金融・労働研究ネットワーク主催で、「働き甲斐ある職場をどう実現するか──ジェンダーの視点を基軸に」をテーマとする研究会が都内で2024年6月30日に開催されました。研究会では、今年出版された駒川智子・金井郁編著(2024)『キャリアに活かす雇用関係論』世界思想社がテキストに使われました。編者の一人である駒川は、本書の第2章「配属・異動・転勤」と、序章・終章の執筆を担当しています(序章・終章は金井郁さんと共著)。研究会では、本書を大学の教科書として編んだ理由や本書の特徴を報告しました。どうぞお読みください。
現実を変える思考力を
──『キャリアに活かす雇用関係論』に込めた想い
1.本書を大学の教科書として編んだ理由
私はこの本全体の編者であり、執筆の担当としては2章「配属・異動・転勤」、そして序章と終章を金井先生と共著で書いています。本日は大きく二点に絞り説明します。一つは本書を大学の教科書として編んだ理由、二つ目は本書の特徴についてです。
まず本書を大学の教科書として編んだ理由です。
今回、ご参加いただいている皆様は、なんらかの形で労働組合、労働運動に非常に関心をお持ちでいらっしゃる方だと思います。
その労働運動、労働組合活動に、若い人たちの関心をどのようにもってゆけばよいのか、これまで行われてきた活動をどのように検証していけばいいのかが大きな課題だと考えました。その検討をこの本で考えていく。現実を変える思考力に繋げて考えたいというのが最初にあります。
現在、大学生が働くということをどのように考えているのか、その姿をまずお示ししたいと思います。大学生と話をしていますとよく出てくるのが「就職活動で失敗したくない」という声です。「ブラック企業だったらどうしよう」という非常に単純な言葉を使ったりすることも多くあります。
学生を無防備なまま社会に出さないのは、教員の責務
そして「働くことはそんなもの」と諦めている学生も多いです。実際アルバイトをしている学生たちも多く、アルバイト先のことで困っていると相談に来る学生達もいますが、学生の多くは働くことへの知識が非常に乏しいです。学生を無防備なまま社会に出さないことが教員の責務ではないかと考えています。
例えば、いわゆる「テレホンアポイントメント」のアルバイトで困っているという学生がいました。北海道で非常に多くあるアルバイトです。いろんな商品を個々に電話で紹介して販売をするというアルバイトで、相談に来た学生はアルバイト先のシフトが入っているのですけれども、先月も先々月も給料が払われないということでした。
これに対してその学生は警察に行きました。警察は民事不介入ですので「こちらではありませんよ」と帰されました。そこで、労働の授業を駒川のところで受けたねと思い出して、相談にやってきたのです。
私は、労働問題は労働基準監督署だねと言って、本人たちが経緯を全てまとめて労働基準監督署に行きました。そこから調査などが入り、しばらくして別の違法なことがその会社にあったこともあり解決しました。このように学生がアルバイト先のことで困っていても、どうしたらいいのかわからないことは多いです。そして非常に真面目なのです。言われたことを途中で放り出すのはよくないと思っていて、「まあ、もう少し待っていたら入るだろう」と思っていて非常に遅れてしまったのです。
大学生はなぜ働くことに無防備で受け身の姿勢なのか?
