川村雅則「公契約条例に関する公開質問の取り組みと候補者からの回答(統一地方選挙2023)」

NPO法人建設政策研究所が隔月で発行している雑誌『建設政策』第209号(2023年5月号)に掲載された拙稿です。どうぞお読みください。

川村雅則「公契約条例に関する公開質問の取り組みと候補者からの回答(統一地方選挙2023)」『建設政策』第209号(2023年5月号)pp.44-47

 

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『建設政策』第209号(2023年5月号)表紙。

 

 

はじめに

統一地方選挙の前半戦が終了した(投開票日は4月9日)。筆者の住む札幌市では、市長選挙に3人の候補者が、市議会議員選挙では、定数68人のところに91人の候補者が、それぞれ出馬した。選挙結果からいうと、市長選は現職(秋元克広氏)が制し、市議選は、市長を支援する議員(自民党、立憲民主党、公明党、無所属)が議会の8割を占める一方で、改選前0議席だった日本維新の会が5議席を獲得したことに注目が集まった。

 

図表1 札幌市長選の開票結果と各党の推薦状況等

  • 秋元克広氏 無所属/現 458,221票 【推薦:立憲民主党】【支持:自民党札幌市支部連合会、公明党札幌総支部連合、国民民主党道連】
  • 高野 馨氏 無所属/新 234,834票
  • 木幡秀男氏 無所属/新 124,692票 【推薦:共産党道委員会】

出所:『北海道新聞』ウェブサイトより。

 

図表2 札幌市議会の会派構成(改選後は想定)

注:「無」は無所属1、「市」は市民ネットワーク1。
出所:『北海道新聞』2023年4月11日(最終更新22:45)より作成。

 

札幌市公契約条例の制定を求める会(代表 弁護士・伊藤誠一)では、市長選及び市議選の立候補予定者(以下、候補者)に対して、公契約条例への見解などを尋ねるアンケート(以下、公開質問)を行った。3月7日に質問状を持参・郵送し、28日までに回収された回答を公開した(一部は追加で公開)。市議選の候補者については、当時把握できた89人を対象とした。

本稿では、市長選候補者からの回答を中心に紹介した上で──市議選候補者からの回答は、ウェブサイト『北海道労働情報NAVI』(以下、NAVI)をご参照いただきたい[1]──最後に、公契約条例制定の展望や今後の課題などを雑感として述べる。言うまでもなく、本稿は筆者個人の見解に基づく。

 

市長選候補者への質問と回答

市長選候補者には以下の3点を尋ねた。候補者からの回答とあわせて示す。

 

問1 札幌市において賃金条項を含む公契約条例を制定する必要や意義について、市議会で是非議論していただきたいと考えております。

札幌市議会に公契約条例を提案し、制定について審議することについてご意見をお聞かせ下さい。

ア 任期中に条例案を提案し、議会での積極的な議論を求めたい

イ 任期中に提案できるよう、環境づくりから始めたい

ウ 任期中提案はしない

エ その他(お考えを以下にご記入ください)

 

【秋元】エ まずは、経済界や労働界などの関係団体と協議会を設置し、人手不足の解消による地元企業の経営の安定化と労働者の雇用環境の向上を両立させるため、条例の検討を含め、新たな仕組みの創設により取り組んでまいります。

【高野】イ 公契約条例については、上田前市長の時に条例案を議会に上程し、自民党や公明党などの反対派によりわずかな差で否決されたところです。私としては、労働者の賃金の保証に向けた公契約条例の制定には賛成ですが、今のような自民・公明・民主といった市議会の与党各会派が市当局、組合、経済界と一体になった体制では条例の制定は不可能だと考えております。したがって、まずは条例の提案が出来るような環境づくりが先決だと捉えています。

【木幡】ア

 

