佐藤誠一「医療労働と過労自殺」

「Progress in medicine」2018年4月号に掲載された、佐藤誠一氏(認定NPO法人働く人びとのいのちと健康をまもる北海道センター事務局長)による原稿「医療労働と過労自殺」を転載いたします。メンタル不全、過労死事例が多く発生している医療現場の労働負担、とりわけ新人看護師の労働負担を理解するのに有益な論文です。

 

 

はじめに

高齢化の進展と医療の高度化、医療安全対策の徹底化など医療ニーズの高まりと、医療費抑制対策が同時進行する医療の現場では、医師・看護師などの勤務環境がより厳しくなってきている。こうした中で、医療労働者の過労死に関する労災申請、認定件数も増加してきている。

今回、新人看護師の過労死事案に関して、遺族の労災申請を支援した経験から、看護師、特に新人看護師の過重な負荷を明らかにし新人看護師の勤務状況改善に向けての課題を提起する。

 

 

方法

事案に関する労災申請関係書類、労災不支給決定取消訴訟関係書類、被災したA氏のSNSでの発信データ、K病院の業務関係書類およびホームページ掲載資料、K病院60周年記念誌など遺族から提供を受けた諸資料、文献を活用した。

厚生労働省、日本看護協会日本医療労働組合連合会などが公表した医療、看護労働に関する諸資料、文献を活用した。また、厚生労働省への聞き取り調査も行った。

本稿では、倫理的配慮として、新人看護師A氏の遺族である母親の同意と協力を得て紹介する

 

A氏過労自死事件の概要

1)A氏(23歳、女性)は2012年3月に大学看護学部を卒業し、同年4月に国家公務員共済組合連合会が札幌市内に開設するK病院に就職した。K病院は、ベッド数450床、外来1日1,000人(当時)の総合病院で、包括医療費支払い制度方式(DPC)と入院基本料7対1を選択し、平均在院日数は約10日の主に急性期疾患に対応する病院である。勤務した呼吸器(6西)病棟は58床で、肺がん患者が過半数を占め、呼吸器内科・外科チームに分けて運営されていた。要員は看護師34人(うち新卒3人+既卒新人4人)、看護助手3人であった。勤務体制は、日勤と夜勤の2交代制で、夜勤は各チーム2人で勤務時聞は16時間だった。

新人看護師に対する指導は病棟師長が任命した3年目のプリセプターと、教育担当者(主任)、チームリーダーなどがフォローする体制で、病院全体では研修責任者(看護部教育担当次長)が担っていた。新卒研修として252項目の「新採用者チェックリスト」をもとに3カ月ごとに達成状況をチェックしていた。

2)以下、A氏の勤務実態について、「就業週報」(病院作成)「振り返りシート」(本人記載)「ライン」「ミクシィ」「メール」(いずれも本人記載)「労働基準監督署聴取書」(主に職場の同僚、上司による)から明らかにされた事実に基づいて示す。

4月から「出動は1時間前に出てくるように」との職場の暗黙の了解で、7時半に出勤した。定時の退勤は17時15分であったが、最初の1週間は18時までに退勤できたが、2週目から徐々に延び、月末は20時を超えた。毎日、業務後には「振り返りシート」の記載と記載事項に関する先輩看護師からの指導を受けていた。帰宅後、その指摘を受けた事項に関する自宅学習(以下、就業記録にない自宅学習をシャドーワークと表現)を行っていた4月の時間外労働は47時間48分(就業週報より)であった。

 

図1 A氏の5月のある1日

 

5月には受け持ち患者が4人となり、退勤が22時を超える日もあった。時間外労働は91時間40分となり、受け持ち患者の疾病に関するシャドーワークも増加した(図1)。

6月は受け持ち患者が7~8人となり、全盲患者、膵がん告知患者も担当し、点滴の際に医療事故を起こした。病棟に提出した「3カ月の振り返りシート」には「ハードで自宅学習の時聞がとれない」「受け持ちが多く、パニックになる」と記載。時間外労働は85時間30分であった。