一つは教育上の問題として、働くことと労働者の権利に関する授業が非常に少ないことがあげられると思います。特に高校までの授業のところで少ないと考えます。
ワークルール教育がなされればいいのですけれども、その実施は非常に低調です。ワークルール教育推進法の制定が目指された時期もありますが、まだ未制定です。同時に高校までの教員が、大学卒業後すぐ教員になっていることも多く、教員自身が「働くこと」に対する知識や権利意識が非常に乏しい状態にあります。
教員になるための教職課程の授業でそういう授業を受けているわけでもなく、「働くこと」に関して教員自身が生徒に授業を行うのが非常に難しい。そのため、専門家を招聘した授業を行うことがあります。厚生労働省の「過労死等防止対策等労働条件に関する啓発事業」がありまして、これを使いますと専門家の方ですとか、例えば過労自死・過労死された方のご遺族などが講演に来てくださいます。その費用もこの事業から出ておりまして新たな出費をすることなく、この事業を通じて授業を行っていただくことが可能になります。ですが、任意で実施するにとどまっています。そもそもこうした仕組みがあることもご存じでない高校教員が多いのではないかと思います。
キャリア教育は、望ましい職業観・勤労観、職業知識の獲得──労働者の権利とは異なる視点
ワークルール教育に少し似ているものとしてキャリア教育があります。キャリア教育は、学校教育法の2007年の改正で、小学校段階からのキャリア教育推進を定める法的な基盤となりました。現在の中学校での職場体験など、キャリア教育は小・中・高で行なわれています。
キャリア教育では望ましい職業観、勤労観、職業知識の獲得が目指されます。例えば、この21条の10では、職業についての基礎的な知識と機能、勤労を重んずる態度、および個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うと記載されています。参考までに文部科学省が出しました「中学校・高等学校キャリア教育の手引き」の目次をあげました。
このキャリア教育が入っているんですけれども、労働者の権利とはかなり異なる視点になっています。望ましい職業観・勤労観を獲得ということになっていて、これが入った時が丁度90年代の後半ぐらい。バブルが崩壊して日本が長い不況にあり、新卒の採用がずいぶん狭まった時期だったということもあり、若い人たちがフリーターとか非正規労働者として働く時期だったのです。
企業が採用をストップしたので、若い人たちが非正規雇用にならざるを得なかったのですが、当時は若い人たちの勤労観に問題があると捉えられまして、キャリア教育が入った。ですので、このような望ましい職業観、勤労観を獲得するということをキャリア教育は目指していまして、非常に従順といいますか、そういった内容になっています。そうしたことの結果として大学生は自分よりも上の世代をみていて働くことは辛いことだと思っていて、就職活動は考えたくない、できれば先送りしたいといった思考が見られます。
一方で就職活動のルートに乗り遅れないよ うにと思ってもいて、非常にこれが焦りになっ ています。大学の三年生の夏にはインターンシ ップで実績を持っておかないと「インターンシ ップ行きましたか」ということに答えられない。なので、学生時代に力を入れたと言えることを どうやって一年生の時から作るか。インターンシップに申し込んだのに落ちちゃったらどうしようっていう形で非常に焦っています。
就職では失敗したくないと考えています。この失敗が何かということは議論しないといけませんが、学生自身はとにかく安全に勤まる就職先に行きたい。安全な所が何か分からないので、親のおすすめをそのままそうだろうと鵜呑みにする傾向も見られます。ブラック企業に入りたくないので、「ホワイトな企業はどこですか」というような聞かれ方もします。
「それは企業によって部署によって違うし、ホワイトってあなたのホワイトとほかの人のホワイト違うわよ」と言うのですが、そういう、求める幸せが違えば目指す企業が違うということすらピンと来ないというところがあります。
働いてみて、しんどいなら別の職場に転職し ようという考えも見られます。自分の職場を変 えていくという発想ではなくて、チョイスして 行く、選択して行くという思考です。働くって いうことではアルバイトで経験しているはず です。アルバイト先でも労働問題がありますが、この関心は個人差が大きいようです。
今月、私のゼミで学生が、大学生に向けたアンケート調査をおこないました。来月、金井先生と合同ゼミを行うことになりまして、学生が今活動しているのですけれども、70人超の大学生にアルバイト先での問題について聞きました。カスタマーハラスメントの調査をしていまして、いろんな事例の中で、例えば居酒屋さんで、「ものを提供するたびに手を握られるのは、カスタマーハラスメントですか」と聞いたら、75%がカスタマーハラスメントだと答え、25%は違うと答えました。4人に1人は、これはカスタマーハラスメントだと認識しないということです。
これはそれを見ていた人や手を握られた人は嫌だなと思ってるいかもしれないけど、周りの人があそこ楽しそうねと思ってるのかもしれないと、受け止め方に非常に温度差があります。全体的に働くことと権利の知識が乏しく、親世代の意見に偏重する傾向が見られます。職場は選択するもの、もしいやだったら転職するものであって、仲間と改善するという発想は少ないように思います。
