くことができました。しかし、1930年代の世界大恐慌も影響して既婚女性への雇用差別が強まり、仕事を続けられませんでした。
「第三グループ 1950年代大学卒業:家庭の後に仕事」このグループは、大学卒業後すぐに結婚していますが、幼い子どもを持つ女性は家にいるべきだという社会規範が根強く、また、質の良い保育サービスが普及していなかったため、子どもが小さいうちに働けなかったグループです。子どもが大きくなってからでは働ける仕事も限られていました。
「第四グループ1970年代 大学卒業 キャリアの後に家庭」このグループは、ピルなどの避妊技術が発展したため、結婚したあと出産を先に延ばしキャリアを築くことができました。しかし、女性が35歳を過ぎると妊娠率が下がるという知識がなく、結果的に子どもが持てないことにもなりました。
ゴールディンが分析している最新のグループは「第5グループ 1980-90年代大学卒業 キャリアも家庭も」です。第5グループは、キャリアを築きながら子どもを産み育てるという家庭とキャリアの両立を目指していますが、女性は育児が時間的な足かせとなり、もっとも賃金の高いキャリアを築くことが難しい困難に直面しています。
ゴールディンは、男女の賃金格差の主要な要因は「時間の問題」であると述べています。時間が立てば解決する問題という意味ではなく、女性が家事に時間をとられるという問題です。だれにでも時間は平等に与えられています。女性が専門的なキャリアを築こうとするとき、初期段階はキャリアの土台を築くために多くの時間が必要です。しかし、その時期は女性が出産をする年齢と重なります。管理職や専門職などの高収入をもたらすキャリアの特徴は、長時間労働を要し、特に、いつでも呼び出し可能な労働形態で働くことが必要とされるのですが、時間が拘束されるため、女性は出産するか、それともキャリア形成をするか、難しい選択を迫られます。残業、休日出勤などを厭わず働かなければ、昇進や出世のチャンスを失うため、子どもを持った場合、そうした長時間勤務ができなくなってしまいます。
特に高学歴の専門職では、男女の賃金格差が開く傾向があります。なぜなら、夫婦が子どもを持つとき、二人とも時間的に余裕のある勤務形態を選ぶこともできるのですが、その場合2人とも賃金が落ち込んでしまいます。世帯所得が大きく減少するのを防ぐため、多くのケースで1人の親が子どものケアに当たり、もう一方が長時間勤務を引き受けます。そして、子どものケアを引き受けるためにキャリアを犠牲にするのは、ほとんどの場合が女性なのです。
ゴールディンの分析は米国の大卒女性を対象としていますが、日本も含め多くの国の状況にあてはまると評価されています。
4.日本社会に求められるのは?
日本で男女の賃金格差について、3つの問題があると思います。もちろん第一には低い賃金にとどまる女性の不利益です。賃金は、自分の労働への評価であり、高い賃金が得られればモチベーションが上がり、さらに良い仕事へとつながります。
第二に、男性にも不利益が生じています。男性が長時間働き高い賃金をもらってハッピーかというと疑問です。父親は幼児期の子どもと過ごすかけがえのない時間を逃しています。そして、社会には「男性は仕事をして家庭を支えるべきだ」「残業や休日出勤をして当たり前だ」という「大黒柱バイアス」があり、男性の働きづらさや生きづらさにつながっています。
第三に、男女の賃金差は、夫婦の公平性を損ない、職場における男女不平等につながる社会の悪循環を引き起こします。家庭で子どものケアを引き受ける女性は長時間働けないため、職場にとっては使いづらく、「女は長く働けない、すぐやめるから使えない」として、採用や昇進の時に差がつけられ、女性は男性より収入が少なくなります。そうすると、家庭の収入を最大化するために、女性はますます家庭内のケア労働を選ばざるを得なくなります。
こうした問題を解決するには、男性も育児に参画できるよう、在宅勤務など仕事の柔軟性を高めること、利用しやすい育児補助政策を拡充すること、社会規範を変えて、女性だけがキャリアをあきらめて家庭を優先しないで良いようにすることが考えられます。男性の育休取得率は2023年に30.1%と、だんだん上昇しており、これはとても大事なことだと思います。女性だけがキャリアをあきらめる社会規範も変化が必要ですし、育休を取得することでマイナス評価されない制度も必要です。
しかし、日本の企業や組織では、長時間働き、会社に忠誠を示すことを評価される文化があります。しかし夫婦が子どもを持つ時、どちらも長時間の働き方をすることはできません。多くの場合、女性は高賃金が得られる働き方をやめざるを得なくなるため、そのような文化は男女の格差を拡大させてしまうのです。
2022年に総務省から発表されたデータによると、6歳未満の子どもを持つ夫婦と子どもの世帯について、夫と妻の1日当たりの家事関連時間をみると、夫は1時間 54 分、妻は7時間 28 分となっており(総務省統計局)、女性が男性よりはるかに長時間を費やしています。一方、男性は家庭での労働が少ない分、職場で長時間労働を強いられています。
教育機関にとって、その学校で学んだ優秀な学生が卒業し、社会で活躍してくれる以上に重要な目的はありません。優秀な女子学生が卒業後に活躍できない社会を放置することは、教育機関の存在意義に関わります。これからの社会をつくる若者を育てる教育機関は、率先して男女賃金格差の是正に向けて、女性の長期雇用、管理職割合増大、男性の育休取得、非正規雇用の待遇改善などに取り組み、身を持って男女賃金格差是正に取り組んでいくべきだと思います。
参考文献
クラウディア・ゴールディン(2023)『なぜ男女の賃金に格差があるのか:女性の生き方の経済学』慶応義塾大学出版会、鹿田昌美訳。
総務省統計局「我が国における家事関連時間の男女の差 ~生活時間からみたジェンダーギャップ~」統計Today No.190 (stat.go.jp)
北星学園「女性活躍推進法に基づく学校法人北星学園一般事業主行動計画」④女性活躍推進一般事業主行動計画.pdf (hokusei.ac.jp)
World Economic Forum(2024) Global Gender Gap 2024: Insight Report June 2024.