7月に入ると、初めての夜勤で医療用麻薬の投薬ミスを起こした。その後「どうやったら病院に来なくていいか?存在消せるか?死ぬか」とミクシィに書き込み、自信喪失、希死念慮が出現。少なくとも「適応障害」を発症していたと推察される。時間外労働は73時間06分であった。

8月は夜勤が2回に増加。夏休みに「富良野行こうと思ったけど疲れて家でダラダラ」と過ごし、以後メールのやり取りが減少。同僚は「8月過ぎからあまり笑わず表情が乏しい」「表情が暗くなった」と労働基準監督署の聴取で述べている。時間外労働は85時間26分であった。

9~10月は「低空状態」が続くが、原告が札幌地方裁判所に提出した医師意見書[1]では、10月上旬には「うつ病」を発症していたとしている。時間外労働は、9月は70時間16分、10月は69時間53分であった。

11月12日に自ら申請してK病院のメンタル相談室で面談。母親に「とにかく忙しすぎて疲れている。受け持ちも多くて何をしても注意される。どうすればいいのかわからない」と話す。29日は夜勤明けの「振り返り」中に号泣。帰宅後、ミクシィに「看護師向いていない。自分消えればいいのに。なんてねー」と記載。30日は夜勤明け。時間外労働65時間29分。

12月1~2日は休みだったが、2日に自宅で死亡(自殺)。遺書には「自分が大嫌いで、何を考えて何をしたいのか何ができるのか わからなくて 苦しくて 誰に助けを求めればいいのか 全然 わからなくて 考えなくてもいいと思ったら幸せになりました 甘ったれでごめんなさい」[2](原文ママ)と記載されていた。

 

 

考察

なぜ、このような事例が発生したのか4つの視点から検討する。

1)第一点は新人看護師の研修問題である。

K病院は、2010年から厚生労働省が努力義務化した「新人看護師研修」に沿って、「新人看護教育体制と新採用者チェックリスト」を作成し、1年間の到達課題を示して研修を推進していた。新人は毎日、業務終了後に振り返りを行い、シートに「できたこと」「できなかったこと」「明日、今後に向けて」を記載していた。その後、先輩看護師の点検を受け、課題が示される。激務の看護現場では指摘されたことに取り組む時間も場所もなく、帰宅後のシャドーワークを余儀なくされた。また、研修レポートの作成も同様だった。6月まで同居していた母親の申し立てによると、A氏のシャドーワークは毎日2~5時間にも及び、睡眠時聞が不足、次第に心身への悪影響を来すこととなった。

新人も4月から受け持ち患者をもち、7~8人と次第に増えていき、7月には2交代・16時間の夜勤に入った。結局、職場要員の1人としてカウントされ、早く独り立ちすることが求められたのである。そのため、A氏は8カ月、平均で毎月80時間を超える時間外労働を行い、シャドーワークを加えると生活のすべてを看護師としての業務にささげ、過労死に至ったのである。本来研修が中心であるべき新人看護師は、看護飾不足が継続するなか、研修+実労働という現実に直面し苦悩を深めることとなる。

新卒看護師の離職理由の第一位は「看護基礎教育終了時の能力と現場で求められる能力とのギャップが大きい」である。看護学校側と現場の看護師長側の双方の8割近くがそう答えている[3]。看護師養成のカリキユラムは近年、老年看護学、在宅看護論、精神看護学などが増え、実習時聞が減らされている[4]。臨床の現場と基礎教育機関の連携が求められるが、困難になっていると推察される。こうした状況への対応を考えても、新人看護師の看護師臨床研修が大きな課題となる。

医師については、2004年から開始された新医師臨床研修制度で2年間の臨床研修が必修化され定着している。これを参考に看護師も1年間は職場要員から外して研修に専念できる看護師臨床研修制度を設けることが必要である。

 