問2 札幌市の財政の下で、今や公契約によって住民サービスを提供する領域は広く、規模は極めては〔ママ〕大きいものになっています。そこ(いわば公共民間といえる環境)で働く労働者とその家族の数も膨大になっています。公契約によって市政がもたらしている地域経済への大きな影響に鑑みますと、札幌市における公契約の全容、現状を明らかにし、これを踏まえた課題を検討するために改めて分かり易い資料を作成するなどして、市民に情報提供することは、市民主権を行使する上で重要なことだと考えます。

ア 趣旨を理解するので、情報提供できるように努めていく

イ この点は十分な情報が提供されていると考えるので、新たな情報提供の必要性を認めない

ウ そのいう趣旨が理解できない

 

【秋元】ア

【高野】ア 札幌市だけでなく、北海道全体が昔から官公需への依存率が高く、公平性や透明性を図るうえでも情報提供や情報開示はさらに進めていく必要があります。そのためにも、以前から公契約条例の制定は必要不可欠であると私は考えています。

【木幡】ア

 

問3 公契約条例は、事業を委託する札幌市、受託する事業者、事業に従事する労働者間で適正に調整されるべき法益や要素が多いことから、制定にあたって考慮されるべき事柄や多くの調整が求められると考えます。あわせて、制定先行自治体の例にもあるように、施行後の検証が欠かせないことも展望しますと、制定に当たってできるだけ多くの議員のみなさんの賛同を得て、できれば各会派一致で制定されることが期待されていると考えております。

札幌市の公契約条例の制定については、その必要性について幅広い意見をいただき、検討を進めていくことが肝要と考えております。この点、どのような方策によることが相当であると考えられますか。

自由記載でお願いします。

 

【秋元】まずは、経済界や労働界などの関係団体と協議会を設置し、人手不足の解消による地元企業の経営の安定化と労働者の雇用環境の向上を両立させるため、条例の検討を含め、新たな仕組みの創設により取り組んでまいります。

【高野】公契約条例は制定したら終いではなく、絶対に施行後の検証を続けなければ意味のあるものにはなりません。検証を行わなければ、ただの理念条例になり実効力のあるものには成り得ません。私は、今の市政のような市当局と市職員組合が馴れ合いで癒着しているような体制では到底公契約条例の制定など不可能だと思っております。市当局と市職員組合が正しい労使関係を築き、常に対峙するような緊張感のあるような姿勢に転じなければ、公民ともに賃金の上昇など望めません。今の市議会のオール与党体制は経済界のオーナー(経営者)サイドに目が向いているわけで、オーナー側は企業の内部留保資金(利益)の充実が優先事項であり、そこで働く者の資金や労働条件に目を向けてはいません。正に札幌冬季五輪招致について官民揃って推進しているのは、各々に利権、金権が絡んでいるからだと思います。本気で公契約条例を制定したいのなら、こうした構造を変えていかなければなりませんし「市役所や市議会自体をぶっ壊す」、そうした荒療治をしないと実現は困難〔で〕あると考えます。

【木幡】公契約条例を制定するためにあたっては、地域の循環型経済を作っていくという視点を持つことが重要だと思います。札幌市の業者にやっともらう、その際には、最低落札価格も上げて厳しい競争にならないように配慮するとともに、働く労働者にもその果実を分配するということを、公契約条例を通して進めていくことが必要だと考えています。

 

市議選候補者への質問

次に、市議選候補者への質問は以下の3点である。

問1 札幌市において賃金条項を含む公契約条例を制定する必要や意義について、市議会で是非議論していただきたいと考えております。

札幌市議会で公契約条例の制定について審議することについてご意見をお聞かせ下さい。

ア 大いに関心がある

イ 関心はある

ウ 関心がない

 

問2 公契約条例は、事業を委託する札幌市、受託する事業者、事業に従事する労働者間で適正に調整されるべき法益や要素が多いことから、制定にあたって考慮されるべき事柄や多くの調整が求められると考えます。制定に当たってできるだけ多くの議員のみなさんのお知恵をお借りして、調和のとれたものにして、できれば各会派一致で制定していただくことを希望しております。この点、率直なご意見をいただければと存じます。

自由記載でお願いします。

 

問3 札幌市における公契約、あるいは公契約条例について、ご自由な意見をいただきたいと存じます。

 