これは大学も含めての学校教育の課題でもあるんですが、基本的な思考力が弱いということと関係があると思います。今ある現状がおかしいんじゃないか、という視点を持って変えていくという、そういった批判的な思考力があれば、自分がその場を変えていく力になっていくというふうになるんですけれども、そういった思考力は弱いのかなと。
それが学校教育の課題なのかなと考えています。そこでこの本を大学での働くことに関する授業のテキストとして編纂し、働くことの仕組み、企業の論理、世界的な潮流を盛り込みました。想定している科目としては、経済学、経営学、社会学の労働を扱う授業です。このほか、キャリア教育などにもぜひ使っていただきたいと思っています。
働くことの仕組みを学び、自分らしく充実した働き方を手にするための知識と思考力を身につけることで、より良い社会に変えていく主体になることができると考えています。
2.本書の特徴
(1)読者が主人公
そこで2つ目の本書の特徴に入ります。大きく三つ上げました。一つ目は、読者が主人公で就活から始まる成長物語としたということです。序章と終章を除きますと、一番最初には学生が最も関心を持つ「就職・採用」のところを1章として配置しました。就職が決まれば、どこに配属になるのっていうことが気になりますから「配属・異動・転勤」というのが2章に入ります。そして労働条件である「賃金」、「労働時間」、「昇進」ときまして、もしかすると職場で出合うかもしれない、「妊娠・出産・育児」というライフイベントやトラブルである「ハラスメント」を置きました。
「管理職」になったらどうするのということに触れて、もし離職・転職ということが頭をよぎったならば、自分が「非正規雇用」になったら、そして職場を変えていくということになった時、誰と繋がるのかとして「離職・転職」、「非正規雇用」、「労働組合」の章を配置しました。コロナ以降、働き方が大きく変わっていますので、リモートワークを含め「新しい働き方」を次におき、そしてダイバーシティマネジメント(DEI)について、「色々な人と働く」という章で締めくくっています。
(2)全章にジェンダー視点
2つ目の特徴は、全章にジェンダー視点を入れたということです。男女別のデータで現状を理解できるようにしています。2章「配属・異動・転勤」の中のデータ、そして5章「労働時間」、8章「管理職」のところを示します。例えば、2章「配属・異動・転勤」というところ、38 頁ですけれども、それぞれの部署の中で女性だけが配置されている職場がある、男性だけが配置されて職場がある、男女とも配置されている職場があるというように、三つに分けて聞いたものです。どの職場も男女とも配置されているというものが高めではあるのですけれども、例えば、左から4つ目の「営業」の所では、男性だけが配置されている職場があるというのが44.6%。また「研究・開発・設計」では34.9%、一番右の「生産・建設・運輸」では40.7%というように男性だけが配置されている職場もある。ということは、ここには女性は一人もいないということですね。
これらの職務が男女で分かれることを性別職務分離と言いますが、これが経験の違いとなって昇進の制限となってくる可能性が高いです。その他のところはまた、報告者が個別に話をしてくれると思います。ジェンダー視点を入れることで、企業の中に性別役割分業が非常に根深いということをデータで示しています。
(3)ハウツー本ではない
3つ目はハウツー本ではないということです。どうしても労働の話として、学生さんはどうや ったら上手くいくのか、どうやったらいい職場 に入れるのかっていうことを考えがちなので すが、この本は現状をうまくすり抜ける方法を 伝えるものではありません。おかしいと気づき 困ったときに助けを求め、現状を変えられる力 を身につけることができる本として編みまし た。そして若い世代が働く時に、自分自身が社 会の主体となっていけるように、そして仲間と 共に職場を、社会を変えていけるようにという ように考えました。
このように就職前の学生さんを念頭におい て書いたものですが、もちろん人事担当者の方、そして労働組合の方にも手にとってほしいと 思っています。全体の章の構成はこのようにな っています。15章構成になっていますのは、大 学の授業が15回ということがありまして、すべ ていけるよという形になっています。
一番最後のより深い学びのためにというのは、テキストとして読むのが重たくても私たちの暮らしている中で、ドラマでも映画でも小説でも働いている姿を見せているものがたくさんありますし、非常に魅力的なものが多くありますので、まず、そこから興味を持っていただいて、本書に入っていただけたらなと思っています。私からは以上です。(報告資料はこちらからアクセス 駒川教授報告資料)
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世界思想社のウェブサイトでは、『キャリアに活かす雇用関係論』刊行記念シンポジウム@お茶の水女子大学でのレポートも配信されています。
第1回 労働の問題を可視化するジェンダーの視点
第2回 働く人の意欲を高め、権利を守る職場とは
第3回 個が個として生きられる社会を目指して
第4回 学生に「働くこと」をどう教えるか
第5回 全体討論──「変わらなさ」を変えるには