はじめに
2019年8月9日から11日の日程で、APALAの大会がラスベガスで開催された。
本稿では、地元密着型の労働組合で専従として活動する視点から、APALA大会に参加し、肌で感じたことを、アメリカと日本の労働運動の違いに触れながら報告をしたい。
【日本労働弁護団 季刊・労働者の権利 Vol.333からの転載】
APALA
APALAとは
APALA(Asian Pacific American Labor Allianceアジア太平洋系アメリカ人労働者連盟)は、1992年に結成された。アジア系太平洋諸島系の移民やアメリカ人労働者で構成された初の全国組織で、ナショナルセンター・AFL-CIO(American Federation of Labor-Congress of Industrial Organizationsアメリカ労働総同盟・産業別組合会議 )の構成組織である。
APALAの発足は、アメリカ労働運動とアジア系アメリカ人コミュニティーにとって、大きな前進であり、結成以来、アメリカ労働運動内で移民の権利を擁護するための組織として、強烈な存在感を放っている。
徹底された民主主義
今回、APALAの大会に参加して、非常に刺激を受けたことがある。それは、徹底された民主主義だ。そのことは、大会に出される議案書のスタイルと議決方法に象徴されていた。
日本の、「執行部が決定した議案を大会に諮る」というスタイルとは大きく異なり、議案には各支部の発案者の名前が記載されている。つまり、現場の意見を公平に出すことが担保されているということだ。
決議の方法も、議案に対し、誰もが自由に、その場で、思う存分に賛成・反対の意見を述べることが出来るよう、マイクと時間が用意されているだけでなく、忖度や同調圧力などが一切存在しない土壌が整えられている。
多種多様な人種、それぞれ異なる政治観、バックボーンを背負った者たちが自由な議論をするのは簡単なことではない。一歩間違えれば、内部分裂をしかねない。
APALAが、徹底された民主主義およびダイバーシティをハイレベルで実現できる背景には、日本人とアメリカ人の元々の気質というか、マインドの違いはあるかもしれないが、ポジションパワーを行使しない公平なリーダーシップによって、組織全体にソーシャル・ジャスティス(社会正義)という理念が浸透していること。そして、多種多様な構成員を誰一人としておいていかないための戦略的マネジメント(言語の壁への対策や個の尊重)が徹底されることで、強固な組織基盤が築かれ、強力な民主主義が実現できているのだろう。
圧倒的行動量「草の根運動」
大会中に開催された、いくつかのワークショップの中で、ネイルサロンで働く労働者を組織している事例とFight for $15キャンペーン(連邦最低賃金が7.25ドルにとどまるなか、15ドルを獲得することが目的のキャンペーン)の報告がされた。
ネイルサロン労働者組織化の主な目的は、健康被害の恐れがある薬品に対するルールの法制化、使用する薬品の説明の多言語化だ。
ネイルサロン労働者は、1日10~12時間程働くため、会うのは困難だという前提のもと、面会をより効果的にするための戦略として徹底したのが、地域のネイルサロンのマップを作成し、可視化すること。面会リストを作成し、記録を残すこと。2度目の面会時には、面会リストを参照し、1度目の面会の事を話して印象付けること。保険手続き等の組合とは関係ないことで支援することだった。
これは、どこに当事者がいるかを可視化し、その当事者の問題を掘り起こす為に、1対1の対話に重きを置くことを目的としている。つまり、いかに効果的に当事者と関係構築するかにフォーカスした戦略が立てられているのだ。
Fight for $15キャンペーンにおいては、関係者でSEIUローカル721のコーディネーターであるアケミー・ボン・フローレス(Akemy Bon-Flores)さんにキャンペーンが大きな成果を上げた最大の要因を聞くと、途方もない回数の1対1の対話を真摯に繰り返したからだという。
もちろんSNS等のデジタルツールを活用し、成功事例を拡散することによって、キャンペーンが影響力を持ったというのもあるが、やはりFace to Faceの対話がキャンペーンの成功に繋がったという。
キャンペーンの骨組みをしっかりと作り、戦略的にアクションを起こし続ける。まさに、このブレのない「草の根運動」がアメリカ労働運動の特徴であり、強さの源泉なのではないか。
UTLA(United Teachers Los Angelesロサンゼルス統一教組)のアーリーン・イノウエ(Arlene Inoue)さんから聞いた、組合費30%増が成功した時のエピソードにおいても、1対1の対話の重要性が汲み取れる。
