小松康則「参加したくなる! 元気の出る楽しい労働組合活動を進めよう(第5回)安心して声をあげることのできる労働組合活動へ──コーチングのスキルを使う」『学習の友』第852号(2024年8月号)pp.68-72
声があがらないのはなぜ?
「みんなが声をあげることのできる労働組合にしたい」というのは、これを読んでいる多くの人に共通する願いではないでしょうか?
でも実際には「なかなか声があがらない」「みんな無関心だ」と悩んでる人も多いのではないかと思います。それは本当に「声があがらない」「無関心」なのでしょうか?
もしかすると「声があがらない」のではなくて、「声をあげたくてもあげられない」「声をあげてもどうせ変わらない、仕方ない」と感じているからなのかもしれません。本当はあるはずの「声」を聞くための方法や手段が不足しているのかもしれません。あるいは、労働組合が声をあげる対象と思われていないのかもしれません。
これまでの連載の中で、私自身の過去の経験にも触れてきましたが、これまでの労働組合活動は課題を一方的に伝えたり、情勢を熱く(長く)語って「◯◯しなければならない」と説得したりすることに多くの時間が割かれていて、職場にいる仲間の思いや関心を十分に聞くことなく、「それがみんなのためだから」と、「やるべきこと」「してほしいこと」を伝えていることが多かったと思います。
コロナ禍で「大阪府の保健師、保健所職員増やしてキャンペーン」に立ち上がった保健師さんに「コロナ禍の大変な状況の中で、なぜ声をあげようと思えたのですか?」と質問をしてみました。するとこんな答えが返ってきました。
「以前から何度も『人が足りない、これでは新興感染症や有事に耐えられない』と言ってきたにもかかわらず、実際に起きてしまった。これまで大阪府職労がレイバー・ノーツの『トラブルメーカーズ・スクール』やコミュニティ・オーガナイジングを学んで、それを取り入れた運動を続けていたので、今の大阪府職労なら実践し、問題解決できると思いました」と。
この10年近く、職場の当事者が声をあげられるように、さまざまな努力や工夫をしてきたことが、組合員に理解されていたことが大きなきっかけになったと思います。
声をあげたいと思っている人は、知識やアドバイスを求めていたり、経験談を話してほしいと思っているのではありません。もちろん知識は必要ですが、「声をあげよう」という動機が高まっておらず、道筋が立っていない状態で、知識を教えられ、経験談を話されても、それは負担にしかなりません。今の時代、必要な知識はインターネットでも簡単に検索することもできます。経験談や武勇伝を聞いても「私とは状況が違う」「自分にはできない」となることのほうが多いのではないでしょうか。
声をあげたい人が求めているのは、まずはその声を受け止め、共感し、ともに考えてほしいということです。そして、その過程を通じて「変えたい、行動したい」という気持ちが高まっていくのです。
このように「声をあげたい」「声をあげよう」と思える労働組合活動をすすめるために、必要になるスキルが「コーチング」です。連載の2回目(4月号)にも「対話の一つの手法」として、少し紹介しましたが、ここであらためて方法や効果について紹介したいと思います。
チャレンジを応援するコーチング
不確実な状況の中で行動することは容易なことではありません。乗り越えなければならないチャレンジがたくさんあります。「声をあげたい」「何か行動したい」と思っても、不安があったり、怖いと感じたりすることもあります。不安が解消されても、どうやって進めていくか道筋が見えないこともあります。不安が解消され、道筋が見えてくると、知識やスキルが必要になります。
コーチングはこのようなチャレンジを手助けするもので、動機面(心)、戦略面(頭)、知識・スキル面(手)の困難を乗り越えるのに役立ちます。コーチングでは、コーチングする相手の強みと弱みを観察し、その弱みを克服するために、強みをいかしきるための手助けすることです。
動機面(心)のコーチングは、不安を解消し、動機を高めるために行います。戦略面(頭)のコーチングは、成果を達成するために、どうやって進めていくかを明らかにするために行います。知識・スキル面(手)のコーチングは、知識やスキルを強化するために行います。
コーチングの手順
コーチングは4つの方法を使い分け、5つの手順に沿って進めていきます。4つの方法とは、①問いかける、②頭と心で聴く、③肯定する、④挑戦することです。言い換えると、アドバイスするのではなく質問し、相手の答えをあるがまま受け止め、共感・肯定し、チャレンジを引き出すということです。