市議選候補者からの回答状況等

市議選候補者への質問状の配布状況と回収状況に加えて、回答が寄せられた候補者からの問1の回答を記す。問1の回答は、どの会派でも、会派内で一致した回答が示された(アは「大いに関心がある」、イは「関心はある」)。

 

  • 自民党 29名/回答0名
  • 立憲民主党・民主市民連合 22名/回答20名/全員ア
  • 公明党 10名/回答8名/全員イ
  • 日本共産党 12名/回答12名/全員ア
  • 市民ネットワーク 2名/回答2名/全員イ
  • 無所属 1名/回答1名/ア

(以上、改選前に札幌市議会に議席を有していた会派)

  • 日本維新の会 6名/回答0名
  • 市民政党さっぽろ 4名/回答0名
  • 参政党 2名/回答0名
  • れいわ新撰組 1名/回答1名/ア

 

2012-13年当時、公契約条例案に反対をした自民党からは回答が得られなかった。同じく当時に反対をした公明党からは、候補者8人から統一した内容での回答が示された。参考までに問2、問3の回答も紹介する。

 

問2 一度否決された公契約条例を制定することは簡単ではない。質の良い成果、適正な利潤、処遇の改善(賃金の上昇など)という方向性は一致するところですが、雇用を守る経営サイドの苦労も理解できる。同一労働同一賃金や実行性確保課題もある。主要会派一致で制定するには全業界の理解が不可欠であり、丁寧な議論が求められる。

問3 現下の物価上昇を経済の好循環に繋げていくには、賃金の上昇が欠かせない。また、人手不足もマイナス要因です。国による税制優遇策、生産性向上への補助に合わせて地方による融資制度の拡充、経営相談の充実、雇用・マッチング支援、入札制度の改善など、あらゆる方策を総動員した賃上げへの環境整備が必要と考える。公契約条例の内容によっては、入札制度改革を伴わせることもあるが、札幌市においてはあらゆる課題を踏まえ、労使が一致して改善に取り組めるよう、合意形成を図れるかが重要と考える。

 

選挙結果に対する雑感

3期目となる市長と新たな議会構成の下で公契約条例の制定はどうなるだろうか。

前向きな要素としては、秋元氏からの回答でも、公契約条例の制定は否定されていなかったことである。さらに言えば、氏の公約「6つの道標2023-2026」に公契約条例を思わせる内容が掲げられた点である。「経済が活性化し社会が潤う街をつくります(経済・観光・雇用・人材育成)」の「6.誰もが働きがいのある街をめざし、環境整備に取り組みます」に掲げられた以下の内容である(公式サイトから転載)。

 

  1. 経済界や労働界などの関係団体と協議会を設置し、人手不足の解消による地元企業の経営の安定化と労働者の雇用環境の向上を両立させるため、条例の検討を含め、新たな仕組みの創設に取り組みます。
  2. 市が発注する事業の現場で働く労働者が、より良い雇用・労働条件の下で働くことができる仕組みづくりを進めます。
  3. 公共工事の品質確保と不当廉売防止のため、総合評価方式のさらなる改善を推進します。
  4. 賃金水準の上昇に応じて、指定管理者制度の下で働く労働者の賃上げを支援する仕組みを導入します。

 

市長を推薦した立憲民主党・民主市民連合の候補者からの回答でも、市長のこの公約をひきながら、公契約条例の制定を目指す声が散見された。

もっとも、氏が支持を得た自民党や公明党、そして、その支持母体である業界団体から、公契約条例に対する賛同を得るのは容易なことではないだろう[2]。あるいは、行財政改革を志向する日本維新の会は、公契約条例にどのような姿勢でのぞむだろうか。

加えてそもそも、市長と市議会に対する有権者の目は厳しい[3]。すなわち、現職である秋元氏が3期目を制したとはいえ、氏の得票率は56%と前回選挙(2019年)に比べて15ポイントを減らしている(市長選の投票率は50.99%で過去2番目の低さ)。主要政党ならびに経済界からも労働界からも支援をうけて「圧勝して当然」と陣営がみていたのに対して実際には、五輪招致反対派の得票率が合計で4割を超えたことがショックと受け止められているという。