以前、「組合費を上げると言っても、コーヒー何杯分だからいいじゃないか」と説得して、30%の支持しか集まらず失敗したという。
しかし、その後、執行委員 7人で分担して、関係する900校すべてを訪れ、なぜ組合費を上げるのが必要か(調査・広告に使い、闘う組合にするため)、誠実に教員一人ひとりを説得した。アーリーンさん自身も100校以上を訪れた。一度で説得出来ないときは何回も訪れたという。その結果、最終的に80パーセントの支持が得られ、組合費の増額は成功した。
また、LA Fed(Los Angeles County Federation of Laborロサンゼルス労働連盟)のリード・オルガナイザーである、クラウディア・マガーナ(Claudia Magana)さん曰く、キャンペーンを実施するときに、1対1のコミュニケーションを60~70%の組合員と取った場合、キャンペーンの成功率は40%から70%に跳ね上がるという。
私は、常日頃から、効率よく運動を作りたい、効率よく運動を大きくしたいと考えていたが、実は運動を大きくするための近道はなく、「必要不可欠な非効率」の存在に気が付いた。戦略的な圧倒的行動量「草の根運動」こそが、成果を生むカギなのである。
日本の労働運動との比較
人材育成について
アメリカでの人材育成への取組みが印象的であったので触れておく。アメリカでは人材育成が非常に重要視されており、その方法や考え方は、大変参考になった。
APALAでは、人材育成をする専門の組織があり、積極的にリーダーシップ育成のトレーニングの機会を設け、実践している。更に、労働組合のリーダーだけではなく、議員も輩出しているという。自ら支持する議員を自ら作り出すという考え方は、非常に合理的であり、政府に対し、組織の影響力をダイレクトに伝えることができる。
このような人材育成活動は、LA Fed(ロサンゼルス労働連盟)でも積極的に取り組んでおり、オルガナイザーを3日間で養成するという訓練を精力的に行っている。もちろんLA Fed(ロサンゼルス労働連盟)においても、議員養成専門のプログラムが用意されている。
日本の労働組合でも、人材育成については、昨今、力を入れている分野であり、積極的に取り組んでいる。組合出身の議員もいる。その点では、ある程度アメリカと共通した認識を持っているのだろう。しかしながら、まだまだ成長の余地はあると思う。
組織自ら、体系化されたトレーニングプログラムを作り、意欲的に取組んで、リーダーシップを発揮できる人材を各方面に輩出するスタイルは、学ぶべきところが大いにある。
組織や運動を作るという価値観からパラダイムシフトして、まずは人を作るという切り口から、組織・運動を自然発生的に生み出すという発想も重要ではないか。
労働運動の表現
アメリカ視察をしていて気が付いたのだが、ポスターやTシャツが、とにかくかっこ良い。出版物やフライヤー・ビラもわかりやすく、表現がアーティスティック且つフレンドリーで共感を得やすいものであった。
これは、労働運動にあまり関係がないように思えるが、とても重要なことだと私は考える。
かわいい、かっこ良い、楽しい、あるいはフレンドリーな表現は、労働運動への敷居を下げ、運動を身近に感じさせる効果が大いにあると考えられる。
つまりこれは、マーケティングで言うところの、プロモーション戦略であり、キャンペーンの最大化を実現するためには必要不可欠な概念である。
私は、日本の労働運動を活発化するためには、従来の表現方法を変える必要があると考える。アプローチを変えて、労働運動への偏見を取り払う。
まずは知ってもらうことを第一に考え、共感を得ることを目的とする。その上で、自発的に運動や組織に参加したいと思ってもらうという姿勢が大切ではないだろうか。
おわりに
今回、アメリカの労働運動の最先端を視察し、決定的なベクトルの違いを感じた。
アメリカの労働運動の方向性は、常に社会に向いている。公共の利益に向いているのだ。社会を良くすることによって、自分達が良くなるという考え方が根本にある。
誤解を恐れずに言うならば、日本は、自分達だけが良くなることを望んでいるように感じる。
関心は、常に自分に向いていると思う。その価値観を否定はしない。誰でもそう思うのは、至極当然のことである。かつての私自身も、そう考えていた。
しかしながら、長期的な視点で考えると、社会が良くならずに、個人が良くなることはない。個人だけが良くなろうとすると、往々にして、幸福を追求する、不幸に陥りやすい。
労働運動に携わる者として、自分だけが良くなればいいという無関心から脱却し、より良い社会を実現するために、公共の利益に目を向けることを伝えていかなければならない。
札幌地域労組 -Sapporo General Union-
書記長 三苫文靖