手順1:観察する
コーチングでは、まずコーチングを受ける人が抱える問題を十分に把握することが大切です。慎重に耳を傾け、表情やしぐさを観察し、的を絞って多くの質問をすることから始めます。「観察」には時間がかかるかもしれません。しかし、相手の問題を正確につかめなければ、その解決を手伝うことはできません。5W1H(なぜ?何を?いつ?どこで?誰と?どうやって?)を意識し、相手の抱えている問題やチャレンジをしっかり把握することが大切です。
ここで大事なのは、先ほど述べた4つの方法の②と③です。相手の答えたことを肯定的に受け止め、伝え返したり、言い換えたりすることが大切です。それをせずに、質問ばかりを続けると、コーチングされている相手は「追いつめられている」と感じてしまうかもしれません。この「伝え返し」「言い換え」はコーチングの全ての手順において重要なポイントです。
手順2:診断する
しっかり「観察」ができれば、次は「診断」をします。正しく「診断」することはとても大切です。例えば、コーチングされる相手が道筋が見えずに苦しんでいるときに、「もっと頑張れ」「やる気が大事だ」と言われたら、不満しか残りません。
ここでは、相手のチャレンジすべき課題が、動機面(心)、戦略面(頭)、知識・スキル面(手)のどこにあるのかを考えます。
例えば、動機面(心)の困難では、何に不安を感じているのか?なぜ怖いと思うのか?などをしっかり聞く必要があります。戦略面(頭)の困難では、どう進めたいのか?道筋が見えているか?などを聞きます。知識・スキル面(手)の困難では、必要な知識やスキルがあるか?などを聞きます。
これらの質問を通じて、どこにチャレンジがあるのかを「診断」します。チャレンジはどれか1つに限定されるわけではありません。それぞれが深く関連している場合もありますし、全てにチャレンジがある場合もあります。その場合は、一番根本的な困難は何か?まずは何からチャレンジする必要があるかなども考えながら質問する必要もあります。
手順3:介入する
問題が何か見えてくるとアドバイスしたくなります。しかし、ここではアドバイスするのではなく、相手が自分で何をすべきが考えられるように質問することが必要です。コーチングを受ける人が自分自身で問題を理解し、その問題をどのように捉えているのかを理解できるような質問をします。そして、解決方法を見つけられるような質問をします。
例えば、動機面(心)の困難では、感じている不安や怖さをどうすれば解消できると考えているか?などを聞きます。戦略面(頭)の困難では、どうやって道筋を作るか?その手助けとなる質問をします。知識・スキル面(手)の困難では、必要な知識やスキルを手に入れる助けとなる質問をします。
手順4:共有と振り返り
ここでは、コーチングを受ける人の学びを明らかにします。コーチングを受けている人に「コーチングを受けてみてどうでしたか?チャレンジできそうですか?」と聞き、コーチングでの「学びと気付き」をまとめてもらいます。次にすべきことを明確にし、いつそれを確認しあうかを決めます。
手順5:モニタリング
コーチングを受ける人が、コーチングによって学んだ解決策を実践できるように、次に状況を確認するスケジュールをたてます。状況がどのように変わったかについて、コーチングを受けた人から報告を受け、チャレンジや成果を評価し、お祝いします。
「みんなが声をあげることのできる労働組合」にするためには、声をあげた人がチャレンジへと足を踏み出せる環境を作ることが大切です。そういう環境が組織の中に作られることで、声をあげようと思う人も増えてきます。そのためにコーチングは有効なツールになると思います。
※コーチングの実践例については4月号に掲載していますのでご参照ください。
小松康則「連載①元気の出る組合活動:みんなが参加しようと思える会議や活動がしたい」
小松康則「連載②元気の出る組合活動:対話から生まれる関係づくり」
小松康則「連載③元気の出る組合活動:「参加したくなる」「話したくなる」会議へ」
小松康則「連載④元気の出る組合活動:私たちにはパワーがある 現場の声から始まるキャンペーン」
小松康則「(番外編)元気の出る組合活動:レイバーノーツ大会2024に参加して感じたこと」
小松康則「連載⑤安心して声をあげることのできる労働組合活動へ」
小松康則「連載⑥元気の出る組合活動:ひとりひとりの組合員が主体性を発揮できる活動を」