2)第二点は病院の労働時間管理問題である。

医療職場は24時間、365日、命に向き合う業務が連続する。急性期病院では特に医師、看護師などの労働時間管理は使用者の重要な責務となる。A氏が余儀なくされた月平均80時間を超える時間外労働は、あってはならないことであった。しかし、K病院ではそれに加えて、時間外手当が不支給だった。手当は別途申請することになっていたが、先輩や上司が申請しなければ新人は申請できない。病院の就業週報を確認した遺族が、未払い残業代の請求を行ったが拒否され、民事訴訟を提訴した。一方、札幌東労働基準監督署は病院に是正勧告を行い、2015年8月に病院は約700人の職員に約7億5千万円の未払い残業代を支払った[5]。これにより裁判も勝訴した。国家公務員共済組合が運営する病院で、このような不当な労働時間管理と不法行為が長期間にわたって行われていたわけである。

大阪と東京で起こった2件の看護師過労死事件では、2008年に公務災害、労災が相次いで認められた。これを受けて、日本看護協会は「時間外勤務、夜勤・交代制勤務等緊急実態調査」を実施し、2011年に「夜勤の負担軽減と長時間労働の是正を目指して」を発表した[6]。2013年2月には「夜勤・交代制勤務ガイドライン」[7]を公表している。A氏が被災した2012年はその概要が示されていた。このような動きを病院管理者が受け止めていれば、長時間労働や未払い残業代問題は生じなかったと推察する。

札幌東労働基準監督署はA氏の時間外労働を前残業(着替えや業務開始準備)も、後残業(あと片付け含む)も含めてほぼ就業週報の記録通りに認めた。実はK病院以外でも、前残業を含む時間外労働についてタイムカードの記録通りに支払っている病院は少ない[8]。個別に時間外申請用紙を提出する仕組みを採用している病院が多い。事実上の時間外請求の「規制」が行われているのが実情である。

2017年1月、厚生労働省は「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(新ガイドライン)[9]を示した。ここでは、前残業、後残業、手待ち時間、勤務時間外の業務に係わる研修などが時間外労働に当たるとしている。いま、各医療機関は新ガイドラインに沿った適切な労働時間管理を行うことが求められており、医療関係団体の努力と行政指導の強化が必要である。

 

3)第三点は職場の労働安全衛生活動、メンタルヘルス対策についてである。

A氏は受け持ち患者が増えてきた5月中旬以降、「振り返りシート」に「時間管理、優先順位ができない」と訴え、6月の「ストレス研修」では自ら「ストレスに気づいていなかった」と報告し、3カ月の「振り返りレポート」には、「焦って余裕がない」「抜けが出そうで怖い」「ハードで帰って勉強する時間が減り、勉強することが溜まる」「疲れが取れない」と記載している。この時点で、時間外労働は過労死ラインの月80時間を超えている。

厚生労働省は2006年3月に「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(新指針)を公示し、「職場に存在するストレス要因は、労働者自身の力だけでは取り除くことができない…(中略)…事業者によるメンタルヘルスケアの積極的推進が重要」としていた。看護管理者や研修担当者は、この時点で面談を行う必要があり、衛生委員会で検討するなど、A氏に介入するべきであった(K病院からは衛生委員会で検討した資料は提出されていない)。国が札幌地裁に提出した資料、被災者の体験カウンセリング聴き取り書面によると、A氏はK病院の「心理相談室」に面談を申し出て、「仕事でミスをした後、不安」「ひどく落ち込んだ」など訴えていた。しかし、その情報は管理者に伝わらないまま、最悪の事態を招いてしまった。

当時、新人看護師のリアリティショックが問題とされ[10],[11]、各病院ではその対策に努力していた。ある病院では看護部長などが更衣室前で、出勤する新人看護師1人ひとりに「睡眠できた?朝食すんだ?」と声掛けし、体調を気遣っているという。また別の病院では専任の臨床心理土を配置して新人看護師の定期的な面談を行い、不調者がいれば精神科医に相談し、看護管理者に伝えて対応策を協議しているという[12]

 

表1 精神障害の請求・決定件数の多い「大分類」三業種の年次推移

 

(厚生労働省の毎年発表の「過労死の労災補償状況」より)