議会にも有権者の目は厳しい。議員報酬と議員定数の3割削減など党是の「身を切る改革」を訴えた日本維新の会が改選前ゼロ議席から5人が初当選した一方で、既存会派では現職9人が落選している。8割与党が続く中での市長に対するチェック機能が問われている。

以上のとおり、条例制定までの道のりは、引き続き困難が予想される。その中で何をすべきか。課題は多岐にわたるだろうが、公契約条例の必要性を示す立法事実や、実証的な研究を通じた公契約条例の政策効果及び運用課題などを明らかにすることがまずもって求められるのではないか。

そもそも、公契約条例を思わせる公約を市長が掲げた理由・背景は何であるのか。入札・契約行政における札幌市(発注者)の課題が発見されたのか。市が発注する建設工事や委託業務、指定管理などで働く労働者の賃金調査などを札幌市は行っているが、改善すべき課題を何か見つけたのだろうか。あるいは、多岐にわたる政策効果の可能性を公契約条例に見いだしたのだろうか。今回の公開質問で我々は、「札幌市公契約条例の制定を求める会が明らかにしてきたこと」を候補者に配布し、札幌市における課題や先行する条例・自治体の経験などを紹介したが、市長・行政側にも同様の作業が求められるのではないか[4]

それはまた、行政の監視機能を司る議会に求められる仕事でもある。多くの候補者が全会一致の必要性に言及していたが、であればこそ、政策・立案機能の強化はもちろんのこと、とりわけ、会派をこえた調査・研究活動や討議が求められるのではないか。

条例制定に業界が反対するのは何故なのか。予定価格で定められた賃金を支払うことができない障害が何か存在するのか。とくに入札・契約制度など、発注者である札幌市の側に課題はないのか──会派をこえて、そのような建設的な議論を進めてもらいたい。なお、議会自身にも認識されているとおり、「政策立案及び政策提言」や「議員相互間の討議」の充実のためには、議会の「仕組み」の改善が必要になるだろう[5]

人手不足・人口流出への対応など、公契約条例が議会で議論された前回にも増して、安心して働き続けられる環境の整備が強く自治体に求められている。我々も、課題を整理しながら取り組みを新たに進めていきたい。

 

(かわむらまさのり・北海学園大学教授)

 

 

[1] 札幌市公契約条例の制定を求める会「公開質問/札幌市長選挙と札幌市議会議員選挙の立候補予定者からのご回答」『NAVI』2023年3月28日配信を参照。URLは省略(以下、同様)。

[2] 担当記者による選挙結果の振り返りでも、条例制定の困難な道のりが示唆されている。「上田文雄前市長時代に自民、公明などの反対多数で否決された「公契約条例案」を意識した内容だけに、協議の進め方次第で市議会の火種になるかもしれない。」「札幌市長選・市議選の舞台裏、担当記者が振り返る」『北海道新聞』朝刊2023年4月14日付。

[3] 市長や市議会の課題を報じた『北海道新聞』朝刊2023年4月12日、13日付の次の連載を参照。「<岐路に立つ道都 秋元市政3期目へ>㊤ 4割ショック 五輪や除雪が批判票に」「<岐路に立つ道都 秋元市政3期目へ>㊦ 続く「8割与党」 問われるチェック機能」

[4] 公契約条例制定前の準備段階において、自治体自らによる入札契約行政の検証作業が行われた世田谷区の取り組みなどが参考になるのではないか。拙稿「公契約条例の制定で自治体を変える」『建設政策』第207号(2023年1月号)

[5] 札幌市議会基本条例が2013年4月1日に施行されてから10年が経過した。それにあわせて、議会機能が強化されたか、二元代表制としての役割が果たされているかなどの検証作業が議会自身の手によって行われ、『札幌市議会基本条例検証報告書』にまとめられている(2023年2月発行)。

 

 

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