 

2012~2016年まで5年間の「過労死等の労災補償状況」(厚生労働省)によると、精神障害の労災請求および決定件数の多い三業種(大分類)の推移を表1に示す。5年間を合算すると請求・決定件数とも製造業が第一位であるが医療・福祉が第二位で、近年急増している。この中の業種(中分類)の医療業は請求508件(決定122件)で社会保険・社会福祉・介護事業に続いて2番目となっている。ちなみに、そのうち医師は51件(決定16件)。看護職員は237件(決定67件)であった(厚生労働省の労働基準局補償課職業病認定対策室に聞き取り)。

医療関係者のメンタルヘルス問題は過労死対策上の大きな課題となっている。産業医や産業衛生スタッフが就業している医療機関においては、労働安全衛生活動に取り組むことは管理者の姿勢で左右される。その改善に力を尽くすべきである。

 

4)第四点は今回の事例の背景にある医療制度の問題についてである。

日本の医療は急速な高齢化の進展、国の医療費抑制政策のもと、国民皆保険制度が広く国民に定着し、医師・看護師など、医療従事者の献身的な努力によって支えられてきた。一方で、病床100床あたりの医師・看護職員数は、経済協力開発機構(OECD)諸国の下位である[13]。今後、さらに医療需要の高まりが予測されるなか、マンパワー対策は欠かせない。医療需要に応えながら、労働関連法令や労働安全衛生対策などを適法的に進め、病院経営を健全化するためには、診療報酬の大幅なアップが不可欠である。そうでなければ、医師・看護師などの確保と養成対策を抜本的に強めることができない。

以上4点について検討したが、これらは複合的に起こっており、それぞれを解決すればよいというものではない。各医療機関の管理者をはじめ、医療従事者が医師会・看護協会などの各職能団体、労働組合や医療・介護、社会保障の充実を求める運動体などと連携して、国、自治体からの支援を受けながら総合的な対策を講ずることが求められる。

 

 

結論

医師・看護師などの過労死はいつ、どこでも起きる危険性をもっている。その危険性を除去する勤務環境の改善と確立に向けた努力が不可欠である。とりわけ、夢を抱いて専門技術者としての第一歩を踏み出した看護師が、心身の健康を害する職場環境は即刻改善しなければならない。病院の管理者、医療従事者がそのための改善策に取り組むことを期待する。

 

 

 

 

文献

[1] 札幌地方裁判所提出、医師意見書、2017年12月。

[2] 働く人びとのいのちと健康をまもる北海道センター:うばわれた新卒看護飾のいのち。いのちと健康をまもるブックレットNo.4。働く人びとのいのちと健康をまもる北海道センター、札幌、2015;p.2。

[3] 日本看護協会中央ナースセンタ一:新卒看護職員の早期離職等実態調査報告書2004年。日本看護協会、東京、2005。

[4] 厚生労働省:看護基礎教育の充実に関する検討会報告書、平成19年4月。

[5] 労基署からの是正勧告等への対応について。北海道新聞、2015年8月13日付。

[6] 日本看護協会ホームページ、協会ニュースVol.528、2011年6月15日。

[7] 日本看護協会:看護職の夜勤・交代制勤務に関するガイドライン。2013年2月。

[8] 日本医療労働組合連合会:2016年秋「全国一斉退勤時問調査」結果の概要。医療労働2017;600:8-13。

[9] 厚生労働省:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン。平成29年1月20日。

[10] 平賀愛美、布施淳子:就職後3カ月時の新卒看護師のリアリテイショックの構成因子とその関連要因の検討。日看研会誌2007;30:97-107。

[11] 勝原裕美子、ウィリアムソン彰子、尾形真実哉:新人看護師のリアリテイ・ショックの実態と類型化の試み。日看管会誌2005;9:30-37。

[12] 新卒看護師の労災認定、裁判を支援する会:新卒看護師の育成を考えるシンポジウム全記録。2016年;pp.11-22。

[13] 厚生労働省:新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会(参考資料)、2016年10月。

 

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